13-2
細かい雪が舞い落ちる中、響と少し歩き、近所にあったラーメン屋さんに入った。
店の中はほかほかとあたたかく、お昼時だからかけっこう混んでいる。
あたしと響以外は、スーツを着たサラリーマン風の人や、工事現場で働いているようなおじさんばかりだった。
平日の昼間、学校に行かずこんなところをうろうろしている子どもはあたしたちくらいだ。
カウンターに座ってふたり同じラーメンを注文したら、レイジに初めて会った日を思い出した。
あの日もレイジに連れられて、こんなラーメン屋さんに入ったのだ。
「いただきます」
割り箸をぱちんと割って麺をすすった。
黒いレンゲでスープをすくって飲んだら、ほっこりと身体があたたまってきた。
「おいしい」
そう言って隣を向いたら、響がじっとこっちを見ていてあせった。
「な、なに?」
「いや、麺すするの上手いなぁって思って」
「え?」
「俺、上手くできないんだ。喉につまりそうになる」
「そうなの?」
上手いとか上手くないとかあるのだろうか。
そんなの意識したことなかったけど。
「俺がラーメン食ってると、レイジが怒るんだ。女みたいにちまちました食い方しやがって、男だったら一気にすすれよって。男とか女とかカンケーないだろって思うのに」
ラーメン屋さんでレイジに文句を言われている響の姿が想像できて、なんだかおかしくなる。
本当にこのふたりは、仲の良い兄弟みたいだ。
「レイジも呼んであげればよかったね」
あたしは隣の響に言う。
響は少し黙ったあと、「そうだな」とつぶやいた。
ラーメンを食べ、おなか一杯になって外へ出た。
ラーメンは響がバイト代でおごってくれた。
「響、ありがとう」
「いや、こっちこそ。急に呼び出したりしてごめん」
響はどうしてあたしを呼んだのだろう。
あたしの歌を聴くためだけに、こんなところへ呼んだのだろうか。
きっと違う。響はあたしに何か、話したいことがあったんじゃないのだろうか。
雪はまだ降り続いていた。
響は糸ちゃんのマンションまで、あたしを送ってくれると言った。
吐く息は白く、アスファルトの道路もうっすらと白く染まり始めている。
そんないつもと違う風景の中を歩きながら、響はやっぱり何も言わなかった。
あたしはなんだかもどかしい気持ちでいっぱいになって、白い息と一緒に言葉を吐いた。
「響……あたしね。冬休みが終わるころには、この街からいなくなると思う」
「え……」
響が立ち止まってあたしを見る。
あたしもその場に立ち止まり、少し背の高い響のことを見上げた。
「離れて暮らしていた両親と、一緒に暮らすことになったの」
本当は今日、言うつもりはなかった。響にはやっぱり言いにくかった。
「どこで暮らすかはまだわからないけど……こんなふうにはもう会えなくなる。一緒に歌を歌ったりすることも、明日で最後かもしれない」
じっとあたしの顔を見つめてから、響がうつむいた。
そしてゆっくり顔を上げると、あたしに向かって一言だけ言った。
「わかった」
響の低い声が胸の奥に沁み込む。
じんわりと胸の奥の深いところに沁み込む。
立ち止まったあたしを置いて、響が歩き出す。
あたしはそのあとを追いかける。
響の黒いコートの肩に、また白い雪が落ちた。
溶けていくその雪を見ていたら、どうしようもなく悲しくなって、あたしは唇を噛みしめ涙をこらえる。
車道を車が一台通り過ぎ、あたりはすぐに静まり返った。
薄く積もった雪の上で、響が足を止めてあたしに振り向く。
「つぐみ」
消えそうな声で、響があたしの名前を呼んだ。
そして追いついたあたしに向かって、そっと手を差し出す。
空から舞い落ちる雪が、響の手のひらに落ちて消える。
あたしはそんな響の手に、自分の手を伸ばす。
ゆっくりとその手に触れたら、響は包み込むように握りしめた。
「つぐみの手……冷たい」
「響も……」
糸ちゃんの部屋にある、ガラスの欠片みたい。
あたしたちは冷たい手と手を握り合った。
そして白くなった歩道を一歩ずつ踏みしめる。
このままこうやって、どこまでも歩いていきたい。
つらい過去も、悲しい思い出も、全部忘れて、響とふたりで歩いていきたい。
そんなことは無理だって、わかっているけど――。
つなぎ合った手と手がほんのりと熱を帯びてきた頃、あたしと糸ちゃんが住むマンションが目の前に見えてきた。




