第三十三話 魔獣クリファ
破綻した計画に狂気をぶち込み、自分すら贄にエウクレイデスは狂気の向こう側に突き進む。
人の在り方を忘れた彼の肉体は歪なそれだった。
魔獣クリファとなったエウクレイデスは、穿たれた穴に向かおうとその崩壊した体を動かす。
異常に肥大化した上半身をどの部位かすら判別できない肉で支え、人の5、6倍はある腕を4本も持っている。
首から上は脳その物が露出しその中心に目の代わりとして、エウクレイデスの顔がギョロギョロと蠢いていた。
もうどこから喋っているのか分からない声が闘技場に響く。
「アア、祝福デアル・・・、主トノ対話ヲナスコノ喜ビ!」
エウクレイデスが穿たれた穴を掴もうとその巨腕を広げる。
一人の人から変貌したとは思えない、巨体。
腕を広げた全長は10mを軽く上回っている。
「ガマリエル型か。ここまで巨大になるとは・・・。アズラ! 今よりクリファ掃討戦を開始します。手伝ってくれますか?」
「はい、当たり前です。みんなもいけるわね」
「うん! 僕もやるよアズ姉」
セトが続く。もう足手まといは嫌だから。守られるだけは嫌だから。
「吾輩も戦うぞ。まだ逃げ遅れている同胞がいるだろうしな」
「あちしも戦うニャ」
ルフタとエリウも続く。仲間のためみんなのためにこの化物を倒す。
「このマルクもといいたいが、リーベは任せてもらいますね」
マルクが後方支援に回った。リーベを守護する最後の砦。
ここに集った仲間が一つになった。
大切な家族を助けるため、同胞を守るためそれぞれの思いでみんながここにいる。
「クリファを包囲、足止めをお願いします。私とアズラは敵の注意を引き付け穴から引き剥がすことに集中してください」
「「「「「了解」」」ニャ」」
全員が一斉に動き出す。エウクレイデスを包囲し迎撃態勢を取る。
セト、ルフタ、エリウが足止め。
ヴェヒターとアズラが攻撃と牽制担当だ。
後方でマルクが万が一に備えて待機している。
負けない。負ける気がしない。セトは高揚する気持ちが抑えれない。
その気持ちが分かるのかルフタとエリウも気持ちが高ぶっていく。
「吾輩に続け!」
「やぁぁああ!」
「ニャァ!」
3人が攻撃に入った。
エウクレイデスの体から伸びる細長い腕を振り払い、足となっている肉塊に攻撃を与える。
剣で斬り、爪で抉り、メイスでその巨体に飛び掛かる。
エウクレイデスの進行が止まった。邪魔をするセトたちを薙ぎ払おうと巨腕を振り上げる。
クリファとなった彼にとって蟻のような3人を叩き潰そうと巨腕を振り下ろした時。
ジュゥウウウウウウウッ! と体を焼き切り裂く一撃が叩き込まれた。
アズラによる、火、水、風の混合術式。
熱水を風で超高速に打ち出す水の刃。
「アアァァアアア!! 美シキ姉君!! マダ、私ニ立チ塞ガリマスカ。イイデショウ! アナタノ魂ヲ捧ゲテ、主ヘノ感謝トシマショウ!」
巨腕をアズラへと向け直す。その4つの破壊を生み出す拳が握られた。
拳を得意とするアズラへの挑戦。
そして、嫉妬。
自分を上回る存在であるアズラに、エウクレイデスは拳を撃ち込んだ。
「受けて立つわ」
アズラも拳で返す。その弟を守るために鍛えた拳を握り締め。
自分と同じぐらいの拳に叩き込む。
ガガンッ! と拳同士がぶつかり合い、両者の力がぶつかり合う。
エウクレイデスはアズラを叩き潰そうとその巨体を活かして押し続ける。
ザザザザッァァアアアッ! とアズラの足が床を滑る。単純な腕力差で力負けし押し止めることができない。
だが、アズラには焦りも恐れもなかった。
腕力差で力負けするのは当たり前だ。相手の方がでかいのだから。
だから、アズラは破壊力で上回る。
拳をさらに固く握り、魔力で破壊力の上乗せをしていく。
強大な魔力が彼女の周りを満たしその全てが拳に集まる。
ダンッ! アズラが足に力を入れエウクレイデスの拳を止めた。
そのまま拳撃ち込む。目の前の壁に穴を空けるように。
「ハッ!」
グシャッ! とエウクレイデスの拳にヒビが入る。アズラを圧倒していたはずの巨腕が手先から崩壊していく。
魔力の武装化。
魔力が現象の発現となるのではなく。純粋な攻撃力に変換したもの。
破壊力に特化した拳が巨腕を打ち砕いていく。
「私ノ腕ガコウモ容易ク破ラレルトハ。アア! 試練ニ感謝ヲ。認メマショウ。アナタガイナケレバ、私ハコノ内ニアル恐怖ニ気付カナカッタデショウ」
「御託はいいわ。とっとと来なさい!」
「アアァ!! ソノ強サガァァァアアアアア!!」
エウクレイデスは意識を狂気に呑まれながらもアズラに襲い掛かる。
残りの巨腕を振り上げ、次々と叩き込んでいった。
頭上に迫る巨腕を全てアズラはかわしていく。
優雅に踊るようにエウクレイデスを翻弄していた。
「美シイ、オ美シイ!! 抗ウ姿モ、アナタノ全テガ!!」
エウクレイデスは狂うように拳を撃ち込んでいく。撃ち込んだ拳が避けられるのが信じられないと。
美しさを感動すら覚えると。
もうエウクレイデスにはアズラを殺そうとしているのか、いたぶっているのか分からない。
さらに、腕を足を顔を触手のように生やし迫る。
「ラツェル、敵ガマリエル型の攻撃手段を排除してください。」
ヴェヒターの指示によりセフィラの一体、ラツェルが剣を振った。
その一振り一振りの動作が残像を作るほどの超高速で処理されていく。
エウクレイデスの巨腕が触手が1秒もしない内に全て切り落とされる。
「エウクレイデスをクリファから引きずり出します。頭部への集中攻撃をしてください」
「マガイモノガッァァアアアアア!!」
エウクレイデスは斬り落とされたことに全て斬られなくなってから気付く。
完全に認識外からの攻撃。
もう穿たれた穴に近づくことはおろか、攻撃に対処することも困難になってきている。
「アアァァアアア!! 何故ダ! コノ力ハ主ノ片鱗デアルハズ!! 何故後レヲ取ッテイル!?」
「主の敵であるクリファと眷属のセフィラの違いも判りませんか。だから、哀れといった!」
ヴェヒターはさらに攻撃の指示を出し、ラツェルが残像を残しながら攻撃に移った。
ラツェルによりエウクレイデスが全身膾の如く切り刻まれていく。ラツェルの圧倒的速度に振り回され、抗うことすら出来ない。
再生が追い付かない。
エウクレイデスはここに来て致命的なミスを犯した。ただ大きくなれば能力が強化される訳ではない。巨大化した分何かを消費しているのだ。
肉体の維持に費やしていた再生力を巨大化と変異に割り振った結果だ。
再生力というアドバンテージを自ら放棄してしまったせいで戦いの均衡が崩れたのだ。
新に触手を伸ばすも残像に攻撃を繰り返し切り刻まれた血肉が飛び散っていた。
後方で見ているマルクは勝利を確信した。
神官であるヴェヒターはあの化物の対処方を完全に熟知している。
多少、手を加えた程度では彼を出し抜くことはできない。
「神官長に推薦されたと聞きましたがこれほどとはね。もう時間の問題でしょうか?」
「まだだよマルク」
「何がかね?」
戦いを見ていたリーベがまだだといった。
その目は何かを警戒している目だ。
「あの人、諦めてない。神様に会おうとしている」
エウクレイデスが神に会おうとしている。
人外となったその姿でもその先を見ているのか。
ラツェルに猛攻を受けていたエウクレイデスがメコッ! メコッ! と再びその体を変貌させ始めた。
「祝福デアル! 祝福デアル!! コノ恐怖モ怒リモ、・・・絶望モ!!」
エウクレイデスの頭部が脳だけの頭部が花のように開いていく。
その中から、辛うじて人の形を保つエウクレイデスが姿を現す。
まるで、草花のように花を咲かせた後は実をつけ腐るだけだとその巨体が崩壊を開始した。
「さらに変異するつもりですか。だが、いくら形が変わろうとも所詮はクリファ。私の敵ではない」
傷が再生しない頭部がエウクレイデスの唯一残った人間の部分。ここを破壊すれば暴走するクリファを止められる。
ラツェルがエウクレイデス本体の頭を狙って突きを放つ。
その圧倒的速度と合わさり周りの空気が圧縮されドンッ! と衝撃音が鳴り響き。
残像が引き延ばされその姿を確認することも認識することも出来ない。
ザスッ! と顔を貫いた。
「・・・?」
ヴェヒターは違和感を感じた。ただの肉片を刺したような?
このエウクレイデスは本体ではないのか。
ヴェヒターが一瞬だけ次の対処を思考した。一瞬だけラツェルが静止する。
バクンッ! と花のように開いていた頭部が閉じた。
ラツェルを飲み込み、崩壊していく胴体から分離する。
ヴェヒターがラツェルと連動するように動けなくなった。何かに手足が拘束されている。
分離したエウクレイデスが蛇のように尾のような新しい胴体をくねらせセトたちに迫った。
「こっ、こっちに来る!」
「慌てるな! セト、エリウ、奴の動きを封じるぞ。吾輩が中央をお前さんたちは左右を頼む」
「了解ニャ! 絶対逃がさニャいニャ!」
セトたちがエウクレイデスの進行経路を塞ぐ。
もとが何かだったかすら分からなくなった化物を食い止めようと武器を振った。
真正面から突っ込んできたエウクレイデスをルフタがメイスを振り下ろし無理矢理食い止める。
「ぬぉおおおおおおおお!!」
ルフタを引きずりながらさらに進んでくる。
穿たれた穴目掛けてその巨体を持ち上げた。
「たぁ!」
「ニャァア!」
脳だけの頭部が持ち上がった瞬間にセトとエリウが尾の部分を切り裂いた。
移動手段を奪われたエウクレイデスは頭部から触手を伸ばしもがき始める。
「アズラ、すいませんが奴の頭部を開いてくれますか」
「任せてください」
セトたちに動きを封じられたエウクレイデスにアズラがとりつく。
閉じた頭部のつなぎ目に拳を撃ち込みねじ込んだ。
そのまま力の限りこじ開ける。
グバッ! と頭部が開く。
触手に拘束されたラツェルと、顔を刺されているエウクレイデスが見えた。
アズラをも拘束しようと伸びてきた触手をアズラは拳一つで粉砕する。
ラツェルの拘束が解かれ、エウクレイデスの体が砕けた。
エウクレイデスは触手で本体の擬態を作っていたのだ。
擬態の中から本当の顔が出てくる。
「弱点は顔なんでしょ? 止めを刺させてもらうわ」
アズラが拳にありったけの魔力を凝縮していく。
魔力の流れに揺られアズラの髪が優雅に揺れる。
一撃で確実に仕留めると、その意思が感じ取れた。
「アア、祝福デアル。コノ束縛カラ解放サレルコトニ感謝ヲ」
魔力が拳を覆い具現化する。彼女の最大の破壊力をその忌々しい顔面に叩き込んだ。
「コノ死スラ祝福デアル!!」
顔面が弾け飛びエウクレイデスの肉体がクリファが消滅していく。
彼を特別たらしめた力が完全に消滅した。
そして、穿たれた穴に3つ目の青白い光の塊が吸い込まれる。
「・・・終わったの?」
「ああ、吾輩らの勝利だ」
「にゃあ、腹が減ったニャ」
エウクレイデスに勝利したセトとエリウはその場にしゃがみ込む。
二人ともろくにご飯も食べていない。食べていないのはルフタの方が長いのだが、彼はまだ平気そうだ。
「帰ったら一杯食べさせてあげるから。ほら、頑張って」
アズラがセトとエリウを励ます。戦いが終わって二人とも完全に気が抜けたようだ。
そんな中、ヴェヒターは上を見上げていた。
そう穿たれた穴を。
エウクレイデスが死んだのに消える気配がない。
「アズラ。みなを連れて建物の外に避難してください」
「あの穴が何か?」
「あれは、転移に用いる世界の歪みで間違いないでしょう。アズラも通ったあの白い世界の入口です」
「入口は使ったらすぐに消えるのでは? 使われるのを待っているのかしら?」
「おそらく、その通りです。ですが今回はこちら側からではなくあちら側から来るためのものだとしたら・・・」
アズラは穿たれた穴の危険性を理解した。白い世界にいるのは何か?
ラガシュで見たではないか。
そう、あの白い世界のジグラットでリーベを取り込んだビナーと、それを殺そうとしていた黒い巨人を。
あんな化物がまたこっちに来たら人では対処出来ない災厄が起きる。
「分かりました。すぐに避難を始めます。みんな聞いていた? ここから離れるわ。すぐに避難をして」
「大丈夫だよアズ姉さん」
「リーちゃん!?」
気付いたらマルクに抱えられたリーベがすぐ側にまで来ていた。
マルクも何やら不思議な顔をしている。
「リーベがこの穴とやらを治せるそうですが、どうしますね。任せますか?」
リーベは穿たれた穴が何なのか。そして、どうすればいいのかを知っているという。
説明されたマルクはまるで理解できなかった。
理論立てて説明してくれたのだが、内容がまるで分からなかった。
機械技術者に化学技術の説明をした感覚。
専門外の言葉が羅列された状態だ。
それでもマルクは、リーベを連れてきた。彼は任せてみるつもりなのだろう。
「リーちゃん大丈夫なの? あの変な穴は危ないんじゃ」
「ヴェヒター様。私は反対です。全員で避難を」
「・・・いえ、試してみましょう。私も対処法を持ち合わせていないのは事実。このまま上位存在が降りてくるのを黙って見るよりはいいはずです」
ヴェヒターはリーベに任せるつもりだ。
何より本当に対処できるなら彼女は・・・。
リーベは穿たれた穴の真下に立った。
祈るように手を胸の前で握り、穴の奥を見つめる。
対話が始まる。




