表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ANOTHER REALITY  作者: マンドラゴラ
休章 もう一つの軌道
49/90

番外編26 リスタート

 風呂で心身を癒した後、遂に鍛練を開始した二人。静かな森の中を探索し、一匹の狼と遭遇する。慣れない戦闘に苦戦する少年を、ロゼは後ろから援護した。

 『ANOTHER REALITY』にログインさせられた時から、ハイトと出会う時までの光景を、夢の中で見ていた。

 高校生活から一変したこのゲーム世界での生活は、楽しくもあり、苦しくもあった。

 天国のような時間があり……地獄のような時間もあった・・・


「ハイト……」


 私は眼の前で寝ている少年の名を小さく呟く。

 ハイトはうなされる事なく、安らかに寝息をたてていた。

 私は起こさないように、彼の頬に触れた。

 ハイトの頬は、すべすべしていて、暖かかった。


「ハイト……」


 もう一度、私は彼の名を呟いた。

 私の前に颯爽と現れた少年。

 私の言葉を肯定したり、否定したりした少年。

 私の料理を何度も美味しいと言ってくれた少年。

 私と何気なく笑い合った少年。

 私を幾度もなく助けてくれた――恩人。

 辺りは月の光しか照らしておらず、視界は暗い。

 しかし、少し時間が経てば自ずと眼も慣れてくる。

 ハイトの寝顔は、私と数cmの距離で無防備に晒されていた。

 見飽きる事がない、かわいい寝顔。

 今、その寝顔が何倍も愛しく見えた。


(あの時、ハイトが手を握ってくれなかったら、私は自殺していた)


 人を殺してしまった。

 生きるのが嫌になった。

 赤く染まった手を見たくなかった。

 ハイトの前から消えて、人を殺した剣で自分の首を刈っ斬り、死のうと考えていた。

 ハイトの顔を見たくなかった。

 ハイトに拒絶と軽蔑の眼差しで見られるのが、何よりも怖かった。


 ――ロゼ、帰ろう――


 その言葉に衝撃を受けて顔を上げた時、ハイトは笑みを浮かべていた。

 ハイトの笑顔を、私は初めて見た。

 それは、人を嘲る笑みではなく、安心させる為の笑みだった。

 どうして、私にそんな笑みを向けられるのか。

 どうして、私を拒まないのか。

 その時は、まったく理解出来なかった。

 ハイトはそんな私を繋ぎ止めるかのように、手を握ってくれた。

 それも、人の血で染まった方の手だ。

 染まっていない手を握る事も出来ただろうに、ハイトは嫌な顔一つせず赤い手を、優しく暖かく包み込んでくれた。


 ――俺がロゼを守るから。どんな事があってもな。だから……生きる事を諦めないでくれ――


 あの時の言葉が頭の中で蘇る。

 私はその言葉で、また泣きそうになった。

 悲しいのではない。断じてない。

 嬉しかった。


(こんな殺人者に、ハイトは生きてて欲しいと言ってくれた)


 ハイトはその言葉で、私がどれほど救われたか、知っているのだろうか。

 ハイトは思いを言葉にするのが苦手な人だ。

 そんな彼が私の為に、一生懸命に言葉で伝えてくれた。

 ハイトの言葉は、私の心に大きく響いた。

 私の閉ざした心に、ハイトは手を伸ばしてくれた。

 だから私はここにいる。

 私は生きている。


「…………」


 私は両腕を、静かにハイトの首に回した。

 ハイトとの距離が近くなる。

 吐息がかかるぐらいの距離で、私はハイトの寝顔を眺めた。

 身体がさっきよりも密着する。

 動悸が速くなり、顔も身体も熱くなってきた。

 でも、嫌じゃない。

 むしろ、喜びを感じていた。


「ハイト……」


 無意識に彼の名を呟いた。

 ぼーっとした頭は、何も考えられない。

 だから、それは理性から外れた、本能によるものだろう。

 私の視線は……彼の唇を向いていた。

 ハイトのそれは紅く、艶やかであった。


(触れてみたい……)


 ハイトの顔が近づいてくる。彼が近づいているのではなく、私が彼に寄っていた。

 どんどん距離が縮まる。両眼を瞑り、

 そして――。


(――――)


 ここだけ時間が止まった気がした。

 ハイトと繋がった気がした。

 全ての感覚をそこに集中して、ハイトを感じた。

 ゆっくりと、ハイトから顔を離す。


(……しちゃった)


 急激に顔が紅くなるのを感じた。


(ハイトに……キスしちゃった……!!)


 ごろごろと転がりたいのを懸命に堪えて、私はその時の感触ばかりを思い出していた。

 人にしたのは、もちろん初めての経験だ。


(ファーストキス……)


 小説とかで、ヒロインが好きな人にファーストキスをする事をこの上なく喜ぶ表現がよくある。

 嘘ではなかった。

 ファーストキスを好きな人に捧げられる事がこんなに嬉しい事だなんて、知らなかった。

 たぶん、私の顔はどうしようもないくらい緩みきっているだろう。


(……あれ?)


 私は夢心地の中、はたと気づいた。


(でも、これって……寝込みを襲ったって事……?)


 ………………………。


(わ、私っ……なんて事を……!)


 私の幸福感は一気に吹き飛んでいった。


(ハイト……許してくれるかな……)


 不安ばかりが募る。今は気づいてないけど、いつかばれてハイトに嫌われたら……。


(……私、絶対生きていけない……)


 なら、どうすればいいのだろう。


(言葉で謝るよりも、態度で償った方がいいよね?)


 正直に話すのは……さすがに恥ずかしい。

 ハイトには数えきれないほど救われた。

 彼の為なら、この命惜しくない。

 ハイトはこの森を出たがっていた。彼には何か目的があるんだろう。


(今度は私がハイトを手伝う番だ)


 そう決意して、私はもう一度彼の寝顔を見た。

 また欲望に流されないように、あえて唇は見ない。

 すやすやと眠る彼の表情を見ていると、私も眠くなってきた。


「おやすみ、ハイト」


 彼の胸に顔をうずめ、私は愛しい人の温度を感じながら、眼を閉じた。


(どうか、ハイトが悪い夢を見ませんように……)







 最初に不思議だと思った。

 何もない、もしくはありすぎて見えない空間に、私は一人いた。

 私以外、全て黒。まるでブラックホールの中のような暗黒が背景に塗られていた。

 その漆黒に場違いな私はぽつんと立っていた。

 立っていた、と言う表現は適切ではないかも。足場の見えない空間に、何かを踏んでいる感触はなく、浮かんでいた、が正しいかもしれない。


(ここは……夢の中?)


 無意味に辺りを見渡しながら、私はそう思った。


(何で、私はこんな夢を見てるんだろう)


 夢の内容を質問しても仕方ないのに、私はそんな事を考えていた。

 状況を整理すると、何もないように見える黒い空間に、一人いる私。


(どう考えてもいい夢じゃないよね……)


 今までの行いを思えば、悪夢を見るのも頷ける。


(どんな事が起こるんだろう)


 淡々とした思いで、私は待っていた。

 少しの間佇んで(漂って)いると、前方に変化が訪れた。


(……誰かいる?)


 遠くに見える小さな人だかり。それらが私の方に近づいていた。


(誰だろう……?)


 どんどん集団が大きくなっていく。人の顔がある程度分かるようになって、


(え――)


 私は言葉を失った。

 集団の人たちの顔に、私は見覚えがあった。

 見間違う筈がない。

 彼女らは――。


(「天狐の遊楽団」……)


 私の前には、かつての仲間の姿があった。

 ラナさんやソール、グルトさん、団員の皆が無表情で私を見ていた。


「…………ぁ」


 私は呆然と視線を交わしていた。

 皆と出会っても不思議じゃない。なにせここは夢の中だ。

 私は皆から逃げたくて、背を向けて走ろうとした。

 が、出来ない。身体か思うように動いてくれない。動けたとしても、足場のない空間で走れるかどうか分からないけど、私はそれでも皆の前からいなくなりたかった。

 何も出来ない私に、ラナさんが一人で歩み寄ってきた。

 無表情でこちらに寄ってくる元仲間の姿に、私は恐怖を感じた。


(こ……来ないで……)


 確かに、これは最高の悪夢だ。これほど私にふさわしい裁きがあるだろうか。

 そう、これは受けなければならない、当然の罰だ。私の意志なんて関係ない。

 関係ないのに、私はそれから逃れようとしていた。理由はすぐに分かった。


(ハイトと離れたくない。離れたくないよ……!)


 皆が私とハイトを引き離そうとする気がした。

 やっと見つけた好きな人と離れたくない。かけがえのない大切な人の隣にいたい。


(私からハイトを奪わないで!)


 声に出して叫びたい。なのに、口は操られたかのように動かない。

 走って逃げ出したい。けれど、脚は金縛りにあったかのように動かない。

 ついに、ラナさんが私の眼の前にきた。


(やめて……)


 言う事を聞かない身体を必死に動かそうと躍起になる私に、ラナさんは両腕を上げた。

 その行動に、私は肩を震わせた。

 何をされるか分からない不安と、ハイトと離れ離れにさせられる恐怖が、私をぐるぐると縛り付けた。

 そして――。


「ごめんなさい」


 ラナさんは私を抱きしめた。


「――え?」


 いつの間にか開くようになっていた口から、疑問の声が漏れた。


(何で……、ラナさんは私なんかに謝っているの?)


 謝らなければならないのは、私の方だというのに。


「貴女を置いて逝ってしまって。貴女を見捨てるような真似をして、ごめんなさい」


 頬に何か濡れた感触が下りていった。

 同時に、ラナさんの身体が小刻みに震えている事に気がついた。


(……泣いているの?)


 泣いているところを見せなかった彼女が、私の眼の前で涙を流していた。

 それは、何一つ不純なものが含まれてない、真実を表していた。


「……いいえ、謝るのは私の方です」


 いつしか私も、流していた。


「私さえいなければこんな事にはならなかったのに。私は皆を見捨てて。一人生き延びてしまった」


 私はとめどなく言葉を放った。

 いつも思っていた。皆に謝る事が出来たら、貶されても、罵られても謝りたいと。

 ちゃんと自分の言葉であの事を謝罪したいと。

 まさか叶うなんて、思ってもいなかった。


「私が皆を殺したのに……私を許してくれるの?」


「許すどころか、ロゼちゃんを怨んでいる人は「天弧の遊楽団」にはいないわ」


 ラナさんが顔を離す。涙に濡れながらも、そこには笑みが浮かんでいた。

 あの時のハイトと同じ笑みだった。

 気づけば、ラナさんの後ろにいる皆の表情も柔らかかった。


「そっか……私が勘違いしていただけなんだ」


 自分のおかしさからか、あるいは逃れる事が許されない罪から解放されたからか、私も笑っていた。


「ええ、だから、ロゼちゃんは生きなさい。護りたい人がいるんでしょう?」


 護りたい人……。


「はい……」


 彼の顔を思い浮かべた。

 私を救ってくれた人。私を必要としてくれた人。


(私はハイトを護りたい)


 彼の隣にいて、彼を護る為にこの命を使いたい。

 それが、私を護ってくれた皆の為にもなるから。


「それで良し」


 ラナさんが笑顔で頷く。

 その身体が、爪先から光の粒子となって消えていった。


「ラナさん……皆……!?」


 ラナさんだけじゃない。他の団員たちも同様に消えてゆく。


「アハハ……もう時間かな……」


 時間。その言葉で私は何が起きているかを悟った。


「……もう逢えないの?」


「そんな顔しないで、ロゼちゃん」


 もう太ももの辺りまで消えているラナさんが、私の頭を優しく撫でた。

 私は悲しさのあまり、顔を歪ませていたようだ。


「確かに、もう逢う事は出来ないでしょうけど……これだけは約束するわ」


 その表情は、団員の皆を大切に想う、いつもの副団長の顔だった。


「私たち「天弧の遊楽団」は、何時までもロゼちゃんを見護り続けるわ。どんな困難でも、貴女なら乗り越える事が出来ると信じているわ。だって――」


 ラナさんは一旦言葉を止めて、


「――ロゼちゃんは一人じゃない。頼れる仲間がいるじゃない」


 そう言って、ラナさんは光の粒子となった。


「――――」


 私はいなくなった空間を見つめて、


「――ありがとうございます」


 深くお辞儀をした。

 涙が落ち着くまで待ってから顔を上げると、ラナさんがいた空間に“エンジェルレイジ”があった。

 藍色に輝く剣を、私は恐れずに握る。

 瞬間、世界が反転した。

 比喩ではない。黒一色しかなかった風景が、絵の具を垂らしたかのように白くなっていく。

 その神秘的な光景を見ていると、全ての漆黒が反転した。

 それは、さながら私の心境を表しているかのようだった。

 何となく後ろを振り向くと、一際純白に輝いている光があった。

 その中から、人の片腕が私に差し出されていた。

 私はいつの間にか歩けるようになっていた脚を動かして、それに近づいた。

 光源の中にいる人物は見えない。

 だけど、私には分かる。それが、愛しい人の手だという事が。

 悲しい時、辛い時、いつも隣にいて、頭を優しく撫ででくれた逞しい手を、私は掴んだ。


「私はあの時から君に助けられてたんだね」


 初めて出会った時、その顔を見た事があるような気がした。

 思い返せば、一つだけ心当たりがあった。

 このゲーム世界ではなく、現実の世界での記憶だ。

 あの一方的な告白から助けられた事を、私は今でも忘れていない。

 無愛想でぶっきらぼうで……だけど、勇敢に立ち向かってくれた少年の顔が蘇る。

 佐崎ささき ろう

 確かそれが現実世界での名前だった筈だ。


「あの時言いそびれちゃったけど……ありがとう」


 見えない筈なのに、笑った気がした。


「これからもよろしくね」


 そして――


「行こう」


 ――私の新たな人生が、此処から始まった。


 遂にこの鐘で番外編が終わりました。合計で26もあります。まさかの本編超えです。本当に長かった……。

 ロゼ視点の話は如何でしたでしょうか? 今作のヒロインであるロゼの現実世界からの物語を一通りを書いてみましたが、中々書くのに苦戦しました。女性視点って難しい。書いていてそれを実感しました。

 さて、お待たせしました。次からはハイト視点に戻り、森の外に羽ばたきます。彼らはこのゲーム世界で一体何を見るのか……。あまり期待しないでお待ちください。ここからラブコメ要素が増える予定であります。それもあまり期待しないでお待ちください。

 長々とすみません。ではまた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ