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頼むからあの娘のべしゃりを止めてくれ!  作者: 裏山おもて
5巻 おおうそつきの、ホラバナシ

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8話 仮

 

 学校にとんぼ返りした俺と梔子は、駐輪場にむかうあいだに何度かバタバタと走り回る制服姿を見かけた。


 楽しげな祭りにはそぐわない、真剣な表情。

 彼らの腕には『文化祭実行委員』と腕章が巻かれてあった。

 なにがあったのか聞こうかと思ったが、ピリピリした様子だったのでやめておく。

 自転車をとめて連絡すると、澪はすぐにとんできた。


「すまん、待たせた」

「よかった! ごめんね大変なときに。梔子さんも」

「気にすんな。それで、どうなってる? まだ大きな騒ぎにはなってなさそうだけど」


 とはいっても実行委員たちの慌ただしい様子を見る限り、事態は改善されてなさそうだが。


「うん。物が壊れたりはしてるけど、まだ人的被害はないみたいだから」


 俺の言葉を肯定する澪だが、その表情は浮かばない。


「……どうした?」

「あの、ツムギくんに頼まれたことはやったんだけど」

「効果なかったか?」

「わかなんないけど、まだ二人だけしか見つけられなくて」

「そうか。ありがとな」


 澪が悪びれることじゃない。

 ただふつうに文化祭を楽しんでいたやつらが、いきなり自分自身を目撃するんだ。それも同じタイミングにいろんな場所で。

 誰が当事者かなんて、短時間でそうそうわかるはずもないか。


「でも、そうだな。本人に伝えるのが無理なら数で勝負だ。誰でもいいから噂を広めて回ってくれないか? そのうち本人にも届くだろ」

「わかった」

「すまんな。それで、白々雪は?」

「表彰式だよ。水着コンテストで優勝したから」

「思いっきり楽しんでるなあいつ」


 苦笑する。

 そのまま走り去っていく澪を見送って、俺はとりあえず歩いてみる。

 屋台通りはますます混雑していた。たかが学校の祭ひとつなのに、まるで花火大会の夏祭りを彷彿とさせる賑わいっぷりだ。まあ、このあたりでは名物の文化祭なので当然っちゃ当然か。去年も見た景色だ。

 これが通常なら、ドッペルゲンガーを見たなんて噂は爆発的に広まるだろうが、そんな不可思議な出来事さえも呑み込んでしまうほどの喧騒だ。

 南戸が警戒するのもうなずける。


 梔子とふたり、耳を澄ませながら人混みを歩く。

 征士郎の情報と、ドッペルゲンガーの情報。

 あまりにうるさくて、どちらも耳では拾えない。

 このままじゃ埒があかない。誰かに聞こうか――と思ったときだった。


「――まただって。こんどは一年生の子が見たって」


 弾けるように振り向く。

 話をしていたのは女子生徒ふたり。見覚えがある……同じクラスのやつだ。


「ちょっといいか」

「あ、久栗君……と、梔子さん」


 梔子を見る目があきらかに冷たかった。

 弁解したかったが、悠長な時間はない。


「一年生の子がなにを見たって?」

「えっと、いま噂になってる自分自身ってのみたい」

「その子、どこにいる?」

「気分が悪くなったって道端でしゃがんでたから、保健室に送ってあげたけど」

「よし、ありがとう」

「え、あ、うん?」


 疑問符を浮かべたクラスメイトを放置し、俺と梔子はすぐに保健室に向かう。

 いままで本校舎の一階にある保健室とは縁がなかった。俺をかばってガラスで怪我をした梔子を送ってきたことがあるくらいで、自分じゃ入ったことすらない。保健の先生がどんな人かも知らなかった。

 軽くノックをしても返事がなかったので、扉を開けてなかを覗く。

 かすかなエタノールの匂い。白いベッドが二つ並び、薬品だなとデスク、あとは椅子がいくつか置いているだけの狭い部屋。


 ベッドに小柄な少女が腰かけているだけで、ほかには誰もいなかった。

 髪の短い少女だ。肌は健康的に焼けていて、なにかスポーツでもしてるんだろう。無駄な肉がまったくついていない引き締まった四肢だ。すばらしい。

 その少女は俺を不審者とでも思っているのか、怪訝な顔をしてこっちを見ていた。


「えっと、先生は?」

「はい? 教頭先生に呼ばれてどっかいきましたけど……」

「なるほど」


 都合がいい。

 俺と梔子は顔を見合わせてうなずくと、遠慮なく保健室に入る。

 他に目もくれないで近づいたからか、少女は壁を背にして枕を胸に抱いて俺たちを睨んだ。

 猜疑心が突き刺さる。


「あの……あたしになにか?」

「大した用事じゃないんだけど」


 俺は両手をあげて、空いているベッドに座った。梔子はその横に直立する。


「俺は二年の久栗ツムギ。こっちはクラスメイトの梔子詞だ。よろしく」

「はあ」

「単刀直入に聞きたいんだけど、君、自分自身を見たか?」

「……。はい」


 青ざめる少女。

 吐き気を我慢するように口に手を当てた。


「どこで見たんだ? 詳しく教えてほしいんだ。……ここにいる梔子も同じように自分を見ててね。なにやら流行ってる(・・・・・)みたいだから」

「そ、そうなんですか」


 少女は梔子をまじまじと見る。


「ああ。梔子は教室で自分を見てる。君は?」

「あたしは、二年生が教室でやってるお化け屋敷でした……暗い教室のなかで、あたしがじっとあたしを見てて……もともとお化けとか苦手だから、それで、気持ち悪くなっちゃって」

「お化け屋敷、ね」


 なるほど怖いに違いない。

 いろいろと聞いたところ、この少女もごくふつうに文化祭を楽しんでいただけらしい。クラスでは屋台をやっていて、午後から担当だから午前中に遊んで回ろうとしていただけ。

 深い悩みや、周りで妙なことが起こったことはない。

 前兆もなくただ目撃した。

 あきらかにおかしい。


「もうひとつ聞かせてくれないかな。君、どこかで浴衣を着た美人を見た?」

「あ、はい。見ました。体育館の入口で」

「見ただけ?」

「喋りました。講義棟までの道を聞かれて答えました。ちょっと噛みましたけど」


 照れたように少し頬を染めた少女。

 征士郎のやつとかかわりがある。

 予想してたとおりだ。


「あの、それがなにか?」

「いんや。話、ありがとうな」


 俺は梔子に視線を投げて、立ち上がる。

 用事が済んだことがわかったのだろう。俺と梔子が背を向けると、少女がか細い声で俺たちを呼び止めた。


「あの、先輩」

「ん?」

「あれって、ドッペルゲンガーっていうんですよね?」


 知ってたか。

 驚いたが、有名な怪奇譚だ。別段不思議ではない。

 ただ自分が見たものがそうだと結びつけるには、ある種の勇気が必要だろう。なんのかかわりもなく過ごしていたはずが、突如として非現実的な事象と対峙する。

 誰にでもできるわけじゃない。

 知識と、冷静な判断力と、それを認める勇気が必要だ。


 しかしそれが良いか悪いかは別の話だ。

 そうだ、とうなずくのは簡単だろう。

 俺は少女の顔を見て、首を横に振った。


「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」


 日常を生きてれば、そりゃあ一度や二度くらいは不可思議なことにいき合っても不思議じゃない。それに気づくか気づかないかは別にして、だが。


「君が見たものがなんであれ、それを認識するのは君だ。ひょっとすれば誰かのイタズラかもしれないからね、俺には断言することはできない」

「イタズラって……」

「ただひとつだけアドバイスしておくと、君が見たものが本物であろうとなかろうと、怪奇的な現象にたいして信憑性はないんだ。君が信じたところで、それは幻みたいなものなんだよ」

「幻……ですか」

「ホラー映画みたいなものなんだ。見たそのときは影響されるかもしれない。怖いかもしれない。だけど、長い君の人生のなかでそのホラー映画はずっと君のなかに残ってるかい? そのうち忘れて、過去になるだろう。後で思い出して『怖かった』とか『でも楽しかった』とか、そういうふうに認識するものなんだと思うよ」

「そんなものですか、ね」


 実際は、纏わりついてくる幻もあるけれど。

 少女の場合はドッペルゲンガーを知っている。梔子のように、それにまつわる悪い噂(・・・)も知っているだろう。

 だからこそ俺は嘘を吐く。

 まるで詐欺師のように平常心で、責任感もなく。


「なんだっていつか笑える想い出になるんだよ。所詮、そんなもんさ」


 ヒラヒラと手を振って、保健室を出た。

 ……さて、どこに向かうか。

 あまり迷ってはいられない。あの少女にとってもこれがいつか笑える想い出になるよう、俺は急がなきゃならないんだ。

 あの厄介な女装野郎は、一体全体どこにいきやがった。






「ああ、浴衣美人? ちょっと前までいたなぁ」


 講義棟、いない。


「その人ならグラウンドのほうで見かけたけど」


 特別棟、いない。


「射的やってぬいぐるみとってたけど、いまはいないなぁ」


 グラウンド、いない。


「ああ、その人ならさっき体育館で見かけたよ」


 体育館では演劇の真っ最中だった。

 パンフレットには題目『西遊記』と書かれているが、見たところ冒険譚というよりも喜劇に近い様相だった。コントに近いだろうか、くすくすと笑い声が聞こえてくる。

 スポットライトは舞台を向いている。当然、体育館の入口の方は暗い。


 それなのにこいつは劇の主役よりも目立っていた。

 壁にもたれかかり、薄い笑顔で舞台を眺めている。その絵面に魅入られたのか、何人もの生徒たちが征士郎を囲むようにしている。

 アイドルを囲むファンのようなむずがゆい顔をしているやつらには申し訳ないが、話しかけるのに遠慮するほど、俺はこいつが好きじゃない。


「探したぞ」

「待ちくたびれたよ」


 まるで俺が探していたのを知っていたように嘯く征士郎。

 俺の後ろにいる梔子を一瞥して、色めいた吐息を漏らす。


「でも、残念ながらデートのお誘いじゃないみたいだね。あ、君には見られながらデートしたい願望があるのかな? そうならそうと言ってくれればいいのに」

「残念なのはおまえの脳味噌だろ」

「辛辣だね。痛烈ともいう」

「優しく言おうか? おまえはめでたい」

「ありがとう」

「褒めてねえよ」

「君との子どもだ。がんばって産むよ」

「おめでたじゃねえよ!?」


 男同士でどうやって子ども産む気だ。

 梔子に服をひっぱられて我に返る。

 いかん、やつのペースだ。


「征士郎、すこし話があるんだ」

「ああ、ボクもそう言おうと思ってたところだよ。やっぱりボクらはフィーリングが合うんだね。赤い糸で結ばれてるかもしれないね」

「ハサミはどこだ」


 そんなことより、だ。

 こんなところで立ち話って内容でもない。

 指で出口を指し示すと、征士郎は「しかたないな」とおどけて壁から背を離した。

 俺たちはゆっくりと歩いて、特別棟に向かった。






「いいものだね、学校っていうのは」


 征士郎はぐるりと周りを見回してつぶやいた。

 俺は図書室のカウンターもたれかかり、梔子が扉のそばで征士郎を警戒する。

 梔子の視線も介さず、征士郎は書架を眺めて満足そうにうなずいた。


「ボクも高校にいけばよかったかな」

「……おまえ、普段はなにしてるんだ?」

「散歩だよ」


 きょとんとした顔で答えた征士郎。

 嘘か本当かわからないが、俺には本気に見えた。


「それでボクに話っていうのはなにかな? その表情を見るに、愛の告白ってわけではなさそうだけど」

「おまえ、ドッペルゲンガーって知ってるか?」


 駆け引きするだけ無駄な相手だろう。

 直球ど真ん中勝負だ。


「もちろん」


 予想通り乗ってくる。それも嬉しそうに。


「自己像幻視って一般的には言われてるね。同時存在(バイロケーション)と重複することもあるけど、元来は自分が自分を見るって現象だね。とはいえこれだけ情報過多な世界だ、ドッペルゲンガーって言葉の包容力はもはや文化圏を超えて、ある種万能化されてるね」

「……万能化?」

「共通言語みたいなものさ」


 征士郎はニヤリと笑う。


「同義的な存在という現象に対して、あらゆる人々がドッペルゲンガーと呼ぶようになったのさ。似たような現象の呼び方ならごまんとあるけど、世界にはそれを指す言語数が多すぎて情報管理が面倒になっているのさ。言語の取捨選択……あるべき進化の形ともいえる。つまり、ボクはドッペルゲンガーを知っているけど、君がいうものと似ているだけの可能性もあるってことさ」


 回りくどい言い方をされたが、つまり詳しく話せってことか。

 さすが弟。南戸に似ている。

 ならもう一度、直球勝負だ。


「このドッペルゲンガー騒ぎ、おまえが起こしただろ?」

「あはははは」


 征士郎は腹を抱えて笑う。


「君は人間が意図してドッペルゲンガーを操れるとでも?」

「できないだろうな」

「ならなんでそんなこと聞くのかな」

「おまえがふつうの人間だったら、の話だろ?」


 ぴたり、と。

 征士郎の動きが止まる。

 笑顔のまま、目を細める。


「なにがいいたいのかな? 少年」

「ただの勘だよ。最近、俺は妙なことに首をつっこんでばっかりだったからな……おまえ自身から怪奇のにおい(・・・・・・)がするんだよ征士郎。おまえの存在そのものが、まともじゃない」

「失礼だね。心外ともいう」


 そりゃあそうだろう。

 殴られても文句を言えないセリフだ。

 だからこそ、確信がある。


「こんなたとえ話がある。人間には二つの種類があって、藪の中の蛇をつついて出すタイプか、蛇をつついて薮に戻すタイプなのか。俺は後者でそこにいる梔子は前者だが、征士郎、おまえは藪も蛇もつくりだす人間だな?」

「面白いたとえ話だね、感心するよ。だけどそれじゃあ要領をえないかな」


 埒があかない、の間違いだろう。

 このまま押し問答を続ける気はない。

 残念ながら時間は有限だ。


「率直に言おうか征士郎。おまえは怪奇をつくりだすことができる怪奇そのもの(・・・・・・)だな?」


 単純な推理だった。

 双子の姉が、詐欺師とはいえ怪奇を解決してきた人間だとすれば。

 その反対の性質を持つ弟は、怪奇を生んできた人間なんじゃないのか。


「……だとしたらどうなんだい?」

「いますぐこの騒ぎを止めろ。ドッペルゲンガーをこれ以上つくりだすな」

「君は、ほんとうに興味深いねえ」


 征士郎は自分の唇を指でなぞる。

 扇情的な視線で俺を煽るように舐めるように見てくる。

 美しく絵になるが、男に興味はない。エロさは白々雪の足もとには及ばない。


「君はドッペルゲンガーをさも当然のように肯定するんだね」

「まあな」

「じゃあ、君自身はドッペルゲンガーを見たのかい?」

「いや? 見てないけど」

「ふうん」


 なんだろう。

 この質問の意味が図りかねる。俺が見ていようとなかろうと、どうでもいいことだろう。

 それより、征士郎はほとんど認めたようなものだった。

 もはや言い逃れはできない。

 しばらく睨んでいると、征士郎は疲れたのか肩の力を抜いて机に座った。足を組んだせいで、浴衣がはだけて太ももがむき出しになる。思ったより細くて白い足だった。


「……少年、君は世界線っていうものを知ってるかな」

「タイムマシンの話か?」

「そんな大層なものじゃないよ。【もしもの世界】があることを、想像したことはあるかい?」

「ないな。そんなことしてる暇はない」

「おやおや随分な現実主義者だね。怖い怖い」


 征士郎はそう言いながらも、享楽的に笑った。


「もし自分がこうしたら……人間誰しも浮かべることがある、仮定の世界の話だよ。君は想像したことがないかい? もし君を悪く言う者たちが食べる物に毒が入っていたらどうなるのか。もし嫌いな教師がもっているチョークがいきなり燃えたらどうなるのか。もし気に食わない友達が高い所に登っていて、その背中を押したてみたらどうなるのか」

「……『檸檬』か」

「あれは名作さ。日本文学の象徴ともいえる」


 まるで少年のように目を輝かせる征士郎。


「無意識下にしろ意識的にしろ、誰しもがもっている小さな破壊衝動さ。反体制の心理でもいい。どちらにせよ、ボクはそれを助長しただけだよ。問題なのは君たちのほうさ」

「……なにがいいたい?」

「『もしこの展示作品たちが壊されたらどうなるんだろう』」


 征士郎はそこでようやく初めて、視線を梔子に移した。

 梔子が、髪の隙間から征士郎を睨む。


「『もし屋台の商品が盗まれたら』『もしこいつのギターが隠されたら』『もしここでこいつの背中を押したら』『もしここで』『もしここで』『もしここで』……それはね、みんなが胸の内に抱えている良識という社会的抑圧に対するシュプレヒコールなのさ。ボクはただその叫び(・・)を形にしてあげたにすぎない。もしもの世界を見せてあげたにすぎないのさ」


 それは、身勝手な先導だ。

 とてもとても身勝手な。


「たしかにボクはドッペルゲンガーをつくりだすことができるし、この学校で何度もつくりだしたよ。そのせいで君たちが困ってることは、なんとなく想像がついた。でも知ってるかい? ドッペルゲンガーはボクじゃない。それを見た君たち自身なんだよ(・・・・・・・・・)


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