第14話 因果の収束
…目が覚めると、私はベットに寝かされていた
死んだわけじゃないっぽいしどうにかなったのか……良かった。
とりあえず状況の整理のため起き上がろうとする
綾愛「っっ!?」
瞬間、全身に鋭い痛みが走る
肉体もそうだが、
もっと根幹的な所に響くような感じたことの無い痛み
だが、それもそうか
本来なら即死するような荒業、
この程度で済んでいるだけマシと思おう
なんとか首だけ動かして周りを見ると隣には同じくリアが寝ていた
身体を丸めこちらを向いて寝ており、
可愛らしく寝息を立てている
綾愛「…可愛いな」
色んな感情や疲れなどと一緒に言葉として吐き出してみる
少し心が軽くなったように感じた
リア「…ん…」
私の言葉に反応したのか、
リアがこそばゆそうに身体を揺する。
手入れの行き届いた綺麗な髪がサラリとリアの顔元に垂れ落ちてくる
綾愛「もしかして起きてる?」
ピクリ
とリアの体が少し跳ねる
綾愛「リア、嘘つくの下手なんだね」
いたずらっぽくそう言ってみる
リア「……もう、なんで気づいちゃうんですか」
渋々といった感じで目を開けた後、
いそいそとベットから出るリア
ぱっと見外傷はないようで、
それだけでとりあえず安心できる
綾愛「体の調子はどう?違和感とかもない?」
リア「生力を限界まで使ったので若干の疲労感はありますけど、私は大丈夫です。…それより自分の心配をしてください。…感覚として具合はどうですか?」
こちらに近づき心配そうにこちらを見やるリア
綾愛「首以外全く動きません…お風呂入りたいです…」
リア「ああ、容態はともかく、
身体に関してはとりあえず濡れタオルで全身拭いておいたので汚れではないですよ。安心してください」
さらっと流すリア
綾愛「…なんか凄いこと言ってるけど、まぁいいや…とりあえず、状況の整理をしたいんだけど…律さんは?」
リア「律さんはまだ寝てます。
一応あれから半日以上経っていますが、
律さんは私以上にギリギリまで生力を使ってそのまま失ったみたいなので、
起きるまでにもう少し時間が掛かりそうですね。
もちろん命に別状はないので大丈夫です」
なら良かった
私とリアだけ助かって2人は…
なんてことになったら…そんな事は考えたくもない…
なんか保身に走ってるみたいで嫌だなこんな思考…
いまは単純に3人の無事を喜ぶべきだ
リア「それと、状況の整理についてなんですけど…
いろいろややこしくなっていまして……」
そわそわと目線を宙に浮かせるリア
なんだ?
そんなとき扉がノックされ、返事を待たずに開く
???「起きたみたいですね。
お久しぶり…ってほどでもないですかね。
どうもお疲れさまです」
そこには
見たことのない女性がいた
綺麗な碧と黄色の混じった髪は外側に跳ねた形で、
リアよりも少し長めのロングウルフと言ったやつだろう。
素ではありえないような髪色だが、
自然なその綺麗さから生まれつきのものであるのが分かる。
ザ・クールって感じの顔立ちで仕事できそうなバリキャリ感あふれるオーラを感じる。
そしてピアスも凄い。右耳にはなんかもう良くわかんないくらい色々付いている。
そんなキャラモリモリの女性だがそのなかでも特に私の眼は、彼女の眼に惹きつけられていた。
髪色と同じく碧と黄色が混じっているが、
それぞれが綺麗に配合され非現実的で神秘性すら感じるほどに美しい。
だが私はこんな女性知らない。
これだけモリモリの人なら一目見ただけで忘れることなど出来ないと思うのだが……
リア「天野さん…今の姿じゃ誰か分からないですよ」
リアはいつの間にか私の隣に椅子を持ってきて、
リンゴの入ったお皿を片手にフォークでつついていた。
綾愛「え?天野さん?…え?」
琥珀「こちらの姿では初めましてですね。
それでは改めまして…
"暗栄の守護者No.0"にして"五皇帝"第四位…
"渚琥珀"と申します。
天野は数ある姿の1つでして、
こちらが本来の姿…ですので他言はお控えください」
…私は天を仰ぐ
リアと出会ってから色々起きすぎだし、
ここ数日で私の世界は変わりすぎだ。
知らない情報が湯水のごとく脳内にぶち込まれてきた
今回もその流れなのだろう…
リア「綾愛、大丈夫ですか?」
綾愛「いや〜なんかもう慣れたよね。
また色々ぶっ飛んだ話があるんでしょ?分かってますよもう慣れました」
琥珀「綾愛さんはいつも話が早くて助かりますね」
苦し紛れの皮肉が伝わっていないようだ…
だが中身が天野さんなら話しやすくて助かる
ここ最近色んな人と関わって感覚が麻痺してきてるけど、所詮私はコミュ障ですからね。
初対面との会話は出来るだけ避けていきたい
リア「…とりあえず、綾愛が倒れてからの流れを説明しますが…あの人はどこにいます?」
琥珀「あの人は気にしなくて良いですよ。
どうせ必要になったらあっちから来ると思うので」
なんだあの人って
まあこの2人がわざわざ名を伏せるということは今は必要ないんだろうな
とりあえず既に色々起きながらもリアの説明に入った
────────────────
綾愛「なるほど、やっぱり私達だけじゃ倒しきれませんでしたか…ワンちゃんあると思ったんですけどね」
琥珀「相手は人界基準ではありますが能力の階級だけなら王級でした。
それに何らかの要因により弱体化していたとはいえ、
本来の力は他世界基準で見ても中堅クラスの実力者。
そのレベルを相手に能力や生力を自覚してから1週間足らずでここまで健闘できたのは、やはり天才と言えるでしょう」
綾愛「…嬉しい言葉ではありますが、
その評価を受けるべきは私ではありません。
私1人ではサタンどころかルシファー相手ですら手も足も出ませんでした。
リア、律さん…そして朱音の3人の力があったからこそです」
今になって悔しさが込み上げてくる
もっと上手く動けていたら
初手。あの奇襲に私も対応出来ていたら、
結末はまた違うものになっていたかもしれない。
朱音さんと2人でならサタンを倒すことはできなくとも、犠牲者なしで天野さん…琥珀さんが来るまで持ちこたえられたかもしれないのに…
悔やんでも悔やみきれない
結局私はいつもそうだ
どれだけ頑張っても振り返ってみれば後悔だらけ
その後悔の連鎖が嫌だから
いつも一番大事なものから目を逸らし、
出来ることだけをやって気持ちよくなっていた
目を逸らしている間は…
後悔からも逃げられる気がするから
もっと私が上手く出来ていたら
もっと強ければ
振り返れば振り返るだけ自分の未熟さが浮き彫りになる
俯く綾愛
そんな綾愛を見てリアは思う
リア(綾愛は他人を必要としない…というよりも、
他者を信用せず、他者からも信用されず、
1人でなんでもやろうとする癖があるんですよね…)
1人であれば失敗しても失望されない。咎められない。
それは今になっても完全にはなくなっていないのだろう
彼女は自分を信じていないが、それ以上に他者との関わりを作るのを恐れているのだ
…信用していない自分自身に全てを委ねてしまうほどに
この悪癖とも言えるものは綾愛の過去に起因するものなのだろう
故に完全に無くすことはできないし…わざわざ今それについて言及するのも違う…
私が出来ることは少ない
ならば私が好きな選択を取ろう
リア(まったく…面倒くさい相棒ですよ)
リアは立ち上がり綾愛の近くまで行く
それに気づかず今もうつむき考えている綾愛
ビシッ
綾愛「いたっ!…リア?」
突然額にデコピンをかまされた綾愛はリアを見上げる
その瞳には色々な感情が映っている
一呼吸入れる
リアは綾愛の目を真っ直ぐ見て、口を開く
リア「自分で全部抱えようとしないでください」
意志のこもった言葉だった
リア「別に完全に信用しろとは言いません。
それが綾愛にとってどれほど難しい事なのかを私は分かりませんが少しは知っています」
綾愛は何かを言いたげにするが、
リアはそれを目で制す
真剣な眼差しを綾愛に向ける
リア「責任を全部自分で抱えようだなんてそれこそ傲慢ですし、
それこそ今回の件なんて綾愛だけの責任は少しもありません。
…綾愛はそんなに強くないんですよ?
もちろん私だって同じく強くないです。
だからこそ2人で、時には他の人も巻き込んで一緒に背負わなきゃだめです。
綾愛が良くても私が許しません」
最初は優しかった口調が少しづつ強くなり、
そして綾愛に、もしくは自分自身に言い聞かせるようなものになっていく
リア「過去に何があったのか、綾愛が今どう思って何を考えているのか。
もちろん完璧に分かっているとは言いませんし、少しも思っていません。
むしろ全然見当違いのことを言っているかもしれないです。
それでも、そうだったとしても、それでこそ、
私の完全なわがままとして言わせてもらいますけど…」
リア「もっと私を見てよ」
…リアは自分から始めておきながら、
途中から自分が何を言いたいのか分からなくなっていた。
ただ思いの内を言葉として発していた
…リアは言い終った後に後悔した
リア(あれ?…これ散々ぐちゃぐちゃ言ったけど、
これ結局言いたいことが"私を見て"って…
めちゃくちゃ面倒くさい彼女みたいになってない!?
いやまず、彼女じゃないけど!!
いや重要なのはそこじゃなくて…
…今になってめっちゃ恥ずかしいんですけど…)
自分の顔が熱くなるのを感じる
今になって綾愛の目を直視することができなくなる
…これを聞いて綾愛さんはなにを思うんだろう……
リアの思考は一色に染まる
───
……リアの言葉が、頭の中で何度も繰り返されていた。
『もっと私を見てよ』
その言葉だけが、妙に鮮明に残っている。
私はしばらく何も言えなかった。
リアも何も言わない。
さっきまであれだけ饒舌だった彼女が、
なぜか今は顔を赤くしながら俯いている。
でも
私は、そんなリアを見ていて思った
私はずっと、自分のことばかり考えていた
どうすれば失敗しないか
どうすれば誰にも迷惑をかけないか
どうすれば、誰かを失望させずに済むか
他人と関わろうとして何度も嫌な思いを自他共に味わって、味わわせてきてしまった
だからこそ、一人で全部やろうとしていた
でも
それじゃあ、リアの言った通りだ。
一緒にいる相手のことを、私はちゃんと見ていたのだろうか。
隣にいる人間が何を考えているのか。
何を怖がっているのか。
何を望んでいるのか。
……私は、自分が傷つかないために、
それらから目を逸らしていたんじゃないか。
…信用していると思っていたが、
私はまだ彼女をちゃんと見れていなかった
それを彼女自身にわざわざ言わせてしまった
恥ずかしいことこの上ない
そう考えると、胸の奥が少し痛んだ
けれど、その痛みは嫌なものではなかった。
綾愛「……リア」
リア「……はい」
恐る恐る顔を上げるリア
その瞳を、私は真っ直ぐ見る
今度は逸らさない
綾愛「私、リアの言ってること……ちゃんと考えてみた」
リア「……はい」
綾愛「正直に言うと、まだ全部は分からない」
リアの表情が少し曇る。
綾愛「たぶん私は、これからも一人で抱え込もうとすると思う。今までそうやってきたから、急に全部変えられるほど器用じゃないし」
リア「……そうでしょうね」
綾愛「でも」
言葉を一度切る
そして、もう一度リアの目を見る
綾愛「少なくとも、リアが私を見てくれてるのに、私だけリアを見ないっていうのは……やっぱり違うと思う」
リア「……」
綾愛「だから」
自分でも少しだけ気恥ずかしい。
でも、ここで誤魔化したら意味がない。
綾愛「もっとリアを見るよ」
リア「……え」
綾愛「リアが何を考えてるのか。何をしたいのか。何を嫌がってるのか。ちゃんと見ていく」
リアの瞳が僅かに揺れる。
綾愛「もちろん、全部理解できるとは思わない。でも、分からないからって最初から諦めるのは……もうやめようと思う」
リア「……綾愛」
綾愛「だから、これからも私が一人で抱え込もうとしたら……その時はまた止めてよ」
少しだけ笑う。
綾愛「デコピンでも何でもいいから」
リア「……ふふ」
リアの口元が僅かに緩む。
そして。
リア「……分かりました」
少し頬を赤くしながら、リアは頷いた。
リア「それなら、私も……ちゃんと見てもらえるようにします」
綾愛「うん」
リア「……ただ」
綾愛「ただ?」
リア「その……あまりじっと見られると、私も困るというか……」
綾愛「?」
リア「……なんでもないです」
綾愛「そう?」
リア「はい。なんでもないです」
明らかに何かある顔だった。
けれど、今は聞かないことにした。
……まあ、これも少しずつ分かっていけばいいのだろう。
そんなことを考えていると、
コホン。
部屋に小さな咳払いが響いた。
綾愛・リア「「……」」
視線を向ける。
琥珀さんが腕を組みながら、こちらを見ていた。
琥珀「……お二人とも、話は一段落しましたか?」
綾愛「……はい」
リア「……はい」
琥珀「それは何よりです」
どこか意味深な笑み。
……なんだろう。
妙に気まずい。
琥珀「…では話を戻しましょう」
綾愛「お願いします……」
琥珀「まず、一番大事なところから…
朱音についてです」
その名前が出た瞬間。
空気が変わった。
朱音さん。
あの戦いの中で、私たちを庇って――。
胸の奥に、嫌な感覚が蘇る。
綾愛「……朱音さんは」
琥珀「結論から言います」
琥珀さんは、いつもの落ち着いた口調のまま続けた。
琥珀「何とかなるかもしれません」
綾愛「……え?」
思わず聞き返してしまった。
隣を見る。
リアも目を見開いている。
綾愛「本当ですか……?」
琥珀「はい」
その返答には、迷いがなかった。
琥珀「悪魔の受肉という現象自体は、世界的に見れば決して珍しいものではありません」
綾愛「珍しくないんですか……?」
琥珀「はい。全ての世界の規模ではもちろん、
人界規模で見てもかなりの症例があるほどです」
そう言って琥珀さんは少し考えるように目を伏せる。
琥珀「悪魔によって乗っ取られた人間の肉体を、
何らかの手段によって悪魔を排除し、本来の持ち主へ身体を返す」
琥珀「そういった事例は、過去にも存在します」
リア「じゃあ……!」
リアが身体を乗り出す
しかし。
琥珀「ただし」
琥珀さんの言葉で、再び動きを止めた。
琥珀「それらは全て、受肉してから比較的早い段階で対処されたケースです」
綾愛「……」
琥珀「早期発見、早期対策。それが大前提になります」
淡々とした説明。
けれど、その内容は決して楽観できるものではなかった。
琥珀「今回の朱音は、それよりも遥かに深い段階まで進んでいました」
琥珀さんは一度、私たちの顔を見る。
琥珀「私の力によってサタンそのものを消滅させることには成功しました」
綾愛「……はい」
琥珀「そして器となっていた肉体も残っています」
それなら。
綾愛「じゃあ、朱音さんは……」
琥珀「そこが問題なんです」
琥珀さんは静かに首を横に振った。
琥珀「残された器の中に、朱音の魂が存在していない」
綾愛「……」
リア「……魂が?」
琥珀「はい」
部屋が静まり返る。
琥珀「通常であれば、受肉していた悪魔を排除した後、宿主の魂が肉体へ戻る可能性があります。しかし、今回の朱音は……」
琥珀さんが僅かに言葉を選ぶ。
琥珀「そこまで到達してから目覚めた事例は、
私の知る限り存在しません」
綾愛「……じゃあ」
琥珀「ええ」
一瞬、嫌な沈黙が落ちる。
だが。
琥珀「それでも、可能性がないわけではありません」
綾愛「……!」
リア「どういうことですか?」
琥珀「朱音が能力者だからです」
琥珀さんはそう言って、真っ直ぐこちらを見る。
琥珀「能力者の魂は、一般的な人間のものとは比較にならないほど強固です」
琥珀「肉体を失っても、能力者としての性質そのものが完全に消失するとは限らない」
琥珀「そして朱音の場合、その魂の強度が人界の能力者基準ではかなり高い」
綾愛「つまり……」
琥珀「器が残っている以上、そこを媒体にして、朱音自身を呼び戻せる可能性があります」
リア「……!」
綾愛「……本当ですか?」
琥珀「可能性の話です」
琥珀さんは念を押すように言う。
琥珀「確実に成功すると約束することはできません」
だが、それでも。
綾愛「……可能性が、あるんですね」
琥珀「はい」
それだけで十分だった。
綾愛「よかった……」
胸の奥から、力が抜けていく。
リアも同じように安堵したのか、小さく息を吐いていた。
リア「……よかったです」
綾愛「うん……本当に」
琥珀「私も、朱音とは長い付き合いですからね」
そう言って、琥珀さんは僅かに笑う。
琥珀「出来る限りのことはします」
綾愛「ありがとうございます」
リア「ありがとうございます、琥珀さん」
頭を下げる。
まだ確定ではない。
まだ何も終わってはいない。
それでも。
朱音さんを取り戻せる可能性が残っている。
それだけで、今は十分だった。
綾愛「……そうなると、律さんが起きるまでに色々整理しておいた方がよさそうですね」
リア「そうですね。今回の件についてもまだ分からないことが多いですし」
綾愛「身辺の整理もしておかないと……」
これから何が起きるのか分からない。
なら、出来ることからやっておくべきだ。
そんなことを考えていた、その時だった。
???「悪いが琥珀」
突然、部屋の外から声がした。
全員の視線が扉へ向く。
???「そいつらには、先に優先してもらうことがある」
ガチャリ。
扉が開く。
そして。
一人の少女が、何の遠慮もなく部屋へ入ってきた。
綾愛「……え?」
最初に目に入ったのは、白。
綺麗な白髪。
ただの白ではない。
光を受けるたびに柔らかく色を変えるような、異様なほど綺麗な髪だった。
その髪の片側。
サイドの一部分だけが赤く染まっている。
それが編み込みになっていて、白髪の中で鮮烈なアクセントになっていた。
服装はかなりラフだった。
パーカーにショートパンツ。
身長もそこまで高くない。
ぱっと見だけなら、街中にいてもおかしくない普通の少女に見える。
……なのに。
私は息を呑んだ。
なんだ。
この感じ。
身体が、直感的に理解していた。
この少女は。
――人間じゃない。
ただの能力者でもない。
もっと別の何か。
説明できない。
けれど、存在しているだけで分かる。
空気そのものが違う。
少女が一歩、部屋へ入る。
それだけで、場の空気が僅かに重くなった気がした。
リアも、先ほどまでの柔らかな表情を消している。
琥珀さんだけは、驚く様子もなく少女を見ていた。
だが。
そんなものよりも。
私の意識を奪ったものがあった。
顔。
少女の顔には――モヤがかかっていた。
まるでそこだけが、世界から切り取られているかのように。
輪郭は見える。
髪も見える。
服装も分かる。
なのに。
顔だけが認識できない。
綾愛「…………」
その瞬間。
胸の奥が、大きく揺れた。
……知っている。
この感覚。
私は、この少女を。
――知っている?
いや。
そんなはずはない。
見たことがある。
……違う。
見たことがあるというより。
聞いたことがある。
この声。
この話し方。
この存在。
頭では理解できない。
それなのに。
身体の奥底が、何かを覚えている。
綾愛「……え」
喉から、掠れた声が漏れる。
少女がこちらを見る。
モヤの向こう。
見えないはずの瞳が、私を捉えた気がした。
その瞬間。
ドクン。
心臓が大きく跳ねた。
綾愛「――っ」
全身が震える。
動かないはずだった。
さっきまで首以外、まともに動かせなかった。
肉体の奥深くまで痛みが残っている。
それなのに。
何故か。
何かに引っ張られるように。
身体が反射的に動こうとしているのを感じた。
止めようという意識すら間に合わないほどに本能からの反射が少女に襲い掛かる…
……ことはなかった




