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第二十五話 宿命の王 『終焉』

全身が思念体となって意識の彼方へ沈む最中で誰かに名を呼ばれた気がした。

眼を開け前と思われる方を向く。重力がないらしく宙に浮いたままでは右も左も判らない。

今、自分はちゃんと立っているのか、それすらも判らない。


――ひた、ひた、ひた


そう遠くない所で何者かが歩く音が耳に入る。

全神経を足音に向け、集中し目を凝らす。

薄暗い灰色の景色の向こう側で深く紅い点が2つ見えた。


――ひた、ひたひたひたひた


音は間隔を縮める。距離が近くなってきている証拠だろう。

尚も目を凝らし続ける。

銀混じりの茶毛の獅子が雄々しい鬣を散らせながら憮然とした態度で歩き近づいていた。


『やれやれ…まだ来るべき時ではないと思っていたんだがな。蒼虎の継承者よ。此処に来るには些か早過ぎる。今回は特別だ。我が貴様を上の世界へ戻してやろう。だが、次は貴様が決断せよ。生か死か、道は無数にある。死を選んだ時、また此処へ来い。引導を渡す』


云いたい事を言い切ったのか、獅子は身が震える程、盛大な遠吠えを上げ、『蒼虎の継承者』と呼ばれた青年――シン・マクスウェルの思念体は上へと舞い上がった。


『ああ、そうだ。黒獅子、桜猫、碧豹の継承者にも伝えておけ。身分を弁えろ、と』


響き渡る遠吠えの中でその声ははっきりと聞こえた――






  †  †  †






小夜は小さく入り組んだ小部屋に入り、痕跡を辿られない様に必死に逃げ時間を稼いでいた。

王と同一化してしまった隼人の中へ常夜が入る直前に置いて行った僅かな勘を頼りに相手の動きを探りながら隠れる。


埃に塗れた本棚を背にもたれ掛り、額に浮かぶ汗を拭い深呼吸し、再び、神経を張り巡らせる。

音が止み、耳鳴りがするほどの静寂の中で、僅かな呼吸音だけが煩わしく耳に残る。


常夜からの合図はない。

手間取っているなら、それはそれで構わない。しかし、もし裏切ったとしたら?

その時は、いとも容易くやられてしまう。

対抗手段がないのだから、どうにも手のつけようがない。


じわりと手に滲んだ汗をスカートで拭い去り、物影から頭を出し様子を窺う。

王の姿は見えない。尤も安全とは言い難い状況は変わらず、互いに探りを入れているだけで、先に動いた方が詰む。


「――なら、動く必要はない。と、でも考えているのだろう?」

「ッ!?」


小夜は考えを見透かされた事に驚き、声を上げそうになったのを、右手で遮り声を押し殺す。

咄嗟に状況判断をしようとするが、声は反響し何処から聞こえたのかははっきりとしない。

刹那、空気が変わった。


「集え、眷族よ。一躍の力と成れ!!」


全神経が緊急警報を鳴らした。

ピクンと反射的に体を起こし、避けなければ、と焦りに駆られ体を動かす。

本棚の影から体を退けた、次の瞬間、黒く光する球体の様な物体が、ついさっきまで居た所が焦土と化し、棚に納められていた本に引火し小規模とは言え火事を起こしている。


何処から、何を、放ったかは判らない。だが、射程範囲に入っただけで、死ぬ。

死の淵に立って、小夜は震える。


実際、小夜だけが生き残ってしまったあの日以来、悪夢に苛まれ何度も『死にたい』と思った事はある、だが、それを隼人に対する嫌悪に変え、今日まで生きてきた。

身勝手な態度に付き合せている。尤も本人はそれを苦と思ってない様に見えるが、それでも心の何処かでは悪いと感じていた。

なら、いっその事、このまま殺された方が償いにはなるのでは。


弱気な思考を払拭する背筋の凍るようでそれでいて現状は安堵できる声が響いた。


『うっふふ…着いたけど、そっちはどう?』

「……もう少しで姉さんと同じ所へ行けそうだったわ」

『ふふ…じゃあ、代わりましょう』


一瞬、身体が浮き、王の方へ引っ張られる感覚に襲われる。

王に背を向けながら、引っ張られ見えた。

先程の黒い球体が通った一帯はぽっかりと穴が空き、奥まで見通す事が出来るまでになっていた。


「水の女、か…さっきから何をコソコソやっている?」

『王サマに蜂起する為の準備。でも、私の出る幕はもうない。王の出る幕も、ね』


吸い込まれる様に姿を消した小夜と換わり、凄絶な笑みを浮かべ黒い少女は舞い散る火の粉を背に、王の前へ降り立った。






  †  †  †






『ウィアド』の空間で常夜と入れ替わり、気が付けば其処に居た。

切り離された浮遊大陸の様な空間、白く荒廃した大地と暗黒の空に浮かぶ無数の割れた鏡。

小夜は大陸の端へ飛ばされたらしく、遠くに見える十字架の様な建築物を目指し歩き始めた。

が、近くを浮遊する鏡が見覚えのある光景を映したのが目に入り、足を止めた。


「……記憶?」


鏡には、白いYシャツにジーパンと何時もの服装に長い紅髪の女性・明星紅、その対面に黒い短髪で渋青色のエプロンを着た男性・神田慎二がカウンター越しに話し合っている。


――『ウィアド』の次に正位置の『ラグズ』が出たか。これはなかなか面白そうな展開になったね――

――占い…か?――

――そーよー…まぁ、『ラグズ』は今回は女性…暁を指すとして、『ウィアド』を与える子にどんな影響が出るのか。楽しみだ――


そこまで映した瞬間、鏡が甲高い音を立て割れた。

会話は聞き取り辛く、殆ど内容は聞こえなかったが、紅が隼人にルーンを与えた理由が僅かに見えた気がした。

再び足を動かしながら思考に没頭する。


「……私と隼人、国崎もいないって事は『ウィアド』の記憶?」


数多の考えを否定し肯定した結果浮かんだ仮定。しかし他に思い当たる節はない。

それに加え、ここは『ウィアド』が所有する空間だ。

この仮説が一番有力と言う事になる。


「――ッ!?」


白い大地が裂け、底が見えない奈落が広がっていた。

踏み出していた足を止め、姿勢を正す。

もう半歩でも反応が遅れていたら奈落の底へ落ちている。


「…これが貴方の言っていた距離って事?隼人ッ!!」


奈落の向こうには白い十字架に磔られ、白と黒の茨で縛られた隼人の姿があった。






  †  †  †






名前を呼んでる気がする。

聞き覚えのある声で、俺の事を罵倒してる気がする。

どうしてだろう。

普通は悲しいのに、この声だと不思議と安心する。

君は……一体、誰なんだ?


「思い出しなさいよ!貴方がそのルーンを貰った時の言葉を!!」


女性の声、何処となく懐かしい声がする。

思い出す…ルーンの事を?

そうだ、確か…あの時…紅い髪の人に言われたっけ。


――ああ、そうだ。その代りに彼女を繋ぐ架け橋になってくれないか?――

――架け橋…――

――そう。君が見つけた彼女は少々、此方側に身を置きすぎてる。それを救ってほしい――


そうだ。俺は頼まれたんだ。

彼女を救ってくれと、。ならなんで俺は此処で捕まってるんだ?


「貴方はそんな程度だったの?私を失望させるのもいい加減にしなさいよ!!」


違う。

俺は、俺は!!ただ君の、君の力になりたいだけだ!

でも、俺には扱えないから、頼っただけなのに……!


「――貴方は私に言った!『ルーン』が貴方と此方側を繋ぐ架け橋なら、貴方は私を繋ぐ架け橋になるって!!なら、貴方の覚悟を見せなさいよ!!」


覚悟。

思い出した…そうだね。ああ、そうだ。溝なんてない谷なんてない。

俺は何時でも君の隣にいた――






  †  †  †






小部屋で盛大な戦闘を行っていた王と常夜、2人の距離が離れた瞬間。

王が跪いた・・・・・


『うっふふ…王サマ。貴方の負けみたいね』

「ふ、ぬかせ…視えていたのだろう?オレの敗北が」

『いいえ、私が視える未来は、僅かな希望が残る絶望、よ。未来・・に変えたのは紛れもなく手を取り合った勇者と魔女。偶には賭け事もいいでしょ?』


例えば、常夜が辿り着く前に小夜が王に殺されていたら。

例えば、小夜が王の空間で取り込まれてしまったら。

例えば、小夜の声に隼人が目を覚まさなかったら。

例えば、目を覚ました隼人が小夜を拒絶していたら。

未来は変わっていたのかも知れず、何処にでもその可能性は転がっていた。

しかし、小夜と隼人は互いに気付き合い、手を取り合った。

それが、最大の勝因。


「それを……視えていたと言っているんだ」


面を上げた王は掠れる声を絞り出し笑って霧散する。

それを見届けた常夜は静かに目を細める。まるで、王に黙祷を捧げるかのようにしてそのまま霧散した。

小部屋からは音もなく跡形もなく2人の姿は消えた。

ほぼ同時に大広間に倒れ伏せる隼人の姿が突如として現れ、その隣に寄り添う様に小夜が眠っていた。



出来るだけ超展開は避けたかったのですが、やってしまいましたね。

後々で改訂します。

ただ、今は風邪気味ですので休ませて貰います。


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