番外編25 鍛練と教訓と犠牲
少年との共同生活を始めた一日目。ロゼと少年は初めて鍛練を開始する。その前に、風呂に入りたいと頼むロゼの願いを、少年は承諾した。
「さて、さっそく鍛練を始めましょうか」
温泉から上がり、新しい衣服の上に何時も通りの武装をして、私は少年に言った。
「ああ」
少年は首や肩を回しながら返事をした。拘束されていた事で固まった身体を少しでも軟らかくしているんだろう。
「用意はいい?」
「ああ」
「君は温泉に入らなくて良いの? 上で待っててあげるけど」
「どうせ動いているうちに汗が出るんだ。一回にまとめた方が楽だろ」
「まあ、そうだけど……」
そう言う問題じゃないと思うのは、私が女だからだろうか。
(本人がそう言ってるんだし、それていっか)
「じゃあ、行こう――と、その前に……」
「……?」
言葉を止めて引き止めた私に、少年ば怪訝な顔をした。
「君のステータスを教えてくれない?」
「……ああ。良いぜ」
少年は私の表情を見て必要な事だと気づいたのか、はたまた察しが良いのか、拒否する事なく、ケータイを操作して自分のステータスを見せてくれた。
「失礼するね」
一言断ってから、私は液晶画面に眼を走らせた。
(Lvは……大体私と同じだね……)
記されている数字を見る限り、スタイルを考慮しての総合的な強さは、私と同等だった。
(これなら、私がサポートすれば、すぐに倒れる事はない)
少年に足りないのは経験だ。
「ありがとう。返すね」
お礼を述べて、私は漆黒のケータイを返した。
「判定は?」
「とりあえず、君のLvなら安全範囲だから、基本的に君が前線に立って一人で戦い、私が後方でサポートすると言う作戦で行きましょう」
「了解」
少年は一つも不満を出さずに私の意見に賛成した。
少年は無愛想だが、こう言った時は素直に従ってくれるから助かる。
「じゃあ、今度こそ行こう」
私は上に上がるため、階段を上った。
上りきる前に辺りを警戒する。
……何もいないようだ。
「まずは魔物を探しましょう」
少年はこくっと頷いた。私も頷き返し、先頭を歩く。少年は半歩差で横に並んだ。
静寂な森の中に、地面に生えた草を踏む足音だけが広がる。
辺りは何もいなかった。
「今日はやけに静かだねぇ……」
歩いて5〜6分くらい、私はそう一人呟いた。
予想していた通り返事はない。
少年の方を振り向くと、彼は辺りに眼を光らせていた。と言うか、光らせまくっていた。
「そんなに警戒しなくても大丈夫だよ」
私が指摘しても、少年は異常な警戒を解かなかった。
「分かっている。だがな……」
「不意打ちを気にしてるの?」
「……まあ、そんなとこだ」
少年は完全には認めず、大方当たっているような言い方をした。
(素直じゃないなぁ。もう)
そんな所がかわいいと思ってしまった私は、普通なのか異常なのか分からなかった。
(私も最初の頃はあんな感じだったなぁ……)
少年と同じく、ログインされたばかりの私は何をしたら良いのか分からず、最初に訪れたシラナの町で当ても無くふらふらと歩いていた。
(あの時、ラナさんが私を見つけてくれなかったら、今頃どうなっていた事か……)
ラナさん、そして“天弧の遊楽団”の皆は私の恩人だ。
(そして……)
私は、皆の仇敵だ。
(私は皆に出会えて生き延びる事が出来た)
でも、一人の命に数十人の命が犠牲になった。
(何で……私は生き延びたんだろう)
あの時に死ぬ事が出来ればどんなに良かった事か。
あの場面で皆の為に犠牲になる事が出来ればどんなに素晴らしい事か。
(タイムスリップがもし本当に存在するなら……)
「――!」
(あの時間に遡りたい……)
「―い!」
(そうすれば……)
「何やってるんだ!!」
「――――!?」
突然の大声、そして肩を揺さぶられる力に私は驚いた。
「え、えっと……何してるの?」
「それはこっちのセリフだ!」
珍しい少年の大声に、私はただ困惑するだけだった。
「聞こえないのか、あの声」
「声……?」
私が件の音を聞こうと耳を澄ませた、
その時。
ウオォォォォン!
はっきりと獣の咆哮が耳に入った。
「魔物……!?」
「みたいだな」
少年は私の前に出て、剣を構えた。辺りを警戒していたけど、別段恐れている訳ではなかった。
(私が思った通り、度胸はあるわね)
私が魔物に殺されそうになった時、少年は割り込んできたが、あれが初めての戦闘だった筈だ。自分に襲い掛かる魔物を前に、少年はケータイを操作する余裕があった。並の度胸じゃ、あんな事はそうそう出来るものではない。
少年の背を見ていると、魔物が姿を現した。
大型犬よりも一回り大きい身体。ツンツンした毛並みを身に生やし、獲物を狩る時の凶悪な歯を私たちに見せた。
一匹の狼がそこにいた。
「見た目ほど強い魔物ではないよ。落ち着いて戦えば勝てる」
「…………」
私が声をかけても、少年は魔物から眼を離す事は無かった。
それで良い。不用意に敵から視線を外したら、相手に隙を与えるだけだ。
私が少年の後ろから見守る中、狼が先手を取った。
「ガウッ!」
「オラッ!」
狼が少年に噛み付いてくる中、少年は狼の右の頬を狙って剣を振った。
「ギャウ!」
剣は狂いなく斬り裂いたが、ぎこちない剣筋は隙だらけだった。
「バウッ!」
体勢を整える間もなく、狼は爪で引っ掻いた。
「くッ!」
少年は避けられず、その爪の餌食になる。左腕から血が出て、衣服を紅く染めた。
そんな痛々しい光景を見て、狼が止まる筈がない。追撃しようとして、
「<ファイアーボール>」
私はそれを阻害した。
狼に向けた掌から、人の頭一個分くらいの大きさの炎の玉が、魔物の顔に命中した。
この魔法スキルは炎属性の中では最弱で、ダメージを期待出来ないが、私の魔力と狼の弱点が炎属性によって退ける事は可能だ。
「ガウッ!?」
炎の玉をもろに喰らった狼は、少年から距離を取って様子を窺う為に周辺を歩いた。
「大丈夫?」
私は少年に訊ねながら、ポーチからミドルポーションを投げ渡した。
「問題無い」
少年は苦痛を我慢しながらそう言い、ビンに入っている液体を飲んだ。
本当はキューブを使いたかったけど、少年を名前を知らない以上使えない。それを理由に訊いても教えてくれないだろう。
ポーションは持続性で、すぐに回復せず、ダメージを受けたらそこでストップしてしまうが、私がそれまで足止めすれば良いだけの話だ。
「おい、後ろ!」
少年が私に何か警告してくる。後ろでは何かが草を踏み締める音が聞こえた。
そんなの、辺りを歩いた時から予想している。
「<ブラストカーテン>」
一陣の風が私を包み込んだ。
「バウッ!?」
後ろで狼の悲鳴じみた声が聞こえた。
私を守る風が、近づいた狼を吹き飛ばしたのだ。これはそう言う風属性の魔法だ。
「甘く見ないで」
少年にそう言うと、彼はなぜか私から顔を逸らしていた。
不思議に思ったが、後ろにいる存在を無視する事は出来ない。
私は“エンジェルレイジ”を抜いて、後ろを振り向いて狼を見据えた。
「グルル……」
狼は油断無く私を警戒している。時間稼ぎが目的の私は、自分から敵に向かう事はせず、剣を構えるだけで良い。
何もして来ない私に焦れたのか、再び狼が襲い掛かってきた。
私はそれを避けて、狼に軽く攻撃した。
「グルルルル!!」
その攻撃に怒ったのか、狼は私を執拗に狙った。
少年より上回るヘイトを稼いだから、少年に襲い掛かる事はないだろう。
(後は、少年の回復が終わるまで引き付ければ良い)
私が少しの間狼と遊んでいると、
「充分だ」
少年の声が聞こえた。
「<スライス>」
少年の剣が左右に動き、狼を2回斬り裂いた。
「ガウッ!?」
狼は驚いて下がった。
「何時の間にスキルを確認したの?」
あれは紛れも無く剣スキルで、硬直時間が短く済む弱いスキルだ。教えた覚えは無いので、自分で調べるしかない。
「アンタが狼と戯れている内にな」
「無駄のない事で」
少年は私が時間を稼いでる時に調べていたようだ。
つまり……。
「私を信じてくれたって事かな?」
淡い期待は、
「アンタはこの森に住んでんだろ。ここに生息する魔物の行動は把握している筈だ。俺に攻撃が行くヘマはしないだろ」
微妙に壊された。
「まあ、そう言うと思ったよ。がんばってね」
少年にバトンタッチして私は後ろに下がる。
少年は狼に剣を向けて、
「来い」
厳かに命令した。
「勝ったね」
狼の死骸を見ながら、私は勝利を言った。
「まあな」
少年はミドルポーションを飲みながら、剣を鞘に納めた。
あれから、少年はダメージを受けながらも、一人で狼を倒した。
そう、一人でだ。
少年は私の援護を借りる事なく、果敢に狼に立ち向かった。
攻撃を受けてもすぐに立ち直り、<ストロウ>や<ブルクラッシュ>などの剣スキルを駆使していた。
とても、素人の動きとは思えなかった。
「上達が早すぎるんだけど、何かあったの?」
「別に。アンタの動きを観察していただけだ」
「えっ……」
私は少年の言葉に眼を見開いた。
それが本当なら、少年は見ただけで戦闘の動き方を学んだ事になる。
とても信じられない。でも、それを彼自身が証明していた。
「君って……もしかしてもの凄く素質があるんじゃ……」
私が驚愕に声を震わせて言うと、
「どうでもいい。俺はただ死なない為に強くなるだけだ」
無表情で、なおかつ平然と言った。
(私は……凄い人を育てているんじゃないのかな)
自然とそう思ってしまった。
「次の獲物を探すか」
少年は次なる魔物を探す為歩きだした。
「そ、そうだね……あ」
私は気になった事を思い出した。
「ねぇ、君」
「何だ」
歩みを止めず、声だけを返した。
「私が魔法を唱えた時、私から顔を逸らしてたけど、何かあったの?」
それを聞いた少年は、影が地面に縫い付けられたように、動きを止めた。
(……あやしい……)
私が前に回り込むと、眼を背けた。
(ますますあやしい……)
「何かあったんだね?」
「いや……」
私が追及すると、少年は頭を掻きながら言葉に窮した。
はっきり言わないのは、少年らしくない。やはり、何か後ろめたい事があったのだ。
(何だろう……)
私はその時の事を思い出してみる。少年が顔を逸らしていたのは、私が<ブラストカーテン>を詠唱した時だ。あの魔法スキルは詠唱者の周りに風のカーテンを作って守る風属性魔法――。
(――風?)
弱いながらも、私の周りを吹き抜ける風。
私から眼を逸らす少年。
私が着ている太ももを隠す――スカート。
(――ま、まさか……)
私は一つの予感を見出だし、スカートの端を押さえながら、
「――み、見たの?」
か細い声で訊いた。
少年はその質問に顔を紅くして、
「…………」
無言の肯定を示した。
「――――っ!!」
私は自分でも分かるほど顔が急激に紅くなっていくのを感じた。
(それなら……!!)
私が時間を稼いでる時もどうなのだ。激しく動かなかったとは言え、避ける為に跳んでいだ。
(あの時も、まさか……)
「あー……そのだな……」
私がそう考えていると、少年が口を開いた。
「汚くは……なかったぜ」
「――――っ!?」
私の中で、何かが爆発した。
「あ、あ、あっ」
私は“エンジェルレイジ”を抜き、
「当たり前でしょうがぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
上段から振り下ろした。
「あ、危なッ!! ちょ、ちょっと待て! 確かにアンタは悪くないが、俺だって不可抗力だろ!?」
「ううううるさいっ!! つべこべ言わずに忘れなさい!!」
「忘れるから! 綺麗サッパリ忘れるから! だからその物騒な物を仕舞ってくれぇぇぇぇぇ!!」
――初めての少年の鍛練で、学んだ事がある。
敵は必ずしも、命を狙う者だけではないと――。
私の中の何かを犠牲にして、私は少年からその事を教わった。
(……もうあの魔法は絶対使わない……)
私は深く心に誓った。
<ダウ>
斧スキルの一つ。威力は<ストロウ>と同等。硬直時間は0,5秒。
<追伸>
てか、訂正報告です。番外編23の後書きで説明している<デモーション>ですが、あれが斧スキルの中で最弱では無く、こっちが最弱です。このスキルの存在を忘れてました。すみません。




