彼は何者?
ーー力不足なんだよ...俺じゃ...。
彼は何かをボソッと呟いた。そして屈み、私と向き合う。逆光であまり見えなかった外観がようやく見えるようになった。
西洋人とのハーフじみた顔立ちに、「ゲゲゲの鬼太郎」じみた鳶色の髪を軽く陸風になびかせ、月光が彼のボロボロの服のシルエットをくっきり浮かび上がらせる。
「そんな噂があるならそいつは俺じゃねぇ。それよりここは危ねぇんだ。早く家に帰れ」
「でも助けてくれたじゃないですか...!私にとってあなたはヒーローですよ!」
彼の眉が顰められ、視線が宙を舞う。まるで嫌な記憶をほじくり出されたようだ。何かまずいことを言ったのを察し、話を変えにかかる。
「あなたを取材したいんです...!どうか取材させてください!」
心臓がうるさく喚く中、私は彼に強く頼み込む。
「...ダメだ。本当にとっとと帰った方がいい。この場所を深く知ると危険だ。こんなのが沢山いるんだぞ」
こんなのというのは怪物のことだろう。しかし怪物に襲われるとしても、今目の前で怪物を倒して見せたヒーローについて、よく理解しなければ収まらない。私にとって何も知らないまま終わることは、それに関わっていないも同然なのだ。
「だとしても...!私の気持ちが収まりません!お願いします!!」
深く頭を下げた。
「はぁ?んなこと言われても…」
「お願いします!!!」
彼の言葉をさえぎって、私は冷たい地面に頭を付けた。
「これでも...ダメですか...!」
「いや...何もそこまで...」
頭を上げるつもりはない。いいと言ってくれるまでこのまま頭を下げ続けるつもりだ。全身の筋肉が強く力んでいく。
深くため息を吐いた後、彼は答える。
「わかった。少し答えてやってもいい」
とたんに力がふっと抜け、頭の奥が熱くなった。頭を上げて彼を見上げる。彼は面倒そうな顔をして、私に釘を刺す。
「ただ深い事は聞くな。知らない方がいいこともある」
「ありがとうございます...!」
再び彼に深くお辞儀をした。
「あぁ...、ちょっと待ってろ」
それに微妙に面倒げな返事を返した彼は怪物の傍に寄り、その頭に手を触れる。
「何を...」
彼が怪物に触れた部分から、生肉を無理やりつないだような肉の網が這い出した。その網は筋肉の様に見え、血管が這い、白い筋が混じっている。
それはべちゃべちゃと怪物へ絡みつき、怪物の白い肉をゆっくりと呑み込んでいく。
一分も経たないうちに、そこに在ったものは欠片も残さず消えてしまっていた。
「今のは…?」
「…聞かない方がいいことだ」
彼はしきりに首を気にしながら立ち上がった。その首をよく見ると、黒く小さい物体が排出されようとしている。
彼はブチブチとそれを引き抜き、ズボンのポケットに仕舞った。
彼はこちらに向き直る。
「ここじゃ危ねぇし、安全な場所まで連れてってやる」
「ありがとうございます...けどどうやって?」
彼はさっきとは逆のポケットから396と書かれたそれを取り出した。よく見るとそれはゲームカードの様な形をしており、何かに差し込むことを前提に作られている様だ。
「こいつを使う」
そう言った彼は取り出したカードをつまんでゆらゆらと振る。それでどうやって連れて行ってくれるのだろうか?
様々な疑問が頭を廻る中、彼はそれを自分の首に押し込んだ。ぐちゅっという音と共にそれは彼の体内へ入り込む。
「うっ...あぁ、ちょっとこっちこい」
彼は小さく呻いた後、私の方へ近づき私を片腕で引き寄せた。彼からふわっと雨上がりの香りが香る。不思議と落ち着けるいい香りだ。
「目ぇ瞑っとけ」
言われた通りぎゅっと目を瞑る。一瞬の浮遊感がふわっと私を襲った。
「もういいぞ」
そう言われ目を開けると、私は六畳ほどの小さな小屋の中、ボロボロのベッドに腰かけていた。部屋は天窓からの月明かりで明るく、床に落ちている物さえハッキリと見える。正面にはところどころ穴の開いた木のドアがある。ドアの穴から差し込む光は私の足元に星空を作り出していた。
「ここは俺の寝床。さっきみたいなのは寄ってこねぇ」
いつの間にか私の横に立っていた彼は、安心させるような声色で私に話しかける。
「なるほど...?」
彼は私の隣に腰かけた。ベッドがぎぃと軋み、埃が舞う。
「さて、インタビュー、受けてやる。できる範囲なら答えてやるよ」
「では、わたくし恵西東がインタビューさせていただきます」
私は彼と向き直り、メモとペンを構えた。バッグに潜ませた録音機も稼働させておく。
「ではまず、貴方のお名前を教えてください」
「アダム。そう呼ばれてた」
メモを取りながら質問を重ねる。
「ありがとうございます。ではアダムさん、あなたはどうしてこのような活動を?」
「...目の前で人が死ぬのは気分が悪い。当たり前だろ」
彼はぶっきらぼうに言い切った。それは何か隠しているように思える。それもあってか少し気持ちがはやり、前のめり気味にあることを聞く。それは、私が一番聞きたいこと。
「アダムさんは恵西北斗と恵西南という名前を知りませんか?私の、両親なんです」
父と、母の事である。どくんどくんと心臓が高鳴る。
「...さぁ?見当もつかねぇ」
「......そう...ですか。やっぱり見つけられないのかなぁ...」
私の期待は見事に打ち砕かれた。失意に心が蝕まれ、うなだれる。次第に目の奥がじっっと熱くなって、出そうとした言葉はしゃくりに変わっていった。
静かな小屋の中で、私のすすり泣く声が響く。
「あぁ...えぇっと...大丈夫か...?」
心配してくれている。その優しさが良心を刺激して、涙がじわじわあふれ出る。それは今まで抑えてきた分が少しづつ漏れ出している様だ。
「...」
彼は何か言おうとして口を開き、結局何も言わなかった。少し迷ったように私に手を伸ばす。
そして、頭にぽすっと手を置いた。溜まった涙がスーツに落ちる。それに驚き、私は彼の方を見やった。
こちらに顔を向ける彼は首を少し傾けて軽く微笑んでいた。
「泣くなよ。きっと会えるって」
月明かりが彼の顔を白く照らし、隙間風も彼の髪を揺らした。それらが神々しさを醸し出す。
しかし私にはキザっぽく思えて、少し笑ってしまった。それに気づいた彼は手を下ろす。
「...?なんで笑うんだよ?」
「ふふ はぁ、ごめんなさい。ありがとうございます」
何故かはわからないが、私は今、すごく安心している。隙間風が心地よい涼しさで吹いているからだろうか?それとも風に乗って懐かしい匂いが漂ってくるからだろうか?雨上がりを感じる冷たい朝の様な、鼻の奥にスッと香るこの匂い。あれ?と疑問が浮かぶ。私は、
ーーーこの匂いを、知っている。
両親と、同じ匂いだ。
そんなわけがないが実際に香ってくるのはその匂いだ。18年前のあの日、開いた玄関のドアから吹いた風に乗って香ってきたあの匂い。両親が使っていたオーダーメイドの香水の匂いだ。
「アダムさん...、香水とかって使ってますか?」
「いや?使ってない」
何も知らないまま終わることは私にとって関わっていないことと同義。私は彼について知らなければならないようだ。
アダム
年齢不明 / 構造上男
髪色/髪型・鳶色/鬼太郎スタイル
目の色・赤
服装・黒い半袖Tシャツ(ボロボロ)白い長ズボン
職・無し




