裏手とバール?
筆が乗る時と乗らないときの差がすごい
コロッケを頬張りながら、私はそのレコード店に向かった。包装紙を畳んで胸ポケットに仕舞い、口元を整えてから店内へ足を踏み入れる。入店音が店内に響き、レトロなBGMとポスターが私を出迎えた。
「...客か」
カウンターで立派な顎髭を携えたおじさんが不機嫌そうに腕を組んで座っている。
「今ここの噂について調査を行っていまして、良ければご協力していただきたいのですが...」
彼は持っていたマグカップをカウンターに置き、うっとおしげにこちらに目を向けた。
「噂だぁ?そんなしょうもないことでここに来たのか?嬢ちゃん」
彼は忌々し気にそう言い放つ。思わずうっと肩がすくんだ。
「すみません、あちらのお肉屋の店主さんにこちらに伺ってみてはと言われたもので...」
「チッ」
彼の舌打ちが店内に響く。
「その噂ってのは、喋る犬の話か?」
「ご存じなんですか?」
彼は再び腕を組み、目を伏せた。
「その話でここに来た奴は沢山居る。大抵肝試しか悪ふざけで来たバカどもだったけどな」
「その方々は今どこに...?」
彼は煽るような微笑を浮かべてそう言う。ただ、私の質問に、彼の表情は真顔に戻った。そして、ジロリとこちらを見据える。
「一人も、帰ってこなかった」
「っ...」
刺されたような衝撃が、私に駆け巡った。
「まぁつまり、触らぬ神に祟りなし。とっとと帰りな、嬢ちゃん」
彼はシッシと手を振る。
「...そう言うわけにもいかないんです」
鋭い目がこちらを睨みつける。彼はつぶやく。
「なぜ?」
その一言は私に重くのしかかった。彼からは重く、圧倒的な圧が放たれていた。グッ...とそれに気押される。それでも、私は生唾を飲んで口を開いた。
「...知りたいからです。そう、知らなきゃ気が済まないんです!」
「命を懸けても?」
少し言いよどむ。胸に手を当てて、深く息を吸った。
「...もちろん。知らない分からないばかりじゃ、ずっと先には進めません」
「そうか...いいさ、教えてやろう」
彼はまた目を閉じて顔を伏せた。
「...ありがとうございます」
カウンターの前に立ち、メモを取り出す。彼は顔を伏せたまま低い声を響かせた。
「どの程度知ってる。嬢ちゃん」
「夜中にうなり声が~などは」
メモに書き記したことを端的に伝える。
「どこから聞こえるか、までは知らないのか」
「そうです。その件で伺いました」
彼はフンと鼻を鳴らす。そして右の親指で自分の裏を指さす。
「そのうなり声はこの店の裏から聞こえてくる。この暑い時期だ、毎晩毎晩な」
「野犬が縄張り争いでもしているのでしょうか?」
いや。違うな。と彼は私の仮説を一蹴した。
「どうしてそう断言できるんですか?」
「この店の裏にゃ犬が入れるような隙間が無いからだ」
彼はカウンターの下から一枚の地図を取り出した。それがバンとカウンターに叩きつけられる。
「ほれ、よく見てみろ。この店の裏は他の店と隣接してる。多少の隙間はあるが、犬っころが入れるような場所はねぇ」
その隙間は確かに隣接した通りよりよっぽど細く、そんな空間は存在し得なかった。
「確かに...」
地図は荒々しくカウンターに仕舞われた。
「わかったか?ならこれ以上俺に関わらないでくれ。嬢ちゃん。ほら、帰った帰った」
「え?あっちょっと!」
彼に押し出され、店から追い出される。ドアは強く強く閉められた。
「どうして...そんなに...」
ドアを見つめながら、私はぽつりと呟いていた。
「あら~追い出されちゃった?」
私の隣には、いつの間にか肉屋の店長が立っていた。彼女は困り眉で笑顔を浮かべている。
「あはは...そうなんです...」
「まぁ気難しい人だから。気にしないで」
私の肩に手が置かれる。
「さ、家に戻らないと暗くなるわよ。そろそろ帰りなさい」
「ありがとうございます。そのつもりです」
私は彼女にお辞儀をして、商店街を抜けた。
後ろを向くと、彼女が右手を振っている。左手は後ろに回されているようだ。
「さて...」
さて、ここで帰るなんてもったいないと思わないだろうか?
帰ってこなかった人たち。店の裏から聞こえる声。犬が入り込めないほど狭い隙間。
気になることばかりだった。ここまで聞いて、何も確かめずに帰るなんてできない。
「知らない」「わからない」は、関わってないと同義である。
少し歩いて、店の裏手へと回った。
レコード店の店長の話を思い出し、私はそこの隙間をのぞき込む。
真っ暗なその隙間には確かに動物が入れるような間隔は無く、野犬が集会を開けるような場所ではなかった。
「確かに狭いけど...真っ暗でよくわかんないなぁ」
ズボンからスマホを取り出し、ライトをつけて隙間に照らす。
「まだ暗いなぁ...あ~でも若干見えるように...ん?」
真っ暗な細い十字路の壁に、赤い線が見えた。それは孤を描き、更に暗い方へ続いている。スマホを更に奥へ送り出す。しかし、光はギリギリで届かずその線の縁しか視認することができない。
「ん~なんだろ?あれ...」
カメラを起動しズームするも、やはり全貌を捉えることはできない。念のためそれを写真に収める。
「わかんない...実際に夜まで待ってみないとダメそうかな」
実際にその現象と遭遇するためにはその条件を満たさなければならない。ポケットにスマホを仕舞いながら、私はその場を後にしようとした。
ーズズッ...と私の影に大きな影が重なる。
反射的に振り向いた。
私の頭には、長いバールが振り下ろされた。




