第11話 開戦
距離は10メートルとちょっと
互いに一瞬にして詰められる距離
呼吸も身体も安定している。
…ここは先手必勝で行こう
その場で軽く跳ねる…
そして着地と同時に姿勢を低く、全力で奴の懐へと跳躍する。
ヒュッ
自分が思っていた以上に速度が出た
風を切る音が耳を掠めていった
恐らく今の私は人間の壁を越えたレベルの速度を出すことができているだろう。
そこに緩急も付けた。奴の呼吸の不意も突いた。
だがそれでも奴なら反応する
視線が交差する
姿勢を低くし拳を握る私の顔に掌を向けてくる
想定内
反射でさらに姿勢を低くすると、
ほぼ同じタイミングでさっきまで頭があった所に光が炸裂した
ここだ
最速で最短距離を走らせた左手で奴の顎を下から裏拳で撃つ
綾愛(顎がガラ空き)
ガッ
効果は…
ルシファー「…っは……」
奴の呼吸のリズムと焦点が乱れる
有効
ならば続行だ
撃った後左手の手のひらでそのまま奴の視界を遮る
空手となった右手の掌底を首に添え、
全体重を乗せて押し倒す
ゴッ
後頭部が綺麗に地面に直撃する
右手の手のひらには骨を直接潰した感触もある
完璧に入った
だが無い
骨を砕いた時特有の音
バラバラになった骨の感触
そして後頭部を強打したにも関わらず流血すらない
…どうしたものか
馬乗りの状態でマウントは取れている
次はどうしよう
そんな時背中に悪寒が走る
嫌な予感がした
ビャッ
咄嗟に後ろへ跳ぶとさっきまで私がいた場所に白い何かが飛来した
見えなかったがおそらく翼だろう
あの翼にどんな効果があるか分からないが、
正直あの速度で叩かれれば効果など関係なく致命傷になり得る。
…それにしても
ルシファー「悪くない戦闘センス…だがどうだ?
人間の小賢しい搦手は通用しそうか?」
翼を使い当然のように起き上がるルシファー
その表情には余裕を浮かべ、
以前変わりなく顎を上げ見下そうとしてくる
綾愛「そうだな…
今のが当たるようなら何とでもなりそうかな」
さっきの一連の動きは完璧だった
奴の攻撃直後の不意を突いたし、
無駄のない完璧な速度と力量で完璧な位置を捉えた裏拳だった
その後も視界を塞ぐことでタイミングをずらしたうえに不意の状況を作り全体重を首に完璧に乗せた
もちろん全身の筋肉も活動させ速度も出したうえで叩き潰した
経験上あそこまで完璧に入ったならどんな達人でも最低3分は動けなくなるうえ、
折れなくとも骨にヒビくらいは入ってもいいと思うのだが…
1.22秒
これは一連の動作を終えた後奴が反撃してくるまでに経過した時間
中身が人間じゃないのも影響してはいると思うけど…骨にダメージが入ってないことから恐らく私の攻撃力が全く足りていないっぽいな…
だからどれだけ完璧に決めた所で大した影響を与えられていないのだろう
…どうしたものか
正直私の主戦術は筋力を必要としない不意と弱点を突く搦手なのだが、
それがこの程度しか通用しないとなると…
綾愛(一応効果があるだけ良しとするか…)
発言と表情は余裕のものだが、
内心はそうではない。
とはいえ焦りがあるわけではない
綾愛が脳内で例のペンダントを介し、
相棒である彼女へと質問を投げる
綾愛(リア、いまでどれくらい経った?)
リア(今で30秒ってところです。
目標の5分まで残り4分30秒…いけますか?)
綾愛(死んでもやりきるよ)
5分
それは律が新しいデバフを作るための必要時間
私の役割は時間稼ぎと出来る限り情報を引き出す事
倒すのは無理でも私の戦い方なら凌ぐくらいなら死ぬ気でやれば行けるとふんでの判断
最初はリアと2人でと考えていたのだが、
リアには例外を使う重要な役割があるためリスクはあるが私一人でやる事にした
リアは反対してたけど仕方ない
再度後ろに跳び距離を取る
23メートル
今の私が一度の跳躍でギリ届く距離
奴の受けはある程度分かった。次は攻めを見よう。
あらゆる状況に対応できるよう集中する
構えは無くあくまで自然体
型や流派のない綾愛にとってはそれが最も自身に適した状態
………
……
…
両者動かない
動く気がないのか?
ちょっと煽るか
綾愛「来ないのか?
それともさっきので怖気づいたか?」
傲慢。プライドの高い奴なら乗ってくる
この距離ならいつもの光の攻撃や近接にも対応できるうえ、初見の技でも私の反射神経ならある程度は見切れる自信がある
ルシファー「動く必要がないからな」
…ん?どういう事だ?
正直このまま膠着状態が続いてくれるならこちらもありがたいが、奴の勘の鋭さなら既にこっちの狙いを見抜いてそうなものだが…
思考を動かしてはいたが綾愛は奴への注意も視線も切ることはない
たが…
…突如視界が変わった
気づいた時には私は上体を反らしていたらしく、
視界には空と光の線…レーザーが奔った後の軌跡が2本
何もわからなかった
反射で避けたことすら避けた後に気づくほどギリギリでの…意思の介入がまったくない完全な本能での反射
こんな事初めてだ…
今の攻撃に事前の動作はなかった
奴は今いつもと違ってノーモーションで撃ってきやがった
わざわざ隠していたのか?
いや、何か条件付きか?
というかそもそもこんな速度の攻撃そう何度も避けられない…
いやまて、今はこんな事を考えている暇はない。
すぐに追撃が…
左腕、右足、頭部の順に反射で身体が動いた
そしてそのどれもが認識することすら叶わないほどの速度
文字通り光速
綾愛(やばいやばいやばい!)
こんな無茶な回避そういつまでも成功しない
そんな事は考えなくてもわかる
レーザーのサイズ自体は小さいが当たれば当然肉体を貫く。
そんな状態で次の攻撃を避けられるわけがない。
つまり一度でも当たれば死が確定する。
ノーモーションで連発可能な必殺の光線。それが雨のように四方八方から振り注ぎ始めた
それでもなんとか避ける
頭が、身体が沸騰しているかのように熱い
本能が身体のリミッターを無理矢理外しているのが分かる
避けているはずなのに身体中が悲鳴を上げている
時間にして10秒。綾愛はその雨を全てギリギリで避け続けた。
律はもちろんリア、もしくは朱音ですらこの包囲網のなかでは5秒と生きていられるか分からないレベルの弾幕
それをただの人間が能力も使わず成している
その現状にルシファーは何を思うのか…
だが限界はすぐに訪れた
プスッ
綾愛「なっ!?」
光ではない何か…白い何かが綾愛の脇腹に刺さった
綾愛(これは…羽根か!?)
正体を見抜くもそんな事今はどうでもいい
重要なのはそれによって乱れた思考とリズム、
呼吸をどう立て直すか…
綾愛「…あっ…」
突如頭が真っ白になり、足が動かなくなった
酸欠
呼吸を忘れていた
終わった。もう避けられない。
光が遅く見えた
今際の際というやつか…何度も窮地に追いやられたことはあったがこんなのは初めてだな
…つまりそれだけ絶望的ということか…
綾愛を覚悟した。
…だが一向に光が到達しない
綾愛(あれ?、これ避けれる…)
認識だけが遅くなっているのかと思ったがそうではない。身体は動く。
第一陣を避けた後、
第二陣も余裕とは言えぬまでも認識内での回避を成功させた
一体何が…
『あの時の失敗はこれでチャラですよ綾愛』
ペンダントを介し頭に響く相棒の声
綾愛は嬉しそうにニヤリとした笑みを浮かべ、
呼吸を直し向き直る
リアが"保険"を使ってくれたらしい
こんなに早く切りたく無かったが仕方ない。
使っていなければ確実に死んでいた
綾愛(お釣りが出るよ)
跳躍
無数に放たれる光を全て避ける
月すら雲に隠れた真っ暗な世界
何もない大地を照らし飛び交う断罪の光はその全てが光速を超える不可避にして即死の必殺
その光がそれぞれ形を変え、動きを変え、速度を変え、あらゆる変化を伴い、
そしてその全てが一人の…ただの"人間"を貫く為に雨の如く放たれる
それでも…
そのたった一人の人間を捉えることが出来ない
ルシファー(こいつ何があった!とつぜん動きが…)
その変化に明らかな動揺を見せる
これらすべての光を操っているのはルシファー本人。オートではない。
その為数が多くなればなるほど、
変化させればさせるほどその演算にリースを割くことになる
現在ルシファーは自分自身の防御に意識が向いていない
遅い光を中心に使い綾愛の体勢を低くさせ、
充分に低くなった所を最高速度の光線で貫きにかかる
ルシファー(これでどうだ)
しかし綾愛は容易に跳躍して避ける
高い
飛行能力を失い、
受肉直後で肉体の制御もおぼつかない今のルシファーでは手が届かないほどに高い。
雲に隠されていた月がその姿をあらわにする。
月明かりに照らされたあの人間は…
漆黒と可憐を内包するその長い髪は煌めき、
優雅に宙を舞っているように見えた。
"少女"と目が合った。
その眼は鋭く冷たい。
少女もこちらに気づいたようで意識を向けてくると同時に口元がわざとらしく口角を上げた
…それはこちらを下に見ているかのように…
少女の表情は嘲笑と侮蔑を孕んでいた
ルシファー「私を見下ろすな!」
掌に光を収束させる
ルシファーの能力【堕天の翼】の力の1つである、
「晨星の光」は現在使える唯一のルシファー由来の力であり、
その効果は「あらゆる者の真実を捉え焼き尽くす光」
つまりは防御不可の光線である。
生力消費はほぼなく、
数や形状や速度に至るまで使用者の力量によっては無限に変化させることができる。
そのため範囲を広くすればするほど、
威力を上げれば上げるほど数は少なくなり溜めを必要とし、溜めを必要とする場合は必ず掌に光を集中させる時間が必要となる。
奇襲時と朱音戦においては事前に溜めておいたものを使用する事で瞬時に最高火力と最高範囲での攻撃を可能とした。
本来なら2発分の溜めのうち1発で全員を始末するつもりだったが朱音の起点によって2発使わされてしまった
…そして現在
ストックの無い状況にて高出力を扱うべく掌に光を集める。
その間他の光を放つことは出来ないが、
現在放とうとしているものは時間にして1秒程度の溜めで充分。
この状況であれば隙にはならない。
だが…綾愛はそれを見逃さない。
宙にいたはずの綾愛が消える。
ルシファー(なっ!どこに…)
気づいた時には既に懐へと潜り込まれており、
ルシファーが視認できたのは彼女が通った軌跡に残る黒い閃光だけだった。
【生力解放】──五分咲き──
漆黒がまた少し可憐なものへと染まっていく
バガッッ
ルシファー「ガハッ!!」
一閃
綾愛の拳が腹部へと突き刺さり遥か後方へと吹き飛ばす。
綾愛(この状態なら打撃も充分効く…勝てる)
綾愛がこの状態になるのは初めてである
綾愛は3日間この技の習得だけに時間を労したが、
結局使えたのは三分咲きまで。
しかも成功率は30%といったところだった。
しかし本番では1発で成功させたうえ、
1度も使えなかった五分咲きまでもを成功させた。
はっきり言って異常だ。
成功させるのもそうだが、
1度もやったことのない五分咲きに今このタイミングで挑戦してしまうその判断、そしてそれを成功させてしまう才能。
そして更に異常なのは…
その判断に綾愛は少しの躊躇も無かったことだ。
綾愛にとってそれが普段なら絶対にできないことであろうと、
今出来ると思い…それが最善であると判断したならば即座に実行し、成功させてしまう。
天才。そして異端。
彼女のその様を見た者はみなその様に恐怖し距離を置いた。
…ただ2人の"例外"を除いて
綾愛(今の私の身体能力は体感リアより1段階低いくらい…それでも私にとっては充分過ぎる武器だ)
拳を握り、開く。
身体に馴染むその力を体感し認識し瞬時に慣らす。
吹き飛ばされながらも体勢を立て直すルシファー
ルシファー「ただの人間如きが調子に乗るなよ!小娘!」
激昂する彼を中心に光線がこれまで以上の数放たれ、光の奔流となりこちらへと向かってくる。
綾愛の視界の全てを覆い尽くすほどの光。
それら全てが即死
絶望的
…そんな状況で彼女は不意に余裕の笑みを浮かべた
綾愛(私1人だったら絶対に無理だった)
思いを託してくれた少女。
志を共にした少年。
そして運命を共にする相棒。
リアの"保険"それは『例外』による補助だ。
本命にて使用するものは推定5割もあれば足りる。
その為残りの分を補助として使用する事をリアは提案したが綾愛はそれを却下した。
それはもし足りなくなった時の事を考えての事だ。
使用するまで消費量が分からない能力の性質上、
本命以外で使わないのが最善。そう決めていた。
だがリアは作戦を無視して使い。綾愛の命を救った。
そして対象を「光の速さ」ではなく、
「綾愛の認識内のみの光」を対象にすることで消費量を抑えた。
それによって消費量は2割弱。作戦に支障はない
ここまでの思考と判断をあの瞬間にし見事成功させたリアに感謝こそすれど文句を言うことなど出来るはずもなく、する気もない。
能力の効果はおそらく「光速で進む」という性質を変えたのだろう。
それにより綾愛の認識内では現在光の速さは超音速…
つまりはライフル弾程度にまで落ちていた。
もちろんそれでも速い。
通常の綾愛では前動作のある銃ならともかく、
無動作で更には全方向からあらゆる変化を伴いながら放たれては避けられない。
だが、生力解放ならばそれを補える。
しかしそれでもあらゆる条件を合わせたことで成り立つギリギリの状況。
余裕などあるはずもない。
だが綾愛の思考には、イメージには、判断には…
綾愛「一緒に戦うのも悪くないね」
成功だけが渦巻いていた。




