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第3話:ヤバ気なヘッジファンドが日本の喉元を掻き切りに来た件~日銀が最強の盾で反撃してきたけど、ただのバーゲンセールだった~

シンガポール、マリーナ・ベイ・サンズを望む超高層ビルの一室。


夜の帳が降りたオフィスで、男は音もなくエスプレッソを口に運んでいた。

エラン・ハザン。中東の過酷な生存競争、そして数々の戦火を潜り抜けてきた、イスラエル系の超巨大ヘッジファンド『シオン・キャピタル』のチーフマネージャーである。


彼の網膜には、何百という数字の列と、現在日本のネット上で爆発的に拡散されているリークデータ『プロジェクト:ネメシス』の数式が映し出されていた。


「単身者の回収率はわずか20パーセント……。フン、何を今更騒いでいる」


エランは平然と、鼻で笑った。


地政学的リスクの最前線で「明日、国が物理的に消滅するかもしれない」という極限の緊張感の中で資産を動かしてきた彼からすれば、打率90%の巨大震災リスクを計算から除外し、少子化で沈む船の上で「100年安心」と歌っていた日本の社会保障など、お花畑の極みだ。こんな算出、数理モデルを回せば当たり前に導き出される絶望でしかない。


だが、エランの冷酷な瞳の奥に、鋭い光が宿る。


「……だが、この『お花畑の住人たち』が、ついに簡単な算数を理解してしまった。これがトリガーだ」


エランの狙いは、単に日本の嘘を暴くことではない。彼は、このネメシス試算を目にした日本の現役世代が、次に取るべき「唯一の生存戦略」を完全に予期していた。


だからこそ……。


「市場がパニックに気づく前に、我々が先を走る。呼び水を引いてやるだけだ」


エランは静かに人差し指を上げた。


かつてジョージ・ソロスがイングランド銀行を破産に追い込んだ「グローバル・マクロ・ストラテジー」の再現。狙うは日本国債(JGB)の空売り、そして容赦のない『円売り』の猛爆撃だ。


全財産ポートフォリオから円を排除しろ。レバレッジを限界まで引き上げ、東京市場の喉元を掻き切れ」


彼の命令一過、数兆円規模の「円売り」の濁流がインターバンク市場へ注ぎ込まれた。



ドスン、と地響きを立ててドル円のチャートが跳ね上がった。すでに162円台の緊迫した高値圏にあった相場が、一瞬で165円、168円、そして大台の170円へと向かって突き抜けていく。防衛線が紙切れのように破られていく。


「円が猛烈に売られています! 売りの主体は海外の巨頭、シオン・キャピタル! 1ドル170円の手前で完全に売りが加速しています!」


テレビニュースが、状況の深刻さを語る。


都内の自宅デスクで、佐藤は複数モニターの狂ったような乱高下を凝視していた。

彼がネットの海に放流した『真実』。その血の匂いを、世界で最も鼻の利く本物のハゲタカたちが嗅ぎつけ、市場を強襲している。


だが、日本の「巨鯨」もただでは死なない。


「為替介入か! 170円寸前で日銀が巨大な弾頭を撃ち込んだようだな」


チャートが突如、垂直に落下した。169円台後半から一瞬で164円へ。

日本政府と日銀が放った、数兆円規模の「覆面ドル売り・円買い介入」の大質量兵器だ。


「我が国のファンダメンタルズは極めて強固です。年金積立金は世界最大であり、十分な外貨準備高があります。投機的な動きには断固たる措置をとる」


テレビの中では、財務省の幹部が必死の形相で会見を行っていた。


日本には、長年積み上げてきた世界最大級の対外純資産がある。ハゲタカがどれだけ売ってこようが、国庫に眠る「生の米ドル」を市場に叩きつければ、投機筋など一瞬で焼き尽くせる──それが、おめでたい平時理論が誇る最強の盾だった。


165円の攻防。日銀がドルを撃ち込めば円が買い戻され、エランがさらに巨額の円売りを浴びせる。国家の金庫と、冷徹な算数が正面から激突する、命を削り合うようなデスゲーム。


「いい抵抗だ。だが、お前たちのその『盾』が、我々にとってどれほど甘い蜜か、まだ気づかないようだな」


シンガポールのオフィスで、エランは再び冷酷な笑みを浮かべ、次の注文を入力した。


佐藤は、日銀の執念の防戦によって一時的に円高へ押し戻されたチャートを見つめながら、ゾクりとした戦慄を覚えていた。

政府は必死に火消しをし、市場は「やっぱり国は崩せないのか」と安堵しかけている。


だが、佐藤の目には見えていた。

政府が必死にドルを売り、円を買い支えてくれているおかげで、今、この瞬間、歴史的な『歪み』が生まれている。


国が自国通貨を守るために作った、不自然な「円高の窓」。

ネメシスの試算を見てしまった日本の現役世代が、この歪みに気づいたとき、一体何が起こるか。


戦況は、誰も予想しなかった「最悪の共闘」へと泥沼化していく。

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