第三十話 贄の儀
首都ウェスタより南東に広がる古戦場。
ここには、かつての戦争により放棄された廃城がいくつも点在している。
彼、ルフタ・ツァーヴが顔を出した瓦礫の山もその廃城の一つだ。
ルフタは通信用魔晶石の反応を頼りに外まで移動してきたのだが辺りには誰もいない。
廃城は長い年月で森に飲み込まれ、下を見下ろしても木々の緑しか見えなかった。
通信魔晶石の片割れを持っている人物に助けを呼んでもらおうと考えていたのだが、現実はそこまで甘くないようだ。
「くそ、こう森が深くては相手がいても分からんではないか」
ルフタの持っている通信用魔晶石は今も2回置きの点滅を繰り返している。
何を意味しているのかが分からないため、下手に返答ができずルフタは常時点灯させることにしていた。
足元から振動が伝わってきた。牢獄の方でも何か動きがあったようだ。
どういう動きにせよ、急がなければセトの命が危ない。
セトが連れていかれてからかなり時間が経っている。エウクレイデスはセトを生かしておく意味がなくなったと、そして贄に相応しいといっていた。
後、一時間が勝負だろう。
セトを助け出し、無事に逃げ出せるかどうかの分岐点。
この時間での行動が全てを決定する。ルフタにはそう思えてならない。
外への救援を諦め単独で助けに行こうかと考え始めたその時、森の中に淡く光る点が見えた。
森を裂くようにこちらに近づいてくる。
「あれか! よし! あと少しの我慢だセト。希望が見えてきたぞ」
ルフタが通信用魔晶石の片割れと思われる光を見つけたと同時に、アズラたちも通信用魔晶石の光を確認した。
「いた・・・、いた! セト!!」
「冷静にアズラ。ここは確認が取れてから行動すべきです」
「ですが! あの光は間違いなくセトの魔晶石です。こっちが送った信号と同じ点滅を!」
「・・・分かりました。では、あの地点に乗り込むとしましょう。戦闘の準備をお願いします」
ヴェヒターは世話が焼けると感じながらも、アズラのいうことをくみ取る判断をする。
そうしないとアズラは一人でも拠点に乗り込むだろう。
そんなことをしては、助けれるものも助けれない。
ヴェヒターは冷静に状況を分析している。確実に勝利するために。
足に飛翔の神術を施し、ルフタのいる地点を見つめた。
光がいきなり大きく上に飛んだ。ルフタは最初は術式でも使ったのかと思ったがすぐに違うと判断する。
飛び上がった光は一直線にルフタの所目掛けて凄まじい速度で近づいてきたからだ。
「な、何だ! 敵だったのか!」
ルフタは慌てて瓦礫の影に隠れる。
スタッと着地音が聞こえた。
「セト!! 助けに来たわよ! どこ、返事をして!」
(セト! セトを助けに来たといったか)
ルフタは恐る恐る瓦礫の影から顔を出した。
灰色の長い髪の女に白髪の神官服を着た、男? 女みたいな奴が一人。
神官は本物のようだが油断は出来ない。ルフタはまず敵ではないことを伝える。
「吾輩はルフタ。敵ではない。そなたたちの力を貸してほしい」
「ルフタといったわね。セトはどこ? エウクレイデスは!」
「アズラ、ここは私に。感情的になっては上手くいくこともその手から零れ落ちてしまいます」
「は、はい」
ヴェヒターはアズラを嗜める。アズラはセトのことになると周りが見えなくなるようだ。
彼は冷静にルフタに説明を求めた。
「貴方はここに囚われていた者の一人ですね。他には誰がいましたか?」
「吾輩のいた区画で30名ほどだ。それと昨日、セトという少年が新たに囚われてきた。おそらく尋問されているだろう。連れていかれたのは朝方だ、急いだほうがいい」
分かってはいたがセトは尋問を受けていた。リーベの居所を聞き出すために。
アズラは今すぐ助けに行きたい衝動を押し殺す。
そうしないと怒りで我を忘れそうだった。
「では、ルフタこの廃城の案内を頼めますか? もちろん、脱出の手段も確保します」
「吾輩はセトを助けると誓った。ほかの囚われた者たちもだ。そのためにここまで来たのだ。同行しよう」
ルフタはアズラとヴェヒターと合流した。
突起戦力のアズラとジグラットの神官長に押されたヴェヒターが今、拠点に乗り込んだ。
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セトは広い広い空間にポツンと一人で倒れていた。
黒い神官服の男たちに襲われ、反撃空しく殺されそうになっていたら、視界が真っ白になり今ここにいる。
ここがどこかは分からないが。壁や床の構造的に同じ建物にいるのだろう。
一緒に逃げていたはずのエリウがいなくなっている。
彼女が心配だ。
セトは痛む体を起こし辺りの探索を開始する。
助けるにしても外に逃げるにしてもまずは、ここがどの辺りかを知る必要があった。
広い空間の丁度真ん中辺りに着いたが、暗くて周りがよく見えない。
何か大きい壁のようなものに囲まれているようだが、こちらを見下ろせるようになっているようだ。
「・・・エリウ? エリウいないの?」
セトはか細い声でエリウに呼びかける。暗闇からは返事は帰ってこない。
だが、代わりに見つけたものがある。暗闇に一つの青白い光。
その中にいる少女を見間違うはずがなかった。
「リー・・・ちゃん?」
「よくここまで来られた。愛された贄よ」
「!?」
セトの耳に脳に、奴の声が滑り込んできた。
全身に嫌悪感が纏わりつく感覚。意思ではなく本能が対話を拒否する相手。
エウクレイデスがリーベの隣にいた。
「リーちゃん!!」
「セト!! 来ちゃダメ!!」
「オヤ、何を言いますか聖女リーベ。かの贄はあなた様のためにここまで来たのです。ならば、贄がその役を遂げるまで見届けるのがそのものへの祝福となりましょう。・・・! アア、愛を、贄にすら愛を捧げられるのですね! 感謝をこの慈悲に出会えたことに感謝を!」
エウクレイデスが腕を上げた。暗闇に包まれていた空間に炎の明かりが灯っていく。
セトのいる場所がその姿を現す。
「・・・ここは、・・・闘技場?」
「左様、ここが美しき姉君に愛された贄の魂を捧げる祭壇。捧げられた贄によって聖女様は我らが主と対話を果たされるのです!」
「あなたは、何を・・・、何を考えているんだ! こんな酷いことをみんなにして、こんなことが教えに救いになると本気で思っているんですか!」
「思っているのではない。信じているのです。いや、確信である。アア、信仰の証を立てられたことに感謝を」
セトの言葉は届かない。エウクレイデスには、狂人には否定の言葉など自身の狂気の再確認にしかならない。
それでもセトはエウクレイデスに立ち向かう。ここで負けたらリーベが狂気の底に連れていかれる。
「今すぐリーちゃんを解放するんだ! エウクレイデス、あなたを大勢の人が追っている。投降した方が身のためだと思うけど」
「その一人は、床で寝ています。ジグラットから来たマガイモノもいずれ始末しましょう」
エウクレイデスが体を反らすと、その先に血まみれになったマルクが倒れていた。
全身打撲と手足の骨折。徹底的に痛めつけられている。
「マルクさん!! エウクレイデス、お前アズ姉まで!!」
セトのいる所からでは生死が分からない。セトに焦りが募る。アズラは、姉は無事なのかと。
「お美しき姉君は無事ですよ。あれだけ強く美しい方を死罪に処すのは初めてですので」
エウクレイデスは、アズラの強さを認めているようだ。
だが、それはアズラの身の安全の保証にはなっていない。エウクレイデスはアズラを殺すといっているのだ。
このまま彼を放置すれば被害は確実に拡大する。いずれは、アズラやフローラにまでその魔の手が届く。確実に。
「それでは、贄の儀を始めましょう! 聖女に捧げる魂を研磨するのです。より極限まで、愛も、優しさも、勇気も、希望も全て!! 削ぉぎぃ落ぉとすぅのです!!」
闘技場の出入り口に黒い神官服の男たちが立つ。
鎖を引っ張り何かを連れてきたようだ。
セトは戦闘になる前に必死に情報を収集する。逃走経路は? 敵の数は? 戦力差は?
リーベを助けれるのか?
セトが出す回答は決まっている。どんなに不利な条件でも、例え不可能でも必ず彼は守るという回答にたどり着く。
あの日、誓った思いは今も変わらないから。
鎖に繋がれた者が姿を見せた。スッポリとローブに覆われており不気味な雰囲気が感じ取れる。
悪意や狂気ではない。殺意だ。
ローブ姿の者から殺意が、セトを殺そうとする感覚が伝わってきた。
セトはまず、ローブ姿の奴の無力化、次に黒い神官服の男たちをかわしリーベの所に辿り着くという作戦を立てる。
黙ってやられる訳にはいかない。
それにセトには希望があった。必ず助けると言い残し牢を脱出したルフタの言葉。
リーベを一人で助けられなくても時間を稼げれば必ず助けに来るはずだ。
彼は、ルフタは信用できる男だから。
「さあ、行け! 殺し合え! お前は所詮下等生物だ。あいつは、もはやただの贄。肉を抉るのが得意なんだろ? やって見せてくれよ。さあ・・・」
「フゥーーッ!」
ローブ姿の奴が唸り声を上げながら、セト目掛けて突っ込んできた。
セトは身を翻して敵の攻撃を回避することに専念するが、大きく体を動かすたびに背中に激痛が走った。
背中の傷が火傷がセトの運動機能をゴッソリと削ぎ落としている。
セトの足が止まり、痛みに耐えようと体を丸めてしまう。
ガリッ!
背中に5本のトゲが食い込む。背中に穴をあけガリガリと火傷を抉り取っていく。
「ぎぃぃっ! がぁぁっ! っーーーーッ」
声にならない悲鳴が出た。
セトは体を転がしローブ姿の奴から逃げようとガムシャラに動く。
頭の中は逃げることしかもうなかった。
「フシャーーーッ!!」
ローブ姿の奴はセトを逃さない。緑の瞳は長く細くなり、暗いローブの中でギラリと光っている。
その右手はセトの血で赤く染まっていた。爪だ。セトの皮を剥いだのは奴の爪。
追撃を開始する。セトに息を整える時間すら与えない。
「負けるかぁー!!」
セトは追撃の爪が肩に食い込んだ瞬間、突進をお見舞いした。
攻撃手段である爪が固定され、回避が困難な状態。
自分の体に爪が食い込んで離れない今なら確実に反撃できる。
ドガッ! とローブ姿の奴が力負けし弾き飛ばされる。食い込んだ爪がガリッとセトの肩を抉っていきローブ姿の奴が地面に転がった。
ローブがとれその顔が露わになる。
「・・・エリウ」
黒い髪に緑の瞳をした褐色の少女。セトを殺す刺客となったエリウは牙を剥きだしにして殺意を見せつける。
「僕だよ。セトだよ・・・。エリウ! 分からないの!?」
「フゥーーッ!」
「ぎゃははははは! 無駄だ。そいつは下等生物なんだ。お前のことなんてもう覚えちゃいないさ」
「お前・・・ッ! エリウに何をしたんだ!!」
セトの心の底からある感情が湧き出てきた。弱気な彼が味わったことのないような激情。
怒り。憤怒。
ただ怒っているのではない。怒りが相手に飛び掛からんぐらいに波打っている。怒りの脈動がセトの心に響く。
「簡単さ。ハトゥール族は生命の危機を感じ取ると、怒りと殺意で思考が単純化するんだ。なら後は思考誘導で洗脳し手ゴマとすればいい」
「お前ら・・・ッ!!」
黒い神官服の男たちはさも当然のように、エリウを洗脳し操っていると告げた。
外道。
その言葉を体現している。
セトが彼らに殺意を覚えるには十分な理由だ。
「ほら、殺し合えよ・・・。牢の中では仲良しだったんだろ? なら殺し合いも仲良くやらなきゃなぁ。ぎゃははははは!」
エリウがセトを殺そうとジリジリと距離を詰めてきている。
彼女には攻撃できない。ならセトにできるのは黒い神官服の男たちを撃破し、エリウの洗脳を解くこと。
解ける保証はない。だが、やらなければいけない。
セトが黒い神官服の男たちを睨み付けた。
玉砕覚悟で攻撃しようと構える。
「そこまでだ卑劣完ども!! 吾輩が来たからにはもう好き勝手にはさせん!!」
闘技場に声が響く。セトを励まし、庇ってくれた頼もしい声。
セトとエリウの中央にルフタが飛び降りてきた。
その手にセトの武器を抱え、二つの魔晶石を持っていた。それだけでセトは彼が誰と会い何をしてきたかを理解した。
セトを飲み込もうとしていた絶望の表面に亀裂が入る。
それは希望が生まれた証。
「待たせたなセト。お前さんの武器だ。それとエリウといったか。すぐに助けてやる、吾輩は約束は守る男だ。必ず助けるぞ」
「ルフタさん! それはアズッんぐ!」
ルフタがセトの口を塞いだ。
そしてこう囁く。
「お前さんの姉とヴェヒターという男がエウクレイデスを倒しリーベを助け出す。吾輩らは時間稼ぎだ」
「・・・了解!」
「何度も! 何度も! 何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度もぉおお!! 俺の楽しみの邪魔をしやがって!! 皆殺しだ。お前ら全員ぶち殺してやる!!」
「やれやれ、どうせ殺すなら楽に殺したかったよ・・・」
黒い神官服の男たちが闘技場の舞台に上がってきた。
セトたちは武器を装着し臨戦態勢に入る。
エリウを助けだし、リーベも助ける。
反撃開始だ。




