12-1
それからあたしの毎日に「歌」というものが加わった。
イヤホンで周りの音を遮断して、声を押し殺していたあの頃とは違う。
ご飯の支度をしながら、洗濯物を干しながら、糸ちゃんの手伝いをしながら……あたしは声に出して歌を歌う。
時には糸ちゃんも一緒に。歌があたしの毎日を変えていく。
糸ちゃんに頼まれてスーパーに行った帰り道、ふと見上げた寒々しい空を、一羽の鳥が飛んでいた。
こんなふうに空を見上げたのは久しぶりだ。
気持ちよさそうに飛んでいく鳥を追いかけるようにして、あたしは公園に入り込む。
凍えそうなほど寒い冬の日。公園には誰もいなかった。
鳥が木の上にとまったのを見届け、あたしもそばにあるベンチに腰を下ろす。
やがて鳥がさえずり始めた。あたしはお父さんから聞いた話を思い出す。
「いつも口をつぐんでいるから『つぐみ』……」
違う。あたしは、『つぐみ』じゃない。
あの鳥のように、自分の想いを、自分の口で伝えたい。
すうっと息を吸い込んで、吐き出した。自分の声と一緒に。
やがてそれは切ないメロディーになり、ひとつの歌となる。
響とレイジが作った歌だ。
あたしの歌声が冷たい風に乗って、空へ流れる。
『もう俺のこと、忘れちゃったの?』
歌っているあたしに、あの人の声が聞こえてくる。
『人殺しの家族のくせに、もう俺のこと忘れてるだろ?』
あたしは首を横に振る。
「忘れてなんかいない」
あたしの前に男の人の姿が現れる。
何度も何度も夢と幻想の中に出てきた人。
「忘れてなんかいません。だからこそあたしはあたしの人生を、もっと大切に生きることにしたんです」
『ふん。自分だけ生きるなんてずうずうしい』
男の人があたしのことをにらみつけている。
『俺はもう二度と、好きなことなんかできないのに』
あたしはもう一度息を吸い込み、言葉と一緒にそれを吐く。
「ごめんなさい。でもあたしには……それしかできないから」
あたしはきっとこの人に、一生許してもらえない。
だけどあたしにできるのは、精一杯生きることだけなのだ。
服の上から、胸についているガラスのペンダントを握りしめる。
『つぐみの歌は、絶対みんなに聴いて欲しい』
響が言ってくれた。
こんなあたしでも歌っていいんだって言ってくれた。
響はあたしを許してくれた。
だからあたしは歌う。
聴いてくれる人なんか、ほとんどいないかもしれないけど。
それでもあたしの歌が、誰かひとりの心に届いたら。
そしてその人の心を動かすことができたら。
あたしはすごく嬉しい。
そっと目を開くと、もうあの人の姿は見えなかった。
あたしはまた、乾いた空気の中に声を出す。
遠い空の上にいるあの人に、この想いが届くようにと願いながら……。




