曇天と緊縛?
意識が戻る。ゆっくりと瞼を開いた。椅子に座っている様だ。後頭部がジンジンと痛む。
夜になっているようで、その場は真っ暗だ。月明かりは厚く黒い雲によってさえぎられている。
(あれ..?なんでこんなとこに...)
腕を動かそうとする。それは何かにグッと引っかかった。下を向いて自分の体を見る。私の体は太いロープでパイプ椅子に縛られていた。
「もごっ...!?」
息がしにくい。口が何かの布で覆われている。それを取り除こうとしても、腕は椅子に縛られていて動かない。
(何もできない…せめてここがどこか分かれば…)
キョロキョロと辺りを見回す。少しづつ暗闇に目が慣れていき、なんとなく状況が分かるようになっていった。
薄暗い十字路、壁には掠れた赤い絵が描かれている。なんとなく、既視感を覚えた。
(ここ…さっき覗いてたあの隙間…?)
あの異空間の同じ場所であれば腕を突っ込むのが精一杯だったあの隙間も広くなるかもしれない。
(誰か...!)
どうにかならないかと体を揺らす。ガタガタと揺れたパイプ椅子はバランスを崩し、後ろに向かって大きく倒れた。
「ん゛っ...!」
頭が地面に打ち付けられる。頭がガンガン痛んだ。じわっと涙が浮かんで、私のこめかみを伝う。
(うぅ…どうしよ…)
どうしたものかと頭を悩ませる。
状況は悪い方へ変わってしまった。渡されたカードはカメラが見当たらないので使えない。足も縛られている。八方塞がりだ。
まさにそんなとき。
「だ...か...た...」
どこかから声が聞こえた。そちらに顔を向ける。
あまりに小さく、掠れた声だったが、それは確かに人の男性の声だ。
(誰かいる..!)
助けが来るかもという期待を胸に、大きく声を吐き出した。
「ん~!!!」
するとそれに反応するように、掠れた声はだんだんと近づいてくる。
「う゛~~~!!(助けて!)」
そのくぐもった声に全てを載せて、私は全力で叫んだ。
ついに、その声の主が私の前に現れる。
「だっだだ だれだれかたす すすすけっけけて」
(っ...!?)
私の前に現れたのは、犬のような真っ赤な化け物だった。
(なに...こいつ...)
その異様で恐ろしい姿に、私は息を殺す。
「たっだっごッゴボッ...」
奴の口から何かが吐き出され。ボトボトと地面に落ちる。最後に怪物がより一層大きくえずくと、丸い物体がゴトッと音を立てて吐き出された。
思わず私の口から怯え切った声が漏れる。
「ひっ...」
その丸い物体は人の頭であった。生気を感じない瞳が私を見つめる。
「ガル…!」
奴はこちらへ振り向いた。気づかれてしまったのだ。奴はゆっくりとこちらに近寄る。
(やだ、やめて!)
そのたびに息が荒くなった。横に顔を振ってみるが、当然奴は止まらない。
ぐちゃぐちゃと嫌な音をたてて、奴の口が大きく開かれた。
ぎゅっと目を瞑る。耳の奥で心臓が轟音を轟かしていた。
(私にはまだ…!やらなきゃいけないことが…!)
牙が、私に振り下ろされる。
ーその時。
「待ちなさい」
厳格な女性の声がそこに響いた。振り下ろされようとした牙がピタッと止まる。
「もっ...?(あなたは...?)」
赤いフード付きマントを深く被った女性が、曇天を背に佇んでいた。
彼女はマントの中に手を入れた。
「全く、"他の子たち"のことが待てないのかしら?」
化け物に何かが投げつけられる。それはそいつの体に突き刺さった。
「ギャウッ」
化け物がそこに倒れこむ。投げつけられたそれはちょうど私の前に転がった。
(これは…肉切り包丁?)
海外の肉屋さんが使っているイメージの典型的な肉切り包丁。
安易な結びつけだが、私の脳裏にある人物の姿が浮かんだ。
それを確かめるために目を凝らして彼女を見つめる。
吹き込む風に揺れるフードの隙間から、シミのついた薄紅色のエプロンが見え隠れする。
「っ...!」
間違いない。彼女は肉屋のおばさんだ。
「せっかく若くてイキのいい餌をとってあげたのに」
被ったフードがおろされる。彼女の眼には光が宿っておらず、とても昼間の彼女と同一人物とは思えないほど冷たい表情をしていた。
「貴方たち、出てきていいわよ」
彼女がそう言うと、1匹目と同じ方から同じ化け物が3匹現れた。
奴らには目がないように見えるが、その視線が一身に私に集まっているのがひしひしと伝わってくる。
「貴方には最初っから目を付けてたの。あなたがこの空間に最初に入り込んだ時からね」
彼女は一歩ずつ噛み締めるように私に近づいてくる。
「丸呑みじゃしんどいわよね?」
彼女は私の前に転がった包丁を拾い上げる。
「だから私が...」
ぬるりとそれが振り上げられた。曇天に、包丁の灰色が光る。
「細かくしてあげる!」
がんっと音を立てて、近くの窓が開かれる。そこから、丸い何かが投げられた。それがおばさんの顔に直撃する。
「っ...!?」
ふらっと彼女がよろける。それと共に、私は解放感を覚えた。
(あれ?)
私を縛っていたロープはいつの間にかぶちんと断ち切られていた。
「関わるなといったのになぁ!!」
おばさんの顔に綺麗なアッパーが繰り出される。
「きゃっ!?」
ドサッと彼女は化け物たちの方へ飛ばされた。
口に着けられた口枷を解き、けほけほと軽くせき込む。そしてその声の主を見上げた。
立派なあごひげと、不機嫌そうに顰められた眉。
「レコードの...!」
私の前には手が差し出されていた。
「よう、嬢ちゃん。立ちな」
SCP-939 メタタイトル「数多の声で」
keter
人を食い、その人の悲鳴を真似して獲物(人)を狩る体長2m近くの化け物。吸うと記憶が消える気体を常に出し続ける。(換気を怠らないように!) モンハンのオドガロンに似てる。




