第13話 黄昏が堕ちる
無限の剣撃が闇夜に飛び交う
息をつく間もなく放たれるその剣撃の嵐を相手に、
綾愛は地上で、リアは空中にて応戦する。
リアは異界出身であるため、
その世界の性質上空中機動に長けている
その為リアは地上戦や室内戦よりも屋外戦を得意とする
ある程度の距離を取りながら最低限の生力による弾幕にて応戦するリア
その目的は陽動
一瞬でも攻撃の隙を作り、綾愛につなげることが目的
リアの生力操作のレベルは高く、
空中にて身体を翻しながらも精密なコントロールで剣撃の合間を射抜いていく
その攻撃は全て避けられてしまうものの、
僅かながらの隙は生まれる
たが綾愛は動けず、
ただひたすらに避け続けることしかできない
綾愛の方にたびたび視線を向けながらリアは考える
リア(…今で体感3分弱経った。
けど一向に戦況が動かない…
というよりも動かそうとしていない?)
剣撃を掻い潜りながらもリアには思考を回す余裕があった
それはリアのレベルの高さも一つの要因ではあるが、
それ以上にサタンの攻撃が想定よりも弱い事が大きい
リア(確かに数威力共に申し分ないけどこれならさっきの光のほうが強かった。…それに)
リアが一際大きい弾を精製し奴へと放つ
その性質は光
好きなタイミングでそのエネルギーを発散させ、
発光させることで視界の抑制を狙う
光弾は真っ直ぐ奴へと突き刺さっていく
リア「くっ!」
掌を強く握り、エネルギーを炸裂させる
…が、その効果を発揮する前に"闇"に葬られた
奴は表情一つ変えていない
リア(これだ、これが綾愛の腕を持っていった力。
毎回有効打を撃つたびにこれで消されちゃう…
多分効果は触れた対象の消去とかかな…)
今も、綾愛の時もそうだがサタンは闇をノーモーションで使用している
ルシファーがそうであったように当然の如く
リア(ノーモーションの即死攻撃に強力な防御…
それも怖いけどそれ以上に気になるのは、
あいつがこの力を"有効打"に対する"防御"にしか使わない事。
正直さっきの奴よりもこいつの方が明らかに気配が格上、もっと攻撃的な手段にも使えるはず…)
奴の狙いが分からないうえ、確実に力を温存している
だからこそ綾愛は近づけない
一度やられている分、尚更足が動かない
踏み込もうとしてもさっきの光景が強烈な痛みと共にフラッシュバックする
お互い決定打を打てず、
打たないままさらに5分が経過した
…膠着した戦況が最悪の形で動き出す
綾愛「…くっ……」
綾愛が膝をつく
リア「…っ!?」
瞬時にリアが気づき綾愛の下へと飛ぶ
無慈悲にも無数の剣撃が飛んでくる
綾愛を抱えて避ける時間は無い
リア「はっ!!」
生力を消費し剣を弾き、
次が来る前に綾愛を抱えて飛ぶ
綾愛に意識がない
生力が残り二割を切る
剣が飛来する
リア「綾愛っ!綾愛っ!」
余裕がなくなる
リア(取りあえず距離を取らなきゃまずい!)
縦横無尽に飛び回り剣を避けながら距離を取る
綾愛の体は人間とは思えないほどに熱を帯び、
全身に異常な量の汗をかいていた
顔色も悪い。
脈拍は小さく、呼吸も弱々しい
なぜ今まで気づかなかったのか
確かに能力によって綾愛の肉体は万全な状態へと戻った。
怪我はもちろん、体力や生力なども元通りだろう
だが精神は…心は別だ
綾愛はすでに15分以上ぶっ続けで即死攻撃の嵐の中、覚醒を経ながら戦い続けていたのだ。
その集中力は異常であり、
常人ならば耐えられるはずがない精神負担
寧ろ今までよく倒れずにいられたものだ
リア(綾愛はとっくに限界だったんだ。
こんな簡単な事に気づけなかったなんて…)
いまだ剣はこちらを狙っている。
一瞬振り向いてみると奴が追ってきているようだ
リア(これじゃあ勝つどころか戦いにもならない…
それどころか逃げる事も……)
リアはイメージに反して現実的なリアリストであり、冷徹な面を持ち合わせる。
自身の中の優先順位をちゃんと保ち、
その為ならどんな判断でも瞬時に下すことが出来る。
今リアが考えている事は逃走の一手のみ
確かに朱音と律は良き友人だ
仇を討ってやりたいとも思うし協力もしたい
だが最も優先すべきは今リアに抱かれている瀕死の彼女だ
彼女を死の危険に晒してしまうのであれば躊躇なく彼等を切り捨てる
思考は既に逃走のみにリソースを割いていた
…だがそれを彼女の相棒は許さない
ぱんぱん…とリアの背中がたたかれた。
綾愛だ
綾愛「…リア、アレをやる……」
何かを察したかのように綾愛が起きた
こちらに視線を向け、意思を伝える
その眼は既に弱々しく、
リアにしがみつく力もひ弱なものでしかない
呼吸も浅く全く回復していない
リア「綾愛…ですが…」
それは駄目だ。自殺行為でしかない。
リアは知っている。
彼女は言動やイメージに反して人情に熱く、
感情で動いてしまう事を
たとえ勝算が無くとも彼女は誰かの為に自身を投げ打ってしまう
否定の言葉が喉元まで出かかった所で、
リアを掴む力が強くなった。
ふと、視線を綾愛へと向ける
目が合った
…その眼は先程までとは違った
何とかしてくれると…
そう思わされるような真っすぐな眼
…初めて会った時から予兆はあった
最初からリアはどこか綾愛に惹かれていた
仕草
言動
表情
顔
声
心
無意識に彼女の事を目で追ってしまう
この気持ちは何なのだろう…
それが明確になったのはあの夜…そしてあの瞬間
月下に照らされた彼女の姿
任せてくれとこちらに向けてきたあの眼
そう…あの眼だ
綾愛「リア。もう一度…私を信じて」
未だ身体は回復していない
綾愛の身体は弱々しく震えている
だがそれでも綾愛は…
天織綾愛という少女は…
リア「…はい。信じます。
私は…私だけは何度でも貴方を信じます。綾愛」
リア(あぁ…そうか…そうだったんだ)
ただ対象者だからではない…
私は…綾愛が綾愛だからこんなに惹かれるのだ
リアは自身の気持ちを理解した
他者を尊ぶことが出来るのに、
その乖離した自我と歪んだ心によって何よりも大切な自分を好きになれない彼女。
それはきっと本当は駄目なことで、
誰かが正してあげなければならないものなのかもしれない
それでも…
リアはそんな彼女の歪んだ精神性と、
その優しさに惹かれてしまった
駄目なのに…これを正当化してはいけないのに……
でも今はまだ、
その感情に適した言葉をリアは知らない
いつかこの感情に名前がついたとき…
その時改めて彼女へと告げよう。その気持ちを。
綾愛「リア…強気なこと言った後でアレなんだけど…手伝ってもらってもいい…かな?」
不安そうな目をこちらに向けてくる
…最後までしまらないところも彼女らしい
リア「…もぅ、せっかく今惚れ直した…
というよりも、惚れたことを自覚したところなんですから、そんな目をしないでくださいよ。綾愛」
綾愛「えちょ、今なんて?
全然頭に入らなかったからもう一回言って?」
リア「そんな形の鈍感系あります?
ふふっ、全部終わったら言ってあげてもいいですよ?」
いつの間にか剣の雨は止んでいた
綾愛と二人で地上へと降りる
いつのまに来たのか、
サタンが上空から目に見える位置まで降りてきた
サタン「会話は終わったかい?」
リア「ちょうど終わりましたよ。
わざわざ待ってくれるなんてご丁寧にどうも」
サタン「それで?僕を倒す算段はついたかい?
…まさかただ惚気ていただけなんて言わないよね?」
リア「生憎私は惚気だけでも良かったんですけどね…相棒はそれだけじゃ満足できないみたいで…欲求不満ですね」
綾愛「そんな言い方する?
…まぁとりあえず終わらせよう。
…これ以上私はお前と話したくない」
綾愛がリアの手を握る
その手は強く、固く結ばれる
サタン「同感だよ。僕も君のことが嫌いだ。
わざわざ君たちが出し切るまで待ってあげてるんだからせめて楽しませてくれよ?」
薄ら笑いを浮かべこちらを見下すサタン
その表情はこれまでとは違い、
初めて生物らしさを感じさせるものだった。
傲慢の王。サタンの名に相応しきプレッシャー。
綾愛「…それじゃあ行くよ、リア」
リア「何処までも着いていきますよ、綾愛」
『例外』──エグゼプション──
──────────────
綾愛はずっと考えていた
最初の作戦は、
律とリアの能力にて弱体化させた所に綾愛の渾身の一撃を入れるというもの。
初めて能力を使用した際に放ったあの一撃
あの感覚を綾愛は覚えていた
肉体の中のさらなる内側…
魂にして存在の根源。それが生力。
その生力を持てる限りの全てを全力で外側に放つ感覚
綾愛はあれ以降一度も試したことはなかったが、
使えるという自信があった
…だがなにかが足りないとも思っていた
綾愛はずっと考えていた
戦闘中…作戦会議中…もしくは訓練中から…
それは『例外』についてである
修行期間中リアと二人で何度か試してみた
リアが昔やっていた修行の一つ…
それはじゃんけんである。
……じゃんけんが他の世界にもあるのには驚いたが…
いまはそんな事どうでもいい
二人でじゃんけんをし、
その結果や何を出したか…
そもそもじゃんけんをしたかどうか等を効果の対象として発動する事で、
どこまでの現実改変が可能でどれくらいの規模どれくらいの回数発動できるのか、どのような形になるのか等を実感し、検証することができる。
だが綾愛はそもそも能力を発動することができなかった
リア曰く理論や生力の通し方なども間違っていないはずなのに使えていない。
そもそも発動すらしていないとのこと。
そして例外にはリアも未だ解明できていない発動条件が存在しているらしく今も手探り状態で、
これまでも色々見つけるのには苦労したとのこと。
そのうちの一つに「自分に対して直接は使えない」というものがあるらしい。
だがじゃんけんにその条件は当てはまらず、
ほかの条件もとくに該当するものはなかった。
結局3日間で一度も使えずその原因も分からなかった
リアは「今すぐに使えなくても大丈夫ですよ。私もいますし」と言ってくれた。
私も最初はそう思っていた
…だが現実はそう甘くない
現実はいつも理不尽で都合の悪い事だけが当たり前のように道を塞ぐ
…そして現在。
突貫工事の作戦すら崩れた戦況
作戦を立てたのは私で崩れた原因も私だ。
ならば私が何とかするしかない。
でもどうやって?
綾愛はずっと考えていた。そして思い出していた。
あの時、あの夜私が初めて能力を使った…使わされた
時私は何を対象に発動したのか。
リアの言っていた条件
あの夜の状況と感覚
それらを繋ぎ合わせ、試行錯誤していく
そうしていくうちに一つの仮説が生まれた
"あの時私は私自身に能力を使っていた"
だがこの場合はリアの言っていた条件が間違っていた事になる。
だからこそ、
最初は仮説の矛盾点を探した
だが探せば探すほどこの仮説の正しさがより強固なものとなっていった。
あの時の生力の使い方はきっと無茶なものだったと今ならなんとなくだが分かる。
例を挙げるのであれば、
通常の生力の使い方はペットボトルからコップに移し替えて飲む行為に近い。
それに比べ綾愛の『生力解放』は穴の開いたペットボトルから漏れ出ているものを飲んでいるようなもの。
『生力解放』は普通の使い方が出来ない綾愛でもすぐに最低限使えるようにするために編み出したものであるため、
本来の使い方に比べて圧倒的に効率が悪い。
それでも綾愛の生力は特殊であるためある程度の力を発揮することができる。
そしてあの夜の使い方…
あれはペットボトル自体を消して中身をそのままぶちまけるようなもの。
確かに今の綾愛にとって最も分かりやすく簡単に最大威力を出すことのできる方法だろう。
だがそんな荒業は本来出来るわけがなく、
そもそも絶対にやってはいけない。
この場合のペットボトルとはつまり生力の容れ物…
それすなわち魂である。
魂と生力とはそれそのものがこの世界に存在する為に必要不可欠なものであり、その二つは表裏一体。
そのどちらか片方でも無くなってしまえばこの世界に存在を維持することが出来なくなってしまうほどに重要なもの。
その内の魂…詳しくは魂の外殻を消した挙句、
中身の生力を全て外にぶち撒けるという事は最も重要なもの二つを同時に捨てると同義。
そんな事をすればこの世界から消えてしまうはず。
だが綾愛は消えておらず、後遺症もない。
そんな世界の理を完全に無視した芸当…
そんな事が可能なのは"例外"だけだ
…考えれば考える程、私の仮説の正しさが立証されていき、私の直感もそれが正解だと言っている。
だがそれはリアの言っていることを信じないと…
間違っていると言うのと同義……
私はこの世界が嫌いだ。大嫌いだ。
…でもそれ以上に私は私のことが嫌いで…
一番信用できない
それでも…
やるしかないと思い行動し、また失敗した
私でなくとも…リアも既に私のことなんて信じられないだろう
……そんな綾愛の想いと反する言葉がポツリと零れた
「…リア、アレをやる……」
自分でもなぜそんな事を言ってしまったのか分からなかった
今の状況で使った所で倒せるはずがないし、
そもそも使えるかどうかもわからない
絶対に無理だ。無茶でしかない。無謀でしかない。
…だけど
「リア。もう一度…私を信じて」
今のリアの表情はひどく辛そうだった
分かっている。きっと今リアは逃げようとしている
あの二人と私一人を天秤に賭けた上で、
迷いなく私を選んだのだ。
迷いは無かった。
だけどそんな悲痛な表情を浮かべられたら…
どうにかしてあげたいと思ってしまう
彼女がそんな表情をしてしまうような道を…
私は歩ませない。絶対に。
その為なら、
信じる信じないなんて世迷言どうでもいい
リアは少しの迷いもないかのように…
私を信じると言ってくれた
たとえ自分を信じる事が出来なくても、
自分を信じてくれるリアを信じる事なら私は出来る
やってみよう
こんな私だけど…もう一度自分を信じてみよう
この行動を…
この判断を…
リアが信じると言ってくれた言葉を…
絶対に無駄にはしない
───────────────────
『例外』──エグゼプション──
瞬間、空間が一瞬歪む。
身体の内側から膨大な力の奔流が溢れ出す
漆黒は全て美しく可憐なものへと染まりきり、
黒い雷光が周囲を迸る
サタンが明らかに表情を変える
綾愛「グッッ!!…リアァ!!」
私が叫ぶよりも先にリアが異変を察知し、
私の背中に抱きつくような形で支えてくれる。
外に出ていく力が周囲に留められる
リアが溢れ出る私の力を制御し、抑えてくれる
…私の相棒はやっぱり天才だ
リア「バカ!
ここまで無茶するなんて何考えてるんですか!
そのまま放置してたら死んでたんですよ!」
今私がやったのは"私自身の存在の例外化"
どのような形になるかは分からなかったし、
使う直前まで不安だった。
でも発動してすぐに確信した。
きっとあの時もこんなふうに能力を使ったんだろうなと。
これよって成されるのは魂の外殻…
つまり生力を抑える器の一時的な消去。
本来なら自殺行為でしかないが、
例外は本来ありえないその変化を世界のルールを書き換える事で現実とする事が出来る。
それによって生力は体外へと溢れ出し、
文字通り全ての生力が放出される。
そしてリアはそれを察知し、
私の生力を制御してくれている。
ただでさえ他人の生力の操作なんて高レベルな技術を、私の生力で出来るのはリアだからこそ出来る神業。
それを事前確認なしでやったのだから流石のリアもキレて当然だ。
…でも事前に言ってたら絶対止められてたし仕方ない
リアが私に抱きつきながらこちらに激昂する
こんな状況でも私の相棒は可愛い
綾愛「…でも、リアがなんとかしてくれたでしょ?」
リアが狼狽えながら何かを言おうとし、
それを抑え、
何かを考えた後諦めたように吐き捨てる
リア「……あとで説教ですからね」
綾愛「なら勝たなきゃね」
余裕ぶっこいて軽口叩いてはいるが正直かなりきつい
身体から聞いたことのない異音がキシキシと響き、
全身が激しく痛む
少しでも気を抜いてしまえばそのまま倒れてしまう
だが今まで感じたことない程に圧倒的な内側から溢れ出てくる力が、
その痛みすらも掻き消すほどに強く、
その存在を私へと、世界へと刻んでいく。
リアをおんぶする形で抱えつつ支えてもらう
地に足をつけ、拳を握る
…いける
リア「わかってるとは思いますが、
綾愛はもちろん私も長くは持ちませんから時間は掛けられませんよ」
綾愛「掛からないよ」
身体が馴染んでいく
あの夜の感覚を思い出す…
が、少し違う
あの時は強制的に開かされただけだったが、
今回は自分でこの扉を開いた
自分のなかで何か大きな一歩を成したのを感じる
サタン「なるほどね…少しは楽しめそ」
サタンが言い切る前に、私は跳躍した
一瞬
跳んだ自分ですら理解が追いつかない程の速度
黒い閃光と共に奔り、
通った空間がその圧倒的な力によって歪んでいく
懐へと潜りサタンを上空へと殴り飛ばす
ボバァン!!
その一撃にて空間が爆ぜ、
サタンが遥か上空へと大量の血を撒き散らしながら吹き飛ばされる
だが…
ギシギシギシ
と嫌な異音が全身から鳴り響き、
殴った腕は黒く変色していた。
チッ!
思わず舌打ちする
綾愛は見た
あの速度で完全に虚をついたのにも関わらず、
奴は反応し、攻撃に闇を挟み込んできた
万全な状態ではなかったからこそこの程度で済んだが、今の一撃に反応されてしまうのであれば、
次は万全の状態で闇を展開されてしまう
そうなれば攻撃は届かず、再び腕を無くしてしまう
…くそっ、想定以上に奴は格上だった
だがいまこの状況を無下にするわけには行かない
全力で跳躍してサタンの下へと飛び、追い越す
雲よりも遥か上空。
月明かりが眩しい程に私達を照らす
奴は居た
肉体の半分は消し飛び、到底生きているとは思えない状態。
だが奴は人間ではない
肉体は徐々に回復していっている上、
既に私の方向へと闇を展開し、防御の体勢を整えている
万全の状態
本能で直感する。
これに突っ込めば腕だけでは済まない
だが、だからといってここでやらないわけには行かない。
既に身体は限界をとっくに超えている。
次の一撃すら満足に撃てるかも分からず、
この機を逃せばもう攻撃することすら叶わないだろう。
サタンはそれを見越しているのか、
そのボロボロの顔面が口角を上げているように見える
…やるしかない
拳を握りしめる
さっきの瞬速の一撃とは違う
100%右腕だけに力を込めた渾身の一撃
周囲に散らばっていた黒い閃光が右腕に集約され、
空間がひび割れる
その威力はさきの一撃の数倍以上の威力を出せるだろう。
だが、それでもあの闇を貫ける気がしない。
私の本能と直感が警鐘のように鳴り響いている。
…くそ、ここまできて、届かないのか……
───闇が突然その深さを失った
何が起こったのか、サタンは理解できなかった
綾愛とリアも一瞬、理解できなかった…が、
瞬時に理解し、もう一人の仲間の存在が頭をよぎる
…やっぱり私の仲間はすごい。ありがとう。
───
律「やれ!二人共!!」
地上にて律は叫ぶ。
限界を超えた演算の果てに僕は限界を迎え、
鼻血を垂らしていた。
だがそれがどうした…
遥か上空…この距離ですら分かるほどに大きな力が躍動している
あの二人はあんな化け物を相手にしているのだ、
その役に立てるのなら…彼女の仇を討てるのなら…
今、僕はどんなものでも擲とう
──
サタンが闇を修整できない
拳を振り抜く
一瞬でしかない筈なのに、
その動作が酷く長く感じられた
身体が引き千切られるように痛く、重い
人体の限界を超えた力に肉体が追いつけていない
それでも…
サタン「やるね…君たち……」
サタンが不敵に笑った
綾愛&リア「堕ちろっ!!」
圧倒的な黒い暴力の塊が、
淡く濁った闇を完全に塗りつぶしサタンへと突き刺さる。
全身をフルで使って拳を振り抜く
バリィィン!!
空間が完全に砕け、
黒い雷光と共にサタンが地上へと堕とされる
その衝撃によって雲は晴れ、地上に月光が振り注ぐ
月下にて二人の少女がその脚光を一身に浴びる
今…この世界にて誰よりも高く……
最たる天上にて天下を見下ろす二人
今宵は満月
ピンクムーンとも呼ばれる春の満月は…
可憐な少女を引き立たせるように……
美しく燦然と輝いていた
──────────
リア「…はぁ…はぁ…」
奴を吹き飛ばした後、
すぐに綾愛は気を失ってしまった。
本当にギリギリだった。
とはいえ、そういう私もかなり無理をしている。
生力も残り1割以下のうえに綾愛の制御で相当体力と精神を消耗した。
それでもなんとか綾愛を抱えて地上へと戻ってきた
地上には大きなクレーターが出来ており、
中心部には飛び散った少量の鮮血と人の肉体の一部のようなものが落ちている
リア「…くっ……」
…朱音の身体を残す事は叶わなかった
もちろんそんな余裕はなかった。仕方がなかった。
それでも悔やんでしまう
クレーターから少し離れたところには律さんがうつ伏せで倒れていた。
意識は失っているが大したケガもしていないようだ
とりあえずどうしようか…
律さんと綾愛の二人を抱えてあの家に戻るか?
今の私の体力では厳しいな…いや、そういえば律さんの腕輪があったな…とはいえ使い方が分からない……
疲労によって思考がまとまらないリア
…気づくべきだった
奴は人間ではない
人間の道理で考えてはいけない人知を超えた存在なのだ
ゾワッッ
リア「!?」
背筋が凍りつく
先程の綾愛に勝らずとも劣らない…本能的に恐怖を覚えてしまうような圧倒的邪悪の力。
それが今背後に現れた
そして背後にあるのは例のクレーター
頭に浮かぶのは絶望
クレーターへと向かい、覗く
…奴がいた
サタン「本当に強かったよ君達。
昔の僕じゃ話にならないわけだ。
…君達が人間じゃなければ…と心の底から思ってしまう程に君たちは強かった」
サタンの声音は本気だった
本当にそう思っているのだとリアは分かった
さっきまで肉片だけだったものが、
既に上半身のほとんどが治っている
今もじわじわと肉体が形成されていっており、
全回復するのも時間の問題だろう
そんな…今ので死なないならどうすれば良いのだ…
どうすれば良かったのだ…
サタン「僕は君達を尊敬しよう。
ただの人間の身でありながらこの僕をここまで追い詰めたんだ。
その偉業を讃え、敬意を持って…
『傲慢の王』サタンが本気で君達を殺す」
最大の敬意を表すように丁寧に、紳士にお辞儀するサタン
『堕天の翼』──深淵の黑──
サタンが能力を発動する。
それと同時に半径50メートル以上はあるクレーターが闇で満たされた
その闇はこれまで見てきたものとは比べ物にならないほどの密度と濃度を誇っている
闇が広がった瞬間、わかってしまった
これまでの闇は“触れれば消える”程度のものだった
だが今目の前にあるのは、
“存在しているだけで世界を侵食する闇”だと
リア(こんなの…こんなのどうしようもないじゃないですか……)
リアが倒れ込むように力なく地面に膝をつく
最初から勝ち目どころか、
戦いにすらならない程の力量差があった
私達はただ生かされていただけだったのだ
サタンの肉体が完全に修復された
サタン「今夜は久しぶりに楽しかった。
それでも楽しい時間は短いもの…終わらせようか」
闇が徐々に広がってくる
…私はもう……動く事も出来ない………
…………
???「やっぱり間に合いませんでしたか……」
…背後から聞き覚えのある声がした
この声を私は覚えている
リア「天野…さん?」
振り返ると、いつの間にか天野さん…と、もう一人見覚えのない"少女"がいた
闇を切り裂くような純白に真紅の混じった長髪と、
髪と同じ全てを焼き尽くすような真紅の宿った瞳
だがそれよりもリアの意識を奪ったのは、
その"気配"と"風格"であった
…明らかに人間ではない。
だがそれ以上のことは何も分からない
???「お前こっちだと天野って呼ばせてるんだな。由来は能力か?」
例の少女は可愛らしい顔に似つかず雄々しい表情と口調と態度
天野「…まぁそんな所ですが…
今は世間話よりも先に対象の処理を優先します」
天野さんが…どこかいつもと違うような気がした
口調は変わっていないのだが…
どこかこの前会った時とは雰囲気が違う
???「俺のせいで遅れたんだし、俺がやろうか?」
天野「いえ、私がやります。
それに、厄介なことになっているようですので…」
天野さんが歩き、私の前へ出る
こちらに侵食してきていた闇はいつの間にか下がっていた
リア「…はっ、天野さん!
こいつの正体はサタンという魔王です!
私も律さんも綾愛も……
朱音もこいつにやられました…
実力は少なく見積もっても王級以上!ここは一度ひいて……」
天野さんが私を手で制す
そして柔らかい笑みを浮かべ、
大丈夫だという意を伝えてくる
…だめた、勝てるわけがない
律さんから聞いたが天野さんのクラスは中級、
律さんと同じ後方支援タイプ
だが、あの天野さんがこんな無謀なことをするとは思えない…なにかあるのだろうか……
数歩歩き、クレータの端にて止まり、
天野さんがサタンを見やる
表情は見えないが、拳を強く握りしめている
天野「貴方がサタンですか。
…随分と色々やってくれたみたいですね」
天野さんの声音は至って冷静。
だが、喉の奥が震えているのがわかる
サタン「誰だい君は?今僕は綾愛達にトドメを刺さなきゃいけないんだ。
部外者は消えててほしいな。
それに、ただの人間如きが僕相手に何が出来るんだい?それとも後ろの少女が僕の相手かい?」
サタンが忌々しそうに、面倒くさそうにそう語る
???「なぁ、サタンって誰だ?そんな奴いたか?」
…いつの間にか謎の少女は私の前、天野さんの隣にいた
いつ移動したんだ?
サタンを指さし天野さんに聞く少女
天野「人界で有名な魔王の一人です。元は大天使だったのですがそれが堕天して魔王になった者ですね」
???「ふぅん、ライムみたいな奴だな」
自分から聞いておきながら少女は興味なさそうにしている
???「……地上から天上の景色は見えないって事だな……」
…そう一言だけ少女はつぶやいた
天野「それじゃあ時間が勿体ないので早めに終わらせましょう。
それと…今私は怒っていますので、手加減できそうにもありません」
サタンへとそんな言葉を告げる
サタン「同感だよ。手早く終わらせよう」
『堕天の翼』──深淵の黑──
サタンの能力が世界に響き、闇が蠢く
一瞬にして闇は広がり、
世界が闇に包まれたように感じた
……が、それは一瞬だった
────『 』
先程まで世界を支配していた闇は全て、
最初からなかったように消えた
サタン「ん?なんだ?」
サタンも理解できていない
私も何も分からなかった
天野「所詮は下級の神如きに敗れた愚か者…
ただの雑魚ですね」
強い言葉
だがそれ以上にリアの意識はほかのものに持っていかれた
…天野さんの声が、見た目が変わっていた
身長が少し縮み、体型も細く
髪はさっきまでの短く黒いものではなく、
淡い碧と黄色で、少し癖っ毛気味の長髪が揺らめいている
…そして声はさっきよりも高く、
少しザラつきのある…可愛らしい声
サタン「…何をしたのか分かりませんが、
あまり浮かれていると足元が見えなくなりますよ?
…それに何ですかその姿は、ずいぶん可愛らしくなりましたね」
???「やっぱりそっちの方が見慣れてて良いな、
"琥珀"」
少女が口を挟む
琥珀?どこかで聞いた事があるような…
いや、可愛らしいってやっぱり……
琥珀「褒めていただきどうも。
さっきのは仮初でこっちが本物の私…渚琥珀様だよ」
天野さんは天野さんでなく…女の子だった
琥珀「それに、足元はちゃんと良く見えていますよ。
下の方に踏み潰しても気づかないような黒い虫が一匹……」
わざとらしく煽り、嘲笑する
サタン「…数々の無礼を…後悔させてあげますよ」
サタンが再度こちらに闇を放出してくる
リアでは到底反応できない速度
その刹那の中、確かに琥珀は口を開いた
琥珀「それではこっちも本物を…」
────『アマノジャク』
世界が…
先程までとは違い、文字通り世界が変わったように感じた
何がどう変わったのかは分からない
だが、確かに今この瞬間、
起こるべき現実が、
世界の法則が書き換えられたように感じた
そしてその一瞬にて、全てが終わった
気づいた時にはサタンはクレーターの中心にて仰向けで倒れていた
天野さん…琥珀さん?が何もなかったかのようにこちらに振り返ってきた
琥珀「それでは皆を運んで、色々話し合いましょうか」
その眼は左右で色が異なっていた
不思議なその眼と不思議なその少女?と不思議な状況に…リアはただただ理解が追いつかない
だが一つだけ分かったこともある
ついさっきまで鮮やかで可憐だった春の満月が…
仄かに淡く…碧く成っていた




