第二十六話 転換
グランゼン城の足元に縦に伸びる様に反映する城下町。
その出店の一画に、一際目立つ2人組の少女達が居た。
片方は漆黒のゴシック&ロリータ衣装を纏い、黒いレースのリボンで長い黒髪をポニーテール風に纏めた少女・暁 小夜。
もう片方は、両肩は剥き出しで袖は長く袖口がゆったりめな白銀のワンピースと腰まで伸びた淡い金髪に見え隠れする長い耳が特徴的なエルフ、フォル・モーント。
2人の中は至って良好そうに見えるが、実は違う。
小夜は一方的にフォルを毛嫌いし、肩を並べて歩く事すら拒みたいと思っていた。
しかし、フォルの強引な誘いに断り切れず城下町を回る羽目になったのだ。
「小夜さん!小夜さん!こんなのどうでしょう?」
「何でもいいわよ…」
フォルは無邪気な笑顔を浮かべ手に取った洋服を小夜に見せる。
その様子をうんざりと言った様な顔付きで見守る小夜は、流し流し答える。
小夜が首を振った瞬間、目に付いた物に気を惹かれた。
「小夜さん?何かありましたか?」
「ああ、いや……貴女の所の小さい赤毛って素手で闘ってるでしょ?」
だから…と言って小夜が手に取ったのは小さな黒いグローブだった。
「いくら貴女が傷を癒せると言っても、保護できるに越したことはないと思うけど?」
「そう、ですね。でも、お金を持ってませんし……?」
「それくらい貸すわよ」
ふっと微笑みを浮かべた小夜がスカートのポケットから二つ折りの皮財布を取り出す。
フォルは、胸の奥から何とも言えない感情が溢れ出るような気がし、気付いたら小夜に抱き着いていた。
「ちょっと……人目につくじゃない」
小夜も頬を赤らめ、口では否定していても満更悪く感じてはいないようだ。
小夜に抱き着いたままフォルは思った。
† † †
グランゼン王国を取り囲むように生い茂ったルミセタ樹海。
グランゼン城から遠く離れた樹海の中に異様な雰囲気を醸し出す一軒の小屋。
その中を照らす1つの小さな蝋燭に燈した僅かな焔に照らされる二つの影。
「――どうか、この幸せな時間が続きます様に……だ、そうよ?『魔女』」
影の1つはずっと語っていた。
フォル・モーントが望む世界の事を。
「それが『エルフの望んだ世界』……?」
「ええ、そう」
もう一つの影――『魔女』暁 小夜がそれに呼応するように尋ねる。
語っていた影――柴色のローブに身を包み顔の半分を隠した女性は自身の周りを飛び交う9つの硝子珠を愛おしく眺め、恍惚的に唇が動いた。
「他にも、『勇者の望んだ世界』『戦巫女の望んだ世界』『英雄達の望んだ世界』『孤独な少女の望んだ世界』『騎士の望んだ世界』『救済された少女の望んだ世界』……尤も『英雄達』は互いに違う世界を望んでるようね」
「くだらない。貴女の幻想を押し付けないで、さっさと皆を開放しなさい」
9つの内、8つを順々に愛撫でし淡々と語る女性を一瞥した小夜は両の手に平を上に向け、肩を竦めると冷酷に言い放つ。
「いや、と言ったら?」
「腕尽くでも解放させる」
これ以上の問答を不要と考えた小夜は何時でもフィンガースナップが出来る様に指を構える。
「……水を操る程度で『真正の魔女』に勝てる思って?」
「別に…ただ貴女の魔法のタネは割れてる――影よ」
パチンッと乾いた音が響き、揺れていた蝋燭の焔を掻き消した。
「……正解。だけど、このままじゃあ貴方も攻撃できなくて?」
「…………」
賛美の拍手を送る『真正の魔女』の問いに小夜は答えない。
ジッと目を閉じ意識を一点に『ラグズ』に集中させた。
見えなくとも、判る。
状況は小夜の方に傾いている様に見えた。
「夢は夢。幻も想いも抱えて、幻想の彼方へ貴方も誘いましょう…」
『真正の魔女』ニムエの高笑いが木霊する。
† † †
時は数日前に遡り、アイン・クセルセスカの暴動、『勇者』隼人の暴走の痕跡が消えず慌ただしさが残るグランゼン城の内部、とある部屋の中で密会が行われていた。
密会の正体は『四席議会』と呼ばれるグランゼンの最高決定機関であり、『魔導院長』『闘技場オーナー』『神祇官長』『民の派』の四席で構成されている。
王は民の声を聴き、議会が政治を動かす。
当初はそれを目的とした組織であったが、何時しか議会に参加する事だけが目的となった自称『民の派』で議会に参加した貴族の会合となっていた。
「ええい!何故だ!何故、何時までも『魔女』を仕留める事が出来んのだ!?」
「失礼ですが、公爵閣下?貴公は何も無さっておりませんよね?かの英雄が一人に依頼したのも私です」
「ヒドラを配置したのも俺だ」
しかし、ここ最近の議題には大半の民の声を反映した『魔女の始末』になっている。
その例が、ヒドラ襲撃やアイン・クセルセスカの暴動。
総ては『四席議会』の陰謀の果てに秘密裏に行われていた。
「くっ……しかし、私にも考えがありましてね」
丸々と太った自称『民の派』出の貴族・リッグが嫌らしい顔つきで手を擦り合わせる。
ほう…?と感嘆の声を漏らすのは白いローブに身を包み、十字架の刺繍が入った帽子を被っている『神祇官長』マーサー。
「しょうも無い事だったら出て行ってもらおうか?」
笑いながら答える主は『闘技場オーナー』デリッヂ。
青いバンダナで青紫の頭髪を纏めた男性、普段は闘技場で試合の調整を行っている。
「まぁ…私としては、ラミアが帰ってくればそれでいいです」
朱いローブを纏い、朱い縦帽子を被った女性『魔導院長』エレシア。
彼女は特に『魔女』をどうこうしようと考えているのではない、ただ、マアトに連れて行かれたラミア・ネル・フィアンネの平人族の枠組みを超えた力量を己の眼で確かめたいだけだ。
そこには善も悪もない。ただ、真実を坦々と追い求める『魔導院』の心得を全うする意志だけしかない。
「……此処より遥か東にある寂れた小屋を棲家にしている『幻惑の魔女』に依頼してある。おそらく被害者が出る頃だろう」
「被害者?てめぇ何する気だ?」
「決まってる。被害者の仇討ちを『魔女』に依頼すればいい事」
詳しい事を話し終え、リッグが執務室で優雅に民の徴税を掻き集め買い取った高級の茶を啜り呑んでいた時、コンコンと軽くノックする音が聞こえた。
「……全く、優雅な一時も邪魔させるのか……入れ!!」
愚痴を溢しながらカップを置き、ドアに向かって声を張り上げる。
「王国神祇官異端審問部一等区長・ヴィンセント・クライン」
「同じく、王国神祇官異端審問部二等区長・クーリヒルト・アスガルン」
「「両名、任務報告に参りました」」
アッシュグレイの長髪、赤褐色の外套から覗かせる左手に鈍い金色の義手を付けた青年、ヴィンセント・クライン。
秀麗な美貌にエメラルドのような緑の瞳、白い甲冑を纏った女騎士、クーリヒルト・アスガルン。
神妙な面持ちの2人が部屋に入った途端、リッグの顔が醜く歪んだ。




