11-3
「じゃ、次の土曜日、本番な」
響とレイジが作った『無題』と、レイジの昔の歌を響がアレンジした『ツバサ』。
その二曲を何回も歌ったあと、あたしたちはスタジオを出た。
そこでレイジが言ったのだ。
「えっ、本番って……」
「大丈夫だよ。つぐみちゃん、ちゃんと歌えてるし。まぁ素人くさいところはあるけど、そこがつぐみちゃんの魅力だし」
素人くさいって……元プロの人と一緒にいい気分で歌っていた自分が、急に恥ずかしくなる。
「あの、ライブってどこでやるの?」
あたしはこの前ライブハウスで見た光景を思い出す。
あんなところであたしは歌うのだろうか。カラオケでだって歌ったことないのに。
慌てまくるあたしの前でレイジが笑う。
「俺たちが歌うのはあそこ」
歩きながらレイジが指さした。
そこは人がたくさん行き交う、駅前の広場だ。
「え、あそこで?」
「そう。つぐみちゃんの歌を、あいつらにぶちかましてやろうぜ」
「む、無理無理無理! 絶対無理!」
「またそんなことを言う。俺が大丈夫って言ったら大丈夫なんだよ。つぐみちゃんはこれから『無理』って言葉、禁止な」
レイジがあたしの肩を抱いて、頭をくしゃくしゃとなでる。
あたしが悲鳴を上げると、レイジはおかしそうに笑った。
「でも本当に大丈夫なの?」
そんなあたしたちに糸ちゃんが言った。
「もし誰も聴いてくれなかったら……」
「は? 糸ちゃんまでそんなことを……誰も聴いてくれなくてもいいじゃないか。俺たちが楽しければ。なぁ? ヒビキ?」
レイジがあたしから手を離して、響に投げかける。
あたしは響の顔を見る。
響は練習中もほとんどしゃべらずギターを弾いているだけだった。
「俺は……」
そんな響がぼそっと口を開く。
「誰も聴いてくれないなんて嫌だ」
響が視線をあたしに動かす。
「つぐみの歌は、絶対みんなに聴いて欲しい」
あたしの顔がかぁっと熱くなる。
響はじっとあたしのことを見ている。
そんなあたしたちを見て、レイジがははっと笑った。
「そうだな! あいつらみんなビビるぞ? つぐみちゃんの歌聴いたら」
レイジは大げさすぎる。
だけどあたしの胸も大げさに音を立てている。
「あたしも……」
あたしは立ち止まり、声を出す。
「レイジの歌と、響の音。絶対みんなに聴いて欲しい」
レイジと響と糸ちゃんが、あたしのことを見つめている。
そんなあたしたちの脇を、何も知らない人たちが、足早に通り過ぎていく。
「よしっ! やってやろうじゃん! なぁ、ヒビキ?」
レイジがギターを背負っている響の胸をぽんっと叩く。
響は黙ったまま小さくうなずく。
糸ちゃんはあたしたちの顔を見比べてから、にこっと笑った。
「最低でも、わたしひとりは聴いてるからね?」
「ひとりってことはねぇだろ? 仮にも俺は元プロだぞ?」
「でもわたし、レイジのこと知らなかったし」
「はぁ? 糸ちゃんそれはないだろ? つぐみちゃんだって知ってくれてたんだぞ?」
レイジの声にあたしは答えた。
「あたしレイジのこと……お兄ちゃんに教えてもらったの。お兄ちゃんはレイジの歌が好きだったから」
響があたしのことを見る。
この話は誰にもするつもりはなかった。
だけどあたしはこの気持ちをどうしても吐き出したかった。
吐き出さずにみんなと歌うことはできないと思った。
「あたしのお兄ちゃん……罪を犯してしまった悪い人なの。だからそんな人の好きになったものを好きになっちゃいけないって思って、ずっと苦しかったんだけど……」
レイジと糸ちゃんもあたしのことをじっと見ている。
こんなこと、言ったらいけないってわかっている、言ったら響もレイジもきっと傷つく。
だけどあたしは、この気持ちを抑えられない。
「それでもやっぱりレイジの歌は好きで……悪いことをしたお兄ちゃんのことも……あたしは嫌いになれなくて……」
あたしは響に向かってつぶやく。
「ごめんなさい……」
レイジがちらっと響の顔を見る。
響は黙ったままあたしを見つめている。
「つぐみちゃん……」
糸ちゃんがあたしの肩を抱いてくれた。
あたしは響とレイジの前で頭を下げる。
ごめんなさい。こんなあたしでごめんなさい。
だけどこれが本当のあたしだから――響とレイジには知って欲しい。
「関係ないよ、そんなの」
響の声がぽつりとこぼれた。
「俺にはそんなの関係ない。つぐみはつぐみだから。つぐみの家族のことなんか、どうでもいい」
「響……」
「だから土曜日絶対来いよ。来なかったら俺が許さないから」
響はそれだけ言うと背中を向けて、人ごみの中に行ってしまった。
「だってさ」
響の背中を見送るあたしにレイジが言う。
「まぁ、俺も関係ないかな。どんな理由だって、つぐみちゃんが俺の歌を好きになってくれたなら、すごい嬉しいよ」
レイジはあたしの前に立って笑う。
「ありがとうな。つぐみちゃん」
あたしの目から熱いものがこぼれた。
糸ちゃんの手が、そんなあたしの背中をさすってくれる。
「泣くなよ。土曜日、一緒に楽しもうぜ?」
レイジがあたしに右手を差し出した。大きな男の人の手。
泣きながらその手に触れると、レイジがあたしの手をつかまえるように握手した。
「ちっちぇえなぁ。つぐみちゃんの手は」
レイジの笑い声と手のひらのぬくもりが、あたしの胸にじんわりと沁み込んでくる。
「じゃあ、土曜日に会おうな。つぐみちゃん」
レイジの手があたしから離れ、あたしはレイジの前でうなずいた。
「うん」
笑ってあたしと糸ちゃんに手を振ったレイジが、人ごみの中に紛れていく。
あたしはその姿を、ずっと追い続ける。
「つぐみちゃん」
レイジの姿が見えなくなると、糸ちゃんがあたしに言った。
「わたしたちも帰ろうか」
あたしはうなずく。
そしてその夜糸ちゃんに、響の亡くなった家族の話を伝えた。




