第四十二鐘 憎悪の塊
ウィルとの死闘が終了し、ロゼとミリアが儀式の祭壇に入ったハイト。ウィルがいない事を訊ねて来るミリアに、ハイトは嘘をつく。突然訪れた別れに悲しみながらも、静かに受け入れてミリアはクエストの目的である儀式の舞を舞う。ハイトはその光景を遠くから見ていた。
洞窟から抜けると、辺りは暗くなっていた。
「すっかり暗くなってしまったな」
ミリアが空を見上げながら言った。洞窟の中に入る時にはオレンジ色だった空は、黒色に染まっていた。
「もう祭は終わっちゃったのかな?」
ロゼが身体を伸ばしながら、ミリアに訊いた。
「いや、まだだ。私達が帰ったら宴が始まる。祭り以上の料理を楽しめるぞ」
「ホント!? 楽しみだなぁ〜」
ミリアの言葉にロゼは嬉しそうに反応した。
(……涎が零れそうだな)
俺がそう思いながら見ていると、ロゼはハッと我に帰ったように喜から慌に一転した。
「ち、違うからね!? 美味しい料理をお腹一杯食べられるとか、そんな食い意地張った事考えてないからね!? 勘違いしないでよね!?」
「落ち着けロゼ。ツンでデレなキャラになってるぞ」
俺は何故か慌てふためいているロゼを宥めた。
「は、ハイトは女の人が食い意地張ってても気にならないの?」
あまつさえ、ロゼはそんな事を訊いて来た。……瞳に何かが篭っていた。
「気にならないかって……食欲は人間に必要な欲求だろ。嫌悪する人間の気が知れない」
俺は肩を竦めて言った。
「……何かずれているような気がするけど、とにかく気にしないんだね?」
「ああ」
「……そっか……(ハイトに嫌われなくて良かった……)」
「…………?」
安心した表情を見せたロゼを不思議に思いながら、俺は口を開く。
「“シンベル”に戻るか」
「うん」
「うむ」
俺の言葉に、二人は笑顔で返した。
「……む? 向こうから明かりが見えるぞ?」
「何?」
ミリアが指差した方向を見ると、確かにあちらから闇を照らす明かりが見えた。……少しずつ俺達に近づいているようだ。
「誰だろう? “シンベル”の皆かな?」
そう言いながらも、ロゼは柄を握った。
「さあな」
俺もロゼと同じく柄を握ってミリアの前に出た。
“シンベル”の人達なら警戒する必要は無いのだが、村人が此処に来ると聞いていない。
(何かあったのか……?)
俺達が警戒しながらその場で待機していると、明かりに照らされた顔が見えてきた。
「……父様? 父様だ!」
ミリアは群集に向かって駆け出した。松明を持った“シンベル”の人達がミリアを快く迎えた。
(本当に“シンベル”の人達だったか……なら、何で此処にいるんだ?)
警戒を解いた俺は、そんな疑問を抱いた。
「ご苦労だったなミリア。儀式を無事に終えた事、父として誇りに思うぞ」
ロイドはミリアの頭を撫でながら微笑んだ。
「ありがとうごさいます、父様。しかし、どうして皆と一緒に此処にいるのですか?」
気持ち良さそうに眼を細めながらも、ミリアはそう言ってロイドに訊いた。
「ミリアの事が心配になってな。様子を見に来たのだ」
どうやら、村人達はミリアの事が心配になって此処まで脚を運んだらしい。ミリアは次期村長だから心配するのは当然か。
「そうでしたか。私は大丈夫です。彼らが護り通してくれました」
そう言ってミリアは俺達を見た。
一先ず俺達もロイドに報告しようと歩を進めるが、ロイドが俺達に視線を移した時、俺は思わず脚を止めた。
(……何だ、これ……)
言葉で表すなら威圧感と言うものだろうか。ロイドは俺達を見た時、ミリアに向けていた笑みを殺し、不気味な程の無表情をした。
「ロイドさん……?」
ロゼも何か変なものを感じたのか、俺の隣で止まった。
――ミリアの事が心配になってな。様子を見に来たのだ――
あの時言ったロイドの言葉が脳裏に過ぎった。娘を心配する変哲の無い発言だが、俺は不可思議な事に気づいた。
(……様子を見に来る程の心配事があるのか?)
儀式の洞窟には魔物が生息していたが、それは少数ならミリア一人でも対処出来る程の弱さだ。加えて護衛の俺達の実力は祭りの件で知っているし、何より村人達から信頼深いウィルも護衛に付けていたのだ。これが始めてでは無いのに、何故ロイド達はそこまで心配するのか。
「……ハイト君、それにロゼさん。ミリアの護衛、ご苦労だった」
俺が疑問に思っている時に、ロイドは労いの言葉を言った。言葉に感謝の気持ちが篭っていないような気がしたのは気のせいだろうか。
「……いえ」
「…………」
ロゼは短いながらも返事を返し、俺は無言でいた。
「……して、ウィルがいないのだが何かあったのか?」
「…………ッ」
俺はその質問に心臓が凍るような冷たさを覚えた。
「……ウィルは用事があるようで、何処かへ行った」
何とかそれを顔に出さないようにしながら、俺はロイドに嘘の報告をした。
「そうみたいなんです。ウィルは私が儀式を始める前に、何処かへ行ってしまいました」
「……ふむ。そうか」
ロイドは何か考え込むように顎に手を添えた。
「――それは変だな」
「「…………!」」
「えっ……それはどう言う意味ですか父様?」
ロイドの発言にミリアが疑問を抱いた。
「ミリアとハイト君の報告を聞くと、ウィルはクエストを断念した、と言う事だろう?」
「……ああ」
「日が暮れる前には確かにクエスト参加者の一覧からウィルの名が消えていた。しかし、私はウィルに会っていないのだよ」
「……何が言いたい」
理由を遠回しに言うロイドに、俺は率直の発言を求めた。
「つまり、ウィルが私にクエストを断念する旨を伝える前に一覧から除外されているのは、可笑しいと言う事だ」
「「…………!!」」
俺はその言葉を聞いて、自分の嘘が浅はかだった事に今更ながら気づいた。
「……ウィルに最後に会ったのは誰かな?」
「……俺だ」
(コイツ……まさか……)
「なら、君に訊いた方が早いな。ウィルは何処だと訊いたが、単刀直入に訊こう」
そして、ロイドは今までの穏やかな表情を変え、
「――ウィルに何をした」
怒気に満ちた表情でミリアに知られたく無い事を訊いた。
「父様……?」
ロイドが放った言葉より父親の変貌に驚いたのか、ミリアは怯えた表情でロイドを見上げた。
「…………」
俺は正直に打ち明けるべきか、しらばっくれた方が良いか、どちらを選ぶのが正しいのか迷った。
(どうする……。ミリアがいる所で絶望の事実を話すか?)
俺はミリアの方を見た。まだ気付いていない彼女の顔は、何かを心配するかのような表情をして俺達を見ていた。
(……駄目だ。ミリアの前で打ち明ける訳にはいかない)
これは俺の責任だ。ミリアまで知る必要は無い。
「無言でいると言う事は、何か後ろめたい事があると捉えても良いな?」
何とかこの場を乗り切ろうと思案している為に口を閉ざしたままでいると、ロイドは勝手に話を進めた。
「後ろめたい事があるって……何を言っているのですか!? ハイトが悪事を働く訳ありません! いくら父様でもその無礼は許せませんよ!?」
今まで怯えた様子を見せていたミリアが、父親の発言に反発した。
「ミリア……まだ彼を信じているのか」
「当たり前です! ハイトは身を呈して私を護ってくれました。不信を抱く筈がありません! 彼が一体何をしたと言うのですか!?」
「アイツはウィルさんを殺したんだ!!」
一人の青年が放った言葉に、俺も、ロゼも、ミリアも止まった。
「……何を……何を馬鹿な事を言っているのだ! ハイトがウィルを殺したじゃと!? 戯れ言も大概にせい!!」
「なら、この状況をどう説明するのよ!? ウィルさんが村長にクエストの断念を言う前に一覧から消えたなんて、それこそ死なない限り不可能よ!」
「ミリアだって、ウィルさんの強さは知っているだろう!? 魔物に襲われたこの村を救ってくれたあの人が、洞窟の魔物ごときにやられる訳が無いじゃないか!」
「一番怪しいのは、他所者のアイツだ!」
村人達の冷たい正答に、ミリアは拒絶するように首を横に振った。
「違う……皆、勘違いをしているのじゃ! そうじゃろう、ハイト!?」
ミリアが希望を込めた声で俺に訊いて来た。
(ミリア……)
「…………」
俺はその小さな少女に何も応えられなかった。
「……ハイト、何故黙っているのじゃ!? 皆の事は気にするで無い! 己の身の潔白を正直に話せば良いのじゃ!」
ミリアが沈黙したままの俺を急かす。その声に俺は応えるが出来無い。
「ミリア……もう、止めなさい」
「父様は黙っていて下さい! ハイトには何か……そう、何か大切な事情があるのです! だから、何も言わないままなのです。少し時間を頂ければ父様も皆も勘違いしていた事が――」
「良い加減にしなさい!!」
「…………っ!」
ロイドの怒号に、ミリアはビクッと身体を震わせて黙った。
「……ミリア、お前は私の跡を継ぐ者だ。お前は“シンベル”の次期村長になる者だ。己の感情のままに行動をして、それで村長が務まると思うか。村の皆を思うなら、責任と現実を見ろ。もう我侭を言うな。これは村長命令だ」
「……しかし……っ!」
ロイドにそう窘めれも、ミリアはなおも食い下がった。
「もう良い」
その光景に我慢の限界が来た俺は、そう口を開いた。
「もう良い。もう良いんだ、ミリア。其処まで無理をしなくて良い」
「ハイト……何を言っておる……?」
「ウィルは俺が殺した。ミリアは俺が騙した。それが全てだ」
俺はこの関係を終わらせる為に、誤魔化し続けた真実を暴露した。
「…………嘘じゃ…………こんなの…………何かの間違いじゃ…………」
絶望したような表情をしてミリアは脱力したように地面に座り込んだ。
視線を合わせないように俯いていると、視界にウィンドウが現れた。
『クエスト 巫女の護衛 クリアー
リウォード:1000G
ミドルキューブ×3』
小さい画面にはクエストのクリアーを告げる文とその報酬の内容が表示されていた。
「約束は約束だ。報酬は与えてやろう。さて――早く“シンベル”から立ち去れ」
「そうだ、立ち去れ殺人鬼!」
「もう二度とこの村に近寄るな!」
「天罰が下ると良いわ!」
ロイドを筆頭に村人達は俺に罵声を浴びせた。
(……これが、殺人を犯した人間に対する反応なのか……)
人間を殺したのはこれが初めてでは無い。しかし、それで罵られたのはこれが初めてだ。
突き刺さる嫌悪の視線。投げつける憎悪の罵声。それら全てが黒き槍となって俺の精神を抉った。
(……くそ、身体が震えてやがる)
これから、こんな事が起こる旅をしているのだ。情けない話だが、覚悟をしていた筈なのに、いざその場面が来て平常を保つのが困難になっていた。
(落ち着け……落ち着けよ……!)
歯を食いしばって無理矢理精神を落ち着かせようとしていると、視界に紅い色が映った。
「ハイト」
ハッと視線を上げると、村人達から俺を隠すようにロゼが眼の前に立っていた。
「行こう」
何時もと変わらない笑みで、何時もと変わらない声でロゼは俺の手を握った。
「――ああ、行くか」
それだけで俺の身体の震えは治まり、心境が幾分か楽になった。
(そうだ。俺にはロゼがいる。俺を支えてくれる仲間がいる)
傍に仲間がいる安心感に力を貰いながら、俺は“シンベル”に背を向けてロゼと共に闇夜の森の奥へと脚を踏み出した。
「ハイト! ロゼ!」
数歩進んだ所で、後ろからミリアの声が聞こえた。
「私は信じているからな! ハイトが利己的な理由で人を殺す悪人では無いと! 皆がどう思おうと私は二人の味方じゃ!! 二人に助けられた事は一生忘れはせん! 再び逢える事を楽しみにしておるぞ!!」
その言葉を聞いて、俺は後ろを振り向きたい衝動に駆られた。
(……駄目だ)
俺はその願いを心の中で消した。消さなければならなかった。
俺はミリアに何の返事もせずに歩行を再開した。
だが、右手だけは俺の我慢に反して軽く振っていた。
「じゃあね、ミリアちゃん」
ロゼは礼儀正しくミリアに別れの言葉を言って、俺の隣に歩いた。
後ろの喧騒から逃げるように、俺達は暗い道へと向かった。
<ロウグランデュオ>
槍スキルの一つ。強力な一撃を放つ。硬直時間は2,8秒。
<作者の一言>
ミリアたんマジ天使。異論は認めない。




