14-3
「はい、お茶。大丈夫? つぐみちゃん」
「ありがとう……もう大丈夫」
花壇の淵に座り込むあたしは、糸ちゃんが買ってきてくれたペットボトルを受け取ってそれを飲んだ。
「ふふっ、大ステージが終わって、気が抜けちゃったのね?」
糸ちゃんがあたしの前にしゃがみこみ、にこにこと微笑んでいる。
予定通り二曲歌い終わったあたしは、思ったよりもたくさんの拍手を受け腰が抜けてしまい、響に抱きとめてもらったのだ。
もう情けなさすぎて、涙が出る。
「でもよかったよ」
響がギターを片付けながら、あたしに言った。
「初めてにしては上出来」
「そうよ! あんなにたくさんのお客さんが、つぐみちゃんの歌を聴いてたんだよ! ほんとにすごい!」
あたしは恥ずかしくなって、ペットボトルを抱きしめ身体を縮める。
糸ちゃんは大げさに褒めてくれるけど、立ち止まってくれたのはほんの数人。
華やかなレイジがいたら、もっと集まってくれただろう。
でもあたしの歌にしては、やっぱり上出来なのかもしれない。
「あの……」
あたしが小さくため息をついた時、誰かが声をかけてきた。
顔を上げると、一曲目からあたしの歌を聴いてくれていた、塾帰りらしき女の子が立っていた。
「お姉さん、来週も歌ってくれますか?」
「え?」
あたしは驚いて目を見開く。
「来週もまたここで歌ってくれますか?」
「えっと……来週は……ちょっと」
「じゃあその次は? いつだったら歌ってくれますか?」
「あの……あたし引っ越すんで……」
「えっ、じゃあもうお姉さんの歌、聴けないんですか?」
女の子ががっかりしたような顔を見せる。
あたしはどうしたらいいのかわからなくなった。
「あなた、このお姉さんの歌、また聴きたいの?」
そんな女の子の前にしゃがみ込んで、糸ちゃんが聞いた。
女の子は静かにうなずく。
「あたし、塾に行くのがすごく嫌で……今日も嫌々授業を受けてきたんだけど。帰りにここでお姉さんの歌聴いたら、なんか胸がぎゅうっと痛くなって……こんな気持ちになったの初めてで……」
女の子が胸元を手できゅっと握る。
「上手く言えないけど……また聴きたいって思いました」
「あ、あたしはそんな……」
言いかけて口を閉じる。
もしかしてあたしの想い、少しでもこの子に伝わったのだろうか。
あたしがこの子の胸を、ぎゅうっと痛くしたのだろうか。
「ありがとう。あたしの歌を聴いてくれて」
あたしは女の子に向かって言う。
「でも……でもね。あたしがこんなふうに歌えたのはこのお兄さんと、今日は来れなかったもうひとりのお兄さんのおかげなの」
そう言って響を見ると、響はさりげなく視線をそらした。
「だからあたしも言いたい。響、あたしに歌う喜びを教えてくれてありがとう」
「俺は何にもしてねぇよ」
顔をそむけたまま、響がつぶやく。
「それよりそんなに嬉しかったなら、また歌えばいいじゃん」
「え……」
「またここに来て歌えばいいじゃん。どんなに遠くに引っ越したって」
響がそう言って、あたしに振り向いた。
その顔を見たら、なんだか涙があふれそうになった。
「そうだね……またいつかここで歌いたい」
「ほんとに? だったらあたし、ずっと待ってます! 塾の帰りにまたお姉さんに会えるの、楽しみに待ってます!」
あたしは鼻をすすって、女の子のほうを向く。
「ありがとう」
いつかまたここで歌いたい。響とレイジと一緒に歌いたい。
女の子があたしを見て、にっこり笑ってくれた。
ぺこりと頭を下げて去っていく、女の子の姿を見送った。
響と、糸ちゃんと一緒に。
あたりにはビルのネオンが輝き、花壇の周りには待ち合わせの人が増えた。
土曜の夜、人々は連れ立って、あちこちの店に向かって散っていく。
「じゃあ、俺はそろそろ」
響がギターを背負って立ち上がる。
「つぐみのこと、きっとレイジも褒めてくれるよ」
そう言って少し笑ってから、響があたしを見てつぶやく。
「それに俺も……楽しかったし」
あたしはうなずいて、響に伝える。
「あたしも……すごく楽しかった」
歌うことの楽しさを、音が重なり合う美しさを、誰かに想いが伝わる嬉しさを、響とレイジが教えてくれた。
「今度あたしもレイジに会いに行っていい?」
あたしの声に、響がうなずいた。
「レイジに伝えておく。また連絡するよ」
「うん」
「じゃあ」
響が歩き出し、背中に背負ったギターが人ごみの中に消えていく。
その姿を見送っていたらなんだかすごく寂しくなって、急にあたしは現実に引き戻された。
今度あたしが歌えるのはいつだろう。
いつかここで歌いたいなんて言ってしまったけど……本当にあたしはまたここで歌えるのだろうか。
【あなたたちは人殺しの家族なのに、どうして普通に生活しているのですか?】
あの言葉は一生あたしに付きまとう。
楽しい思いをしたあとに、必ずあたしの首を絞めつける。
それでもあたしは生きるしかない。
あたしの人生を、もっと大切に生きるって決めたのだから。
「わたしたちも帰ろうか? つぐみちゃん」
糸ちゃんがあたしに笑いかけた。
「うん。糸ちゃん、今日は付き合ってくれてありがとう」
「こちらこそ。素敵な歌を聴かせてくれて、ありがとう。今度はレイジと三人でできたらいいね」
糸ちゃんの声に、あたしは黙ってうなずく。
だけどあたしたちが三人で歌える日は、二度とやってこなかった。




