第四十五鐘 抱える問題
“オーニド”の町に着いたハイトとロゼ。不足した旅の備蓄を補う為に、大通りの商店街で買い物をしている所で、男二人に絡まれる少女と女性に出会う。男二人を撃退したハイトとロゼは、絡まれていた少女――セリア――と女性――リメス――に店で寛いで行かないかと言われる。その厚意に甘えて中に入ろうとするハイトに、突如セリアの兄であるツハルに襲われる。怒りのあまり周りが見えていないツハルを止めて、ハイトは道具屋の中に入った。
「先程はお兄ちゃんが早とちりをして申し訳ありませんでした」
「すまないねぇ。この子、セリアちゃんの事になると突っ走る傾向があるから」
俺とロゼ、ツハルにセリア、そして、リメスが道具屋の奥にある部屋に入り、リメスが人数分の茶請けと茶を用意した後、二人は揃って俺に謝った。
「別に気にしなくて良い」
俺はそう言った後、出された茶を飲んだ。緑色をしていたが、味はほうじ茶に似ていた。
「何が気にしなくて良いだ。腹に思い切り叩き込みやがって。そんな事を言うならもっとスマートに解決出来ないのかよ?」
予想していたが、やはり、ツハルが俺に文句を言って来た。
「お兄ちゃん、そんな言い方無いでしょ!? そもそも、お兄ちゃんがあんな勘違いをしなければ痛い思いをしなずに済んだんだよ?」
「ぐッ……」
セリアの正論に強く返せずに、ツハルは頬杖をつきながら視線を俺から逸らした。
「ツハル、ハイトは別に君を痛みつける為にあんな行動をした訳じゃ無いよ」
と、其処で俺の隣に座っているロゼが俺のフォローに入った。
「……どう言う事だよ?」
「あの時、君は周りを気にせずに剣を振り回していたでしょ? あそこは大通りで人が一杯いた。もし、争いが長引いたりしたら、周りの人達所か、君の大切なセリアとリメスさんにも被害が及ぶかもしれない。だから、ハイトは少し乱暴だとしてもあの方法で君を止めたんだよ」
「…………」
ロゼの言葉を聞いても、ツハルは態度を変えなかった。
「ツハル、ちゃんとハイトさんに謝りな。これはアンタに非があるよ」
「…………」
リメスに促されても、ツハルは謝ろうとはしなかった。
「謝る必要は無い。コイツの謝罪なんて何の価値も持たないからな」
「何だと!」
俺の言葉には反応した。
「ハイト」
ロゼが咎めるような視線を送って来た。
「事実を言ったまでだ」
俺はそれをさらりと受け流して茶請けを食べた。さくさくとしたクッキーは美味かった。
「そんな事より、さっき来た奴らと雇い主のシュトロについて詳しく話してくれないか?」
このままこの状況が続くと面倒なので、俺はその話題をセリアとリメスに振った。
「アイツらの事を聞いてどうするつもりだよ?」
ツハルが訝しげな眼で俺に訊いて来た。
「どうするかは話を聞いてから決める」
「何だそれ。興味本位で訊いてるなら――」
「私も知りたいので話して貰えませんか?」
「オイ、俺を無視して話をすす――」
「良いですよ」
「セリアも容易く通りすがりの奴らにはな――」
「ツハル、アンタは黙ってな。話が進まないよ」
「………………」
ツハル、撃沈である。
「まずは私達の置かれている状況について話した方が早いですね。私とお兄ちゃんは多額の借金を抱えています。これは両親が残した借金で、それを返済する為に私はリメスさんの道具屋で働き、お兄ちゃんは町の小規模なギルドに所属して、様々なクエストをこなして二人でお金を稼いでいます」
淡々とセリアは重い話を語り始めた。
「借金……。じゃあ、シュトロさんがセリアを雇いたいと言うのは……」
「はい、シュトロさんは私が彼に仕えれば、借金の肩代わりをしてくれるそうなんです」
「肩代わりをしてくれると言ったが、アンタらは自分の手で借金の返済が出来ない状況なのか?」
「んな訳ねえだろ。今まで俺達は俺達の力で金を稼いで来たんだ。アイツが勝手に出しゃばってるだけだ」
ツハルは話を止める事を諦めたのか、表情を歪ませて答えた。
「それでも、全く利点が無い訳ではありません。シュトロさんに仕えれば、もう借金の事は気にせずに済むので、お兄ちゃんがクエストで危険な眼に遭わずに済むのです」
「お前がアイツの下に行くぐらいなら、危険なクエストを受けてた方がマシだ」
「でも、シュトロさんに仕えるだけで借金の全返済が約束されるんだよ!? 私はお兄ちゃんに危険な眼に遭って欲しく無いよ!」
ツハルの言葉にセリアが突っ掛かった。
「ふざけんな! あんな得体の知れない奴にお前を預けられるか! 少しは自分を大切にしろ阿呆!」
ツハルも負けじとセリアに言い返した。
「お兄ちゃんに言われたく無いよ馬鹿!」
「お前にも言われたくないわ低能!」
「そっちこそ低能じゃん!」
(こう言う所は似てるんだな)
流石兄妹。台詞のレベルが同等だ。
「こらこら。お客様の前で何恥を晒してるんだい。喧嘩なら余所でやって欲しいもんだね」
ツハルとセリアの低レベルな口喧嘩を見てられないのか、リメスは二人の肩に手を乗せて言った。
「あ……す、すみません。お見苦しい所を見せました」
「気にしないで」
「とにかくだ! セリアがシュトロの下に行くのは俺が許さん!」
セリアは止まったにも拘わらず、ツハルは変わらずに続けていた。また喧嘩をおっぱじめるつもりかコイツは。
「お兄ちゃん!」
「喧嘩をするなら後にしてくれ。まだ話の途中だろ」
眼の前で兄妹喧嘩が再開されたら堪ったもんじゃないので、俺は会話の間に割り込んだ。
「あ、そうでしたね」
「…………」
ツハルが俺を睨みつけたが、当然無視する。
「次にシュトロさんについてですが、彼は町の北側に建てたお屋敷に住んでいる富豪です。彼が私にお屋敷で働かないかと提案して来たのは、二週間前くらいの頃からです」
「何故ソイツは借金の肩代わりをしようとしてまでアンタに固執しているんだ? こう言っちゃ悪いが、デメリットの方が多いだろ」
俺は一番気になる点を訊き出した。
「ああ? てめえセリアを侮辱してるのか?」
「一々過剰反応するな。鬱陶しい」
「……オイ、表出ろよ」
ツハルが俺の胸倉を乱暴に掴んだ。
「別に良いぞ」
俺は反対せず賛成の意を示した。
素直に従おうとする俺を怪訝に思ったのか、ツハルは眉をひそめた。
俺はツハルの腕を掴んで握力をかける。
「お前を気絶させた方が話がスムーズに進みそうだ」
ツハルの腕を力ずくで胸倉から離してから、俺は威圧するように言った。
「ぐッ……!」
結構な力で握り締めているので、ツハルは苦痛に耐えるように顔を歪ませた。
「さっきまでの威勢はどうした?」
力を弱めずに俺はツハルを挑発した。返事は出なかったが、降参せずに睨み返す所は流石だった。
「こら」
コツン、と俺の頭が叩かれる音と痛みがした。横を見ると、怒った表情をしたロゼがいた。
「君まで喧嘩腰になってどうするの。こんな事をしている方が進まないでしょ?」
ロゼに正論を言われて、俺は自分自身が会話の妨害をしている事にようやく気づいた。
「……そうだな。悪かった」
ロゼの声で頭が冷えた俺は、この場にいる全員に聞こえるように謝った後、掴んでいる手を離した。
「……それ、俺にも言ってるのか?」
痛む筈の腕を擦らずにツハルは俺を見た。
「ああ。聞こえなかったならもう一度言うが?」
「……ふん。お前の謝辞なんて気持ち悪いだけだっつーの」
「お兄ちゃん!」
セリアがツハルの発言を咎めるが、ツハルはそっぽを向いた。
「別に良いさ。俺も前に似たような事を言ったから、お互い様だ」
俺は肩を竦めて言った。
「ハイトもこう言ってるから話を進めましょう」
俺の代わりにロゼがセリアに先を促した。
「……分かりました。確かハイトさんがデメリットを背負ってまで私を雇おうとする理由を訊いたんですよね?」
「ああ」
「それは私達にも分からないんですよ。シュトロさんがどんな考えを持っているか想像も出来ません」
セリアの口から出て来た言葉は俺にとって予想外の答えだった。
「分からない? ソイツは理由も教えずにアンタを雇おうとしているのか?」
「余りにも馬鹿馬鹿しい話だね」
呆れたように言う俺に続いて、同調するようにロゼも言った。
「アタシも最初は呆れ帰ったよ。コイツは何を言ってるんだって思ったね」
「私も断り続けているのに頑なに迫って来るので、本当は少し怖いんです」
しつこく言い寄られているんだ。恐怖を感じるのは当然だろう。
「それに、シュトロには奇妙な噂があるのさ」
「噂?」
ロゼのおうむ返しに、リメスは頷いた。
「噂によると、シュトロは金の力に言わせて何処からか年若い女を集めているらしんだよ」
「そ、それは……奇妙な噂ですね」
ロゼは自分の両腕を抱きながら言った。
「だろう? だから、そんな奴にうちのセリアちゃんを行かせる訳には行かないんだよ」
「…………」
俺は腕を組んである事について物思いに耽る。
「……大体分かった。で、セリアに訊きたい事がある」
「私に……ですか?」
意外そうにセリアが言葉を返した。
「アンタは本当にシュトロに仕えたいのか?」
俺の質問に、セリアは暗い表情をして俯いた。
「……正直、借金が全額返済出来るとしても、私は仕えたくありません。私はこの店でリメスさんと一緒に働き、毎日お兄ちゃんの帰りをこの店で待ち、少しずつでも借金を返済していく……そんな生活を続けるのが、私の願いです」
ぽつりぽつりと語るセリアの顔には、内に我慢していた思いを曝け出すようなものがあった。
「そうか……」
俺はそれを聞いた後、視線をロゼに向けた。
「私はきっと君と同じ考えを持っていると思うよ」
俺の眼を見たロゼは、柔らかく微笑みながらそう言った。
「……まあ、そうだよな」
なら、俺が言う事は一つだ。
「一つ提案があるんだが、この件について俺達にも手伝わせてくれないか?」
俺は三人にそれを切り出した。
「手伝わせてくれって……アンタらがシュトロをどうにかするって事かい?」
リメスが眼を丸くしてそう訊き返した。
「そう言う事だ。アンタらにとっても悪い話では無いと思うが」
セリアとリメスが見合わせる。
「それは……確かにありがたい話ですが……」
「何を企んでいるんだよ?」
そこでツハルが俺達に疑心を投げつけた。
「旅人がこんな厄介事に好き好んで首を突っ込む訳が無い。目論見は何だよ? 俺達に見返りでも期待してんのか?」
何時も通りの言動だが、何かが可笑しい。俺はツハルに変な違和感を感じていた。
「見返りなんて気にしてないよ。私達はただ手伝いたいだけだよ」
ロゼも俺と同じような事を感じているのか、声を荒げる事無くツハルに説明した。
「嘘をつくな! お前らがそんな事しないって言う証拠でもあるのかよ!? 善人ぶってんじゃねーぞこの偽善者!!」
ツハルは俺達を口汚く罵るが、俺にはその姿が無理に突き放そうとしているように見えた。
「お兄ちゃん! ハイトさんとロゼさんに謝って!」
セリアが勢い良く立ち上がりながらツハルに言う。彼女の声も普段よりも力強かった。
「うるせえ! セリアも忘れた訳じゃ無いだろ!?」
ツハルも立ち上がってセリアを見返した。
「忘れて無いよ! 忘れる訳無いじゃん! だけど、ハイトさんとロゼさんは関係ないでしょ!? お兄ちゃんがやっているのは醜い八つ当たりだよ!」
「八つ当たりだろうが何だろうが知った事か! 同じ失敗を繰り返すよりは遥かにマシだ!」
ツハルとセリアは激しく言い争う。この二人が何を言っているのかは分からない。
だが……。
「「…………」」
俺はロゼにアイコンタクトをした後、どちらとも立ち上がった。
「どっかに行くのかい?」
俺達が出入口に向かう途中、後ろからリメスの落ち着いた声が聞こえた。
「今日の宿を探すんです」
ロゼが振り返ってリメスに答えた。
「……こんな事を言う資格は無いかもしれないけど、ツハルを恨まないでくれないかい。あの子はあの子なりに思う所があるんだ」
リメスは言い争っている二人を見ながら言った。どうやら、俺達の事に気づいていないようだ。
「恨んでませんよ。ハイトもそうでしょ?」
「ああ」
何か理由があるなら仕方無い事だろう。そもそも、本人が断るなら俺達は引き下がるしかない。
「後でセリアに旅の話を聞かせられなかった事を謝っていたと伝えて貰えませんか?」
ロゼがリメスに頼んだ。どんな時でもロゼは礼儀正しい。
「あいよ。必ず伝えておくよ」
「ありがとうございます。ではまた」
リメスの返事を聞いてから、俺達は店を後にした。
<作者の一言>
PS3を買おうかどうか迷っている今日この頃。今更感が半端無い。でもやりたい。だけど今更過ぎる。しかしやりたい。けど今更(以下ループ)。




