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13-1

「できた!」


 ライブの前日、あたしは透き通ったガラスのペンダントをふたつ完成させた。

 あたしが持っているのと同じ、青と透明のグラデーションになっているしずく型のペンダントだ。


「綺麗にできたじゃない」

「うん」


 指で持って窓にかざす。

 けれど今日はどんより曇っていて、太陽の光を浴びせられない。

 日差しが当たるとキラキラ光って綺麗なのにな……。

 ちょっとがっかりしながらふたつのペンダントを見下ろす。


 ひとつはレイジに、ひとつは響にあげようと思う。

 ささやかだけど、歌うことを教えてもらったお礼のつもりだ。


 指先でつうっとガラスの上をなぞった時、あたしのスマホに響からのメッセージが入った。



 とても寒い日だった。

 糸ちゃんにもらったマフラーを巻き、ニットの帽子をかぶって近所の公園に走った。

 息を切らして中に入ると、ベンチに響がぽつんとひとりで座っていた。


「響……」


 声をかけると、響がゆっくり顔を上げてあたしを見た。


「悪かったな、急に呼び出しちゃって」


 あたしは響の前で首を横に振る。

 響から【近くの公園にいるけど来れる?】とメッセージが来て、あたしはあわてて飛び出してきたのだ。


「どうしたの? レイジと一緒じゃないの?」

「うん」


 響はいつも着ているコートのポケットに手を入れたまま、はぁっと白い息を吐いて空を見上げた。

 空はどんよりと重く曇っている。


 響はどうしてここに来たのだろう。

 ギターは持っていないし、練習ってわけではなさそうだけど。

 明日の本番前に、何かあたしに言いたいことでもあるのだろうか。


「寒いな……今日」

「うん」


 あたしはそう答えて、響の隣に座った。だけど響は何も言わない。

 仕方がないので、あたしから響に言葉をかける。


「響……これね、あたしが作ったんだけど……」


 ちょっと不安になりながら、ポケットの中から小さな包みを取り出し響に渡す。


「もしよかったら……もらって?」


 響は少し首をかしげ、包みを開ける。

 中から出てきたのは、さっき完成したばかりのガラスのペンダントだ。

 響はそれを見ると、目を見開いてあたしに顔を向けた。


「いいの? 俺がもらっても」

「うん。レイジのもあるの」


 あたしはもうひとつの包みを響に渡す。


「レイジに渡しておいて」


 響はじっとその包みを見つめてから、ポケットの中に入れた。


「わかった、渡しておく。ありがとう」


 響の声を聞いて、ホッとする。

 気に入ってもらえたかどうかわからないけど、響には青い色が似あうと思う。

 海の底のような深いブルー。それを空にかざせば、透明な部分に空の青が映るんだ。

 空の青と海の青。陽の光を浴びるとそのふたつが混ざり合って、キラキラと鮮やかに輝く。


 響はふたり分のペンダントが入ったポケットに手を入れて、またぼんやりと空を見る。

 なんだか今日の響は変だ。ここに来た理由も話してくれない。


「響……」


 あたしはそんな響の横顔につぶやく。


「なにかあったの?」


 響はしばらくどんよりと曇った空を見つめたあと、ゆっくりとあたしに顔を向けた。


「つぐみ。お願いがあるんだけど」

「お願い? あたしに?」


 響がうなずいて、あたしに言う。


「歌ってくれない? あの歌」


 心臓がドキンと音を立てた。

 響の視線がまっすぐあたしにぶつかっていて、あたしは思わず目をそらしてしまった。


「あの歌って……この前の?」


 きっと響とレイジが作ったあの歌だ。

 響があたしの隣でもう一度うなずく。


「い、いま? ここで? あたしひとりで?」

「うん……」

「どうして?」


 響は一瞬黙ったあと、静かに口を開いた。


「聴きたくなったから……つぐみの声が」


 胸がぎゅっと痛くなった。

 そしてあたしは前に聞いた響の言葉を思い出した。


『俺はつぐみの歌に、動かされた』


 響はあたしにそう言ってくれた。

 あたしの歌にそんな力があるなんて思ってはいないけど……でもいつかそんな力が欲しいと思う。

 傷ついている誰かを癒してあげて、迷っている誰かを動かしてあげられたら……。


 あたしは胸のペンダントを右手で握った。

 そして息を吸い込んで声を出す。

 何度も何度も歌った歌。

 歌うたびにどんどんあたしの身体に沁みついてきて、まるであたしの歌みたいになる。


 その歌を、あたしは心を込めて歌う。

 レイジに言われた通りのド素人だけど、糸ちゃんに言われた通り上手くはないけど……それでも心を込めて、あたしは歌う。


 あたしの歌が、誰もいない公園に響いた。

 冷たい空気がふるりと震えて、頬にひんやりとした何かがぽつりと当たる。

 雪だ。あたしは歌いながら手を伸ばす。

 つかもうと思えば溶けてしまう、儚い雪。

 それがはらはらと空から舞い落ちてくる。


 どこまでも届かない想い。切ない別れ。会いたくても会えない人。

 どうにもならない、やるせない感情がこの歌にはこもっている。

 それは気持ちの届かない恋人にあてたものなのか。

 もう会えない空の上の人への想いなのか。

 それとも……。


 そしてその答えは、この曲を聴いている人それぞれの心の中にある。


 歌い終わって隣を見ると、響が背中を震わせて泣いていた。

 あたしは驚いて声をかける。


「ひ、響? 大丈夫?」


 響は必死に腕で涙をこすっているけど、あとからあとから大粒の涙がこぼれて膝の上に落ちる。


「響……」

「ごめん……なんか……涙、止まらなくて……」


 どうしよう。

 あたしが響を泣かせてしまったの?

 悲しいことを思い出させてしまったの?


「ごめんなさい……あたし……」

「つぐみが謝ることじゃない……」


 涙声で響が言う。


「つぐみの歌聴けて……よかった……」


 響があたしの顔を見た。


「ありがとう」


 響の声を聞いて切なくなった。

 あたしまで涙が出そうになって、手で鼻をこする。


「腹減ってない? お礼になんかおごる」

「えっ、そんな……いいよ」

「おごらせて。寒い中、こんなところまで来てもらって悪いし」


 そう言うと、響は真っ赤な目をしたまま立ち上がった。


「とりあえず行こう。ここ寒いから」

「う、うん」


 響に誘われて、あたしは腰を上げる。

 白い雪が響の肩に落ちて、すぐに溶けてなくなった。

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