第三十七話 一仕事する前に
シェレグ城の中庭が見える一室でカチャカチャと何かをいじくる音が鳴っていた。
パッと見は何かのパイプを折りたたんで繋ぎ合わせただけのガラクタに見えるが彼には謎の技術が詰まったお宝に見える。
彼、マルクは術式機械の研究者だ。
今までいろんな機械を作ってきたが、これといって世に出た物はない。
彼が使用している武器、新方式・術式駆動機械・姫壱号も、もともとは永久機関を開発しようとして出来上がった失敗作だ。
成功した物が完成した物が未だにない。
それでも彼に焦りはなかった。
何も金持ちになろうと、有名になろうとして研究しているのではない。
好きだから研究しているのだ。
もちろん、出資してくれているベスタ家にある程度結果を見せる必要はあるが、ガラクタでもフローラは喜んでくれる。
マルクはそれが嬉しいのだ。
自分の研究内容を喜んで聞いてくれるのが見てくれるのが嬉しいのだ。
カチャカチャと謎の機械の分解が進む。
どうやら何かをこの管の中に入れて制御していた物のようだ。何を入れていたのかは、まだ分からないが調べていけば判明するだろう。
「もうこんな時間か、今日はこの辺にしておこうかね」
手を止めグッと伸びをするマルク。
今日は朝からずっとこの機械をいじっていたからか、少し疲れを感じていた。
フローラはエウクレイデスの被害に遭った村や町への援助で忙しくしているだろう。
セトたちはピント商会の所に仕事を貰いに行ったようだが上手くいっただろうかと、マルクは心配する。
「どれ、様子でも見に行こうかね」
セトたちは晩ご飯の準備でもしている頃だろう。
マルクは部屋を出てフローラに挨拶をしてから向かうことにした。
執務室を覗くと予想通りフローラは仕事の山に追われている。
それはもう、優雅に流れるように書類の山を処理していく。ちゃんと書類を読んでいるのか不安になるがその心配は杞憂だろう。
彼女はちゃんと一つ一つの書類を読んでいる。
文章ではなく記号として。
最適な対処を一瞬で導き出し必要な書類に判を押していく。
額から汗が流れているが、フローラは気にも留めない。
マルクはハーブティーを用意して、執務室に入っていった。
「姫、ご休憩を。美味しいハーブティーもありますからね」
「あら、マルク。お気遣い感謝しますわ。でも、心配成さらずに。あと少しで終わりますわ」
あと少しというものの、かなりの書類が詰まれている。
一旦、仕事を止めた方がいいだろう。
「姫、もう夕食の時間ですので、そろそろアズラたちの所に向かわれてはどうでしょうかね?」
「そんな時間でしたの。そうですね、分かりましたわ。アズラの所に向かいましょう」
マルクとフローラは執務室から出てアズラたちのいる市場を目指す。
あの大人数だからすぐに分かるだろう。
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市場で70人ほどの大所帯がえんやわんやと大騒ぎしている。
市場にある店を貸し切り状態で飲んで食っての大騒ぎだ。
セトはお金が足りるかどうかの心配がずっと頭を離れない。
安く済ませても3ヤカルぐらいはしそうだ。
酒をガバガバ飲む奴がいるがあれは自分で払うのだろうそうだろう。
「なんか、仲間がいきなり増えた感じね」
「うん、そうだね」
アズラがボソッとぼやく様に呟く。
少し前までは全然想像もしていなかった光景だ。
自分たちがこの70人の雇い主。
主人に当たる訳だ。
助けるためにこうなったのだが、現実として認識するとなんだか戸惑いを覚えてしまう。
ご主人様と呼ばれても自分のこととは思わないだろう。まだ呼ばれたことはないが。
「二人とも何しとるのだ。さ、どんどん食べようではないか。明後日には出発するのだ。英気を養っておかんと力が出んぞ」
ルフタが二人の分の料理を運んできてくれた。ルフタは周りへの気配りが出来る男だ。
酒に飲まれて変な踊りをしているハトゥール族のバカがいるが見習って欲しい。
「ありがとうルフタさん」
「いただくわ。ルフタも一緒にどう?」
「ああ、いただこう。・・・セト、金の心配ならせんでも大丈夫だ。公女様に付けとけばいいからな」
「ええ! なんか悪い気が・・・」
「頼ってやった方が公女様も喜ぶと思うぞ」
ルフタは今を楽しめとセトの不安を取り除く。
心配ばかりしていては楽しめるものも楽しめない。
「アズラ、これからお前さんはこの大所帯の主となる訳だが。どうだ? こうしなきゃいけないと思うようなことはあるか?」
「んー、別にこれと言って思うようなことはないけど、でも、やっぱり責任を背負うんだなって感じているわ」
「それが分かっているなら大丈夫だ。お前さんはいい主になるさ」
ルフタはアズラのコップに少量の酒を注ぎ乾杯をする。
セトには果汁のジュースだ。
ルフタは酒飲みなのかコップに並々と注いで一気に飲み干してしまう。
いい飲みっぷりだ。
「ぷは! ここの酒もうまいな」
「ルフタさん。そういえば神官様だったって言ってましたね。その時のことを聞いてもいいですか?」
「いいとも。吾輩は今から4、5年ほど前までヒギエア公国とエウノミア公国を行き来しながら教えを説いていた。まあ、亜人だからか神官でも差別はあったのだが、それでも良い日々を送っていた」
「辞めちゃったんですか?」
「いろいろあってな。ツァラトゥストラ教、いやジグラットも一枚岩ではない。エウクレイデスのような者もジグラット内にはいるのだ。そして、カラグヴァナ王国にあるジグラットはそれが顕著だったということだ」
カラグヴァナ王国のジグラット。
エウクレイデスが暴走させたベスタ公国支部の上位機関となる組織。
かつて、風の団団長のバティルがカラグヴァナ王国の神官は信用できないといっていた。
もしかしたら、セトが思っているよりジグラットの腐敗は進んでいるのかもしれない。
「ま、辞めて損しかない訳ではなかったがな。ゴクゴク、ぷは! そう、酒がうまい」
「ぼ、僕も成人しているからちょっとだけ・・・」
「セトは、まだダメよ。ああなりたいの?」
そういって、アズラは酔いつぶれて介抱されているエリウを指さした。
せっかく食べた物を全部お外に出してしまっている。
「また今度で」
セトはああはならないと誓う。あとエリウがんばれ。
「カラグヴァナ王国のジグラットと吾輩が合わなかっただけかもしれぬが、それでもどんな職業にも様々な奴がいる。いい奴、いやな奴といろいろだ。本来、神官はその様々な人たちを導かなければならないのだが、吾輩はそれを放り投げてしまった。アズラやセトにはそうはなって欲しくない。特にアズラはこれからみんなを導くのだ。もし迷うことがあれば遠慮なく聞いてほしい」
「もちろん頼りにさせてもらうわ。ふふ、ルフタってお父さんみたい」
「わ、吾輩がか? 子を持ったことはないのだが。なんだか照れるな」
「ルフタはわたしのお父さん?」
「リーちゃんお帰り。お菓子いっぱい貰った?」
「うん!」
リーベがセトたちの机に戻ってきた。お店の人からお菓子を食べ切れないぐらい貰ってきたようだ。
幸せそうにお腹をポンポンしている。
そんなリーベがつぶらな瞳でルフタを見つめた。
「お父さん?」
「お、おう、父さんだぞ!」
「お父さん!」
「ハハハ、かわいい奴め来いなでなでしてやゴフッ!!」
ルフタに抱き着こうと飛びついたリーベの頭がルフタの腹に直撃した。
酒で膨れ上がった胃が圧縮され、いろいろと吐きそうになるが、気合で腹に押し戻す。
「グ、ゴフッ・・・。ふぅ、ハハハ、それなでなで」
「えへへ」
「あら、微笑ましい光景ですわね」
「フローラ来てくれたのね。忙しそうだったから無理だと思ってたわ」
フローラとマルクが到着した。
フローラもお腹が空いていたのかすぐにセトたちの机に入り優雅に料理を味わっていく。
「今日はわたくしの騎士の・・・」
「ご友人のですかね」
「そう友人のアズラが初仕事に向かう祝いの席ですの。祝わない友人などいませんわ」
「ありがとうフローラ」
ありがとうと何気ない一言に、フローラは頬を赤らめ照れてしまう。
身分を挟まないお礼には慣れていないようだ。
「き、気にしないでくださいな」
「フローラ照れてる」
リーベのハートブレイクショット!!
効果は抜群だ。フローラは反撃はおろか動くことすら出来ない。
顔は一気に真っ赤になりプルプルしだした。
マルクがアワアワと取り乱している。
リーベの怖いものは一つだけ、他にはハートブレイクショット!!
「ぷっ、あははは。フローラ顔が真っ赤よ。リーちゃんも思ってもいっちゃダメなんだから。あははは」
アズラが爆笑している。セトはマルクと同じくアワアワしていたがなんだか心配しなくても良さそうだ。
爆笑しているアズラをフローラがムーッとした表情で見ていたが。
「ぷ、ふふ、ふふふふ。卑怯ですわ。先に笑ってしまうなんて。なんだかわたくしがおバカさんみたいですの」
「あははは」
「ふふふふ」
店に笑い声が響き渡る。
今日の夕食は少しばかり長くなりそうだ。
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王都に向かう準備のためセトたちは市場で買い物をしていた。
まずは傭兵たちの装備。
次に、2週間分の食料だ。
彼らの装備は囚われた時に失われたので新たに買い直すしかない。
セトたちは、エウクレイデスの野望阻止でいくらか報酬をベスタ家より貰っている。
今回はその報酬を充てて装備を揃える計画だ。
「いらっしゃいな」
武器屋の人が出迎えてくれる。
セトとアズラにルフタ、そして傭兵たちがぞろぞろと店に入っていく。
予算は30ヤカル。
防具は諦めて、武器を購入することを優先した。
もう一人傭兵がいるのだが、昨日飲み過ぎたせいで二日酔いでダウンしている。放っておこう。
彼女は装備なしでも大丈夫だ。
「やっぱり、お金が足りないな。30ヤカルじゃ全員分買えないよ」
「中古品で数を揃えるしかないわね」
新品の武器はだいたい10ヤカルからとなっているが、中古なら半値近くで買える。
その分、痛んでいたり変な癖がついていたりと問題があるのだが、今は数を揃えるのが重要だ。
剣士の3人には、中古の剣を購入する。一本4ヤカルと200ゾル。
槍使いは、中古の槍を。一本5ヤカル。
弓兵の2人には、中古の弓を。1張3ヤカルと600ゾル
術式使いには、中古の杖を。一本7ヤカル。
杖が高いが、術式使いは傭兵稼業でも重要な存在だ。装備も高くなりやすい。
合計で31ヤカルと800ゾル。
予算オーバーだ。
セトは頭を悩ませる。これでは食料の予算が無くなってしまう。
「食料は現地調達ね」
アズラがあっさりと購入を決定した。
食料は半分の一週間分だけ購入して現地で調達しつつ王都まで向かうこととする。
「ほいな、ありがとさん。また来てくださいな」
武器の購入を済ませ食料をまとめ買いする。
自分たちの馬車が欲しい所だが、もうお金はない。
ロレンツォ卿より頂いた1台でうまくやるしかないだろう。
その馬車も食料でいっぱいだ。
「アズ姉、これで準備できたかな?」
「ええ、これで大丈夫よ。明日に備えて今日は解散しましょうか」
「では吾輩は彼らと話しがあるのでこれで失礼する。お前さんたちゆっくり休むんだぞ」
ルフタが傭兵たちと町の外に向かって歩き始めた。
武器の使いがっての確認と連携などの戦術を決めておくのだろう。
打ち合わせもなしに優れた戦いをするのは難しい。
足りない実力は仲間との連携で補う。今回は装備も足りないのでそれがかなり重要になっていた。
セトたちも何か打ち合わせしておくことはないだろうかと考えるがとくに思いつかない。
「じゃあ、戻りましょうか」
「アズ姉、ちょっとだけ寄り道しない? この前の埋め合わせしたいから」
「気にしてないわよ。恥ずかしかったのは事実だけど」
「う、お、おいしそうなお店見つけたんだ。リーちゃんに秘密で食べに行かない?」
「セトったら、リーちゃんに嫌われるわよ。でも、ありがと」
セトとアズラは2人だけでちょっと寄り道する。
少しぐらい2人だけの時間があってもいいだろう。
実はこの時間もみんなの協力で生まれているのだがセトは気付いているだろうか。
アズラはみんなに感謝しながらセトに案内されていった。




