対極
眼を開けると何時かの様に包帯が巻かれていた。
見覚えのある天井は何時ものシン自身の部屋である事を物語っている。
ただ、布団の上から感じる圧迫感が異様差を放っていた。
「……あの獅子に助けられたのか…?」
まさか、と自嘲的な笑みを浮かべ身体を起こしたと同時に視界に入った布団の上の圧迫感の主は2人いて、1人は布団に顔を突っ伏し眠り扱けるアイン・クセルセスカで、もう1人はその隣でおそらくアインと共に被っていた毛布を独り占めにしたシキだった。
1人外れた椅子の上ではまだ怪我が治り切って無いだろうにヴァルバトスが身を預けている。
随分と昔にも同じような光景を目の当たりにした気し、自然と微笑みが浮かぶ。
また、こうして4人で集まる事が出来る等、此処に居る誰しも夢にも思わなかっただろう。
事実、シンもその現実を受け入れ切れていない。
「…偶には、こういうのも良いのかも知れないな」
窓枠から差し込む日光に照らされたアインの艶びく黒髪をそっと撫で呟く。
ふわりと心地良い香りが広がり、昨日までの血の香りが嘘の様に掻き消えていた。
「――で、何時まで狸寝入りをするつもりなんだ?シキ」
「あちゃー、バレてたかー……いやね。別に狸寝入りするつもりはなかったんだよ?ただいい雰囲気だなーと思っただけだし?」
ピクンと耳が立ち、寝惚け眼を擦りながらシキは顔を上げた。
そのまま軽く体を伸ばし、毛布の半分程をアインに掛け、嬉しそうなの笑み、にっ、とを浮かべる。
「最初から見ていた…の間違いじゃないのか?」
呆れ顔のシンの問いに答えずシキは仄めかす様に楽しそうに、にっ、と笑う。
それだけで充分な答えになっている。
隠そうとして隠しきれない、だから憎めない。
その事を知っているからシンは微笑ましく頷く。
「まぁ、そんな些細な事はこの際どうでもいい、か」
「うぅん…」
天を仰いたシンがぽつりと漏らした一言に、突っ伏していたアインが身動ぎし目を開けた。
寝起きでしっかりと頭が働いていないのか、きょろきょろと頭を動かしシンと目が合い、目を開いた。
「…起きてたの?」
「ついさっき、な」
じっとシンの眼を見つめて傷を心配するアイン。
その眼には罪悪感と安堵が鬩ぎ合っている様に見えた。
† † †
眼を開ける。
体の何処かに違和感を覚えるけど…全く判らない。
黒い勾玉と白い勾玉を繋げた様な円……見覚えがある。
でも名前を知らない。
「これは、対極図って言うのよ」
「君は…っ!」
声のした方を見ると対極図の黒い方、その中心、僅かに残った白い点の中に、僕が居た。いや、正確には今現在の僕の容姿をしている少女が居た――
「それは貴方の勘違いよ。この体は元々、私の物。ただ……私は貴方に謝らなければならないの。その為にやっと通じられた」
意味が判らない。
僕の体は……男に戻ってる?
「君は…エルフ?」
「そうよ。『フォル・モーント』なんて名前じゃないって、まぁいいのよ。そんな事より、時間が惜しいの。話を進めるわ。その都度、理解しなさい」
「判った…」
正直、聞きたい事は色々あるけど、彼女はそれを許してくれそうにない様に思える。
「まず、貴方が私の体の中に居る理由は、偶然。
そう悲観的な顔をしないで、先に言ったはずよ。謝らなければならないって。
でも、それを受け止めて。
私が、此処に来る際に原因不明のアクシデントで貴方の精神とぶつかった。その瞬間、私の精神が折れて、貴方の精神が『私』の中に留まった。
え?貴方の体……無事、じゃない。病院に運ばれてる。意識不明の重体だって。
それを足元の対極図が示してるの。
陽……つまり白い方は女性を示し、陰……黒い方は男性を示す。
貴方の足元は黒い、でも周りは白でしょ。
『精神』は男性、つまり貴方。『肉体』は女性、つまり私の体。
ああ、だからと言って私が貴方の体の中にいるって訳じゃない。
私はただ浮遊してるだけの存在。知覚もされなければ視認されない。
じゃあ、何処にいるって?
何処にでも、よ。私の精神は散っている。
貴方の世界で元の形を知らず、彷徨い続けてる。
だから、私の事はどうでもいいの、本題はここからよ。
陰は陽を飲み込もうとし、陽は陰を飲み込もうとする。陰が極まれば、陽に変じ、陽が極まれば陰に変ず。
此れ自然の摂理なんだけど、それがずれ始めてる。
陰が陽の中心にいる貴方に惹かれて徐々に陽に取り込まれ初めている。
このままだと…私も貴方も死ぬわ」
今、僕がどんな顔をしてるのか全く想像がつかない。
いきなり猶予の判らない死の宣告をされたのだから。
「だから、ごめんなさい。巻き込んでしまってごめんなさい。闘争を知らない貴方を闘争の渦に巻き込んでしまってごめんなさい」
「顔…あげてよ……助かる方法はあるんだろう?」
いや、焦ってばかりじゃ駄目だ。
目の前の少女は伝える為に僕にコンタクトを取ってきた。
それを拒むわけにはいかない。
「ええ、あるわ」
「じゃあ…!」
「――でもッ!」
劈く金切声が僕の声を遮った。
「私と貴方が入れ替わる。でも、それだと貴方はお別れしないといけない。この世界と、大切な仲間達に」
「……君が繋いでくれるんだろう?」
こくんと頷いてくれる。
だったら…ほんの少しお別れの時間が欲しい、かな。
「…タイムリミットは何時までなの?」
「おそらく、長くて1週間。細かい誤差は生じるかもだけど……」
そんなに時間があるなら、充分さ。
僕には僕の場所が合って、この子にはこの子の場所がある。
判ってる。同じ陽だまりの中に同じ存在は2つも入れないって事ぐらい。
「君と逢うにはどうすればいい?」
「眠って。そうすれば意識が此処に来るから。私達が境界を越えればそこで精神が切り替わる」
そんな簡単でいいのかな…
まぁ良いんだろうね。
さぁ、残り僅かなこの体を満喫しようか。




