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第三十四話 英雄の望んだセカイ

正直言って、かなり気分を害します。注意してください。

読む場合は時間、場所を考慮した上で読んでください。


深い海の底に沈んでいく様な浮遊感。堕落していく身体。永久に続く様な錯覚。意識の底へ沈んでいく肉体。

違和感はなく。まるで落ちて行くのが自然の摂理のように感じられる。

落ちて行く、銀河に。

星空に向かって落ちて行く。

淡々と視界に入る物事を脳に伝える何処までもクリアな思考の先に一筋の光が見え――――


「――――きてっ。起きて。起きなさい」


聞き覚えのある透き通った声がシンの覚醒しきらない脳裏に響く。

薄らと目を開き、ぼやける視界の焦点を合わせた先に普段と変わらない黒衣を纏ったアイン・クセルセスカが普段見せそうにないしかめっ面で腰に右手の甲を押し当てている。

怒っている。と理解するには十分過ぎると言っても過言ではない程の要素は揃っていたが、アインのそれをシンが見るのは初めてであり、また何処か泰然さを感じさせる物だった。


「? 何故、アインが此処に……」


至極真っ当な疑問に答えはでない。

記憶にあるアインはシキと共に旅に出たはずだ。

目の前のアインはシンの態度が気に喰わなかったらしく、眉間に皺を寄せ、屈むと右手でシンの襟元を掴むとぐいっと引き寄せ額を合わせる。


「熱は……ないみたいね?そんなんで大丈夫なの?新郎さん?」


しばらくして額を離したアインは怪訝そうに目を細めると呆れた物言いで言葉を漏らした。

その言葉を聞いた途端、瞬く間に心の中の疑惑は霧散し、そして思い出した・・・・・


「ああ、そうだったな……行こう」


2人は手を取り合って、ドアを開ける。


――山が築かれていた。

老若男女、大人子供関係なく、刺殺、斬殺、絞殺、轢殺、圧殺。ありとあらゆる手法を手立てを施され殺された人だったモノで築かれた山。

異臭を放つ屍の山の頂上から誰かが見下ろしている。

見覚えのある深い蒼のTシャツとジャケットを羽織り、所々破れたダメージジーンズを履き、黒髪を後ろで結びポニーテール風に結った糸目の青年――見間違えるはずがない。シン・マクスウェル自身だった。


困惑するシンを尻目に頂上に居たシンは飛び降り、目の前に立つ。


「よぉ……久しぶりだな」


全く同じ外見のはずが放つ雰囲気が違う。禍々しく狂気染みたそれは明らかにシンとはかけ離れている。

動かなくなったアインをもう一人のシンが剣を引き抜き、まるで息を吐く様に自然とした動きで刺し殺した。

悲鳴はない。ズブリと肉を刺す音。


にちゃ、にちゃ……


貫いた切っ先から真紅に染まった体液が剣を伝いもう一人のシンの手へ、そのまま大地まで侵食する。


「……何故だ。何故、殺した!?」

「そりゃないぜ。主人格様よ、俺はアンタの求める事をやったまでだ」


もう一人のシンの糸目が大きく見開かれ、充血を通り越した真っ赤な目でシンを睨む。

既に事切れたアインから剣を引き抜き、そのままシンを突き刺しす。


終わらない・・・・・罪を望んだのは・・・・・・・お前だ・・・


酷く頭の中で反復するその言葉を耳で残響していく中で意識を失った。






  †  †  †






深い海の底に沈んでいく様な浮遊感。堕落していく身体。永久に続く様な錯覚。意識の底へ沈んでいく肉体。

違和感はなく。まるで落ちて行くのが自然の摂理のように感じられる。

落ちて行く、銀河に。

星空に向かって落ちて行く。

淡々と視界に入る物事を脳に伝える何処までもクリアな思考の先に一筋の光が見え――――


「――ちょっと!シン!釣れてる!釣れてるって!!」


懐かしい声にハッとした。

気付けば自分は渓流に居て、釣り糸を垂らしていた。その間に意識を失っていた様だ。

シンの背に乗り肩から身を乗り出し、釣り糸の先端……浮きを指差す女性の声。

間違いない。シキ・リオハーツだ。


「はーぁ、逃げられちゃった。折角のオフだから久し振りに釣りに行こう。なんて誘われたから来たのに、誘った本人がぼけーっとするなんて……心根がどうかしてるんじゃないかな」


背中から降りたシキは胸元で腕組みをし、横目で睨みながら毒舌を浴びせる。

確かに誘った覚えがある・・・・・

ならば、シンはシキと共に湖畔の釣り橋に座ったまま、釣り糸を眺めうつらうつらとしていらしい。

ならば先の光景も夢で説明が付く。


「すまない……」

「謝る暇があったら、さっさと魚を釣り上げる!今晩の私達のご飯になるんだから」

「ああ、そうだな」


一人納得し、再び釣り糸を垂らす。

隣りに座ったシキの釣り竿は未だに揺れない。


「大漁♪大漁♪」


数時間後、満足気で上気した笑顔のシキと共に、シンは傭兵ギルドの一角、メンバーの待機場所へ向かっていた。

その途中、街中に――山が築かれていた。


異臭を放つ死体の山。まるで傭兵ギルドに住む人物全てを使って築き上げた様な巨大な山。

突如として現れたそれに、見惚れているシキの眼は虚ろで何も映していない。

シンが見上げたその先に、やはり、それは居た。


下に居るシンとシキを見下ろしているもう一人のシン。その手に握られた刀からは血が滴り屍の山に落ちる。

逆光でよく見えないが、もう一人のシンの口角が悪意に歪んだ様に見えると、シンは勢いよく飛び上がり、勢いそのままシキを切り刻みながら着地する。


「またッ!お前は何がしたんだ!?」


間髪入れず、剣を抜いたシンが着地したシンに斬り掛かるが、なんなく刃で受け止められそのまま力押しされてしまう。

飄々とした態度でもう一人のシンは鍔迫り合いまで持ち込む。


「ホントは知ってんだろォ?主人格様の望み通りだからなァ!」

「違う……!俺は、俺は……っ!」


竦んだ一瞬をもう一人のシンは見逃さなかった。

剣はずらしただけで元々、均衡ではなかった鍔迫り合いは終わり、横薙ぎ一閃でシンは倒れ伏せる。


「違わねぇよ……終わらない・・・・・罪を望んだのは・・・・・・・お前だ・・・


仰向けになったシンにさっきと変わらない言葉を吐き捨て、もう一人のシンは消え、倒れ伏せるシンは静かに目を閉じた。






  †  †  †







深い海の底に沈んでいく様な浮遊感。堕落していく身体。永久に続く様な錯覚。意識の底へ沈んでいく肉体。

違和感はなく。まるで落ちて行くのが自然の摂理のように感じられる。

落ちて行く、銀河に。

星空に向かって落ちて行く。

淡々と視界に入る物事を脳に伝える何処までもクリアな思考の先に一筋の光が見え――――


――――眼を開けた。

視界に血が滲みぼやけた先に二刀のトンファーを持った黒い獣人が歩み寄っている。

自分の右手には剣が、左手には鞘が握られている。手で血を拭い去り、辺りを見回す。

木に寄りかかり、手足を投げ出している。その足下には木片が飛び散っている事から、どうやらシンは巨木の幹まで吹き飛ばされた様だ。

口内に広がる鉄の味を吐き捨て、全身に力を入れ立ち上がる。満身創痍だったが、それでも殺されていい理由にはなる訳が、なるはずがない。全て思い出した・・・・・


『百没千日』と後に語られる戦場のその中心に居る。

急に立ち上がった事で眩暈を覚えながらも、シンはゆっくりと手を動かし、目元を覆い前髪を掻き上げた。


ぼやけた視界がクリアになり、鮮明に辺りを写し出す。

互いの剣で貫き合い重なるシキとアインの姿。

轟々と燃え上がる樹林。

胸の鎧に罅が入り、漆黒の毛先からも血を流してるヴァルバトス。

火の手が挙がっているにも拘らず剣を交える事を止めない互いの兵士。


「……決着を着けよう」

「互いに、虫の息と言った所か……」


己の右手を見つめたヴァルバトスは、しばしの逡巡の末に身構える。

シンは手から滑り落ちそうになる剣を強く握り直し、目の前の敵をしかと見据える。


「――――おおおおおおおおおおおお!!!!」

「――――はぁああああああああああ!!!!」


剣戟、交差、受け身、追撃。

自らを鼓舞する雄叫びを上げ両雄は激突する。

刃を刃で抑え、鋭角な突きを受け止める。


「……押し切るッ!!」

「させるかァ!!」


軋む刃音。防戦には徹しず、攻撃を繰り広げる。不意を突く様にヴァルバトスが脚を振り上げた。

察したシンは退避。しかし、行動は迅速に、振り払った剣を再度構え、斬りかかる。それもまた、トンファーとぶつかり硬い金属音を響かせる。

幾千、幾万と打ち付け、斬り合い、得物も間合いも違う2人がぶつかる音は距離を形を変え、樹林を駆け巡る。


「ハ……保たんか……」


その末に、遂にヴァルバトスが片膝を突いた。


「殺せ。それで全てが終わる。拙僧らが落ちれば軍は止まるだろう」

「……お前は、俺に背負えと言うのか? 多くの命を屠った罪を、アインをシキをお前を失った喪失感の中で全てを背負えと言うのか!?」

「それが勝者の宿命だろうッ!お主が殺らぬのら自らの手で――」

「やめろッ!ヴァルバ――」


ヴァルバトスの自刃を止めようとしたシンの前で、無情にもヒュンッと弓なりの音がして、ヴァルバトスの頸を穿った。


瞬間、再び視界が闇に包まれる。


「……何故だ。殺したくないのに……何故なんだ……クソ!!」


爪で血が滲む程強く握った拳で地面を叩く。その手すら、血に汚れている。

己の無力さを嘆き、悲しみ、護れなかった者の笑顔が頭の中でリフレインし、気付かぬ間に涙が溢れる。

何度も、何度も地面を叩き、骨が砕ける音がした頃。

周りに誰かが居る気配がした。


「……なんで、殺したの?」

「……なんで、殺したのかな?」

「……何故、殺した?」


それぞれ声の主は紛れもなく、旧友の声だ。

しかし、シンは顔を上げる事が出来ない。殺した相手にどんな顔で会えばいいのか判らない。

全ての視線に、全ての問い掛けに立つ瀬を失ったシンは最早感覚が消え去った拳を握り糾弾する。


「俺は、俺は……ッ!――――」

「――――――殺したくなかった。本当にそうか?本当は憎かったんじゃないか?羨ましかったんじゃないか?」


三人の影が消え、変わりにシンが現れる。ニヒルな笑みを浮かべ、絶対的な無慈悲を抱えたそれはシンの肩に手を置くと耳元で囁いた。


「此処は、お前の望む場所。お前が欲しがってる永遠の罪と罰を与えてくれる場所だよ。認めちまいな、楽になるぜ?」

「あ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!!!!」


誰にも届く事のなくなった悲鳴の木霊を聞きながらシンに成りすましていた『魔女』ニムエは元の姿に戻り、微笑みを浮かべた。


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