第二十七話 眠ル民
光臆する事なく燦々と《エレンシア》の広大な大地を照らし続ける太陽が登り切った昼下り、グランゼン王国の入国門に並ぶ人影があった。
一際目立つ深い黒のゴシック&ロリータ仕立ての服に身を包み、黒いレースのリボンで黒髪をポニーテール風に纏めた少女・暁 小夜。
本来『勇者』として《エレンシア》に召喚された小夜はそれを断り、自らを『魔女』と騙り『悪』の道を進んだ。
それを知らない者は蔑み敵対したが、しかし、小夜の周りには本能的に理解したと思われる人が不思議と集まった。
かつて『英雄』と崇められた1人の戦士、シン・マクスウェル。
平人族の枠組みを超越した魔力を持ち、類い稀なる神秘の力を授かった少女、ラミア・ネル・フィアンネ。
1人の小夜は決して独りではなかった。
そして、3人の目の前にはかつての敵であったアイン・クセルセスカと助言をくれたシキ・リオハーツ。
2人はグランゼンを去り、アインの罪滅ぼしの旅を、2人で歩いて行く。
「あ、そうだ。サヨちゃん。これを渡しておくの忘れてた」
背負ったリュックサックを地に下し、脇のポケットから一つの紅い宝玉が埋め込まれた銀色の指輪を取り出し、小夜に渡した。
「これは…?」
「『魔封じの指輪』って言ってね。サヨちゃんの水ってあんまり魔力を消費してないみたいだし、それを嵌めて魔力を指輪に溜めておくの。それが臨界点に達した時に膨大な魔力が湧き出るんだって代物らしいんだ~」
「……補足するとその指輪が壊れた時に、貴女の操る水の威力が上がるって事よ。魔力の溜め方は……小さい魔術師さんから教わって」
あの怒涛の戦闘を繰り広げていたアインとは到底思えない優しい声で告げた。
「……えとっ、魔力の感知から移動まで教えれば溜められますかっ?」
「うん。そだよー、ラミアちゃんに教わった後はサヨちゃん次第って事だよ」
「判ったわ……助かるわ」
ラミアの目線に合わせ、屈んだシキはそっとその碧髪の頭を撫でながら、指輪を見つめている小夜に向けて言った。
その傍らでシンがアインに歩み寄った。
「……出来れば、共に歩みたかったがな」
「いいのよ。別に。これは私のしてきた事を私が償う為なんだし、その代わり、ちゃんと平和な世界にしなさいよ?」
「手厳しいな。だが、約束しよう。俺たちの手で魔神を倒す」
2人は互いに手を握り、誓いを立てた。
「遅れてきた結果がこれかよ……?」
1人駆け足で息を切らせながらを走って来た青年、ヴィンセント・クライン。
未だに知らない事が多いがそれでも、仲間として信頼のおける1人の謎多き青年、ヴィンセント・クライン。
彼が目にしたのは、手を取り合い昼間にも拘らずにいい感じの雰囲気を醸し出す恋人にも見える2人と、実妹の様に1人の少女を可愛がる2人の姿で、それは実に近寄り難いモノを放っていた。
「……名残惜しいけどそろそろ行こっか」
ひょこひょこっと耳を動かしたシキに促され、アインは頷く。
シンは手を振りながら、惜別の感情に浸り歩き始めた2人が伏せていたグライフに乗り飛び立つのを見送った。
「はぁ…はぁ…此処に居たのか……『魔女』…!」
後ろからウィン・アルゼンが猫の尾の様に長い紅い三つ編みを左右に思い切り振り切らせながら全力で走って来た。
ウィンは肩で息を切り、膝に手を置き声を荒げながら喋る。
「エルフの所の赤毛……? どうし――」
「急いで来てくれ!!」
驚き途惑った小夜が問いかけようと近くに寄った瞬間、ぐいっと強引に腕ごと手を引っ張られ全速力で走るウィンに引っ張られた。
「……貴方達も一応、付いて来て!」
声を張り上げ、呆けていた3人を促す。
促された3人は顔を見合わせ頷きあうと走り出し、ウィンを追いかけた。
† † †
リッグの予見通り、すぐにニムエによる被害者が現れた。否、現れていた。
一連の事件が終わり、新たな一日が始まったこの日の昼下がり、王国の一室では眠りから覚まさず、時折、魘され顔を顰める金髪のエルフ。
フォル・モーント。
「オレが起きた時から今まで目を覚まさないんだ……色々やってみたけど、全然……っ……」
「もういい。我慢するなって」
フォルが眠る部屋、そこに集まった3つの集団。
『勇者』『魔女』『エルフ』
『エルフ』の一員、ウィンは今にも泣きだしそうな顔つきで茶色のワンピースの裾を両手でぎゅっと握り締めながら物語る。
それを宥める様に頭を撫で、そっと抱き寄せるのは同じく『エルフ』の一員、ヒュース・クラスト。
「……判った。でも具体的に何をすれば良いんだろう」
「――ハヤト様ッ!国民が……」
走り続けた勢いのままドアを開いた女性、クーリヒルトは音に振り返った小夜と目が合い、露骨に顔を顰め口を噤んだ。
場所が場所だからと言う理由も考えられる、しかし、クーリヒルトは違った。
小夜と目が合い、キッと表情を強張った。
「いいよ。続けてくれ」
「判りました……国民の間でここ2、3日目を覚まさない者が多発している様です。原因は不明。また被害者同士の接点もなく、老若男女、幼子まで被害は及んでいるそうです」
「……って事は、フォルさんも?」
辛辣な表情を浮かべたクーリヒルトの説明を聞き終えた隼人が振り返り、ベッドの上で魘されるフォルを見つめる。
「その可能性は高いわね。でも、グランゼンだけの現象なのかしら……?」
「どういう意味です?」
壁に寄掛かり腕を胸元で組み、ずっと口を閉じていた小夜が徐に口を開き、口にした疑問。
訳の判らないと言った様子の白い装束を纏った《戦巫女》エリオール・セント・オルトラージュが聞き返した。
はぁ……と溜息を吐いた小夜がそのまま勘に基づいた考えを声に出す。
「被害箇所がグランゼンだけなら、原因はグランゼンの何処かにある。逆に、グランゼン以外の他国でも同じ、もしくは似たような現象が起きていれば、これはエレンシア全土の問題になる。更に言えば……いえ、忘れて。現段階じゃこの程度の推測が限界よ」
冷やかでいて凛としたよく通る声で小夜は言葉を連ねる。
最後の口を濁した意味深な発言にヴィンセントとクーリヒルトは若干、背筋に冷や汗が流れるのを感じた。
「で、でもよ……そんな証拠は何処にもないし、情報だって的確じゃないだろ?」
「そうよ?だから、これから確かめに行く」
しばらくの沈黙を破ってヴィンセントは口を開いた。
小夜が連ねたそれはあくまで小夜の勘に基づいた憶測に過ぎず、確固たる情報に基づいた訳ではない。
小夜も当然、そんな事は判っている。故に次の行動を考え、決めていた。
「行くって何処にですかっ?」
「エレンシアの情報が飛び交う場所」
「成程。確かにあそこなら話が速いな、なら急ぎ準備しようか」
小夜の意図が判ったシンがドアに手を掛けようとした瞬間、後ろから声が上がった。
「ちょ、ちょっと待ってください!貴女達は何をしようとしてるんです?」
「決まってるじゃない。この事件の解決法を探すのよ」
何時もと何も変わらない冷徹な笑みを浮かべた小夜はそれだけ告げると部屋を後にした。
† † †
各々が支度の為に部屋へ向かっている帰り道。
小夜と全く同じ容姿をし、ゴシック&ロリータ調の服を着込み、微笑みを浮かべた少女――暁 常夜が小夜の肩におぶさる様にふっと乗りかかった。
『うふふ、優しいのね?他人を助けるなんて』
「エルフが目を覚ます覚まさないは関係ない。もしかしたら次の被害者は私かもしれない。だけど、ビクビク怯えながら過ごすのなんて御免よ。先に解決法を見出すだけ」
嗤い掛ける常夜に対し、小夜は刺々しい言葉で返答する。
『それでも、貴女の善意には変わりないわ。それとも何かしら?あの少女は貴女の中で大きな存在にでもなった?』
「……うるさい」
尚も煽り続ける常夜に対し、小夜は一瞥だけすると自分の部屋に入り、ゴシック調のミニスカートに穿き替えた小夜は支度を始めた。




