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第三十二話 真の敵

急ぎ足で移動する最中、小夜は悶々とした気持ちを抱きながら前を走る隼人の後を走っていた。


考える事は当然、目を覚ましたエルフの事だ。

なぜ、彼女が急に目を覚ましたのか。

時が解決したなら、それはそれでいい。

だが、別の何かの干渉による解決ならば、考え方を枠組みから撤回しなければならない。


「……魔女サン?顔付きが怖いよ」


小夜はヴィンセントに言われて初めて気付いたようだ。

眉間にしわを寄せ、普段以上に鋭い眼光を放っていた事に。

その表情からは、憤慨している様にも見え、又、狼狽して いる様にもとれた。


隣りで険しい表情をしながら走る小夜を見たヴィンセントは少し不安げに声を掛けた。

しかし、ヴィンセント自身もまた焦っていた。

何も聞いていないからだ。

普段なら予め、状況説明がされていた。だが、今回は違った。


目を覚ます筈のないエルフが何故、目を覚ましたのか。

現場に行けば何か判るかもしれないが、逆に気付かれる心配もある。

どうしようもない不安を胸に抱くが、ふと隣りで冷静さを取り戻した小夜を見て、何故か安堵を覚えた。


「……そうね、少し考え過ぎね……」


小夜はまるで、聞き分けのない子供に無理矢理言い聞かせるように自分に向けて小さく呟いた。


全て杞憂で終わってくれればいい。

それなら問題なく捜査を続けていられる。


考えとは別に取り留めのない思いまで浮かび綯い交ざりせめぎ合う。

当然、そんな心境では纏まる物も纏まらず、走る事に意識を向けた。






  †  †  †






隼人に連れられ、大広間へ入った。

まず目を引いたのは蒼い炎を煌びやかに受け取りしめやかに流れる金の髪だった。

入った瞬間、皆が同時に気付いた。

その美麗な髪から覗かせる尖った耳が何よりの証拠。

本当にエルフ、フォル・モーントは目を覚ましていた。


「おはようございます。皆さん」


振り返ったフォルが深々と頭を上げる。

その一つ一つの言動に小夜は僅かに不信感を感じた。

外見、声色、言葉遣いは今までのフォル・モーントと何一つ変わらない。

にもかかわらず、一度感じた不信感は徐々に膨れ上がる。

それに呼応するかのように、冥い影が重なり合うように首の後ろから手を回し、小夜の耳元で囁いた。


『うふふ……昏い夢から醒めたエルフは果たして何かを得たのかしら?』

「どういう意味?」

『さぁ?でも、小夜が感じた通りに動いてみるのも一興ね』


不安を煽る亡霊の姿には目もくれず、ジッとフォルの姿を見続ける。

視覚から得られる差異はない。ならば、信じられる直感に頼ればいい。

直感に基づいて、小夜は体を動かした。


「小夜さ――」

「違うでしょ?名前で呼ぶんでしょう?」

「…………え?」


小夜は近づいてきたフォルの唇に人指し指を当てると、周りに聞こえない程度の声で小さく呟いた。

それを聞いたフォルは明らかに動揺した様な素っ頓狂な声を上げると共に、あたふたし出した。

そこまでは予想通り、むしろわざわざ嘘を吐いたのだ。

だからこそ、動揺しなかった場合は目の前にいるエルフは別人と言う仮説が成り立つ。

――だが、フォルはすぐに適応した。


「小夜……これでいいですか?」

「ええ、嘘に引っ掛かってくれてありがとう」


少し頬を紅潮させながらフォルは微笑んだ。

大きく満足気に頷いた小夜は隠していた左手でフィンガースナップを一回する。


「一応、弁明しておくと私達はそういう関係ではないわ」


その2人の姿を後ろから、何も知らないが故に、警戒を強めていたヴィンセントが異変に気づいた。

抱き合っているはずの2人の影が重ならず、フォル側の影が両手を振り上げ、蝙蝠型の柄に稲妻の様な形の刺々しい刃の短剣を小夜に突き刺そうとしている事に。


「――魔女サン!!危ないッ!!」


思わず叫んだ後で、停止しかける思考でどうすれば影を逸らせるかを考える。

僅かな時間で考えたヴィンセントは銃を取り出し、シャンデリアを撃った。


埃を撒き散らしながら、ゆっくりシャンデリアは揺れ、蒼い炎により写し出された影が歪んだ。

シンは隣から鼻腔を燻ぶる強烈な火薬の匂いとヴィンセントの落とした空薬莢が床に転がり奏でた音でハッとした。


余りにも人が少なすぎると。


エルフが目覚めたなら、もっと大勢の人から歓迎されていてもおかしくはない。

にもかかわらず、此処にいるのは勇者とその従者、エルフ本人とその仲間、シン達のみ。

衛兵の一個小隊がいてもおかしくはないこの状況で衛兵1人すらいないなどあり得ない。

何かがおかしい。


シンがそう確信した瞬間、バリンッ!と硝子が割れる様な音と共に空間に亀裂が入った。


亀裂から裂ける世界の破片が真の光景を映し出す。

周りに居た筈の隼人、ヴァルバトス、クーリヒルト、ヒュース、ウィンの姿はなく、シンとヴィンセントの隣りではずっと一緒に居たラミアとエリオールが倒れ伏せている。

小夜と抱き合っていたのはエルフではなく、柴色のローブに身を包み顔の半分を隠した女性で高く掲げた両手の中の短剣の鋭い切っ先は真直ぐに小夜を狙っていた。


小夜は動かない。

眼は虚ろに彼方を写し、ローブを羽織った女性の腰に回した手を解こうともしない。


「――サヨ!!」


シンは考えるよりも先に、体が動いていた。

動かない少女の名前を必死に叫び全力で距離を詰める。

数瞬遅れて小夜の眼が現状を捉え、腰に回していた手を解き女性から離れようと試みた。

しかし、無情にも刃は振り下されていた。

明確な『死』を悟った小夜は恐怖に目を瞑った…………が、何時までも痛みはこなかった。恐る恐る、目を開き絶句する。


――振り下された刃を小夜を庇うように背中で受け止めるシンの姿があった。


「……いきなりで、すまんが……後は頼ん、だ」


苦痛に悶えるでもなく何時も通りの表情でシンは立ち尽くす小夜の肩に力なく手を乗せた。


「あらあら……予定が少しずれたけど、こんな形で『英雄』を封じられるなら先に仕舞っておくべきよねぇ」


その言葉が小夜とヴィンセントの耳に届いた直後、女性が取り出した3つ白い小さな球体に向けて吹き込む突風にシンの体が吸い込まれそうになり、倒れ伏せていた2人の体も浮いた。

小夜の肩に置かれていた手が離れそうになる、その手を掴もうと手を伸ばすが、虚しく空を切るだけだった。

3人の体はそれぞれ別の硝子球に呑まれ、独特の色彩を放ちだした。


「次は貴女よ。と言いたい所だけど……もう余りが無いのよね」


女性は何処からともなく飛来する5つの硝子の球体を愛撫でる。


「ふぅん……貴女が『魔女』ね……汚らわしい」

「ッ!……貴女は誰?」

「ふふ……そうね……ニムエとでも名乗っておきましょうか?」


切羽詰まった状況の小夜に対して悠々綽綽な態度の女性――ニムエ。

『ニムエ』と言う単語でヴィンセントは思い出した。一連の事件の犯人であり、またヴィンセントとは共闘関係にあたる『真正の魔女』。

先程の空間は彼女の作りだした幻術なのだと、そう思った。


「では、また会いましょう……その時は加減なく全力で潰しに掛かりますけど」


透過し始めたニムエは高笑いを木霊させその姿を消す。

残ったのは呆然と立ち尽くす小夜と、居た堪れない気持ちを抱えたヴィンセントだけだった。


ふとアクセス数を見たら20.000ユニークを超えていて驚きました。

ありがとうございます。

拙作、駄文ですが、今後ともよろしくお願いします。

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