第四十話 荒野の道
草原にポッカリと空いた洞窟に風の術式が叩き込まれる。
圧縮された空気が解放されセトたちの荷を奪った盗賊が吹き飛ばされていく。
それが攻撃であると気付かれる前に。
術式を使われたと認識する前に。
完全に頭にきているアズラが盗賊のアジトに乗り込んだ。
敵の戦力調査と人質救出のために忍び込んだルフタたち護衛は怒りを撒き散らすアズラを見て動けなくなっていた。
味方であるはずなのに、思わず自身の身の安全を確保したくなるような怒りが目の前にいた。
「打ち合わせと違うのだけれど、敵がこちらの予想を上回ったってことかしら?」
アズラは誰に聞くでもなく、一人で納得していくように呟く。
彼女が一歩一歩進むたびに世界に怒りという色が追加されていくようだ。
「いてぇ! なんだ、何をされたんだ?」
「頭、逃げましょう! アイツやばいですって!」
アズラに吹き飛ばされた盗賊たちが意識を取り戻し始めた。
だが、その初手で意思の弱い者は戦意喪失したようだ。
それだけの威力と衝撃だった。
ただの風の術式があれほどの威力を発揮するとは信じられないと。
「相手は一人だ。取り囲め! ほかはあの亜人と雑魚を掃除しろ!」
盗賊の頭が指示を飛ばす。ルフタたちから一瞬にしてアズラに警戒が移った。
戦力の半分10人でアズラを包囲する盗賊たち。
ルフタたちは残りを相手取る。
盗賊たちが間合いをジリジリと詰めていき、アズラたちの出方を窺う。
ルフタたちは陣形を整え迎え撃つつもりだ。
しかし、アズラは盗賊たちなど見ていなかった。彼女の目にはリーリエたちが映っていた。
自分の判断で傷ついた仲間だ。
アズラは、自分の考えの甘さ、セトのような優しさがなかったことに無性に腹が立ってきた。
結果しか考えていない自分が許せなくなってきたのだ。
盗賊を一網打尽? すればいいじゃないか無傷で誰も奪われずに、こちらが圧倒的に勝利すればいいのだから。
多少の犠牲を考慮にいれるからこんな。
「嫌な気分になるのよ!!」
アズラの周りが魔力で満たされる。
それは一瞬にして術式に変換された。火と風の混合術式。
包囲していた盗賊をまとめてなぎ倒し武器すらも砕いていく。
「な・・・」
盗賊の頭は驚愕で声も出せずに膝をついた。手から武器が零れ落ちる。
敵が降伏した。
ルフタたちと交戦していた盗賊も続々と降伏していく。
相手を諦めさせるほどの圧倒的戦力差。
アズラはそれを一人で有しているのだ。
戦闘が終了すると同時にアズラは、リーリエたちの所に駆け寄った。
すぐに癒呪術式で治療を行う。
「ごめんなさい! 私がみんなのことを考えなかったばっかりに」
「いいえ、アズラさん。助けにきてくれてありがとう」
リーリエたちから感謝の言葉をアズラは貰う。だけど、アズラは感謝されることはしていないと自分を責める。
仲間の命が本当に危なくなってから助けに来るなんて、それこそ偽善と言われても仕方のないことだ。
アズラは彼女たちの安全を確保出来なかった。そう悔やんでいると。
「吾輩からも謝罪させてくれ。今回の囮作戦、提案したのは吾輩なのだ。お前さんたちをこんな危ない目に遭わせて申し訳なかった」
ルフタが謝罪を口にした。
もう起きてしまった。実行されてしまった後だがそれでもケジメとして謝罪をした。
それを聞いたリーリエは。
「ひどいですよ。それって、私たちを信用してないってことじゃないですか! 教えてくれたらもっとうまく囮役をしたのに」
「いや、しかし、囮は危険で」
「そのくらいの危ないことは承知の上ですよ。私たち荷物運びと護衛もしてるんですよ。危ないことぐらい大丈夫です」
ルフタはそれ以上何も言えなかった。リーリエから糾弾されるのではなく信用しろと叱責されたのだ。
そんなことを言われればもう何も言えなかった。
「その通りね。私たちがみんなの意見を聞かずにこんな失敗をしたのだから。だから、ごめんなさい。そして、もう一度、私たちと来てくれるかしら」
「へへ、なにいってるんですか。当たり前じゃないですか」
アズラとリーリエが固く握手をする。ほかの者たちも納得しているようだ。
これからはちゃんとみんなで作戦を考えないといけない。
今回のことでアズラはそれがよく分かった。
エリウたちが盗賊たちを縛りあげる。人数は20人ほど。近くに町の衛兵にでも任せることになるだろう。
盗賊たちを縛り終え、積荷を元に戻している護衛のみんなの所にアズラは向かう。
「みんな、ありがとう。私のわがままな作戦に付き合ってくれて」
「ニャ、ニャに。当然のことだニャ。あ、あちしに任せてくれればちゃちゃっと解決ニャ」
「ええ、これからも頼りにしているわ」
アズラはそれだけ伝えると撤収の準備を手伝い始める。
なんかやけに丸いアズラを見て。
「お、怒られると思ったニャ・・・」
エリウはそんな心の声を漏らした。
盗賊たちを彼らが使っていた馬車に乗せセトたちの所に戻る。
丁度、食料調達も終わった頃だろう。
アズラたちの帰りを待つセトたちの所に、6台の馬車が見えてきた。
セトたちは数が多いので最初は警戒したがすぐに警戒を解く。
アズラと護衛のみんなが手を振っていた。リーリエたちの姿も見える。
新しい馬車に詰め込まれた人たちはこちらを襲った盗賊だろう。
「アズ姉お帰り! みんなも無事でよかった」
「ええ、彼らが頑張ってくれたおかげよ」
セトの声を聴き、アズラはようやく安全地帯に戻ったと感じた。
これで元の状態だ。仲間は誰も欠けていない。
「セト、食料の方は?」
「うん、いい感じに集まったよ」
「ありがとう。今日は御馳走が食べれるかもしれないから楽しみにしてて」
アズラは盗賊たちに目を向けニッと笑う。盗賊20人を拘束したのだ。
報酬はいくら貰えるのだろうか。
まずは、旅の予定を変更だ。捕らえた盗賊たちを近くの町に引き渡す必要がある。
町は道の途中にあるようなので時間ロスは最小限だろう。
セトたちは取り戻した荷物を確認し再び出発する。
馬車の列は進み始め、何事もなかったかのようだ。
王都まであと11日ほど。
旅はまだまだこれからだ。
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王都アプスを目指して一週間が過ぎた。
食料にはまだ余裕がある。現地調達しつつ上手くやり取りしているので2日分の余裕はありそうだ。
盗賊たちを捕らえたことによる報酬は、18ヤカルと普通な金額だった。
この辺りを荒らしていた盗賊団だったようだが新参者で最近懸賞金がついたようだ。
町の人が予想したよりも早く盗賊団が捕まったので、セトたちは感謝されいろいろとお世話になった。
晩ご飯を御馳走になり食料を少し分けて貰ったのだ。
これで、セトたちの食料問題は完全に解決された。
いつもよりご飯の量が多くなり、リーベ御所望のミルクも手に入った。飯がうまくなれば仕事も捗る。
ついでに盗賊たちが使用していた馬車も拝借した。セトたち所有の馬車はこれで2台だ。
セトたち一行は旅の速度を上げ進んで行く。もうすぐ、ベスタ公国とカラグヴァナ王国の国境だ。
「無事、国境まで来れたでございますね。荷も私たちも健在で嬉しい限りです」
「国境を超えると、魔獣の強さが変わると聞いていますがかなり危険なのでしょうか?」
「危険と言えば危険でございます。しかし、カラグヴァナ王国の騎士団が常に討伐をしているので街道付近は安全でしょう」
これからセトたちが入る国。カラグヴァナ王国は、荒野と魔獣が闊歩する場所だ。
そんな土地に王国を築き、大国として栄えているカラグヴァナ王国はまさに強国といえるだろう。
町の外をうろつく討伐対象個体の魔獣を騎士団が日常的に討伐している。それは、騎士団が常に実戦による訓練を積んでいるということだ。
カラグヴァナ王国が他国を侵略し属国化していけたのも、この魔獣討伐で鍛え上げられた騎士団の存在が大きい。
おそらく、世界最強の剣術を有する騎士団だ。
セトたちを助けてくれた風の団もカラグヴァナ王国出身だったが、彼らも魔獣討伐で修行を積んだのかもしれない。
「では、しばらくは道なりでいいですか?」
「はい。魔獣と出会っても大丈夫だと私は信じているのでございますよ」
「ご期待に応えてみせます。ピントさん」
しばらくは道なりに進む。
国境の境目は目に見えないが、もうすぐ国境を超える。
街道に立てられた看板を見て、セトたちは国境を超えたことを確認した。
ここからはカラグヴァナ王国領だ。
アズラの合図で護衛たちが警戒を高める。
もう魔獣のテリトリーに入っていると判断した方がいい。
馬車が進む道から緑が消えていく。草原が終わり荒野が広がり始めた。
気候も変わり、乾いた風が流れてくる。
気温は日照りが続いているベスタ公国ほど暑くはないが、それでも荒野特有の暑さがあった。
荒野に伸びる真っすぐな街道をひたすら進んで行く。
何もないというのが素直な感想だ。
岩と砂だけの乾いた大地。
木を見かけても枯れてしまっていて灰色になったその幹を晒している。
木々の生い茂る森の近くに住んでいたセトには想像も出来ない世界が広がっているのだ。
「すごいね。岩と土が赤く染まったみたいだ」
「・・・」
「リーちゃん、ほら、遠くの方に何かいるよ」
「・・・、セト・・・」
「どうしたの?」
「・・・ん」
リーベは何も言わずに抱き着いた。甘えたいのではない。
これは、何かを恐れている、その恐怖から逃れようとセトを頼った。
セトはリーベが何を怖がっているのかが分からないが、分からなくても守ってあげることは出来る。
ギュッと抱きしめ返し何もない荒野を見る。
セトが分からないのは当然だ。
リーベの感じた恐怖は、彼女の失われた記憶その断片である夢から来ているのだから。
荒野を見た瞬間にリーベの頭に浮かんだのは、あの荒野を埋め尽くす死体の光景だ。
あそこがどこなのか、何があったのかはまだ分からない。
でも、きっと重要な手がかりなのだろう。
夢に出てきた神々しい獣たちと黒い巨人は実際にいたのだ。
なら、あの場所もどこかにあるのかもしれない。
国境を越えて1日が経過した。
景色に変化はなくどこまでも荒野が続いている。
ルフタは、この荒野の気候に参っていた。暑いだけならいいのだがこうも乾燥しているといただけない。
水をガブガブと飲んでしまう。また、術式使いの護衛に補充してもらわなくては。
「ルフタ元気ニャいニャ。荒野は苦手かニャ?」
「お前さんはどこでも元気であるな」
エリウは全然元気そうだ。彼女はどこでも元気に過ごしていけるのだろう。
そんなことを考えているとふと、視界の先に何か動く点のようなものを捉えた。
「ん?」
ルフタは目を凝らす。遠くで動いている複数の黒い点はこちらと平行して走っているようだ。
徐々に近づいて来ているように見える。
黒い点の進行方向が変わった。真っすぐこちらに突っ込んでくる。
間違いないあれは魔獣だ。
「魔獣の襲撃である!! 護衛は前へ!!」
ルフタが声を張り上げる。馬車の列の速度が上がった。護衛が相手をしている間に荷物を逃がすのだ。
徒歩での逃走だ。うまくいく可能性は低いだろう。
それでも時間を稼ぎ魔獣を撃退する。
「エリウ、魔獣の種類は分かるであるか?」
「ニャー。たぶんシュタッヘルだニャ。荒野でいつも腹ペコの奴らニャ。あれは火に弱いニャ、いつもカラカラだからよく燃えるニャ!」
魔獣シュタッヘル。
肉食植物の魔獣で、植物の形態としては種に当たる。
茶色いカラで全身を覆い、発達したツルで移動を可能としていた。
その固いカラを活かしての突進攻撃と何より群れによる数の暴挙が厄介だ。
単体では脅威ではないが、群れとなると討伐対象個体に指定される。
シュタッヘルが通った後は何も残らない、そういわれる暴食の存在。
「ルフタ! ここで迎え撃つわ。馬車と荷台を盾に陣形を組んで!」
「了解である」
アズラが馬車の上に立ち、火の術式を展開していく。
これだけ乾燥していて植物の魔獣が来ている。
相性は抜群だ。
ありったけの魔力を展開し広範囲に火の術式を放った。
直後に純粋な熱による焦土が広がっていく。
魔獣シュタッヘルを焼き殺し炭となった死体が転がる。
だが、魔獣シュタッヘルは仲間の死体を盾にアズラの術式を超えてきた。
まさに、数による強行突破。
ルフタたちは陣形を整え武器を構えた。
ここを乗り切らなければ王都にはたどり着けない。
旅は佳境に差し掛かってきた。




