第四十六鐘 遠くのモノ
リメスが営む道具屋に招かれて入ったハイトとロゼは、三人に乱暴に接した男達について訊く。ツハルが渋る中、セリアはハイトとロゼに己の身に起こっている現状を説明した。一通り聞き終えたハイトとロゼは、三人に手を貸す事を言った。セリアとリメスがどうするか迷う中、ツハルは強く二人の助力を拒んだ。二人を放置して兄妹喧嘩を始めた為、これ以上の進展は望めないと判断したハイトとロゼは、静かに道具屋を去った。
道具屋を出た後、俺達は商店街の大通りに沿って宿を探していた。
「あそこのクッキーとお茶美味しかったね」
俺の隣でロゼが辺りを見渡しながら言った。
「まあな」
俺も辺りを見渡しながら短く返した。
(……あそこにホットドックみたいな物を売っている店があるな。宿を見つけてまた近くを寄ったら買ってみるか)
そんな事を考えながら宿を探し歩いていると、
「……………………」
……何故かロゼの視線を感じる。何か訊きたそうな顔でこっちを見ている。宿探しはどうしたんだ。
「……ロゼ、俺に用でもあるのか?」
俺も宿探しを中断してロゼを見返した。
「……本当にあのままで良いの? まだ気になるんじゃないの?」
どうやら、ロゼは先程の事を気にしていたらしい。
「まあ、気にならないと言ったら嘘になるな。だが、無理に首を突っ込む訳にもいかないだろ」
セリアはどっちだが分からないが、少なくともツハルが気を変えないうちは変に手を出さない方が良いだろう。
「……珍しいね」
「え?」
俺の返事に対する言葉は予想もしないものだった。
「珍しいって……何が?」
「ハイトがそこまで気にかける事。何時もならどうでも良いの一点張りなのに、今回の件は自分から乗り出すように話を聞いてたからさ」
「…………」
俺はその言葉を聞いて、自分の振る舞いを思い返してみた。確かに、俺らしく無い言動が多々あるように感じた。
(原因があるとすれば……)
俺は視線を下に移す。首に吊り下げたネックレスの先にある剣は、太陽の光を反射して煌めいていた。
「……前にも一度訊いたけど、そのネックレスは何なの? 初めて逢った時から付けてたよね」
ロゼも十字架をそのまま剣にしたような武器を付けたネックレスを見ていた。ロゼと出逢って間も無い頃に一度訊かれたが、まだ心を開いてなかった俺はそれについて答えなかった。
「……これは、俺が小学生の時に貰った物だ」
俺は十字架の剣を掌に乗せながら、あの時言えなかった事を言った。
「ハイトが小学生の時に? かなり昔から付けてたんだね。誰から貰ったの?」
「当時のクラスメートの女の子からだ」
――ろうくん――
あの娘の声が蘇る。
あの娘は俺の姿を見つけると、何を置いてもすぐに俺の隣に来た。
「へぇ〜、そうなんだ。仲は良かったの?」
「良かった方だと思う」
――ろうくん、待ってよ――
俺が歩くとあの娘も同じく歩き、俺が走るとあの娘も慌てて走る。
「外で遊んだりしたの?」
「ほぼ毎日な」
――見て、ろうくん。お団子だよ――
放課後になると俺とあの娘で近場の公園に行き、砂場やブランコ等の遊具で夕陽が差すまで遊んだ。
そうだ。あの頃の俺は誰かを信用する事を覚えていた。誰かと時間を共有する事を覚えていた。人生の楽しさを覚えていた。
それなのに……。
「……ハイト」
「…………!」
ハッと我に帰り俺はロゼを見た。
「……悪い。何だって?」
いかん、またロゼの話を聞いてなかった。あの時と同じように怒っているかもしれない。
「……ううん、何でもない」
恐る恐る訊ねると、何とも歯切れの悪い言葉が返って来た。
「……どうした? 元気が無いぞ?」
普段は元気活発なロゼにしては珍しい。
「……答えたく無いなら答え無くても良いけど、私、嫌な事訊いちゃった?」
「…………!」
その言葉を聞いて、俺は自分が暗い顔をしていた事に気づいた。
「……嫌な事と言えば嫌な事だ。けど、ロゼが謝る必要は無い。俺が勝手に引きずってるだけだ」
俺は無意識に十字架の剣を握り締めていた手を開いた。掌には痕がくっきりと残っていた。
「そっか……」
俺の言葉を聞いても、ロゼの暗い顔は明るくならなかった。
「……聞きたいか?」
「えっ?」
キョトンとした表情でロゼは俺を見上げた。
「俺がアイツらに関わろうとする理由。答えてなかっただろ」
「あ……」
その事を思い出したらしいが、迷っているのか中々訊こうとしない。
「気にしなくて良い。知りたいなら言うし、知りたくないなら言わないだけだ」
俺はどっちでも良いと言う雰囲気を出しながらそう言った。
「……自分から訊いといて言うのも何だけど、止めとくよ」
「……良いのか?」
「うん。余り思い出したく無い過去を無理に詮索したくないからね」
どうやら、まだ俺を気遣っているようだ。
「だから、俺は気にしてないと――」
「だから――」
俺の発言の途中で、ロゼは自分の人差し指で俺の唇を押さえた。俺は物理的、精神的な理由で口を開けなくなった。
「君が自分から本当に話したいと思った時に聞かせてよ。そっちの方がお互いに良いと思うよ」
ロゼのその言葉、その笑顔で、俺は心が軽くなるような感じがした。
(俺は……本当は話すのを苦痛に感じていたのかもしれないな……)
昔の俺は俺自身が軽蔑する程弱く馬鹿だった。そんな過去をロゼに打ち明けたら、彼女は俺を蔑むのではないか……。そう恐がっていたのかもしれない。
「……ロゼは本当に知りたいのか?」
努めて普段の口調でロゼに訊くと、
「うん。私、ハイトの事なら何でも知りたいもん」
その不安を吹き飛ばす温もりを持った声でロゼは俺に答えた。
「……そ、そうか」
気恥ずかしさを感じていると、
「ほら、早く宿を探しに行こう?」
ロゼは俺を置いて前を歩いて行った。若干顔を朱くしていたように見えたが、気のせいだろうか。
俺はロゼの後ろ姿を見ながら、さっき言われた事を思い出していた。
(自分から本当に話したいと思った時に聞かせて……か)
その時が訪れる事がこの先あるのだろうか。
(……今考えても仕方無いか)
その時が来たらその時に考えれば良い。今は……。
「ハイトぉ〜。そこで立ち止まってないで早く探そうよぉ〜」
俺が後を付いて来ていない事に気づいたのか、ロゼが振り返って周囲の人間を気にせずに大声で俺を呼んだ。
「……ああ」
俺も周りを気にせずロゼに聞こえるように言い、急ぎ足で彼女の隣まで歩き寄った。
<作者の一言>
面白い近況も書けない平凡な生活。でも、何時かそんな平凡な生活を懐かしむ日が来る。それが人生と言うもの。
……ただ単に格好良いような事を言いたかっただけです。うん、たまに格好付けたくなる時があるよね。ただそんだけ。




