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第三十三話 僅かな日常

慌しく駆ける足音が部屋の外で飛び交っている。

騒音にも成りそうな足音を尻目に小夜とヴィンセントは居た。

ニムエと名乗った女性が消え去った後、残された2人は悲壮感に包まれながらも、城内を探した。

が、グランゼン城内にも城下町にも隼人達の姿はなかった。


「残ってるのは俺達だけ、か」

「そうね。でも手が無い訳じゃない」


確信にも似た何かを感じ取っている小夜の表情には不安と困惑が鬩ぎ合っている様にも見えた。

小夜は平然を装っている様に見えたが、内心では怯み切っていた。

また何時、ニムエが襲来するか。それを考えるだけで負の感情ばかりが募って行く。

それでもシンが庇ってくれたことを思い出すだけで無理矢理、気持ちを奮い立たせている。


「……でも、どうすんだよ?ニムエの居場所も判んねえし、手の打ちようもないぜ?」

「確かに私達は魔術に関して知識は少ない。なら知識が豊富な人物に聞けばいいのよ」


ヴィンセントの言う通りニムエを探すことは無理に近いだろう。

それは小夜も判っていた。しかし、不可能・・・ではない。

実際、魔術に詳しい人物がいる事を小夜でさえ知っている。強力して貰えるかどうかは不明だが、頼んでみない限り判らない。


「判った。魔女サンを信じるけど、誰に聞くつもりなのさ?」

「――魔導院長・エレシア」


数分振りにヴィンセントと小夜は目を合わせる。

着き合いは短くとも人の眼を見れば大体の感情は掴めてしまう。故にヴィンセントはそれだけで悟る。

ああ、本気だ。と。






  †  †  †






翌朝、相変わらず不快な朝を迎えた。

結局の所、小夜はほとんど眠る事が出来なかった。

取り留めもなく募りに募った感情は疑惑と淀みを湧き立て、背負う羽目になった責任は消えてしまった人々の顔を浮かび上がらせる。

綯い交ぜになる2つは小夜の脆弱な天秤などでは計り知れない重さを持っている。

一人ぼっちという空虚な状況はそれを加速させていた。


窓から注ぐ日の光を感じ、やっとの事で眠ったのが数分前の事だ。

携帯電話の液晶画面で時刻を確認する。

僅かでも睡眠時間が取れた事がせめてもの救いだろうか。


起きて、顔でも洗ってこよう。とベッドから降りる。

リボンで束ねられていた黒髪は、それが外されている今、小夜の動きに合わせ揺蕩う。

目蓋の下に出来ているであろう隈を揉みながら備え付けの洗面台へと向かい腕まくりをした所で左腕の痕に気付いた。

決して忘れていた訳ではない。水を出す方法がただ一つしか残されていない事を。


不覚にもそれに気付いただけで幾分か気持ちが軽くなった気がする。

普段は忌々しいと言っても過言ではない程の存在感を放っていたルーンも今は鳴りを潜めている。

常夜ならこの状況を混ぜっ返そうと辛辣な言葉を投げかけて来てもおかしくはない。

今は出て来ていないが、それでも近くに誰かが居たのだ。小夜は独りではなかった。それだけで充分と言う事。


パチンッと指を鳴らし木桶に水を入れ、右手だけで器用に水を掛ける。

そんな事をしてる内にスッと周りに空気が少し陰りを帯びた。

何時も通りの常夜が現れる前兆だ。


『あらあら、ルーンをそんな事の為に使ったの』

「……姉さん」

『ふっふふ……小夜?少し前に言った事覚えてる?』


――――そうね……私達の前には誰のいないわ……最前線に居るのは私と小夜。後ろに控えてるのは味方?それとも敵?


覚えていないと首を振ろうとしたが、ふとした瞬間に湧出る水の様に記憶が蘇った。

何時かの日の廊下で交わされた程度の言葉。

今思えば、ほとんどその言葉が示してる状況に近い。

味方と言う点ではヴィンセントは味方だろう。

……しかし、敵もいる。それも後ろにだ。


小夜が常夜が取り出したタオルを受け取ると、常夜はそのまま指揮者の様に人指し指を振るい桶の中の水を小夜に体に戻した。


小夜とラグズの間で行われているのは『変換』。

小夜が指を鳴らす行為が引金トリガーとなり、左腕を水に『変換』する。

では、その間、小夜の左腕は何処へ行っているのか。それこそ『変換』。つまり、それは常夜の腕になっているのだ。

だからこそ常夜は勝手に拝借したタオルを運べた。

また、常夜が顕現している間はお互いの位置を『変換』する事で成り立っている。


「……で、それがどうしたの?」

『いえ、何も? ただ何時も通り愉快で痛快でとてもとても爽快な気分になれるとは思えない事が始まりそうな気がするだけよ』


クスクスと偲んだ笑い声上げながら常夜は口許を覆っていた両手を広げ宙を舞った。

小夜の経験上、常夜がここまで言い切った場合はその通りになる事が多い。主語が指定されていない以上、誰が、そんな思いをするとまでは言い当てられないが、それでも必ず誰か・・・・が悲惨な思いを抱く事になる。

その意図を汲み取った小夜は表情を固め、小さく呟く。


「それでも、進むしかないわ」

『ふっふふ……優しい決意ね。貴女らしくて嫌いじゃないわ……サービスで隈も治しておいたから。精々、励みなさい』


珍しく激励の言葉を投げかけた常夜が身を翻すと陰りを帯びていた空気が徐々に元の明るさに戻り、明瞭な空気に変わりつつある。

ベッドに戻った小夜は黒髪を結び直す為にリボンを取り、慣れた手つきで素早く髪を束ねる。

サッと物寂しい部屋を見渡すと小夜は今度は振り返りもせずにドアを開けた。






  †  †  †






ヴィンセントと合流した後、小夜は再び魔導院を訪れ、エレシアと会うために、昨日と同じ場所へ立っている。

出てくるとは思っていない。

だが、こちらにはラミアの一件がある。

ラミアが拘ると豹変するエレシアを考えると出てくる可能性もある。


ただ待つ事数分、ギィッと重厚そうな音を鳴らし魔導院のドアが開いた。

悲哀に満ちた顔付きのエレシアがゆらゆらと朧気な眼差しで此方へ向かって歩き出す。

エレシアの焦点が小夜を捉えた瞬間、堰を切ったように憎悪の眼差しを向け走り出す。


「何故!ラミアをみすみすと手放したのです!?あれ程の『逸材』を!!あれ程の『原石』を!!貴女にはアレ・・の価値がどれ程か判っていないのですか!!ああ、ラミア!魔導院内に居れば護ってあげられたのに……ッ!!それを貴女はっ!!」

「………………」


小夜達の前で立ち止まったエレシアは鬼気迫る勢いで矢継ぎ早に小夜を詰る。

何処までも無言な小夜に苛立ちを覚えたエレシアはサッと右手を掲げると小夜の薄白色の頬を目掛けて振り下した。


――が、それは何時までも小夜に届く事はない。


ヴィンセントが直前で手を伸ばし、エレシアの右手を押さえ付けていた。


「……人が黙って聞いてりゃ、好き勝手言いたい事言い過ぎだろ……ッ!!アンタこそ赤冠レッドキャップの何が判る!?あの子の涙を、あの子の笑顔を、アンタは見た事あんのかよ!?あの子はなァ!笑ったんだよ!!アンタの事を俺達に涙を堪えながら話して魔女サンに抱しめられる前に笑ったんだよ!!それを……それをッ!!踏み躙った上で、赤冠レッドキャップを物同然の扱いをしたアンタは魔女サンを責める事は出来ねェよ!!」


ヴィンセントの飄々としている普段とはかけ離れた切実な叫び声と共に、掴んだエレシアの手を思い切り握り締めた。

苦痛に顔を顰めたエレシアはヴィンセントの手を振り払い、その腕を抑える。

それを聞いた小夜は小刻みに震えながら自らを語ったラミアの姿を思い出す。

屈託のない笑顔で着いてきた少女の裏には悲惨な過去があり、それを抱え、尚、屈託のない笑顔を浮かべ続けた少女は一体どれほど力強いのだろう。


余りの出来事に気圧されたエレシアの先程まであった鬼気迫る勢いは急速に鳴りを潜めた。


「……コホン。少し取り乱しました……お詫びと言っては何ですが、要件を聞きましょう」


空気を切り替えるための小さな咳払いの後にエレシアはそう続けた。


後半のヴィンセントの台詞が使いたかっただけです。

この章のプロットの段階からどうしても使いたかった台詞でした。

数少ない理解者として、味方である以前に仲間としてヴィンセントの想いを言葉にしてみました。


今更感の漂う『ルーン』の解説?

入れる隙間がありませんでした(笑)

いえ、笑い事じゃないんですけど……小出しに入れて置いてそのままだった奴を引っ張り出してきた所存です。


何はともあれこんな調子でエタらずに最後まで書き続けて行きますので気長にお待ちください。

因みにラストは決まってます。


それでは、今回はこの辺で、またいずれお会いしましょう。

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