第三十一話 共同推理 Ⅱ
昼下りの午後、廊下の脇に取り付けられた窓から注ぐ日を浴びていたドアが開いた。
かつんと靴底を響かせ、小脇に赤い背表紙の本を抱えたエリオール・セント・オルトラージュが中から姿を現し、自室へ戻る為に廊下を渡り歩き始めた。
彼女は、何時もの業務の合間に調べ物をしていた。
そして見つけた一冊の本。
赤い皮製のカバーに包まれるその本には、グランゼンの歴史が描かれている。
彼女の目的を達するには容易なまでにその本は十分過ぎた。
エリオールは少なからず『魔女』暁 小夜にこの事件を解決してもらいたいと思う反面、自らが仕える『勇者』伊集院 隼人に解決してもらいたいとも望んでいる。
その二つは彼女にとっては重大で矛盾する感情を抱える事になってしまう。
だからこそ、エリオールは小夜を利用すると言う結論に辿り着いた。
幾度となく小夜の直感を見て、隼人から聞き、それは一つの答えになった。
――小夜の考えを知り、先にやってしまえばいい、と。
言うは易し、しかし、隼人は発展途上。事実それは大した問題ではない。現在も仲間が隼人の鍛錬が行われている。
それよりも小夜をどう利用するか、が大きな問題だった。
彼女はほぼ完全に精練された存在、そんな彼女から了承を得るなど、そんな事は到底できないだろう。
逆を言うならば、ほぼ完成されかけている小夜に出来ない事が隼人なら出来るかもしれない。
エリオールは彼に仕える術師として、彼女らを呼んだ《巫女》として彼女と共に考え、共に解を導いた場合、それは彼女の考えと同意になるのではないか、とそう考えた。
その為に資料を探し出していた。
元よりエリオールはこうなる様な気がしていた。
『勇者』として2人は召喚された。
それは確定された事項であり、召喚された以上、何らかの意味を持つ。
つまり、元々、彼らは二人一組で初めて成立する極めて異例な『勇者』なのではないか、と。
かつんと再び足音を鳴らしエリオールは立ち止まった。
ずっと部屋に籠り切りだったため昼食を抜いていた事を思い出した。
振り返り来た道を歩き直す。
普段は王国の食事処など使わないのだが、今は仕方がないだろう。
しばらく進んで庭園を通り過ぎようとした所だった。
向かってくる彼女たちと目が合う。
何時もの様に彼女――小夜が冷笑を浮かべたのを見た瞬間、エリオールは悟った。
――ああ、これは完全に昼食を食べ損ねましたね……
「巫女さん何もってんの?」
しかし、エリオールの考えはヴィンセントの一言で消え去った。
「ああ……歴史書の1冊ですよ。確かここに禁術に認定された時期が書かれているはずですから」
「そう……なら夕方、またここでね」
「え……?」
エリオールは素直に驚き目を見開いた。
正直な所、今この状況でも小夜は話し合いを進めてくると思っていたが、意外にも約束の時間を護ってくれるようだ。
案外、律儀なのかもしれないとエリオールはほんの少しだけ小夜の事を見直すと空腹を訴え続けるお腹を満たしに向かった。
† † †
「では、状況整理から始めましょうか」
日が傾き徐々に暗闇が広がりつつある庭園の外れに置かれた円卓に赤い本を置いたエリオールが口を開いた。
赤い本を照らす為にランプの中にある蝋燭に蒼い炎が燈っている。
「貴女達が聞いた話の殆どが正しく、此処にも彼女が魔導院長就任後、数日後に禁術に認定されていますね。尤も、彼女が使用したかどうかまでは調べようがないのですが……しかし、一つだけ訂正がありますね。彼女と先代の院長は師弟関係ではなく、血の繋がった家族……父娘の関係です」
「成程ね。だから、返答に若干間があったのか」
本を開き、活字を読みながらエリオールは淡々と話し続ける。
蒼い炎に顔を濡らされたヴィンセントが昼間の様子を思い出しながら呟いた。
「そこに書いてあるか判らないが、あの女は蝙蝠を扱うのか?」
「蝙蝠……ですか?聞いた事はありませんが……」
「私も見たことないですっ」
「ふむ……ならあの時見たあれは一体……」
何を見たんですか、とエリオールが尋ねる。
シンはあの時見た物について話した。
「……確かに、アレは魔導院とは違う方向へ向かっていた気もするが……どうした?」
「いえ、『使い魔』として、蝙蝠型を使う人物となると結構絞られる気がするんです。ただ……その蝙蝠らしき物が本当に『使い魔』なのか、そうだとしても、件の犯人なのかが判らない限りは余り気にしても仕方がないとは思いますけど……」
エリオールが言う『使い魔』は術者の魔力を通して『使い魔』の見た光景をそのまま見る等が出来る媒体を指し、様々な型を成している。
蝙蝠型ともなれば、依然より格段に特定がしやすくなるとエリオールは考えた。
「……彼女の父の最期って書いてあるかしら?」
「ちょっと待ってください…………書いてませんね」
「そう…………なら、彼女は魔導院長を継いだのは父からそのまま、でいいのかしら」
「ええ、そのはずですよ」
話の流れを断ち切り、ジッと押し黙っていた小夜は声を上げる。
若干、呆けたエリオールはパラパラとページを捲った後、顔を上げて言った。
それを聞いた小夜は、円卓の上に置いた右手の細い人指し指で一定のリズムを刻み始めた。
「――やっぱり、これが一番可能性が高い、か」
小夜は呟くとタンッと指で円卓を叩き眼を開いた。
「あくまで仮定だし、間違ってると思う。彼女の解答が全て正しいとするならこれが一番正しい。まず、そうね……彼女は犯人とは違うわ」
小夜の断言にそこに居た皆がざわめく。
「彼女が魔導院長を継いだとすれば、それば遺言。そこに何が書いてあったか、までは知らないし、関係ないと思う。ただ彼女は実の父に対してその禁術を使ったんだと思うわ」
「一回だけ、とはそういう事か?」
「多分だけど、ね。その罪悪感から禁術に認定した。それか、彼女の様な人を産み出さない為に禁術に認定した」
「待ってください。なぜ父親に使ったと思われるんですか?」
円卓から話した右手の一指し指を立てると説明を始めた。その仮説が正しいかどうかは此処に居る誰にも判らない。
あの時、エレシアは一度だけ使用した、と確かに言っていた。
それを肉親に使ったと言うのならば、彼女が魔導院長になった時に禁術として認定していてもおかしくはない。
しかし、そんな確証はない。だからはエリオールは疑問をそのままぶつける。
少しでも小夜の考えを知るために。
「彼女が魔術師としか生きていないから、己の欲求を満たす為なら省みない。それは父親も同じなんだと思う。死ぬ間際に眠らせれば、『死』は感じず、永久に魔術を追求できる。そう考えたんじゃない?」
「一理はありますね……あの家系の魔術に対する思想理念は少し歪んでいますし……」
小夜はラミアが涙ながら話したエレシアの事を挙げる。
エリオールはそれで納得したのか、しきりに頷いている。
その隣りで肩を竦めながらヴィンセントが口を開いた。
「なぁ……つまり振り出しに戻ったって事でいいのか?」
「……そうとも限らないわ。シンが見た蝙蝠型の何かを操っている人物がいる事が判っただけでも十分な進歩よ」
少し考えた後、小夜は再び声を発する。
元々は犯人が特定できない状況であった事は変わらない。
しかし、特定できる範囲を絞る事が出来たのはとてつもない進歩だと小夜はそう言い切った。
「――居た!小夜!!ちょっと来てくれ!!」
「隼人?」
「フォルさんが目を覚ましたんだ!!」
「………………え?」
駆けて来たのか息を切らせらた隼人は肩で息をしながら怪訝そうな顔をする小夜の両肩を抱きながら言った。
傍でそれを聞いたエリオールは酷く眩暈がする様な感覚に襲われ、思わず円卓に手を突いた。




