第三十五話 新しい仲間と仕事
アズラ・アプフェルが商売を開始する2週間ほど前。
首都ウェスタの第三の城壁区画で、上級市民の憩いの場である広場を70名ほどの者たちが陣取っていた。
何やら点呼を取り面接のようなことをしているようだ。
どこかの傭兵団だろうか?
それとも商会の者たちか?
はたまた新しい組織の立ち上げか。
市民たちは物珍しそうにその光景を眺めている。
「次、お願いします」
「へ、へい! ゾンネン・インルナ・ブルーメといいやす!」
現在、セトは新たに雇うことになった使用人70名の面接真っ最中だ。
出来れば屋内でやりたかったのだが、フローラとウィリアム公爵は今後の対策で忙しくシェレグ城の部屋を借りることが出来なかった。
70人も押しかければいくら城でも邪魔になる。
中庭を貸してくれたのは最初の一日だけで、すぐに出ていくことになったのだ。
居座られたら困るとの判断のようだが、確かに70人ほぼ全員が家なしの状態。
帰る所がある者は昨日の内に出発したのだが数人だけだ。
というわけで、この広場をお借りして雇った70名の名前や元職業を確認している。
「ゾンネンさんは大工をされてたんですね」
「へい!」
「家族は居られるんですか? 故郷に一旦帰るのもいいと思いますけど」
「いや! 自分はにいちゃんに助けてもらったですけ、この恩を返すまで帰れません」
「分かりました歓迎しますゾンネンさん」
このやり取りを繰り返し20人、後50人。
セトはもう顔と名前が一致しないが、紙に書きなぐっていく。
取りあえず彼らのやっていた仕事が知りたかったのでこの面接を始めたのだが、アズラは何を考えているのだろうか? とセトは疑問に思っていた。
(アズ姉はこの人たちと何をするつもりなんだろ?)
セトはこの人たちを助けた後は、それぞれ元の生活に戻るものだと思っていたがそう簡単な話ではない。
以前の生活を奪われて囚われていた人たちが多数を占めている。
だから、新たに生活できるように仕事を見つける必要があるとアズラは考えているのだが、セトはピンと来ない。
人助けはいいことだ。でも、仕事は自分で見つければいいと思ってしまう。
最後まで責任を持つ。
これがセトに欠けているものだろう。
助けたら助けっぱなしはダメなのだ。
その後のケアも含めて初めて完了する。
最後まで見れなくても然るべきところに預けるまでしてあげてこそ、ちゃんと助けた責任を果たせるのだ。
「次、いいでしょうか?」
「あ、はい、どうぞ」
21人目。
可愛らしい女の子が出てきた。
綺麗なブラウンの髪を髪飾りで整えている。
ベスタ家からの支援でメイド服を支給されて着ている状態だ。
年齢はセトと同じか少し上くらいだろう。
セトは思わず目を反らす。
「私、リーリエ・オールナ・ビーネっていいます」
「ど、どうもよろしく」
普段はこんな人見知りみたいな反応をセトはしないのだが、今回はちょっと理由がある。
ここにいる70名は全員が狂信者たちにより牢獄に閉じ込められていた。
セトも含めて苦しくつらい尋問を受けた。
それは思い出したくもない日々だ。
裸で牢に放り込まれ、抵抗も出来ずにいたぶられたのだ。
そう、裸でいたぶられたのだ。
裸で。
セトが囚われた牢から彼女リーリエちゃんはバッチリ見えていた。
女の子が裸で一人ポツンといたのだ。セトはハッキリと覚えている。
こいつあの地獄の中で何をしていたんだと思われるだろうが、見えてしまったから仕方がない。許してあげよう。
「リーリエさんは、何の仕事をされていたのですか?」
セトは目を合わせない。斜め横を見ている。
斜め横にはリーちゃんがいる。
リーちゃんを見ているとあの時の記憶が薄らぐ。
「え、えっと、お店の売り子をしてまして。えっと・・・」
「・・・」
「・・・あの実は私もあなたの・・・その見てしまいまして・・・えっとお相子ということで」
「・・・すん」
セトは何だか悲しくなってきた。
自分だけうっかり見てしまったのではない。見てしまった自分もバッチリと見られていたのだ。
この変態! と罵られても文句は言えないと思うのだが、心優しいリーリエちゃんは許してくれた。
「わ、私、売り子としてはよく出来る方なんです。よかったら使ってください!」
「う、うん。よろしくリーリエさん」
セトはリーリエに感謝する。
変態にならずに済んだのだから。
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一方その頃、アズラはエリウとルフタを連れて商人ピントの所へ向かっていた。
商人ピントからの仕事を引き受け、70人全員が食っていける仕事とお金を手に入れる。
そのための足掛かりだ。
エリウとルフタを連れてきたのは使用人を連れてきたと分かりやすく見せるためで。
彼らも快く引き受けてくれた。
二人ともベスタ家から支給された白い上着に青いズボンをお揃いで着ている。
なんだかんだと二人ともセトたちについてくるようだ。
「アズラ、これから会うピントという者はどんな人物なのだ?」
「私も知り合い程度だけど、悪い人ではないと思うわ。フローラと個人的な面識もあるようだし仕事内容は信頼できると思うの」
「仕事って、どんニャ仕事ニャんだニャ?」
「荷物運びよ。王都で商売をするらしいから人手がいるのよ」
アズラはこれから会うピントのことを説明していく。
信頼できる人物かは、今回の仕事がどうなるかによるだろう。
以前に聞いた仕事内容は、カラグヴァナ王国の王都アプスに運ぶ荷物運びとのことだが、70人もいるので護衛と販売の手伝いまでこなそうとアズラは考えている。
数は力なり!
な感じだが、人手を必要としているピントにも一度にまとまった人数が確保できるのはありがたいはずだ。
「どんニャ仕事でも姉御なら問題ニャいニャ。ベスタ公国最強の騎士としてあっという間に終了ニャ」
「強くても仕事はすぐに終わらないわよ。後、その呼び方恥ずかしいからやめてくれるかしら?」
「姉御は姉御ニャ。あちしが尊敬する強くてカッコイイ女戦士ニャ!」
アズラは怒るべきかどうか悩んでいた。悪気はないのだ。言い方が悪いだけ。
エリウは本当に純粋な気持ちでアズラを尊敬しているのだ。
少しずつ呼び方などを教えていくべきだろう。
「吾輩も、アズラの強さには驚いたぞ。まさに戦乙女。公女様が側に置きたがるのも分かるというものだ」
「そんなんじゃないわ。ただセトを守ろうと身に着けただけよ」
「セトのためにそこまで出来るのなら、十分お前さんはすごい奴だ」
「そうニャ。あちし、姉御が騎士に任命された時、感動したニャ」
エウクレイデスの野望阻止の件でアズラはフローラから騎士に任命された。
新しいアズラの肩書、それは、公女直属護衛騎士。
フローラ個人の騎士団といった所か。
任命式は謁見の間で執り行われ、アズラは緑の優雅なドレスに鎧を取り付けた式典用の衣装を身に纏ってみんなの前に現れた。
思わずうっとりするほどの美しさ、内に秘めた強さを醸し出しながらまさに聖騎士と呼ぶに相応しい姿だった。
アズラはみんなに注目されて少し恥ずかしく思うが、セトが目を輝かせて見てくれていたからまんざら悪い気はしなかった。
むしろ、また着てあげようかと考えてしまう。そんなアズラは弟弱愛のお姉ちゃんです。
アズラは半ば強制的に騎士に任命されたのだが。
まだ会って数日だというのに公女様は意外と我がまま、いや予想通りに我がままなようだ。
アズラとしては悪くない話だが、彼女はまだセトと一緒に仕事がしたいと思っている。
しばらくは肩書だけ借りることになるだろう。
フローラもきっと許してくれる。
「どういたしまして」
そんなに褒められたことではないとアズラは答えておく。
しばらくするとピントの屋敷が見えてきた。
さて、アズラたちの仕事は残っているだろうか?
「いやー、非常にありがたいでございます。人手不足に難儀しておりまして、まさか使用人を70人近くも雇われていたとは」
商人ピントの第一声は好感触だ。
人手はまだ集まっておらず、これからといった状態だったようだ。
「ええ、私も70人の仕事を探すのに苦労していたわ。そこでなんだけど、この仕事を全部私たちに任せてくれないかしら」
「荷物運びだけでなく?」
「そう、護衛から全て」
アズラは仕事を確保するために交渉に出る。
荷物運びだけでもいいのだが、ほかの仕事もしておけばいい実績になるからだ。
「お気持ちは嬉しいですが、護衛は経験者でないと厳しいかと」
「大丈夫よ。使用人の中には元傭兵もいるわ。それに、私はフローラ公女殿下直属の騎士よ」
さっそく肩書を使わさせてもらうアズラ。
ピントは目を見開きアズラの評価を再設定する。
効果は絶大のようだ。
早速、護衛として雇った場合の費用を考えている。ピントはあくまでも商人なので貴族や王族でも市民でも対応はあまり変わらない。
礼儀と対応が変わるぐらいで、お金の話は別なのだ。
そのピントが考えを変えたということは、アズラを雇うことに価値があると判断したからに違いない。
「分かりました。アズラ様とその使用人方を雇いましょう。これからの王都までの道中お願いいたします」
「ありがとうピントさん。それと、王都に着いてからも必要があればお手伝い致します」
「いやー、そこまでして頂けると大いに助かるのでございます。それでは、早速契約の内容について決めて行きましょう」
荷物の運搬と護衛、そしてその他もろもろの仕事を引き受けることに成功した。
後は報酬の額だが、変な金額を吹っ掛けたりはしないだろう。
商売とは信頼が基本だ。
その準備となる労働者や護衛を雇うのも同じ。
ピントは荷物運びを行う者に一人、1ヤカルと500ゾル。
護衛は一人、5ヤカル。
期間は2週間。
の契約を提示した。
まずは、無事王都に着くまでの契約だ。
荷物を積んだ馬車が計5台、手押しの荷台が10台だ。
馬車は一台につき御者が1名。
手押しの荷台は一台につき5名。
荷物運搬で計55名必要だ。
護衛は一台につき1名と考えると15名で人数的には丁度いい感じになる。
だが、これでは荷物運搬の交代要員がいない。
少し進んでは休んでの繰り返しになり時間ロスとなるだろう。
そこで、護衛を10名に減らし、浮いた5名を予備要員として待機させる。
こまめに交代させながら進めば移動速度も向上し時間ロスを防ぐことも出来るだろう。
荷物の運搬と護衛で計140ヤカルでの依頼となった。
かなりの大金だが、これでも70人で消費すればあっという間になくなる額だ。
200ゾルの宿に泊まる仮定して計算するとたった10回止まったら無くなってしまうのだ。
10日間では同じ額を稼げない。より質の高い仕事を自ら見つけてこなさなければいけない。
護衛だけの仕事ではないのでこんなものだろうとアズラは了承する。
期間の2週間の内、これだけしか仕事をしない訳ではない。
その辺りの時間管理も考えないといけないとアズラは宿題を頭の隅っこに記憶しておく。
「では、契約の内容は以上でよろしいでございましょうか?」
「はい、今日からよろしくお願いします」
「こちらこそ、公女殿下の騎士様には期待しております」
この肩書がただのハッタリになるか二つ名になるのかは、これからしだい。
その意味も込めての期待なのだろう。
アズラは恥ずかしくない仕事ぶりをしなければと決意する。
セトの所に戻ったらさっそく人員選定をしなければいけない。
護衛が出来る人が何人いるかで今後の仕事内容も決まってくるだろう。
より大きい仕事を貰うためにここで躓く訳にはいかないのだ。




