第三十九話 考えが甘くて上手くいかなくて
王都アプスを目指して3日が経った。
まだ、ベスタ公国領を出ていないが3日も経てば旅に慣れてくるというもの。
セトたちは素早く昼休憩を済ませて出発していく。
ここまで特にトラブルもなく進んでいるが油断は出来ない。
護衛隊長のルフタは、エリウを偵察に出し前方の安全を確実に調べていく。
「ルフタ隊長、異常ニャしでありますニャ」
「うむ。普通に喋っていいぞ」
「ニャア、腹減ったニャ」
「さっき食べたではないか」
エリウはご飯の量に不満があるようだ。確かに量は少ない。
2週間の旅で1週間分しか用意していないので量の調整はかなり厳しめだ。
休憩時に食料を調達するようにしてはいるが思ったほど集まらないのが現状となっている。
アズラの計算ではこのままだと3日ほど絶食することになってしまう。
早々に食料問題が判明したのは幸運だったと考えるべきだろう。
「どこか町に寄って買い足すか、大規模な狩りでも行うか。セトはどっちがいいと思う?」
「うーん。買う方が確実だけどお金ないしね」
「ミルク・・・欲しい」
頭を悩ますセトとアズラ。1週間分でいけると判断したがそう甘くはなかった。
「ここで狩りをするわ。森があるみたいだし半日ほど時間を割いて食料を集めたらいいわね」
ここまで稼いだ時間はこの狩りで消費するので、旅の計画では遅れ気味になるが食料問題はある程度改善されるだろう。
ついでに売れる物も採取出来れば近くの町で売り払うのもいい。
「うん賛成。そうと決まったら準備しなくちゃね」
「セト・・・ミルク」
「リーちゃんわがままはダメだよ。僕も我慢してるんだから」
「ぶー」
リーベは固いパンに参ってしまっているようだ。
食べなれない物を食べると逆に疲れてしまうこともある。
水でふやかして食べるなど自分で努力しているようだが、美味しいものを食べたくなるのも分かるというものだ。
リーベをなだめ次の方針をみんなに伝える。
明日の明朝より森で食料調達だ。
この知らせを聞いたルフタは特に不安になることもなく護衛を続行する。
用意した食料の量から考えてどこかで調達するのは分かっていたからだ。
他の者たちも同様だ。旅をしたことがある者は食料の量が旅の速度に大きく影響するのをよく理解している。
今回は資金不足のせいもあるが、食料が少ないのでスローペースになるだろうと考えていたのだ。
そういうわけで、使用人たちから不満の声が出ることはない。ピントも了承してくれた。
旅のペースをうまく調整するのもアズラの仕事なのだ。
森までは、あと半日ほどの距離がある。
到着まではいつも通りのペースで進む予定となった。
いつも通り進む中、一人エリウは考え事をしているようだ。
(あの違和感はニャんだったんだニャ?)
そう出発してからずっと感じていた違和感。敵意もなく、ただ見られているだけの違和感。
こちらに害がないのならあまり気にすることでもないのかもしれないが、やはり気分のいいものではない。
せめて何がこちらを見ているか分かればいいのだが。
今は、見られている感じはない。
エリウは安全を確認したのちコッソリと馬車の上で眠りに。
「何をしているのであるか?」
「ぎょ!」
「ハトゥール族にしては変わった鳴き声であるな」
「た、隊長! 違和感はありませんでしたニャ」
「確かに今日はまだ感じんな。エリウ、あの違和感、吾輩は人の仕業ではないかと考えている」
ルフタが違和感について自分の考えを述べる。
魔獣などではなく人ではないかと。
「サッと見る奴は人じゃニャいんじゃ?」
「本人が見ていたらな。吾輩の想像でしかないのだが、術式か何かで間接的に見ているのではないだろうか。亜人である吾輩らは違和感に気付くが人間は全くだ」
「人攫いかニャ」
「この大人数を狙うとは思えない。盗賊かもしれんな」
ルフタの勘は鋭い。確かにこの大量の荷物を運んでいたら盗賊に狙われやすい。
町を出る商人をマークし町から完全に離れ、旅も安全だと思った時に襲撃すれば、不意を突かれた護衛は役に立たずに荷を奪われるだろう。
「もし盗賊だとして、いつ頃来ると思うニャ」
「食料調達の時だろう。馬車と荷台から人が減り森に入るのだ。盗賊には絶好のチャンスとなるであろうな」
「ニャア、すぐに知らせニャいと」
「伝えるのは護衛のみんなとアズラだけだ。盗賊を誘い出し逆にとっ捕まえてやろうではないか!」
「ルフタ隊長についていくニャ!」
ルフタとエリウが意気投合する。まだいるかどうか分からない盗賊をとっ捕まえることで決定だ。
早速、アズラにこのことを伝える二人。
「つまり、盗賊に狙われている可能性があると」
「吾輩はそう考える」
「あちしもニャ」
「分かったわ。食料調達の時は戦闘態勢で荷を守ってちょうだい」
アズラから承諾が下りた。
こういう、勘のような感覚は人よりも亜人の方がすぐれていると言われているが、アズラはそうなんだろうと二人を見て納得する。
自分も違和感には気付けなかった。グロースラットの気配に感づいたぐらいだ。
ここはこの二人に任せようと判断する。
「一つ作戦があるのだがいいだろうか?」
「何かしら?」
ルフタからある作戦が伝えられた。
確かに上手くいけば盗賊を一網打尽に出来るかもしれない。
盗賊がいなければ良し、いれば一網打尽だ。
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次の日の明朝。
セトたち一行は森の前で馬車の列を止める。
今日はここで半日ほど食料調達だ。
調達を担当する者たちが続々と森に入っていく。
50名ほどが森に入り残りは留守番だ。
魔獣との遭遇も考慮してアズラとセトが一緒についていった。
残された者たちは暇そうにみんなの帰りを待つだけだ。
1時間ほど経過した。
馬車の列には続々と食料が集まってきている。
クル豆を中心とした穀物と木に生っていた果実。
このペースで集まれば食料問題もクリアできそうだ。
「そういえば、エリウさんとルフタさんが見えないな」
食料を運んでいたリーリエが護衛の人数が少ないことに気付いた。
みんな手伝ってくれているのだろうかとリーリエは考える。
「よいしょ! ふぅ・・・。これだけあれば美味しい料理も作れるかな」
箱にいっぱいとなった食料を見て満足気のリーリエ。
もう少し立てば小動物を捕まえたみんなが戻ってくるだろう。
そんなことを考えながらもう一度森に入ろうと振り向いた瞬間。
ヒュンッと風を切る音が耳を掠め。
遠くでトンという音が聞こえてきた。
リーリエの頬に線が入り血が流れてくる。
「え? え?」
自分の頬を触り、血に濡れた指を眺めながらリーリエは何が起こっているのかを把握できない。
怪我? 怪我をした。でも何故したんだと疑問が膨らむ。
そして、疑問はある回答で恐怖へと転じた。
「動くな。そのまま馬車に乗れ」
知らない男の声が後ろから聞こえた。使用人の中にこんな声の人はいなかった。
リーリエは恐怖で足がすくみ動けなくなる。
だが、トンッと背中を何か固い尖った物で突かれると彼女の生存本能が恐怖を上回った。動かなければ殺されると。
背中を刺され血が服に滲み出てくる。
気付けば留守番をしていた連中が全員倒れていた。
背中から血を流し気絶している。
あえて殺さず怪我を負わせて放置していた。
そう、こうすれば駆け付けた者たちが救護に手を取られ時間を稼ぐことができる。
リーリエを脅しているこの男はその間に逃げるつもりだ。
「ひっく、こ、殺さないで・・・」
恐怖で声が上手く出ない。横隔膜が痙攣を起こし吃逆が出ている。
「ああ、殺さないとも。お前はいい値で売れそうだ」
リーリエが馬車に押し込まれる。中にはすでに脅されて押し込まれたほかの使用人がいた。
女の人ばかりだ。
強奪と人攫いの両方をしようとしているとリーリエは嫌でも気付いた。
「た、助けて」
か細い声が漏れる。
しかし、アズラやセトたちは森も奥だ。
「よし、馬車をだせ」
「おい、荷台はどうするんだ」
「邪魔になるだけだ。それとも護衛と殺し合いをするのか?」
「了解だ」
男たちは馬車を走らせていく。リーリエたちがみんなから連れ去らわれていく。
馬車が奪われリーリエたちがいなくなってから数分後にアズラとセトが戻ってきた。
「アズ姉! みんなが!」
セトが倒れている使用人を見て声を上げる。
この作戦で人が傷つくなどとセトは思っていなかったから。
「大丈夫よ死んでないわ。時間稼ぎに使われたのね」
アズラは癒呪術式で刺されて気絶している使用人を回復させる。
日ごろの練習のおかげか三導系の術式も難なく使えるようになってきた。
誰も大事にはなっていないようだ。
もし、致命傷になるような攻撃を敵がしていればアズラは計画を放棄し、殺し合いになっていただろうが。
「アズ姉、この作戦は荷物だけを囮に使うんだよね。なんでこんな・・・」
「脅しよ。自分たちの方が上だと見せつけているのよ」
セトは納得していない顔をしていた。側には不安そうなリーベがいる。
自分たちだけこの危険を知っていて、自分の大事な人を安全な所に移動させている。
なんだか、ズルくないだろうか。
かといって、リーベをあそこに残すのは愚か者のすることだ。
みんなに伝えていれば防げるが、それは最初だけ。
敵に戦力を把握されて再度襲撃に遭い皆殺しにされることもある。
盗賊の戦力が護衛を上回るなどよくあることなのだから。
「でも、やっぱりみんなで戦えばいいんじゃ」
「それは、殺し合いをすることになるわよ。それに、今の私たちじゃ全員を守り切るのは難しい。だから、荷だけを奪わせたのよ」
だから、アズラは一度ほぼ無傷で敗北し、獲物を明け渡す。
そして、敵の戦力を把握して対処するつもりなのだ。
アズラは自分たちの実力をよく理解している。今の実力では、盗賊でもまともに殺り合うのは難しい。
アズラ一人が勝利しても意味がないのだ。一人だけ生き残っても意味はないのだ。
そのための作戦。
だが、一つ誤算がある。
アズラはリーリエたちが連れ去らわれたことに気付いていない。
しかし、幸運なことにこの作戦は敵の戦力把握のための陽動だ。
盗賊たちのアジトを探るために手を打っていた。
そうルフタたちは。
「誰か無理矢理連れてこられたんじゃニャいのか。ニャんで出て戦わニャいニャ」
「敵のアジトを見つけ出すのが吾輩たちの任務である。ここは我慢である」
「うー、分かったニャ。我慢するニャ。ニャ! 誰ニャ! お尻触った奴!」
「エリウ、静かにするのだバレてしまうのである。あとすまん吾輩だ」
「ニャ!!」
馬車の荷物に紛れていた。
奪われた5台の馬車に9名が上手く紛れ込んでいた。
狭い木箱の中に入り込んだのだ。
丁度、食料調達で食材が外に置かれていたため中身を入れ替えても怪しまれなかった。
「だ、大丈夫でございますか! 白昼堂々と盗賊が出るとは」
別の所に馬車を止めていたピントが騒ぎを聞きつけ飛んできた。
「ああ、リーリエたちがさらわれた。間違いない」
「・・・分かったわ。ピントさん。馬をお借りします。セトはみんなをお願い」
「アズ姉、無茶はしないで」
「大丈夫!」
アズラはセトの言葉を背に馬を走らせた。
ルフタには通信用魔晶石を持たせているのでだいたいの方角と位置が分かる。
魔晶石の反応を頼りに逃げた盗賊たちを追う。
こんなことで仲間を失ってなるものか。
森から40分ほど走ると奪われた馬車が、広い草原にポッカリと空いた洞窟の前で止まった。
盗賊のアジトだ。
アズラたちの予想通り本隊がいた。
「とっとと降りろ!」
男の怒号が響く。
みんな恐怖で逆らうことが出来ず馬車から降ろされる。
「んー、及第点だな。まあそれなりの値になるだろ」
別の男がリーリエたちを値踏みしていく。
その会話を聞いていたエリウは怒りが爆発寸前になっていた。
「フシャーーーー! あの野郎あちしの仲間をニャんだと!」
「堪えろエリウ。まだ敵の数が分かっていないのである」
洞窟の奥から荷を下ろすためにゾロゾロと男たちが出てきた。
ザッと20人はいる。
全員が戦えるとすると、こちらの戦力の倍はあることになる。
その中から偉そうな奴が出てきた。
「よっーし! お前ら女は一か所に固めろ。まずは荷の確認だ。怪しかったら剣をぶっさせ」
「「!?」」
偉そうではなく、本当に偉いようだ。
こちらの作戦も考慮した対処を行っている。
このまま黙って待っていると殺される危険が出てきた。
「オラ! 早く動かねえか!」
「きゃ!」
リーリエが男に殴られ尻もちをつく。目に大粒の涙を浮かべ体が震えていた。
あの日の、牢にいたあの日々と重なる。
彼女に植え付けられた恐怖が彼女を縛っていく。
「動けっていってるだろうが!!」
「もう!! 我慢ニャらニャいニャ!!」
木箱を突き破り、馬車から飛び出すエリウ。
奪った荷物を運ぼうとしていた敵をなぎ倒し、仲間たちを殴ろうとする男目掛けてその爪を突き立てた。
「ぎゃぁああああああ!!」
「敵か!? 殺せ! 生かして返すな!」
「フシャーーーー!」
剣を抜き飛び掛かってくる盗賊たちをエリウは身軽に避けていく。
ハトゥール族は人間より遥かに身体能力に優れている。
剣を持った程度では彼女を捕らえることは出来ない。
ヒュンッとエリウの頭を何かが掠めた。
「弓かニャ! どんニャに速くはニャっても一度見えたらあちしには効かないニャ」
ヒュンッヒュンッ、と矢が飛んでくるが、エリウは矢を完全に見切って避けた。
顔面に当たる直前でつかみ取り、顔を振って飛んできた矢をかわす。
「くそ! 亜人が! どうした矢の補充を・・・」
「弓使いはこれで全部であるな?」
矢を放っていた盗賊はルフタたちに囲まれていた。
エリウ一人に気を取られ過ぎたのだ。
所詮は盗賊。
戦士や騎士などの戦いのプロではない。
「がっ」
「エリウ! こちらは押さえたのである。女たちを!」
「了解ニャ」
エリウがリーリエたちを解放する。そのまますぐに逃げなくてはならない。
まだ敵はこちらの倍近くいるのだから。
「動くな!! 武器を捨てろ!! でないとこいつを殺す」
盗賊の頭に人質を取られた。
ルフタたちの足が止まる。これを避けたかったのに敵の頭はやはり切れ者だ。
「殺したら、お前コロスニャ。あとこれは爪だから捨てれニャいニャ」
「ああ!? 何ぐちゃぐちゃいって」
「フシャーーーー!」
エリウが脅しを無視して突っ込んでいった。
ルフタたちが慌ててフォローに入る。
「あのバカ者。お前さんたちいくぞ」
ルフタたちも突撃した。最も避けるべき総力戦になりつつある。
せめて連れ去らわれた人たちだけでも逃がそうとルフタたちが退路を確保しようする。
「ち! 亜人は言葉が分からねぇか!!」
人質を放り投げ、盗賊の頭が剣を振り回す。
その剣先が人質の首に当たる瞬間。
盗賊全員が凄まじい爆発のような風に吹き飛ばされ、宙を舞った。
エリウとルフタは知っている。このバカげた威力の術式は。
「なんでこんなことになってるの? もう少しで仲間が殺される所だったじゃない!!」
仁王立ちモードなどまだまだ甘いと言わんばかりの怒りが具現化する。
少し黒味を帯びた灰色の髪が、怒りで増大した魔力を纏いその激情を表現しているかのようだ。
エリウは青ざめ、ルフタは空いた口が塞がらない。
そう、アズラが到着した。




