第二十九話 悪意は過ぎて
セトと亜人ハトゥール族の少女がいる牢に足音が近づいてくる。
恐怖の続き、絶望の始まりがすぐそこまで来ていた。
少女は毛を逆立たせ牢の扉を睨み付けている。
来るなら来い返り討ちにしてやると言いたげだ。
だが、セトと少女は二人とも手足を拘束されて自由動けない。
この状態で逆らえば尋問が激しくなるだけなのは容易に想像がついた。
「・・・これを・・・使って」
「? どれニャ」
セトが縛られている手の平を広げる。
そこにはルフタからもらった鱗が握られていた。
「ニャるほど、これで縄を切るつもりだったんだ。これどこで手に入れたニャ?」
「ルフタ・・・さん、から・・・もらった」
「そのルフタってのは今どこニャ?」
「僕を・・・助けるっていって外に・・・」
セトはルフタのことを説明する。
衰弱している時のやり取りのため記憶が曖昧だが、ルフタは確かに牢の外に脱獄しているはずだ。
「根性のある奴がいたもんニャ。ニャんとかそいつとコンタクトを取れればここから、も、よっ」
少女の手を縛る縄が切れた。
これで反撃が出来る。
少女は手を握っては開いてその感触を確かめ、ギュッ! と握り締めて準備が完了すると。
近づいていた足音が同時に牢の前で止まった。
牢の外で黒い神官服の男がこちらを見ている。
エリウは自分を鼓舞するかのように、牢の外にいる男を威嚇するように叫んだ。
「あちしの名は、エリウ・ハトゥール! 誇り高いハトゥール族の女ニャ。両目眼にあちしのカッコイイ戦いぶりを焼き付けるといいニャ!」
「あぁ? 何言ってんだお前。俺はセトに用があるんだよ。ほら、またいいもの持って来たぞ。気に入ってくれるといいんだが・・・」
そういって、見せたのはドロドロに溶けた鉄の入った鍋だった。
どこまでも醜悪なこの男の性格が滲み出ている。
より酷く、より苦しめるためにその知恵を巡らせることに余念がないのだから。
牢の扉が開き、男が中に入ってきた。
すぐさま、エリウはセトと男の間に割って入る。もうこれ以上酷いことをさせないために。
「邪魔だどけ。お前の相手は後だ」
「お断りニャ」
「じゃあ死ね!」
男は逆らったエリウが気に食わないと思うや否や、剣を抜き少女の首めがけて振り下ろした。
剣は真っすぐエリウの首に吸い込まれていき。男が仕留めたと肉を断つ手ごたえがするのを待つが、何も感じない。
何もない空を斬る。
エリウが真横に回避したのだ。男は避けられたことにすら気付けなかった。
ハトゥール族の彼女にとってこの男の剣は止まって見えているようなものだ。
エリウは解放されている腕を広げ男の顔面に鋭い爪を突き立てる。
ガガ、ガリッと顔面の肉を抉る感触が手に伝わり、エリウは男への殺意を込めてさらに爪を突き立てた。
「がぁっぁあああ!! なん、何で縄が取れているんだ! クソ! 殺してやる、殺してやるぞクソ猫ぉぉぉ!!」
「ほら、いいのもくれてやるニャ」
ドンッ! とドロドロに溶けた鉄の入った鍋を男の方へ思いっきり蹴り上げた。
ジュウッ! と足裏が焼ける。
だが、溶けた鉄を被った男の方は悲惨の一言だった。
「ぎゃっぁぁあああああぁああ!?」
衣服が燃え落ち、溶けた鉄が体に張り付く。
肌を溶かし焦がしてズブズブと男の体を焼いていく。
「ぐぎゃああ!! 殺す! コロスゥウゥウウウウ!!」
男は武器を持つことすら忘れてエリウを捕らえようと暴れ出す。
それはもうただ尋問から逃れようとしている者にしか見えない姿だった。
あれだけ恐怖をばら撒いていた男が自分の用意した恐怖に呑まれている。
「今までしてきた酷いこと全部返してやるニャ!」
エリウが男の顔面にしがみつき爪でさらに追い打ちをかける。
傍から見れば猫パンチだがその威力は肉を抉り取るのに十分な凶器となっていた。
「か、ハ・・・」
バタンッ! と男が倒れた。
セトたちに恐怖を植え付けていた元凶が顔面から血を撒き散らしピクリとも動かなくなる。
「ハァ、ハァ。や、やったニャ! これで外に出られるニャ!」
牢の扉は開いたままだ。チャンスは今しかない。
「一緒に逃げるニャ」
「僕・・・歩けない・・・よ」
「あちしが背負ってやるニャ。一人ぐらいなんてことニャいニャ」
エリウはセトの縄を切り牢から外へと出た。
ずっと見えていたのに歩けないと思っていた道。
上へと通じる階段がエリウの目に入ってきた。
セトがエリウにもたれ掛かるように背負われズリズリと引きずりながらエリウは進んでいく。
セトの方が背が高いため、足が地面に着いているのだ。
「お前、結構重いニャ。まあ、男はそんぐらいが丁度いいニャ」
「ごめん・・・痩せる・・・」
「何で謝るニャ。ほめたんだニャ」
セトは元々の弱気な性格か度重なる尋問のせいか、かなりネガティブな思考状態となっている。
それでも逃げることを諦めない所を見るとまだ元の状態に戻れると考えて大丈夫だろう。
「静かだニャ。あいつ以外人っ子一人いないニャ」
「・・・なんか上が・・・騒がしい・・よ」
「本当ニャ。建物全体が揺れてるみたいだニャ」
不定期にセトたちを閉じ込めているこの建物全体が揺れていた。
上の階で何かが起こっているのか。
エリウはこれをチャンスと信じて階段を上っていく。
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機械より生み出された魔力が敵を薙ぎ払う。
回転機構の部分に魔力が圧縮され、物質が構成されたといっても問題ないある種の壁が出現する。
それは、攻撃しようとする神官の武器を押し止め、その壁をぶつけることで攻撃にも転用できていた。
マルク・ジョージルナ・スガンは、フローラの付き人にして術式機械の研究者。
彼が開発した術式駆動機械は魔力を用いた永久機関を目的に作られた。
もちろん、結果は失敗だ。だが、失敗作の副次効果はお釣りがくるほどのものだったのは彼も予想外だった。
その副次効果を神官たちの前で爆発させていく。
「出力25%! 安定性58%といったところですかね。リーベこのマルクの側から離れないでください」
「マルクすごい・・・」
マルクを取り押さえようと飛び掛かってくる神官たちを魔力の壁で薙ぎ払っていく。
それは、回転機構より生み出された3本の魔力の壁が高速で回転し、攻撃と防御を両立する兵器と化していた。
神官たちは一撃で吹き飛ばされ、壁や床に叩き付けられていく。
生身の人間相手に重機を持ち出したと思えるほどの戦力差が生まれていた。
「さて、全滅する前に出口を教えてもらいたいのだが、よろしいですかね? 教えないつもりなら壁を壊して行きますが」
「いけー、やっちゃえー!」
神官たちが後ずさりをした。この男の進撃を止める手段がない。このままでは全滅すると。
マルクの発生させた魔力の壁は属性を持たない純粋なエネルギーだ。つまり、魔力の壁が無くなるまで術式を使用すれば理論上は消滅してしまうのだが。
そんな不安要素など気にする必要がないほど膨大な量の魔力が常に発生していた。
そして、マルクはこのことを一番理解している。
「答えてくれないようですね!」
彼の武器、術式駆動機械・姫壱号のレバーを入れ替えた。ガコンッと何かが切り替わる。
すると、横に展開していた魔力の壁が縦に、ドリル状に姿を変えさらに回転スピードを上げた。
神官たちはもう立ち向かうことすら考えず、一目散に逃げ出していく。
「突撃ィイイ!」
ボゴッ! ドッガガガッと壁を抉り、道をこじ開ける。
逃げ惑う神官など目もくれず、さらに一つ、また一つ、敵拠点のど真ん中で暴れまわっていく。
敵の指示系統は逃走したことによって混乱しているようだ。
このまま、一気に外に向かおうとマルクは直進を続けようとしたその時。
ガッ! ガガガガッ ギャリギャリギャリギャリ・・・、と姫壱号が不快な音を鳴らした。
原因はすぐに判明する。
ドリル状の魔力の壁が青白い手に押さえつけられていたからだ。
「オオ、これは聖女リーベ! ようやくあなた様をお迎えすることができました。この運命に感謝を、感謝を」
「貴様! 何者かね!? 姫壱号を受け止めるとは」
「オヤ? 聖女リーベの付き人ですかな? 歓迎いたしましょう。私はエウクレイデス・ニーチェ・カトプトリカ。あなた方の探し求める人物です」
マルクたちの前にエウクレイデスが立ちふさがった。
青白い腕に掴まれた魔力の壁がビキビキと音を立てて、エウクレイデスに押し返されていく。
マルクはすぐさま、レバーを切り替え魔力の壁を横に展開させる。青白い手が弾かれエウクレイデスの侵攻が止まった。
リーベを守りながら後方に距離を取りエウクレイデスを警戒する。
「あなたがエウクレイデスですか。あなたがここにいるとなると、ワントの情報は偽物だったということですかね」
「偽物ではありません。ちゃんとアプフェル姉弟と会いましたよ」
「何!? セトとアズラをどうしたのかね!」
「アア、お美しい姉君は邪魔が入りまして歓迎できませんでしたが、弟殿はこの建物に我らが神殿にお招きしております。お会いになられますか聖女リーベ?」
エウクレイデスは誘うようにリーベに話しかけてくる。完全に罠だ。
だが、罠だと分かってもセトが捕らえられているのが本当なら助け出さなければいけない。
「マルク・・・! セトが、セトを助けて!」
「もちろんですよリーベ。エウクレイデス、あなたを取り押さえてセトのもとに向かうとしましょうかね」
「その必要はございません。直接向かうとしましょう。アア、聖女に贄を捧げれることに感謝を」
グニャリとエウクレイデスの姿が歪む。いや、マルクとリーベがここに来た時と同じ青白い光に包まれていた。
景色が白く融けていき虚脱感が全身を突き抜けていく。
気付いた時には、マルクたちは知らない場所にいた。
「ここは? 奴らは転移の術式を完成させているのか? だとすると厄介だね」
「転移とはまた少し異なります。これは祝福、そう祝福なのです!」
マルクはリーベの手を握り、姫壱号を構え直す。
おそらくだが、連れて来られたのは闘技場のような試合や見世物する所のようだ。
何を企んでいるかは分からないが、マルクはこのエウクレイデスという男の狂気に感づき始めていた。
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セトが囚われていた牢のある区画に戻ってきた。
出口がどこにあるか分からないが、エリウはとにかく上を目指す。
本能が上に行けと命じている。
エリウは勘を頼りにさらに進んでいく。
「おかしいニャ。ほかの捕まってた奴らがいないニャ」
この区画に入ってから人と会わない。牢の中に押し込められていた多数の人たちがこぞって消えていた。
違和感が。
エリウの勘がこの状況に違和感を感じ同時に警告を出している。
この感じは。
「・・・罠ニャ!」
セトを後ろに投げ、そのまま自分も後ろに体を滑り込ませる。
どんな攻撃が来たかなど確認せずただその場を離れるために全力を出す。
ドガンッ! とエリウがいた所に鉄球が叩き込まれた。
「感づかれたか。まあ、いいさ。どうせ殺すんだ」
エリウを拘束していたもう一人の黒い神官服の男。
牢から抜け出したことはバレていたようだ。
「何でバレたニャ! 誰にも会ってニャいのに!」
「簡単さ。ほら」
エリウは足音に気付き、後ろに目をやる。
倒したはずの男がそこにいた。
「殺してやる・・・、コロシテヤル!!」
「だいぶ頭にきてるね。君、楽に死ねないよ」
爪で抉られた顔と全身の火傷を治癒術で直した跡があった。
治癒効果が足りず回復しきれていないようだ。
大けがの跡のように継ぎ接ぎが残る顔をグシャグシャに歪ませ、殺意と憎悪を隠そうともせず見せていく。
「二人にニャったからってあちしに勝てると思うニャよ!」
「足手まといを守りながらかい?」
エリウを無視して鉄球がセトに向けて放たれた。
どうすれば確実にいたぶれるか、殺せるかを黒い神官服たちはよく熟知している。
嬲り殺すのを喜びにしているのだから。
「ぐ、ニャァァアアア!!」
エリウはセトを突き飛ばし鉄球の一撃より救うが、代わりに鉄球の一撃が背中にめり込み。
背中に青いアザが広がり、激痛で体が動かなくなる。痛みを堪え反撃に移ろうとするも足がいうことを聞かない。
ドシッと顔が踏みつけられた。
「フシュゥ・・・、フシュウ! コロシテヤルぞ、クソ猫!」
ドッ! ガッ! とエリウの顔面に蹴りの殴打が撃ち込まれ始める。
エリウは完全に動けなくなり、両腕で何とか直撃を防ぐのが精一杯な状態になってしまう。
「ぎゃははははは! 死ね! 死んでしまえ! この下等生物が!・・・が!?」
継ぎ接ぎの男がよろめいた。セトが力を振り絞り体当たりを噛ましたのだ。
エリウへの暴行が止まり、セトに照準を変える。
「てめぇぇ・・・、贄じゃなかったらブチ殺してやるのによぉぉおおお!!」
「グッ!」
継ぎ接ぎの男に殴られセトが床に倒れ込む。
必死の反撃も衰弱した状態では気休めにしかならない。
「聖女の確保に成功したようだよ。エウクレイデス様が呼んでる、行こうか」
「チッ、いいさ。贄の儀でたっぷりと嬲ってやる。お前ら二人ともな!」
継ぎ接ぎの男の言葉が響きながら、セトたちは青白い光に包まれていく。
エウクレイデスが使用する転移の術。
狂気の中心へ招かれる。




