商店街とコロッケ?
文字数ってどのくらいがいいんだろ
地面から立ち上る熱気は私の靴を熱し、降り注ぐ日光は私の黒いスーツを焼く。
「日傘でも買ってくれば良かったなぁ...」
あれから大通りを外れ、住宅が立ち並ぶ路地へと出た。路地は不気味なほど静かで、その静かな路地をタッタッと軽快な音を立てて歩く。
「にしても誰もいないなぁ」
平日の真昼間ということもあってか、道を歩いている人は全くいない。この場に居るのは私だけだ。
そうぼやいていると、カツカツという音が路地に響き始めた。それはだんだんとこちらに近づいてくる。少しして、ブロック塀の影から杖をついたお爺さんが現れた。
なんとタイミングのいいことか。まずは彼に話を聞こう。
「すみませ~ん」
「ん?」
彼はゆっくりこちらを向いた。私は取材用の作った声で尋ねる。
「今ちょっと調査を実施してまして~、この土地の宗教について聞いてるんですけどぉ、何かご存じですかぁ?」
「おぉ、そうかそうか。宗教かぁ、う~ん、わしゃそう言うのには詳しくないけんなぁ」
彼は申し訳なさげに笑ってそう言う。
「そうですか...」
「あんたぁ記者さんかい?」
メモを仕舞おうとした時、彼が思い出したように口を開いた。
「え?あぁ はい!そうですけど...」
彼はえ~とと言いながら自分の頭を軽く叩く。
「そうじゃそうじゃ、最近妙な噂があってな。記事の足しになればいいんじゃが」
「全然大丈夫です!教えてください!」
仕舞いかけたメモを持ち直し、私は彼に迫る。彼は鬼気迫る私の様子に動揺しながらも、ゆっくりと口を開いた。
「西区の赤崎通りで喋る野犬が出るらしい」
「喋る犬...ですか?」
人面犬の様なものだろうか?
「ああ、なんでもうちの息子に声がそっくりらしい。困ったもんじゃよ、息子に変な噂が付いてしもたらこまるけんなぁ」
彼は笑ってそう言った。笑って済ませていい話なのかと思いながらも、私はメモにペンを走らせる。
「インタビューへのご協力、ありがとうございました!」
「おお、ええよええよ」
書いたメモを今度こそ仕舞い、一礼する。
「それでは私はこれで...」
「ああちょっと待っとくれ」
彼に強く引き留められた。彼はつまんだ私のスーツを話して、姿勢を直す。
「一つ頼みがあるんじゃが、ちょっと世間話に付き合ってくれんかね、最近息子も都会から帰ってこんくなってしもうてな」
その程度朝飯前である。
「はい!喜んで!」
「これがこれが息子の写真でな、男前じゃろ?なんでも都会の方で代表とりs...」
ーそれからお爺さんの世間話は止まらなかった。私としたことが忘れていた...。お年寄りは大抵世間話が長くなるのだ...。
「いやぁ、長々と付き合ってくれてすまんなぁ」
「いえ...大丈夫です...」
話を終えるとすぐに彼は行ってしまった。1時間は立ち話をしただろうか。足がパンパンで仕方ない。ぐたっと塀にもたれかかった。
「え~と...赤崎通りだっけ?」
大きくため息を吐いた後 地図アプリの赤崎通りにピンを立てる。ゆっくり立ち上がり、提示されたルートを辿って歩き始めた。
ふと思い出し、ポケットからカードを取り出す。
「そういえばこれってなんなんだろ」
それを手のひらに乗せ、カチャカチャといじくる。外見には特に異常はなく、ただビニルテープの貼ってあるゲームカードに見えた。
ただ、これが彼の体から排出されている以上これも彼の体の一部なのだろう。そうは思えないけど。
「この形だとカメラに入りそうかなぁ」
カバンの中から一眼カメラを取り出す。試しにカード口に合わせてみると、それは何の障害もなく差し込むことができそうであった。
「やっぱり!」
思わず口から声が漏れる。しかし、すぐにそれは疑問に変わった。
「これで何が起こるんだろ?」
昨日の夜のアレを見るに、これは能力のカセットなのだろう。つまりこれにも能力が入っているはず。
「…まぁ、いっか」
こればかりは使ってみなければわからないものだし、今考えても仕方ない。私はそれをポケットに仕舞った。
20分ほど歩き、アプリはそこで案内を終了した。商店街に面した狭い道路に私は立っている。
「...本当にここ?」
そこには犬どころか人っ子一人いなかった。右に面した商店街は過疎によってシャッター街と化している。そこは昼間だというのに薄暗く、背筋がヒヤリとするような独特の雰囲気を纏っていた。
「一旦、聞き込みかなぁ」
人の居ない商店街の中へ恐る恐る足を踏み入れた。開いている店はないかとあたりを見回しながら、足早にそこを進む。革靴が地面と触れるコツリコツリという音が商店街に響く。
「あら、めずらしい」
不気味な商店街にふさわしくない明るい声がそこに響く。反射的に声の方へ振り向いた。
「驚かせちゃったかしら?」
他の店よりはるかに小さな店舗の中に、シミだらけで薄紅色のエプロンを着たおばさんが立っていた。彼女がもたれかかるショーケースの中には様々な種類の生肉が飾られており、彼女の横にはコロッケが展示されていた。
「すみません...、あまりに急だったもので」
ぺこりとお辞儀しつつ店の前に立つ。
「ごめんねぇ、最近西区はお爺お婆ばっかで若い人なんて久しぶりだから...」
「そうなんですねぇ...」
彼女は悟ったような笑顔で自虐的にそう言った。
「もし暇だったら、私とちょっと話してくれない?暇で仕方なくてね」
彼女はショーケースにもたれながらいたずらな笑みを浮かべ、手をこまねいている。
「もちろんいいですよ!私も聞き込みしないといけないので」
「あら、あなた記者さんなの?」
「はい!今ここの『喋る野犬がでる』という噂を調べてるんです」
「喋る犬ねぇ、確かに野良犬はこのあたりによくいるけど...喋るってのは聞いたことないわね」
デマなのではないだろうか?そんな考えが少し芽をだした。
昨晩あんなことがあったから受け入れていたものの、そもそも喋る野犬なんてザ・都市伝説だし。
そう思うと自然と肩が落ちた。
「あ、でも最近夜になると変なうなり声?みたいなのが聞こえるのよね」
「なっ!?その話詳しくお聞かせ願えますか?」
一言も聞き逃さないように意識をそちらに向ける。
「私この店の二階で生活してるんだけどね?ここのところ蒸し暑い日の夜だけ変なうなり声が聞こえるのよ。それに人の声みたいなのも聞こえるようになっちゃってね。それの事かもしれないわね」
すぐに聞いたことをメモに書き記した。
「なるほどなるほど、ちなみにどのあたりから聞こえるかなどは分かりますか?」
「それは分からないけど...大体もっと奥の方ね。あそこのレコード店はまだやってるから、そこで聞いてみるといいわ」
彼女は出口付近の一店舗を指さした。どうやら、まだ聞き込みを続ける必要がありそうだ。
「情報提供ありがとうございます!」
彼女にお辞儀をして、場を離れようとする。
「いいわよ、頑張ってね。あ、これあげる」
彼女はにっこりとほほ笑み、私にコロッケを差し出した。それを手に取ると、指先からじんわり温度が伝わってくる。
「いいんですか?」
「いいのよ、どうせ客なんて来ないしね、暇つぶしに付き合ってくれたお礼よ」
その暖かさは、彼女の心の温度の様に思えた。




