第四十三話 噂の騎士
まずは、状況整理。
自分たちを取り巻く環境がどうなっているのかを正しく認識する。
ベスタ公国よりピント商会の商品をカラグヴァナ王国に運搬してきた。
ここまでは大丈夫だ。
問題はこの先、運搬してきた商品が売れなかった。
原因は商品価値証明書という商品にブランド物としての価値を付加する証明書が出回り、他所から来た商人の品物が売れなくなったのだ。
ピント商会の商品も同様に売れなかった。
では、商品を他の商会に売るのはどうか?
商品価値証明書を発行している有力商会の一つフェアカウフェン商会に売り込みに行った。
しかし、有力商会と取引できるのは契約を結んだ所のみ。
しかも、その契約はフェアカウフェン商会にのみ売るという独占契約だ。つまり、傘下に下れということ。
整理しよう。
ピント商会は商品価値証明書を持っていない。
証明書を発行した商会とも契約を結んでいない。
要するに、新参者が市場から締め出しを食らったのだ。
ここまでが、分かっている情報と自分たちの状態だ。
「これが今の私たちの現状よ」
「かなり不利であるな」
「でもアズ姉には何か作戦があるんだよね」
セトが期待を込めて聞いた。この状況を逆転できる作戦。
必殺の一手。
「やることは簡単よ。私たちも商品価値証明書と同じぐらい有名になればいいの」
「いうのは簡単であるが、具体的に何をするのだ?」
「ふふ、私は誰だと思う?」
「?」
「アズ姉だよ?」
「姉御ニャ」
アズラがちょっと勿体ぶっている。私しか気づいていないと満足げだ。
考えてみれば、いや、思い出してみれば簡単かもしれない。
アズラがどう呼ばれているか。呼ばれるようになったかを。
「あ、公女直属護衛騎士」
「ふふ、当たり」
セトが気付いた。
そうアズラはベスタ公国では公女直属護衛騎士の役職を得ている。
だがそれは、ベスタ公国での話だが。
「待つのだ。それはベスタ公国で通用する話だ。それに、まだ王都ではお前さんの肩書を知る者などおらんだろう」
「そうよ。まだいないの。なら公女様お抱えの騎士が来たと知った時みんなどんな反応をすると思う?」
「確かに・・・、公女様は国民の憧れの的だろう一気に有名になるであるが、どうやって信じて貰うのだ?」
ここが問題だ。アズラのことをどうやって信じて貰うか。
ただ主張するだけでは相手にされないだろう。
アズラはどうするつもりなのか。
「まずは、噂を流すのよ。私がフローラの騎士というよりも耳に残りやすいわ」
「でも所詮は噂ニャ。信じない奴の方が多いしそのうち忘れるニャ」
「信じていないけど聞いたことがあるというのが重要なの。信じていない人たちの前で公女様お抱えにしか出来ないことをするのよ」
「なるほど、ハッタリを噛ますのであるな。後は、公女様お抱えの騎士が来たと信じた時に証明できれば完璧なのだが」
「証明はしなくても大丈夫よ。信じた人が多くなれば疑ってくる連中は必ず出てくるわ。証拠を見せろと来た時が交渉スタートよ」
アズラの計画は、まず第一段階で交渉の場に座る。
噂を流し、ハッタリをかけて相手が話しかけてくるように仕向けるのだ。
話しかけて来たらこちらのもの。
話しかける価値のない存在から話しかけなければいけない存在になるのだから。
相手はこちらを否定するために話しかけてくるのが予想されるが、アズラは公女直属護衛騎士という実際に公女に会って聞かないと確認できない肩書を持っているのが強みだ。
そして、公女直属護衛騎士という肩書が本当な以上、強気の交渉ができる。
「つまり、いきなり売り込むんじゃなくて交渉の場につくための作戦ってことだね」
「ええ、商品価値証明書と同等のものをこちらも出さないと勝負にならない。なら、出せる場を用意する必要がある。まずは、この状況を変えるわよ」
作戦は決まった。早速準備に取り掛かる。
酒場や市場で噂を流す。公女のお抱えみたいな人がやってきたと曖昧な情報を拡散するのだ。
噂が広まった所で、アズラは実際に公女直属護衛騎士がいるように振る舞う。
全てはタイミングが命だ。
噂を流してからアズラの登場が早すぎても怪しまれる。
遅すぎれば気付かれない可能性が出てくる。
丁度いいタイミングをうまく掴む必要があるのだ。
「さすが姉御ニャ。こんな作戦、普通は思いつかニャいニャ」
「少ない手数でよく考えたものであるのは確かだ。それを確実にするためにも」
「あちしらが頑張るニャ!」
ルフタたちが使用人たちと一緒に奴隷市場に向かった。亜人たちを奴隷に見せかけて噂を流しに行くのだ。
奴隷たちへの噂はもうすぐ夜になる今から。
酒場は、人が入れ替わる時間帯を狙って。
市場は次の日にまた開いてからだ。
これで、王都の奴隷たちと奴隷商人が公女直属護衛騎士が来るかもしれない。来ているかもしれないと思い込む。
酒場では、噂話の一つとして適当に広めておくのだ。
これで、朝には王都で噂される話の一つになる。
「アズ姉、まだ噂が広まっていないのに商人たちに合うの?」
「王都の市場を知らないベスタ公国から来た商人がいると教えてあげるのよ」
「・・・バレないかな?」
「大丈夫。ピントさんとリーベも一緒に連れていくわよ」
まだ、夕方の客が入って酒を飲んでいるであろう酒場にセトたちは向かう。
意気消沈しているピントも連れてだ。
酒場の中をチラッと覗いてやけ酒している人が多い所を選ぶ。
セトは何で物騒な所を選んだのか不思議な顔をしているが、これも作戦の一つだ。
酒場は、今日の仕事が終わって一飲みしている客が多いようだ。
傭兵や騎士に商人もいる。
商人がいるのがポイントだ。やけ酒しているとなお良し。
適当に空いている机に座る。
「さ、食べましょう。言いたいこともいっぱいあるだろうし」
「ミルク!」
「私は酒を酒を飲まなければ立ち直れないのでございます」
「・・・僕も、お酒」
「セトもミルクね」
「むぅ・・・」
アズラとピントは酒を注文する。セトとリーベはミルクだ。
ウエイトレスさんは手早く注文を取りさっさとカウンターの方にいってしまう。
ものの十秒で飲み物を持って戻ってきた。
机に置かれた泡立つ黄色の酒をピントはググッと喉に流し込んでいく。
アズラも同じものだが、アズラは舐める程度に嗜んだ。
セトの前にはミルクが置かれた。早くお酒を飲んでみたいものだ。
「私は今回の王都での商売。それは楽しみしていたのでございます。王都での商売は商人を志したものなら必ず夢に見るもの。それがようやく叶ったのです」
「そうね。ピントさんあれだけの商品を用意したんですもの。その気持ち分かるわ」
「ゴクゴク」
「それが、あんな訳も分からない証明書一つで区別されるなんて酷いじゃございませんか!」
ピントは酒が回ってきたようだ。だんだん喋り方が感情的になっている。
セトとリーベはミルクをチビチビ飲みながら、お摘みをバリバリと食べる。豆を油で揚げたものだが絶妙な塩加減と歯ごたえがあって手が止まらない。
「私の持ってきた商品はそこらの物と比べられないほど質のいいものです。この目で見て触り納得してから仕入れてきたのです。それを見てもくれないだなんて・・・」
「バリバリ」
ピントの話をアズラは黙って聞いていた。気が付くと酒場でやけ酒している連中がピントの話に共感して相づちを打っていた。
やけ酒をしている連中は全員が商人だ。酒に逃げている理由はピントと同じ。
全く商品が売れなかったのだ。
みんな、商品価値証明書に打ちのめされてしまった。
ピントのグチは続く。
「ああ私にもあんな証明書を出せるくらいの力があれば、どうにかできないものでしょうか・・・」
「誰かが替わりに発行してくれたら私たちでも売れるようになるのに・・・」
アズラが何だかわざとらしくいった。
悪魔の囁きみたいにピントの耳にしっかりと聞こえるように。
「そうです! アズラ様。あなた様は公女殿下直属の騎士ではなかったですか! どうかこの私に救いの手を。公女殿下のお力をお貸しください・・・!」
「気持ちはわかりますけど、ベスタ公国ならいざ知らず、王都ではただのアズラですよ」
「そうで・・・ございますね。・・・失礼をお許しください」
「ムぐムぐ」
(・・・え? バレちゃったよ?)
セトは内心ビクビクしながらこの会話を聞いていた。
もうバレてしまった。
酒に酔ったピントが口を滑らせてしまった。
話を聞いた周りの商人たちや傭兵なども目を丸くしてこちらを見ている。
なんか有名人を見てしまったという顔をしていた。
そんな周りの様子を見計らって。
「それじゃ、そろそろ出ましょうか」
アズラは酒場を後にしていく。セトたちも慌ててついていった。
セトは作戦が失敗してしまったのではないかと不安で仕方がない状態だ。
そんなセトの心配などお見通しだとアズラは口を開く。
「これは布石よ。噂じゃなくて私がいるっていう証。噂を聞くのに本人がいないんじゃ誰も信じないでしょ?」
「なるほど」
「明日は作戦の第二段階になるわ。そこからが勝負ね」
作戦の第二段階。
それは、第一段階で釣れた相手との交渉をどう有利に進めるかが重要になる。
いきなり、いい回答は得られない。
最初は断られる。断ることで自分の優位性を保ってから再度交渉に臨んで来るだろう。
その優位性をなんとかこちら側にしないといけないのだ。
その手札となるのが。
公女直属護衛騎士の噂。
本人かもしれないアズラ。
それを裏付けるピントの存在だ。
本人かもしれないから本人と思わせて交渉する。
これが成功すれば作戦はほぼ成功といっていいだろう。
セトたちは馬車の方に戻っていく。セトたちは今日も馬車で寝ることになる。
ピントは酔いでフラフラのまま宿に戻るようだ。
明日、市場に向かえばすぐにでも作戦の効果が分かるだろう。
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翌日、早速セトたちは市場へと向かう。
市場は昨日と同じで露店の準備をしている人たちで溢れていた。
だが少しの変化があった。
アズラたちが歩いていくとチラチラとこちらを見てくる視線を感じるのだ。
噂の効果が確実に出ていた。
おそらく昨日酒場にいた商人たちと噂を聞いた人たちだろう。
ピント商会の売り場に着いた。露店は昨日と同じ状態。
もうリーリエがスタンバイしている。
「リーリエおはよう」
「おはようございますアズラさん! 今日も私頑張って売りますよ!」
リーリエはなんだか、テンションが高くなっている。
昨日の敗北が彼女を刺激したようだ。
今度こそ売り捌いてやると目に力が漲ってギラギラと輝いている。
「ピントさんいるかしら?」
「奥にいますよ呼びましょうか?」
「ええ、お願い」
リーリエが奥に入っていった。すぐにピントが出てくる。
二日酔いが残っているのか少し気分が悪そうだ。
「おはようございます。アズラ様、昨日はお見苦しい所お見せして申し訳ございません」
「いいのよ。嫌な事があったらため込まずに、ああやって喋っちゃわないと」
「お気遣い感謝します」
「ピントさん、昨日の話なんだけど、ここにある商品全部買い取るわ」
「へ?」
「はぅ!」
ざわッと辺りに動揺が走る。
買い取るといわれたピントも口を開けたまま固まってしまった。
聞いていたセトはお腹が痛くなってきた。お金が無くなる。
というよりも、絶対足りない。
「ア、アズラ様、私なんぞにそこまでしていただく必要は・・・」
「気にしないで、ピントさんにはお世話になったしちょっとした恩返しよ。お金はベスタ公国に戻ってからでいいかしら?」
「そ、それはもちろん」
「ありがとう。これからもよろしくお願いするわ」
「はい、それはもう・・・」
ピントは何故こういう話になったのか、まだ理解していない感じだ。
セトは商品を見ながらうなだれる。また、持って帰るのかなと。
だが、話の展開はセトとピントの予想とは違う展開になった。
「あんたが噂の騎士様か」
「どうりで貴族みたいな買い方をするわけだ」
話を聞いていた商人たちがアズラの周りに集まってきた。
アズラはフッと気付かれないように笑うが、セトは気付いたあれはいたずらが成功した時にする笑みだ。
「お初にお目にかかります。ベスタ公国公女、フローラ・ウィリアルナ・ベスタ殿下直属騎士の一人。アズラ・アプフェルです。以後お見知りおきを」
セトとピントはアズラの優雅で貴族と思ってしまいそうな自己紹介に感服した。
あれが演技だというのだからすごいものだ。
「すごいわ。騎士様よ!」
「わしの商品も買ってくれんか」
さらに人が集まり出した。
アズラの演技と噂の効果も合わさり、有名になるという目的は完全に達成したが、さらにもう一歩アズラは作戦のための種を撒く。
「もうお金はないのだけれど・・・。今買ったものと交換でよろしければフローラ殿下にお持ちすることができるわ」
「ベスタ公国の姫様に買って貰えるのか! ぜひ交換してくれ!」
「私のも頼みます。商品価値証明書もありますので」
「!」
「すごい、手に入っちゃった・・・」
あれだけ憎たらしくて欲しかったものが簡単に手に入った。一つの商品についているだけなので全ての商品に適用されないが。
ただの商品が交換でブランド品に置き換わっていく。
同等品がより価値の高いものに入れ替わった。
公女に買って貰えるというステータスは商品価値証明書のブランド力を上回っている。
「仕入れた商品にこだわった私には思いつかない方法でございます」
「でも、大丈夫かな? みんなは信じてくれているけど」
「アズラ様が騎士であるのは本当のことでございます。弟殿のセト様が心配になる必要はありませんよ」
商品が次々と交換されていく。
交換するだけでは利益が出ないので売る必要があるのだが、アズラは利益の先を考えている。
「まて、お前本当に騎士なのか? 金がないから売れない商品を交換しているだけじゃないのか?」
「お金がないのは事実よ。でも、騎士であるのは真実だけど」
「証拠はあるのか? 騎士だって証拠は?」
「それは、フローラ殿下に謁見して確認なさると?」
「うっ・・・。だが何か証拠がないといけないだろ」
作戦が第二段階に移行した。
ここからが踏ん張りどころだ。




