第三十二話 全てねじ曲がって
遂にたどり着いた。
町でセトをさらわれ自分の無力さを嘆いていたアズラがようやくセトのいる所に。
アズラはヴェヒターによる転移の神術で転移してきのだが、転移の最中にエウクレイデスの顔が。
セトもリーベも見えた。
リーベにまで敵の手が及んでいた。その事実がアズラを怒らせた。
その後は一瞬だ。
転移中は動くなというヴェヒターの忠告を無視して、ありったけの力を込めた拳をエウクレイデスの顔面にお見舞いした。
アズラが転移中に行動しても無事だったのはヴェヒターが転移座標を都度修正したのと、アズラ自身が転移されずに欠けてしまった体を癒呪術式で回復していたからだ。
まさに荒業。
アズラの飛び抜けた術式の才能とヴェヒターの完璧なサポートがあってこそ出来た事だ。
「セト! リーベ! 助けに来たわよ」
「アズ姉!」
「アズ姉さん! マルクを助けて!」
リーベが涙ながらに訴える。リーベを守ろうとエウクレイデスに立ち向かったマルクは力及ばず返り討ちにあったのだ。
火力では勝っていた戦闘技術も、だが及ばなかった。エウクレイデスは不死身ともいえる体で全ての攻撃を受けきって、マルクを捻り潰した。
すぐにアズラが癒呪術式を唱える。見る見るうちにマルクの傷が塞がっていく。意識を取り戻しアズラを見た彼は。
「アズラ? む! そうかこのマルクがとんだ失態を。付き人失格ですね」
「何言ってるんですか。妹を守ってくれて感謝します。でも今は・・・!」
アズラは顔面が崩壊するほどの力で殴ったエウクレイデスを睨む。
上階から落ち闘技場の床で蠢く彼は何かを呟いている。
「・・・えない。りえない。あり得ない。たった一人に我らが信徒が全滅したのですか? 主からの、聖女からの祝福を目前にして!? ・・・、アア、これも祝福。そう、私への祝福。感謝を!! この試練に感謝を!!」
上半身だけが浮かび上がるように人とは思えない挙動で立ち上がる。
その顔はもはや原型を留めないほどにグシャグシャになっていた。
ゴキリと落ちた際に折れた足の骨が元に戻る音が鳴る。
「ニャ、ニャんニャんだアイツ。化物かニャ」
「セト! 奴を抑える。いけるか?」
「はい! 大丈夫です」
セトとルフタが仕掛ける。
どんな力を持っているか分からないが使うのは人間だ。
なら、対処のしようがあるはず。
ルフタは拉げた鉄の棒を放り捨て、継ぎ接ぎの男が使っていたメイスを拾い上げる。
その間にセトが敵をかく乱するように迫った。
「シッ!」
ドスと呆気なくエウクレイデスの腹に短剣が刺さる。
セトは初めて致命傷となる傷を負わせたせいか、動きが止まってしまう。
恨みもなくただ自分が助かるために剣を振った。それが相手の人生を摘み取ってしまう。
その衝撃が刺してからきた。
「何を後悔しているのです? 愛された贄よ。それはあなたの選択でしょう?」
「ッ」
「セトォォォオ!! しゃがめぇぇえええ!!」
ボゴッ! とアズラの拳がエウクレイデスを捕らえる。セトは慌ててしゃがみ防御態勢を取るとアズラの拳から魔力が溢れる。
火と風の混合術式を拳から展開し熱波をエウクレイデスの全身に叩き付けた。
熱波に吹き飛ばされ、地面を転がる。
だが、それでもエウクレイデスは平然と立ち上がってきた。
焼かれた体などまるで気にしていない。グシャグシャになった顔には新たな傷が増えている。
「オオ、美しき姉君。またお会いできるとは。しかし、あなたが私の試練でしたか。アア、感謝を。具現したこの罪に感謝を!!」
「吾輩を忘れているようだな!」
再びエウクレイデスの顔面目掛けてメイスによる攻撃が振るわれる。
どれだけ攻撃してもダメージが回復する体で唯一傷が残る箇所。
そこが弱点だと判断するのはそう難しくはない。
顔への攻撃を嫌ったのかルフタの攻撃を青白い腕で受け止める。
「邪魔をしないでもらいたい。私は試練と対峙しているのですから!」
「ハァッ!!」
アズラは一気に仕留めに掛かる。拳の連打を叩き込む。
エウクレイデスは青白い腕を薄く伸ばした壁を構築し迎え撃つつもりだ。
ガガガガガガガガッ! と徹底的に拳による破壊が叩き込まれた。
エウクレイデスのセフィラに亀裂が入る。彼を守る主の眷属が人の拳に後れを取り始めた。
「美しい! やはりあなたはお美しい!! 人の身で主の眷属に勝りますか!? それは傲慢である!! 罪である!! アア、故にお美しいィイイ!!」
アズラに押されていたエウクレイデスがセフィラを膨張させた。
それは、剣と槍を模りアズラとルフタに迫る。
「がぁ! これでは近づけん」
「無駄ぁあ!!」
青白い剣と槍に弾かれたルフタは、凄まじい光景を見る。
アズラに迫った何十という剣が槍がことごとく砕かれていった。
もう攻撃しているというよりも砕かれに行っている。
そんな錯覚すら感じる光景。
全ての攻撃を砕き、アズラの拳がセフィラの壁をぶち壊してエウクレイデスの顔面に届く。
「お強い!! 美しい!! あなッゴ!!」
殴りつけた勢いそのまま地面に叩き付ける。
ピクッピクッと明らかにエウクレイデスの体にダメージが残る。
よろめきながら立ち上がり、狂気に染まった目を見開く。
その様子を上階から見ていたヴェヒターは頃合いを見計らい動き出した。
今回、彼がここに来たのはジグラットへのエウクレイデスたち反乱者の粛清だが、この分ならエウクレイデスを連行できそうだ。
保護対象のリーベをマルクとエリウに任せ激闘が繰り広げられる舞台に入る。
「ご、が!? 貴様はあの時のマガイモノ。たかだか神官風情がこの私に、新ツァラトゥストラ教指導者エウクレイデス・ニーチェ・カトプトリカに逆らうなど! 教義の片鱗すら理解できぬ愚か者が!! 死罪である!」
「その哀れな姿で洗礼名ニーチェを名乗りますか。ニーチェとは、ツァラトゥストラ教を導きその根幹を支える人物に与えらえる名だ。ツァラトゥストラ教はおろか自分すら支えられない者がニーチェを名乗るなど・・・。哀れだな」
「・・・哀れ? この私が哀れだと? マガイモノがニーチェにたどり着けぬ愚か者が!! アアアアァァ! この私に祝福を。この者たちを罰することに感謝を!!」
「それが哀れだというのです。ニーチェは導く者。祝福を与える者のことです」
ヴェヒターの影から青白い人の姿をした受肉したセフィラが浮かび出てきた。
主の眷属セフィラが一体、ラツェル。
人の顔の前部分だけを切り取り鎧のように装備した姿をして、騎士を思わせる雰囲気を醸し出している。
2m半ほどの大きさで手には、青白い肉を凝縮して鍛えたと感じる一振りの剣を握っていた。
「上位セフィラ・・・。それが・・・、それが何だというのです! 祝福は私に! 主よりの愛も私にぃぃ!」
エウクレイデスが青白い腕を。
そう下位セフィラを全方位に展開した。
手が、剣と槍がセトたちに襲い掛かる。
「セト! 吾輩の後ろに!」
「くっ!」
ルフタが迫りくる青白い腕をメイスで弾き返す。
彼が捌き切れない攻撃はセトが対処していく。二人では防御するので手一杯だ。
だが、アズラとヴェヒターは違う。
エウクレイデスの攻撃をいとも簡単に受け流し、弾き、懐に潜り込んでいく。
拳が打ち砕き。
青白い剣が両断する。
エウクレイデスのセフィラを打ち破る。
「アア!! 私に祝福を!! 主に愛された証をォォォォオォオオ!!」
アズラの拳が顔面を捕らえ、ラツェルの剣が手足を切断した。
エウクレイデスが宙を舞い地面に落ちる。
「やったニャ! 勝ったニャ! 二人ともみんなの所にいくニャ」
「そうですね行きましょうか。リーベ、姉上の所に行きましょうかね」
「うん!」
ドグシャッ! とリーベがいた所に鉄球が叩き込まれた。
壁と床が崩れ砂煙が広がり、その破壊力を見せつける。
「ニャア! 無事かニャ!」
「もちろんですね。もう同じ失態はしませんよ」
マルクが術式駆動機械・姫壱号を起動させ魔力の壁で鉄球を弾いていた。
リーベはマルクの懐にいる。
「千載一遇のチャンスだったのに、失敗か。楽ばかりしたツケが回ってきたかな」
「フシャーーーッ!! お前もう許さないニャ!!」
まだ動けた鉄球使いの若い男にエリウが反撃を行う。肉を抉る爪を首筋に突き刺す。
もはや、最後の悪あがきを使い果たした鉄球使いの若い男は、首を切られ血を撒き散らしながら倒れていった。
「リーちゃん!?」
「大丈夫よセト。二人がついてくれてるわ」
アズラの言う通り、砂煙の中から3人の無事な姿が現れた。
これで、敵を完全に撃破した。
「エウクレイデス、貴方の狂気もここまでです。ジグラットに連行し然るべき罪を裁く機関に罰を決めてもらいましょう」
そう。
そもそも、ジグラットはツァラトゥストラ教の施設であって、人を裁くところではない。
その下部組織であったベスタ公国支部も同様だ。
自分たちと相いれない敵を排除する武力を持つことはあっても。
人を選別する権利など持ち合わせていない。
エウクレイデスは根本からツァラトゥストラ教の教えを間違っていたのだ。
ツァラトゥストラ教は、主に尽くすことを幸福と説く教え。
どう尽くしどう思っているかはその人の自由だ。
エウクレイデスはその思想を縛ろうとした。それが失敗の始まりだったのだ。
「狂気? 裁くだと? 私の信仰を狂気などと・・・。」
空間に穿たれたままとなっている穴には二つ目の青白い光の塊が吸い込まれた。
まだ、足りない。
行くのにも、戻るのにも、足りない。
このままでは中途半端になる。穿たれた穴がそう言わんと揺らぎ始めた。
「あれは、ただの転移の神術ではない? エウクレイデス、一体何をしようとしていたのですか」
「アア、そうです。私が聖女の替わりに! 主との対話を行うべきでした。それが私の役割ならぁぁあ!!」
ドクンッ! とエウクレイデスの体が脈打つ。
斬られた手足が新しく生え、全身がメコッ! メコッ! と変化を開始する。
「その体・・・! 貴様、クリファを移植したのですか! みな退避を! この者は人ではない!!」
ヴェヒターが声を荒げる。主の敵を主を妄信するエウクレイデスがその身に取り入れているなど、信じられない所業だ。
論理が、信仰が、全てが破綻している。
いや、これが狂人。
善も悪も、正も負も、全てが織り交ざった存在。
体に埋め込んだクリファの因子が暴走を開始する。
エウクレイデスの体を蝕み、完全に飲み込んでいく。
腕からさらに腕が生え、何者かも分からぬ人の顔が背中より飛び出さん限りに生えてくる。
胴体が肥大化していき、もう人の在り方が消滅していく。
魔獣クリファ。
人より生じた主の敵。




