第二十三話 宿命の王 『覚醒』
街を照らしていた太陽が完全に落ち、漆黒の帳が街を包み、昼間の暑苦しさは大分収まり、代わりに冷涼な風が街を吹き荒ぶ。
「twilight bell」は煌々と灯りを燈し、1階では冷然した様子の小夜がカウンター席に座り、目の前に置かれた珈琲に敷かれたコースターが水滴に濡れるを見つめていた。
隣の椅子では、凌牙がカウンターテーブルの上に置いた携帯音楽プレイヤーから伸びるイヤホンで両耳を塞ぎ、音楽を聞き、カウンターの向こうには相変わらず不愛想な表情をした慎二がカップを拭き、奥の食器棚に陳列していた。
3人の間に言葉はない、代わりに空調設備が回る音がただ響く。
珈琲の氷が溶けたのか、カランッと清涼な音が新たに加わる。
「twilight bell」2階、紅が事務所として使用している部屋の隣、別室に広々と敷かれた茣蓙の上に胡座をかく紅の向かいに正座する隼人の姿がある。
光源は月明かりしかなく、天窓から降り注ぐ月明かりを紅の真紅の髪がキラキラと艶々しく反射する。
「隼人、今から君に『ルーン』を与える。これは此処の通行証になり、君の居る世界と此方側を繋ぐ架け橋だ。左手の甲を出せ」
一つ、小さく頷いた隼人は言われるが侭に左手を差し出す。
紅が右手で隼人の左手の包んだ。
「………………」
「…………………終わりだ」
「え、焼き印みたいなの出て来てませんけど…?」
暫くの沈黙、ぽつりと紅が口を開き、手を退ける。
隼人は唖然とし、小夜の逆さにしたL字の様な焼き印が出ていない事を疑問に思う。
「そりゃな、君のルーンは特別でね。 宿命のルーンであり、空白のルーン。その名を『ウィアド』。空白が故に、決して表には顕れない。その性質は宿命・運命を顕す、しかしそれが吉と出るか凶と出るか、それは君次第だ」
† † †
毛先が俺の頭から離れた。
どうやら仮面は俺に思い出させたかったらしい。なら、思い出した今、俺はどうすればいいんだ?
−−−我を着けろ−−−
判った、ウィアド。
−−−違う。我の名は『コート・オブ・アームズ』だ−−−
俺は宙に浮く仮面に両手を伸ばし、被る。
不思議とサイズが合い、すっぽりとはまってしまった。
そして、俺の中に何が広がり始めた。
† † †
目の前の黒衣の女性は可笑しいぐらい強い。
魔神なんてものともしないんじゃないかと、思えるほどに。
それでも、負けていい理由にはならない。
偶に浮かべる狂気的な笑みや、とんでもない量の殺気を感じて、正直怖いし逃げ出したい。
でも、彼女が小夜さんと隼人さんを殺すと言うのなら、私は2人を守る為に戦う。
頼もしい仲間もいるんだ、それにきっと小夜さんは帰ってくる。
「エルフ殿、これから拙僧とアインは目にも留まらぬ速度で攻防を行う。されど、アインを仕留める事は出来なんだ、そこで、拙僧がアインを消耗させる」
「私が止めを刺すんですね?」
「如何にも、頼み申すッ!!」
ヴァルバトスさんは跳躍する。
双眼が碧い軌跡を流れ描き、アインさん?黒衣の女性の描く紅蓮の軌跡とぶつかり合う。
2人の姿は見えないけど、軌跡を追う事は出来る。
刃を交えた時には衝撃波が辺りを散り、大広間の支柱に少しずつヒビが走る。
2人は衝突する度に上へ昇りやがて天井に突き当たり土煙を巻き起こした。
全力でやるって言ったけど、それはやりすぎ何じゃないかな?
そんなことを思ってると不意に土煙が内側から2つ突出した。
片方は階段付近に、もう片方は私の近くに。
傷だらけのヴァルバトスさんと黒衣の女性だ。
勢いを殺しきれなかった2人が床に衝突し、朦々と立ち込める煙の中に私は緋と蒼の粒子を纏う対のカットラスを取りだし、走る。
ヴァルバトスさんの傷を回復しに行くべきかもしれないけど、黒衣の女性に止めを刺すチャンスが来る可能性は少ないと思う。
だから、今終わらせるんだ。
瞬間、右の土煙から黒い手が飛び出し、私の首を掴んだ。
「……双剣を持ってるって事は私を殺そうとしてきたのね?判ったわ。なら、殺意を持って応じるわ」
「……くっ………」
眼前にキラリと光る鎌の尖端、ダイヤ型の突起が突きつけられ、グッと私の首を持ち上げる手を強く握り締められ、呼吸が止まりそうになる。
その奥に見える紅蓮の瞳はすでに獲物を全力で仕留めに掛かる獣の鋭い目つきになっていた。
なんとかして逃げないと、そう思い、必死にもがいて抵抗するけども、黒衣の女性の力が半端じゃない。
もがいた視界の端、土煙が晴れた階段には、辛うじてか細い呼吸をし続け、眼を閉じ、階段に身を委ねるヴァルバトスさんの姿が見えた。
自分も殺されそうなのに、ヴァルバトスさんが生きている。
それだけで何故か安心した。抵抗する両手を黒衣の女性の手から離し、だらりとする。
もう一思いにやってくれ…
私は確かにそう思った。
「――やめろおおぉぉぉぉぉッ!!」
閉じ掛けた目蓋の向こうに、隼人さんと――必死な形相のヒュースの姿が見えた。
馬鹿だなぁ…敵うはずないのに……でも、嬉しいなぁ…
幻かもしれないのに、涙が一筋頬を伝った。
† † †
気が付いたら体が飛び出していた。
ただ、フォルを助けたい。
その一心だけで俺の体は動いた。
実力差がどうこうなんて関係ない、ただ怯えて、逃げてしまってはフォルが殺されてしまう。
それだけは何が何でも阻止しなければならない。
剣を抜き、背を向けている女に向かって斬りかかる。
後ろからなら反応も遅れるはずッ!
「――迷いのない殺気。ただそれだけに悟られ易いのよ?」
「なっ……!」
渾身の一撃は後ろ手に回された鎌で防がれた。
こちらを見ずにいとも容易く、こんな芸当やってのけるのか……だが、まだだ!
剣を引き、大きく飛び下がる。
俺より先に吼えて突っ走った勇敢な男がここに、いる。
見た事のない一振りの漆黒の大剣を担いだ男が俺の下がった隙間に入り込んだ。
大振りながら一撃は流石に鎌では捌き切れないと悟ったのだろう。
女はフォルの首を持っていた手を離すと大地を穿つ程の一撃を回避した。
男・ハヤトはそのまま大剣を片手で横薙ぎに振るう。
「うふ…意外とやるじゃない?」
女は大剣の上に飛び移り身を捻り側転し、ハヤトに迫る。
鎌が振り上げられた瞬間、飛来する水飛沫が女に直撃した。
そして、もう一発。
ハヤトの顳を横殴りにする水弾。
それだけで、判る。
鮮烈な出会いだったからな。
だが、今は素直に嬉しい援軍だ。
っていや!?
なんで、味方にまで当てるんだ!?
「魔女!?何故、勇者様にまで当てるのですか!?」
「違うわ」
違う?
この期に及んで言い逃れなのか?
フォルには悪いが、やはりここで斬るべきか?
いや、待て。早計かもしれない。
まず、言い分を聞こう。
「違う。とは何が?」
「今のアレは隼人じゃない。隼人は只の器よ」
器……?
一体、どういう事なんだ?
「簡単に言えば、操られてるだけね」
「一体、誰に?」
黒衣の女はまず違うだろう。
そんな余裕は無かったと思われる。
ならば、一体、誰が、何時?
「兎に角、私がアレを引き付けるから、エルフを安全な処に」
俺の疑問は良いようにはぐらかされる。
しかし、彼女の言う事にも一理ある。
どうやら、迷ってる暇はないらしい。
「了解した」
「ヴィンセントは獣人を運んでラミアは2人に回復を
「ええっ!?何で俺が、黒豹を運ば……いや、判った。やらせて貰います!」
「判りましたっ!」
明らかに嫌そうな顔をし否定の言葉を続けようとした紅い外套を羽織った男はその首に糸目の青年、いや、英雄の一人・シンが持つ剣を向けられ、変わり身した。
魔術師の少女は元気良く頷く。
「シン……」
「判ってるさ。絶対に倒す」
………何か、因縁めいたものでもあるのだろうか?
あの英雄達には軋轢があったのか?
いや、あるのだからこそ、シンはケリを着けに来たのだろう。
『高々、水の女風情がァァァッ!王に刃向かうかァ!』
右の顳の皮膚が崩れ落ち、白い捻れた鋭角が突き出し、凡そ人間とは思えない歪んだ姿のハヤトが禍々しい声で叫んだ。
「……完全に堕ちたみたいね。皆、後は頼んだわ」
ピリピリと肌が逆立つ程の重圧を感じる。
しかし、立ち止まらせては貰えないようだ。
不甲斐ないが、アレは魔女に、黒衣の女はシンに俺達は俺達の仕事をしよう!




