番外編23 葛藤
少年を自宅に招き入れたロゼ。お礼の内容を訊いてくる少年に、ロゼはしばらく考えるが、その時に恐ろしい事を思いついてしまう。幸い少年には気づかれず、ロゼは明日に持ち込ませて、二人揃って眠りについた。
ピロロロロ……。
ピロロロロ……。
ピロロロロ……。
「う……ん」
ケータイのアラームが鳴り響き、私はその音で眼が醒めた。
窓から太陽の光が差し込み、小鳥の鳴き声が耳を、森独特の香りが心を癒す。いつもの朝――ではなかった。
「……あ」
軽く伸びをして、横に視線を移動すると、床に敷かれている布団があった。
その中に、少年が一人横になっていた。
(……あ。私が家の中に招き入れたんだっけ)
まだ、寝ぼけている頭がやっと醒めてきて、私は昨日の事を思い出していた。
魔物に殺されかけた所を、この少年は助けて(?)くれた。
その救世主(?)は、まだ布団の中で寝ていた。先程のアラームが鳴ったにも関わらず眼を醒まさないのは、少年が寝ぼすけだからではない。このゲーム世界のケータイのアラームは、どういう仕組みになっているのか分からないけど、自分以外の人には聞こえないようになっている。だから、少年は寝ぼすけじゃない(たぶん)。
寝ぼすけかもしれない少年のかわいい寝顔は……苦しむように歪んでいた。
(どうしたんだろう)
眠気も飛び、少年の傍に座る。
少年は何か悪夢を見ているかのようにうなされていた。
(大丈夫かな……)
起こさないように、私は少年の頭を撫でる。熱はないみたいだから、風邪ではないようだけど……。
(悪い夢でも見ているのかな……)
もし悪夢なら、私は少年に何をしてあげられるだろうか。
(こう言う時って、どうすればいいんだろう)
あれ以来人と触れ合わず、魔物と命の賭け合いをしていた私には、どうする事も出来ないのかな……。
(……せめて、私に出来る事をしよう)
こんな私にも何か出来る事があるなら、してあげたい。
私は少年の掛け布団を直して、寝室を出る。
防犯の為に一応閉じておいた窓を全部開ける。
森の新鮮な空気が、人が吐いた空気を洗い流す。
ちなみにこの部屋は、いわゆるLDKと言えるような形だ。
私は腕を組んで、自分が出来る事を考える。
(私にも出来る事……私にも出来る事……)
この森の案内――何をするんだ。
家の掃除――してどうする。
(えっと……)
私は視線を下に移す。正確には――自分の身体に。
(お、男の人が喜ぶ事……!)
私はたぶん、顔も身体つきもいい方だと思う。私に価値はないけど、私の身体には雀の涙ぐらいの価値はあるかもしれない。
だから……きっと。
(……でもなぁ……)
それで少年が喜ぶとは思えなかった。私と少年が同じ部屋で寝ているのにも関わらず、彼は私に何もしてこなかった。
つまり……。
(私には雀の涙ほどの色気もない……)
さすがの私も、この事実は効いた。あやうく膝をつきそうになる。
……当たり前だ。私は何を考えているんだ。私のほんの一部でも価値があるわけないだろう。
(私に出来る事なんてあるわけない……)
暗い思いの中。私はまだ朝食の準備をしていない事に気づいた。
(……料理?)
私にも出来る事……。
(美味しい料理なら、少年も喜んでくれるかな?)
少年は見た感じ、何か障害を持っているようには見えない。普通なら、食べる事が嫌いという人はいないだろう。
問題があるとするなら……。
(私……上手に作れるかな……)
何ヶ月も人に料理を振る舞っていない私の腕前は、はたして人の口に合う味になるのか……。
(……分からないけど、やってみよう)
私にはこれぐらいの事しか出来ない。せめて暗黒物質を作らないように、最善を尽くそう。
料理の匂いがLDKの部屋を包みこむ。
私はフライパンで、朝の定番である目玉焼きを作っていた。
卵は一般のではなく、“チキンバード”という、言わば空飛ぶ鶏の魔物からドロップ出来る“フライングエッグ”から作っている。殆ど鶏の卵に近い味がするから、まずくはない。ちなみに、卵は飛ばない。
「……よし、出来た!」
私は焼きたての目玉焼きを、フライパンから皿に移す。冷めないように、皿の近くに赤い石を置き、それをクリックした。
石の前にウィンドウが現れ、そこには0〜100までの数字が10毎に並べてあった。
これは“火力石”と言って、指定した温度を石の中で発生する魔法石だ。
何かを温めるのもよし。保温するのもよしと、使い勝手のいいアイテムで、さっき目玉焼きを焼いたのもこれを使っている。
このゲーム世界には、ガスや電気を利用する技術がないから、魔法石を応用して家事を賄うのだ。
私はヤカンに水と、100度に設定した“火力石”を入れて、キッチンに置いた。後は水が沸騰するまで待つだけだ。
(……ふぅ)
久々に美味しく作れるように、真剣に料理した。少年が来るまでは、味なんて気にせず作っていたから。
テーブルのイスに座り、腕を伸ばして身体を休ませる。
(なんか、私、おばあちゃんみたい……)
そんな事を思いながら、私はお礼について考えた。
(お礼……どうしようかな……)
少年が起きるまでに決めなければならない。
内容はだいたい決まっている。迷う事は……。
(彼を利用するか……)
私より強くなった少年に私を殺させる。言葉にするなら簡単な事だが……。
(本当にそんな事していいの……?)
少年はそれを許してくれるの?
私はそれでいいの……?
(私は……!)
ピィィィィィィィ!!
(あっ、ヤカン!)
慌てて表示したままのウィンドウを操作して、火力石の温度を0に戻す。
(……はぁ)
とにかく、気持ちを落ち着かせよう。
私は気分が落ち着く香りがする紅茶を煎れた。
茶色く濁る水面は、荒々しく揺れていた。
ぐぅぅぅぅ〜。
スープを作っていると、後ろからそんな気の抜ける音が聞こえた。
気になって振り返ると、少年が起きていた。
「あ、おはよう! よく眠れた?」
暗い事を考えているのが気づかれないように、私は努めて笑顔で言った。
「まあな」
少年はいつも通りの素っ気無い口調で答えた。なんだかその態度に、私は少し安心した。
「よかった。うなされていたから心配してたんだ」
私がそんな事を言うと、
「そりゃどうも」
視線をそらして、テーブルのイスに座った。
どうやら、あまり深く訊かない方がよさそうだ。
「うふふ、もうちょっと待っててね。もうすぐ出来るから」
私はキッチンに戻り、料理を再開した。
スープのいい匂いが、否応なしに私の空腹感を増産させる。
「あ、そうだ。君、このエプロン姿どうかな?」
空腹感をまぎわらす為、私は少年に訊いて、その場でくるりと一回転した。
少年は少し間を開け、
「さあな」
これまた素っ気なく答えた。
「もう、こう言う時は嘘でも褒めるもんだよ?」
私は少年の素っ気ない態度を軽く指摘した。
「あ〜そうですか〜いや〜かわいいな〜」
今度は棒読みで適当に褒めた。
「棒読みで言っても意味無いよ! あ、もしかして照れてる?」
私がそう訊いてみると、
「自意識過剰も良いところだ。そう言うのはまず鏡を見てから言うんだな」
酷い答えが返ってきた。
「ひど〜い! もう知らない!」
私は怒り、そのままキッチンに戻った。
怒っていながら、私は笑みを我慢していた。
こんな会話でも、私にとっては楽しかった。
「おまたせ〜」
私は全て作り終えた料理をテーブルに料理を運ぶ。
「「いただきます」」
空腹に限界を感じていたのか、少年は無我夢中で料理を口に入れていた。
「どうかな? 料理には自身があるんだけど……」
私は食べ続ける少年に、気になっていた料理の評価を訊いた。
少年は口の中に残っている料理を飲み込んでから、
「美味いよ」
ぶっきらぼうに、眼を合わせずに、簡潔に言った。
また適当な事を言うと思っていた私は、少年のその一言に驚いた。
「え、えへへ。ありがと」
私は少し赤くなりながら笑顔でお礼を言った。
少年は私と同じく、少し頬を赤くして食べるのを再開した。
「よかった〜。不味いとか言われたら流石にショックだったよ。お礼にあ〜んしてあげるね?」
私はふと思いつき、少年にそう言った。
「ぶっ!? な、何言ってんだ!?」
案の定、少年は心底驚いたように言った後、
「い、いや、遠慮しとく」
首を横に降りながら遠慮した。
「いいからいいから。ほら口をあ・け・て?」
逃がさないように言いながら、私は少年の口の前に運んだ。
少年は少しの間口を閉じていたけど、やがて、潔く口を大きく開けた。
私は堪え切れず微笑み、料理を少年の口へ運ぼうと前へ出す。
あと少しで口の中に入るいう所で、少年は口を閉じようとした。
私はその瞬間を狙って、ひょいとフォークを戻して私の口の中に入れた。
少年はわけが分からずぼかんとしていたけど、
「う〜ん、美味しい〜♪ あれ、何固まってるの?」
私が料理の味を楽しみながら言うと、
「……楽しいか? こんな事して」
少年は顔をひくつかせ訊いてきた。返答次第ではただじゃおかないという意志が伝わってくる。
「ふふふ、エプロンのお返しだよ」
あっかんべーをして私は少年にそう言ってやった。
少年はその言葉に苦い顔をして、溜息をついてから食事を再開した。
「で、決まったのか?」
食べ終えた後、少年と一緒に皿洗いをして、一休みをしている時、少年は単刀直入に訊いた。
「うん、決まったよ」
私は飲んでいた紅茶を置き、そう答えた。
「一つ訊きたいんだけど、君、このゲームにログインしたばかり?」
そう質問すると、少年は隠す気もないようで、
「まあそうだが……どうしてそう思う?」
私に質問しかえした。
「あの時の戦闘を見てね。君の動きは慣れたものじゃなかったから」
「なるほどね」
少年は納得したように頷いた。
これでお礼の内容は決定した。
「それで考えたんだけどね? 君に戦術を教えようかなって思ったんだけど……どう?」
「………………………」
少年は思案するように、カップに入っている紅茶を見ていた。
私も紅茶を見ながら、お礼について考えていた。
少年を利用するかしないか。結局これについては決められず、後回しにする事にした。
とにかく、少年をこのゲーム世界に負けないように強くしよう。
これが、私の答えだ。
「分かった。その意見に乗る」
少年に異論はなく、私のお礼を受け取った。
「やったぁ〜!」
それを聞いて、私は自分でも分からないけど、飛跳ねんばかりに喜んだ。
「じゃあ私達仲間だね!? ねっねっ、そうでしょ!?」
その感情のまま、私は少年に近寄った。
「ち、近い近い! 少し落ち着け離れろって!」
少年はびっくりして、慌てて私から距離をとった。
「ご、ごめんごめん。あまりにも嬉しくて」
私は自分を落ち着かせようと、胸に手を当てて深呼吸した。
なぜ私はこんなに喜んでいるんだろう。
「ったく、気をつけろよ? あと、俺はまだアンタの事仲間だと思ってないから」
さっきの質問に少年は無情に答えた。
「な、何で!? 一緒に居るんだから――」
「アンタはそう思っているんだろうが、俺は違う。俺は生きる為にアンタと共に居るんだ。別に仲良しこよしでつるんでるんじゃない」
冷たく突き放された。
「そ、そっか……」
(……当たり前だよね)
私は何を勘違いしていたんだろう。私はあの時のお礼をする為に、少年は自分の為に一緒に生活するだけだ。
それを仲間だとかなんだとか……。
(馬鹿みたい……)
私はまだ仲間が欲しいという感情が残っていたようだ。
捨てなければいけないのに……。
「ま、とにかく。少しの間共に居るんだ。よろしくな」
少年が私の姿に見かねたのか(絶対に違うと思うけど)、握手を求めてきた。
「あ、よろしくね!」
それに私は少し気が楽になり、手をとった。
<デモーション>
斧スキルの一つ。横殴りに対象を攻撃する。斧スキルの中では最弱。故に発動後の隙が少ない。硬直時間は0,5秒。
<追伸>
次の話は本編に書かなかったおニューのものとなります。とは言っても、戦闘シーンは無く、ただ作者が書きたいだけの話です。正直、面白いかどうかは本人が分かる程のビミョーです。間違っても「今まで面白い話があったか?」とツッこまないであげてください……。




