貴方は一体?
いつの間にか部屋の中に充満していたその匂いをよく味わいながら、私は顔を下げる。
今まで進展の無かった両親の捜索が、これを機に動き出そうとしている。強くそう確信した。心の中で様々な感情が渦巻く中、じわっと違和感を覚える。さっき床を見た時との違い。それは。
ー私の足元に広がっていた星空がなくなっている。
バンッと大きな音が響き、さっきまでドアだったものが私の前に散らばった。反射的に正面を見上げる。3つの銃口が、私の顔を見つめていた。
「動くな!!」
とっさに両手を上げ、抵抗の意思がないことを示す。3つの銃口の先を辿ると、自衛隊の様な装備を着込んだ男が3人そこに立っている。
「ちっ、東区まで来やがったか...」
隣で小さくそう呟いたのが聞こえた。アダムさんは身体をピクリとも動かさず、彼らを睨みつける。
「ターゲットを確認。女性も一人います。どうしますか?」
彼らの一人が肩辺りについた無線機を通じて誰かに話しかけている。
「この女は関係ねぇ。記憶処理だけで済ましてやれ」
「それはお前が決められることではない!抵抗せず大人しくしていろ!」
無線機はザザザとノイズを放った後に重く低い声を放った。
「問題ない。ターゲットもろとも始末しろ」
「...らしい。すまんな」
無線機を扱っていた男が申し訳なさそうにそう言うと、彼らは引き金に指をかけた。私の血の気がサッと引いたのを感じ、腕を前に出して身構える。
「っ...!...?」
私を襲うはずだった鋭い痛みは、いつまで経ってもやってこなかった。ギュッと瞑った目を開けて、腕の隙間から前を見る。
私の前には赤く肉々しい壁が現れていた。
それの元をたどると、それはアダムさんの左腕から伸びており、私たちを盾のように守っていた。
「ハチキュウ効果なし!他の武装に切り替えろ!」
私たちを包む盾の向こうで、さっきの男が叫んでいる。
「はぁ...くっそ、もう知るな聞くなで押し通せねぇな...」
アダムさんは小さく呟くと再びポケットからカードを取り出した。
「アっ、アダムさん!そのカード一体何なんです!?それにあなたは一体何なんですか!?」
だんだんと強く、激しくなりゆく衝撃に焦りながら、私は彼に問いかける。
「これは俺の能力。あそこじゃ異常性って言われてたな…。そして俺は...」
彼はカードを目の前に広がる盾に差し込んだ。それはカードを貪るように吸収する。アダムさんは小さく呟いた。
ー左腕部異常外装「盾」・No.063
「SCP-104-JP-1...まぁ、バケモンだ」
「SCP...?」
盾の外観がプラスチックの様に変わったその瞬間、外からの衝撃が全て消え去った。それは次第にコンパクトにまとめられ始め、私とアダムさんを守れる最低限のサイズを残してちゃんとした盾の形として現れる。
「盾に触れた銃弾はすべて消滅する!これ以上攻撃するようならお前らの命はない!」
アダムさんが銃声以上の大きい声でそう叫んだ。無線機ごしに聞いていたらしい彼らのボスの、いまいましげな声が聞こえる。
「チッ...063か...!面倒なものの情報を...。貴様ら!気にするな、攻撃を続けろ!」
「ははは!!これが命令らしい!!どうせ死刑囚だった身だ!今更死のうがどうでもいいんだよォ!!」
「そうか...」
彼らは攻撃の手を緩めない。アダムさんは私の前に立った。そしてその盾を床にザッと突き立てる。アダムさんは再び呟いた。
ー異常外装形状変化「爪」
「う゛ッ!?」
うめき声が響いた後少しして銃声が止まる。私は恐る恐る盾から顔を出した。
ひっ...と思わず声が漏れる。盾の面から鋭く大きなかぎ爪が飛び出していた。それは彼らの武装と肉体を貫き、一人残らず、殺してしまっていた。
爪は彼らから引き抜かれ、彼らはゆっくりと倒れ始める。
「はは...このクソみたいな業務も...やっと終わりってこった...ありがとよ...」
男はそう言い残し、バタッとその場に倒れこんだ。息をするのも忘れて、私はその様子を見つめる。目の前で人が死んだ。しかも信頼した人の手によって。私が状況を飲み込もうとする中、男の肩についた無線機がザザザとノイズを放つ。
「やられたか...まぁいい、D-クラスなんて使い捨て。代わりがいくらでもいる。それに貴様の拠点は特定した。それだけで十分な成果だ。それではまた会おう」
無線機はぷつっと音を立てて停止した。
「武装...解除」
盾はだんだんと左腕と馴染み、腕の形へと姿を戻す。アダムさんはその左手をゆっくり持ち上げ、それをじっと見つめていた。
アダムさんは私の方へ振り返る。
「お前東っつったよな...。すまねぇ、俺の戦いにお前を巻き込んじまった。これからは俺だけじゃなくお前も財団に狙われちまう...本当にすまん」
彼は申し訳なさそうにそう言った。心がきゅっと締め付けられる。その表情は私が一番嫌いな表情だ。
「...だ、大丈夫です。無理言って取材させてもらったのは私の責任ですから、あまり自分のせいだとか思わないでください。それは実に...苦しいものですから」
怖い。私の前に居る彼は人を簡単に殺せてしまうんだ。何かの拍子で私の命も...。
でも私は、自責の苦しみを知っている。他人がそれで苦しむのは、見たくない。
「あぁ、ありがとな」
アダムさんは目を見開いて戸惑っている。それを振り払うように頭を振って、彼は口を開く。
「なぁ...俺についてこねぇか?そうすりゃ俺はお前を守れる。もしかするとお前の両親のことも何か分かるかもしれねぇ。だから...」
私の前に手が差し出される。その手を取るかを一瞬ためらった。しかし、私には使命が、やるべきことがある。
「...はい!私も、ついていかせていただきます!」
私はその手を強く握った。アダムさんは少し安心したように笑うと、私の手をまた強く握る。
「立ちな。ちょっと外に出るぞ。この市について知っておかなきゃならねぇことがある」
私はその手を引き寄せ立ち上がった。アダムさんはさらにボロボロになってしまった小屋を出る。私もそのあとを追った。
外に出ると、この小屋が小高い丘の上に建っていることが分かった。そこからは市を軽く見渡すことができる。
「この市はな、異常空間なんだ」
市は、引き伸ばされていた。家々は数が増え、一本道は地平線まで続く。なかなかしっかり見えていた市を囲む山も、今は霞んで見えるほど遠くへ追いやられていた。
「一体どうなってるんですか...これ...」
「この場所は夕暮れを過ぎると、市内のある共通点を持つ人間を異世界に転送する。お前はその共通点を持ってたみてぇだ」
共通点...?
「そしてなぜ俺が今このことを伝えたか。それはこの空間に
ー俺の因縁の相手が潜伏してるからだ。
俺はそれを探さなきゃならねぇ...元の世界で情報を集めるのを、手伝ってくれ」
アイテム番号: SCP-063 オブジェクトクラス: Safe
死んでるか無機物の物体ならなんでも楽にかき分けて進む歯ブラシ。毛に触れられた物体は完全に存在を抹消される。全く何の痕跡も残らない。




