第二十九話 共同推理 Ⅰ
しばらくして、ホールには優美に着飾った人々で埋まっていた。
奏者の奏でる音色がホールに響き渡り木霊する。
そんな中、小夜は何時もと変わらない態度で壁に背を預け、胸元で腕を組み観察をしていた。
――此処に居る連中は皆、貴族……?下衆い笑い声を響かせないでほしいわ――
小夜は冷めた目つきで見ていたが、嫌な物を視線から外す様に目を閉じかけた瞬間、声を掛けられた。
「小夜さん。どうですかっ?」
最初は無視をしようと思っていたが、聞き慣れた声だった為、閉じ掛けた目を開き視線を下げる。
そこには何時ものフードを脱ぎ去った初めて見るラミアの全身があった。
水色のフリルドレスを着て少し不安気な顔つきで小夜を見上げていた。
小夜はラミアの頭を撫でながら言った。
「似合ってるわよ……全く、なんで私まで来る羽目になったんだか」
「貴女とは初めて意見があった気がします」
「あ……?」
声のした方に目を向ける。
何時も通りの服装をした《戦巫女》が不機嫌そうに半目で立っていた。
不機嫌そうな処からして無理矢理連れて来られたと行った所だろうか、しかし、エリオールに周りには彼女の知り合いと思しき人物はいない。
律儀にも自分の意志で此処まで来たのだろうか。
「ああ、そうですね。『魔女』さん……貴女に、貴女達に伝えたい事があります。出来れば、他の誰にも聞かれない場所で」
「……後で、私の部屋で、どう?」
2人はすれ違い様に小声で会話し、エリオールが小さく頷いたのを確認した小夜は再びラミアと目を合わせる。
「後で、私の部屋に来てね。他の2人も呼んでおいてくれる?」
「はいっ!」
元気な返事したラミアが他の2人を呼びに行った瞬間、ピクンと小夜の鼻が何かを感じ取る。
硫黄系統独特の悪臭が何処からともなく漂っていた。
『感じとった?悪意を。うふふ……ならどうするか判るでしょう?』
聞こえる常夜の嗤い声。
匂いの元は不明だが、どうやら薄らと近づいている様にも感じる。
匂いは動いている。
つーっと背筋に冷たい汗が流れた瞬間、1人のメイドが目に入った。
白銀のトレーを右手の3本指で支えたメイドが小夜の方へ歩み寄ってくる。
トレーの上に何か飲み物の入ったグラスを乗せている。
直感的に体が動き、指を動かしている。
歩き寄るメイドの足元に水を敷き、体制を崩させようとした。
結果的に、足を滑らせたメイドの手から飛んだグラスは弧を描き、中身をぶちまけ、小夜のドレスを濡らした。
† † †
無言で腰から頭を下げ続けるメイドを尻目に坦々と服を着替え終えた小夜は冷やかに告げる。
感じ取った危機から身を護る為とは言え、小夜が敷いた水で彼女は足を滑らせたのだから、小夜の自業自得とも言える状況立ったにも拘らずメイドはひたすら頭を下げ続ける。
尤もそれを知っているのは小夜と常夜だけであるから、非常にばつが悪く感じられた。
「もういいから、これ洗って返しておいて」
先程より大きく頭を下げたメイドは小夜から渡されたリトル・ブラック・ドレスを手に抱え、部屋を後にした。
それを見届けた小夜は下していた髪をくいっと持ち上げ、黒いレースのリボンでポニーテール風に纏め上げる。
謎の液体を被ったが身体に目立った怪我はなく、全く以て健康体のそれを何一つ変わらなかった。
「魔女さん、入ってもよろしいでしょうか?」
「え、ああ。大丈夫よ」
部屋のドア越しに《戦巫女》エリオールの声が聞こえ、思考を止める。
返答を聞いたエリオールはドアを開き、中に入る。
それに続いて、蒼を基調としたフォーマルな服装をしたシンと薄茶色のコートを羽織ったヴィンセント、フリルドレスを着たラミアが部屋に入った。
「それで、話って何?」
「……フォルさんの事について、です。長々しく説明する気は毛頭ありませんから率直に言います。このままだと彼女は眼を覚ます事はないでしょう」
「……ッ!……どうして、そう思うのかしら?」
エリオールが唐突に告げた言葉に幾ばかりか動揺した小夜は取り繕う様に口を開く。
「似た様な魔術があるからですよ。それもかなりの高位魔術ですから扱える人物は絞られるはずですが……」
「……が、何?」
煮え切らないエリオールを後押しするように小夜が続ける様に促す。
「この魔術は禁術に認定されているんですよ……」
「えっ!?」
気疲れした様なエリオールの覇気の籠ってない声に反応したのは、小夜ではなく、ラミアだった。
突然、大声を上げたラミアの方へと視線が向いた。
「赤冠、何か知ってんの?」
「知ってるも何もっ、もし本当なら大問題ですよっ!!」
「ええ、そもそも禁術とは使う事も、教える事も封印された呪術の類を指すんです。他人を呪い殺したり、精神的に追い詰めたりなどを出来るらしいですが……呪術はかなり前に禁術として認定され、記録から抹消されていますし、私の知る限りではこの呪術を使える人物は亡くなっているはずです」
シャランと錫杖を鳴らしたエリオールは溜息を吐いた。
しかし、仮にもしそれが本当なら一体何処の誰がそれを知っていたのか、と小夜は疑う。
「ラミアも?」
「はいですっ……そもそも私も知る限りには禁術を知ってると思える人物はいませ……あっ――」
「どうしたの?」
頭を振りながら答えるラミアは、ふと拍子で顔を上げる。
それに気づいた小夜は問いかける。
「いやっ、1人だけ心当たりがあるんですがっ、動機になるような事が……」
「それは調べた後で考える事よ。今一つでも多くの情報が欲しいの」
凛とした目で目線をラミアと合わせる。
意を決した様子のラミアが震える唇で言った。
「――魔導院長なら知ってるかもしれませんっ……」
今にも消えそうな程掠れた震える声で言ったらラミアの体も小刻みに震えていた。
† † †
「魔導院長は魔術を絶対としていて、魔術しか信じていませんっ。
あの人には良いとか悪いとかそう言った境目が無く、魔術師として自分の欲望に忠実なんですっ。
それこそ、異常なまでにっ……私は普通の人とは少し違いますっ。
魔術を扱う為の回路……『魔術回路』が普通の人は1つなのに、私だけ4つあるんですっ。
はいっ。だから同時に4つの魔法陣を展開出来るんですっ。
魔導院長は私の事を褒めてくれましたっ……でも、その裏で私の事を研究していたんですっ……
私を褒めていたのはっ、私の機嫌を取り、私と親しくする為。
結局、私は独りだったんですっ。
そんな時、マアトさんに声を掛けられ魔導院を出ましたっ。
だからっ…………」
「もう、いいわ。ラミア……」
矮躯な体で絞り出す声をこれ以上聞けないと思った小夜は話をやめさせる。
気の利いた事を言えれば、尚、良いのかも知れないが、生憎の事、小夜はそんな言葉を持ち合わせてはいなかった。
だからこそ、ラミアの矮躯を優しく抱しめ、耳元で囁いた。
「……貴女はもう、独りじゃないわ」
ピンと張りつめていた琴線が切れたのかラミアは小夜のしがみ付く様に咽び泣いた。
「……確かに、魔導院長なら禁術を知っていてもおかしくはありませんね。彼女は、禁術認定の時から院長をやっていたはずですから。可能性はゼロではありません。ですが……」
「理由、か……」
「はい。なぜ彼女がフォルさんに魔術を掛ける必要があるのか……例えば、ラミアさんを連れて帰りたいなら、ラミアさん以外の貴女達を眠らせれば済む話でしょうし……」
「……埒が明かないわ。明日、院長に話を聞きに行きましょう」
謎は深まるばかりだった。
小夜はラミアを抱しめたまま声を発する。
「賛成ですね、では頑張ってください」
「何言ってるのよ。貴女も着いてくるの」
きょとんとするエリオールにヴィンセントが言った。
「まぁー、赤冠だけじゃあ、足りない情報があるかもしれないし考える頭は多い方がいいからねー」
「っ……判りましたよ。一時間だけです。明日、日が沈んでから一時間だけ、中庭で話しましょう」
それでは、と言ってエリオールは半ば諦めた様子で部屋を出て行った。
えと、非常に遅れてすみませんでした。
4月からの新生活に向けて色々な準備に追いやられて執筆できないと言う日が続いていまして……
でも、これからは、何時も通り(?)週1のペースで投稿できたらいいなぁと思います。




