第四十四鐘 商店街で
“シンベル”から追い出されたハイトとロゼは、深夜の森の中で野宿をする事にした。焚火の光に照らされる中、ハイトはロゼから一つ頼みを聞く。仲間とはどう言う事なのかを再確認したハイトは、その頼みを受け入れ、翡翠のネックレスと共に約束した。
“シンベル”から出て二日間歩き続けた俺達は、“オーニド”と言う町に行き着いた。流石異世界と言うべきか、町はファンタジーに出て来るような、俺にとって馴染みのある構造をしていた。
「“フライングエッグ”を六つと“モルコの実”を五つ、“ノクタンの肉”を400g、それと、“フプフ”を一玉下さい」
ロゼが幾つかの食材を指定して店主にそう言った。
俺達は今、町の大通りの商店街にある食材屋に来ている。不足した旅の備蓄を補給する為だ。
「あいよ、お代は1767Gだが、お嬢ちゃん別嬪さんだから端数を負けて1700Gにするよ」
「本当ですか? ありがとうございます!」
「良いって事よ。今日は別嬪さんに会えた良き日なんだからな」
どうやら、店主に値切って貰ったらしい。端数を負けて貰わないといけない程俺達は貧乏では無いが、少し得した気分になる。
そんな会話を後ろで聞きながら、俺はロゼが買い物をしている店とは違う店の前にいた。眼の前には、“ゴルゴンドの肉”を串刺しにして焼いた商品が売られていた。外見は美味そうに見えるが……、
(美味いのだろうか)
“ゴルゴンド”がどう言う魔物か知らない俺には、どう言う味がするか予想がつかない。
(まあ、商品として出しているんだから、不味くは無いだろ)
「これを二つくれ」
未知の味に対する好奇心に抗えず、俺は“ゴルゴンドの串刺し”を二つ買った。
「……お代は120Gになります」
店主が俺を警戒しながら代金を言った。俺は眼の前に現れた金を支払うかを選択するウィンドウの『はい』を押した。これで自動的に代金が支払われる。
眼を合わせようとしない店主から“ゴルゴンドの串刺し”を受け取り、俺は片方をロゼに渡そうと後ろを振り返った。
(……あれ?)
其処で買い物をしていた筈のロゼが忽然といなくなっていた。
(何処に行ったんだ?)
周りを探す俺の耳に、聞き慣れた声が聞こえた。
「彼女に何をしてるの! その手を離しなさい!」
ロゼの声は何故か荒立った口調だった。
(何だ?)
不思議に思いながら声がした方を見てみると、其処にはロゼに見知らぬ少女と年配の女性、更に、男二人がいた。見た所ロゼと男二人が言い争っているようだ。見知らぬ少女はロゼの後ろでオロオロしていて、年配の女性は見知らぬ少女の傍にいて男二人を睨みつけていた。
(ロゼの発言から察するに、見知らぬ少女が男二人に絡まれている所にロゼが助けに入った、と言う事か)
ロゼなら大丈夫だろう、と思いながら、俺は買ったばかりの“ゴルゴンドの串刺し”を口に含んでロゼの下へと歩いた。名前に似合わず柔らかい食感だった。
「うるせえ! 関係無い奴は黙ってろ!」
男共の片割れの方が五月蠅く喚いた。もう片方の男も怒気を孕む顔をして睨んでいた。
「貴方達がこの場から立ち去ったら幾らでも黙ってあげるよ。さっさと何処かへ消えなさい」
「アンタ達がしつこく来るせいでこっちは迷惑してるんだ。もう来るんじゃないよ!」
ロゼの言葉に続いて、年配の女性が邪魔者を払うように手を振りながら言った。
「ババアに用はねえんだ。引っ込んでろ!」
「ババアとは何だいババアとは! 年上になんて口の聞き方をするんだいこのクソ餓鬼共!」
「何だと!? やんのかコラ!」
「抵抗するなら無理矢理にでも連れていくぞ!」
言い争いが続く中、片割れの男が焦れたのか、ロゼを無視して見知らぬ少女へと手を伸ばした。見知らぬ少女は一層怯えた表情を深くした。
ガッ!
「させないよ」
その腕を掴んだロゼは、それを捻って男を捩じ伏せた。この世界がゲームとは言え、現実世界に長くいた俺にとって筋肉質の男を細身の少女が捩じ伏せている光景は中々奇妙だった。
「このアマ……ッ!」
少女に捩じ伏せられたのが屈辱なのか、地面に伏せられた男の顔は赤く染まっていた。
「公衆の面前で更に恥をかかないうちに、尻尾を巻いて逃げた方が良いんじゃないのかしら?」
呆然と立ち尽くしているもう一人の男の方に、ロゼが挑発した。
「このッ……調子に乗るなよ!」
拳を固めてロゼへと駆け寄る男に、
「おまへがな」
やっと追いついた俺は、その男の腹に蹴りをかました。
「ぐへッ!?」
変な声を上げて、男は後ろに吹っ飛んだ。
「あ、ハイト。買い物は済んだの?」
後ろに吹き飛ばされる男に眼もくれずに、ロゼは捻っている腕をそのままにして俺に訊いた。
「ああ。ほれ」
まだ“ゴルゴンドの串刺し”を口に含んだままで上手く喋れない俺は、もう一つをロゼに手渡した。
「わあ、ありがとう! 美味しいの?」
「あんがひ」
ロゼは空いている片手で“ゴルゴンドの串刺し”を持って肉を食べた。
「ほんほだ。やはらかひ」
「いて、いでででで! おい止めろ捻りすぎだいやマジお願いだから離して!?」
“ゴルゴンドの肉”の美味さに顔を綻ばせるロゼ。捻る強さが強くなっているのが気づかない程夢中になっているようだ。哀れだが助けようとは思わない。
「ほうか。かったかひがあった」
俺は涙眼になって懇願している男を無視して、ロゼと一緒に“ゴルゴンドの串刺し”を堪能した。
「あ、あのー……もう離して上げたらどうですか?」
後ろから声がしたので振り返ると、其処には見知らぬ少女がいた。もう怯えた表情は無かった。
「あんたがきにかけるひつようはなひだろ」
「そうだよ、セリア。少し痛い思いをした方がコイツらの為さ」
年配の女性が俺に同意するように言った。この見知らぬ少女の名はセリアと言うらしい。
「で、ですが……流石にこれはやり過ぎでは……」
「さあ、しらんな。そんなにとめたひなら、かってにとめな」
その後、セリアは何とか男をロゼから解放し、捩じ伏せられていた男は気絶した片割れを背負って何処かへ消えた。
「また来るからな! 覚えてろよ!」
要らぬ捨て台詞を残して行った。
「ありがとうございます! おかげで助かりました」
「お二人さん強いね! おばさんすっとしたよ」
男二人がある程度離れると、セリアは礼を言い、年配の女性はからからと笑いながら言った。
「気にしないで下さい。それより、彼らは何者なんですか?」
食べ終えたロゼは、二人に奴らの事を訊いた。
「彼らはこの町に住んでいるシュトロ・クルードと言う富豪に雇われた人達の一部です。あの人達曰く、シュトロさんは私を使用人として迎えたい為、代わりにあの人達が勧誘に来ているらしいのですが……」
「アイツらったら、断り続けるセリアちゃんに対して次第に強引になってきて、遂にあんな態度を取るようになったんだよ。礼儀知らずな奴らだよまったく!」
「そうなんですか……」
二人の話を聞き終えたロゼは、男二人が去って行った道を眺めた。
「そう言えば、自己紹介がまだでしたね。私はセリアと言います。この店に勤めています」
水色の髪を腰まで伸ばし、同じく水色の眼をした少女――セリアは笑みを俺達に見せた。
「助けてくれたのに疎かにしてて悪かったね。アタシはリメスって言うんだ。この店の店長さ。ご贔屓に」
薄い茶色の髪に三角巾を被り、黄色い眼をした年配の女性――リメスは後ろにある店を親指で指しながら言った。
セリアと年配の女性もといリメスは、近くにある道具屋で働いているようだ。
「私はロゼ。彼と世界中を歩き回っている旅人です」
「ハイトだ」
ロゼはちゃんと自己紹介をしたが、俺は普段通りに簡潔に言った。
「す、すみません。彼は何時もこうなので……」
「良いですよ」
「そうだ。お二人さん良かったら店の中で休んでいったらどうだい? お茶とお菓子ぐらいなら用意するよ」
「え、良いんですか?」
「是非寄って行って貰いたいよ」
「私からもお願いします。二人におもてなしをしたいので」
「それなら……お言葉に甘えちゃおうかな。ハイト、良いよね?」
二人の厚意を断り切れないのか、ロゼは俺に同意を求めて来た。
「そうだな……少し休ませて貰うか」
今日の宿探しは後でで良いかと考え、俺は道具屋で休憩する事にした。
「そうと決まれば店内に入っておくれ。すぐにお茶とお菓子を用意するよ」
「もし良ければ旅の話を聞かせて貰えませんか? 凄く興味があるんですよ」
「良いよ。お茶を飲みながら話してあげる」
リメスが一足先に店内に入り、セリアとロゼが話をしながら店内へと歩いていく。俺も後を歩くと、
「セリアから離れろッ!」
右から少年の大声が聞こえて、何事かとそっちへと顔を向けると、眼の前に剣を上段に構えて俺に駆け寄る少年の姿があった。
「…………ッ!?」
とっさの事に驚きながらも、俺は背中の鞘から“イロージョンナイト”を抜いて振り降ろされる剣を防いだ。
「何だお前は?」
「二度とセリアに近づくなと言っただろうが! 覚悟は出来てるんだろうな!」
俺がそう訊くと、茶色の短髪に黄色い眼をした少年から答えになっていない返事が返って来た。
(二度と来るなって、俺は初めて此処に来たんだが……)
そう怪訝に思ったが、この少年は俺がアイツらと同じだと勘違いをしている事に気づいた。
「ハイト、どうしたの!?」
「何かあったんですか……ってお兄ちゃん!?」
ロゼとセリアがこの状況に気づいたのか、驚愕の声を上げた。
「え、お兄ちゃん? 彼、セリアのお兄さんなの?」
「は、はい。この時間はまだ仕事から帰って来ない筈なんですが……」
セリアと何の関係があるのかと思えば、この二人は兄妹なのか。
「お兄ちゃん、ハイトさんに何してるの!? 早く剣をしまって!」
「表で大騒ぎをして今度はどうしたんだい――ってツハル!? アンタもう帰って来たのかい!? いや、それよりアンタ何してるんだい!?」
二人がツハルを制止しようとしているのにも拘わらず、ツハルは止めようとはしなかった。
(コイツ……周りが見えてないのか?)
視点は俺にのみ集中していて、とてもじゃないが周りの声が聞こえているようには見えない。
(面倒くせえな……)
俺が溜め息をつくと同時に、ツハルが新たな行動を起こした。
「くッ! はあああッ!」
ツハルは一旦俺から距離を取った後、間髪を容れずに剣を構えて再度向かって来た。
「ろ、ロゼさん! お願いですからお兄ちゃんを止めてください!」
「大丈夫。ハイトに任せておけば心配無いよ」
信頼してくれるロゼのありがたい言葉を耳に入れながら、俺はツハルの動作を注視した。
段々と近づく足音。視線の先は俺の左肩。安っぽい剣を両手で右の肩先に構えている。
剣の軌道……そして、その先の獲物を予想して、俺はツハルを迎え撃つ。
「お前が兄だろうと何だろうと――」
「オラッ!」
肩先から勢い良く振り下ろされる剣は、予想通り俺の左肩を狙った。
俺はそれを躱すようにしながらツハルの懐に入り、剣の柄を彼の腹に叩き込んだ。
「かはッ!」
肺の空気を吐くような声を上げ、ツハルは動きを止めた。その間に俺は力が抜けた両手から剣を奪い、ゆっくりと離れた。
「――俺に武器を向けるなら容赦はしない」
先程奪い取った剣をツハルに向けながら俺はそう言った。
「…………ッ!」
ギリッと歯を食いしばり俺を睨みつけるツハル。だが、すぐに襲い掛からない所を見ると、幾分か冷静さを取り戻したようだ。返しても問題無いだろう。
俺は座り込んでいるツハルの前に安っぽい剣を投げ落とした。金属音を鳴らして地面に落ちた剣を、ツハルは見詰めていた。
「お兄ちゃん!」
兄を心配してか、終了した途端セリアがツハルの下に駆け寄った。
「俺達の事はアンタの妹に聞きな。そっちの方が信用出来るだろ」
俺は“イロージョンナイト”を鞘に収めながらツハルに言った。何も返事を返さないツハルをほっといて、俺は道具屋の中に入った。
<作者の一言>
書く事ないっす。まさか後書きのネタ切れが始まるとは思ってもいませんでした。




