↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
37/54

12-1

 それからあたしの毎日に「歌」というものが加わった。

 イヤホンで周りの音を遮断して、声を押し殺していたあの頃とは違う。

 ご飯の支度をしながら、洗濯物を干しながら、糸ちゃんの手伝いをしながら……あたしは声に出して歌を歌う。

 時には糸ちゃんも一緒に。歌があたしの毎日を変えていく。


 糸ちゃんに頼まれてスーパーに行った帰り道、ふと見上げた寒々しい空を、一羽の鳥が飛んでいた。

 こんなふうに空を見上げたのは久しぶりだ。

 気持ちよさそうに飛んでいく鳥を追いかけるようにして、あたしは公園に入り込む。


 凍えそうなほど寒い冬の日。公園には誰もいなかった。

 鳥が木の上にとまったのを見届け、あたしもそばにあるベンチに腰を下ろす。

 やがて鳥がさえずり始めた。あたしはお父さんから聞いた話を思い出す。


「いつも口をつぐんでいるから『つぐみ』……」


 違う。あたしは、『つぐみ』じゃない。

 あの鳥のように、自分の想いを、自分の口で伝えたい。


 すうっと息を吸い込んで、吐き出した。自分の声と一緒に。

 やがてそれは切ないメロディーになり、ひとつの歌となる。

 響とレイジが作った歌だ。

 あたしの歌声が冷たい風に乗って、空へ流れる。


『もう俺のこと、忘れちゃったの?』


 歌っているあたしに、あの人の声が聞こえてくる。


『人殺しの家族のくせに、もう俺のこと忘れてるだろ?』


 あたしは首を横に振る。


「忘れてなんかいない」


 あたしの前に男の人の姿が現れる。

 何度も何度も夢と幻想の中に出てきた人。


「忘れてなんかいません。だからこそあたしはあたしの人生を、もっと大切に生きることにしたんです」

『ふん。自分だけ生きるなんてずうずうしい』


 男の人があたしのことをにらみつけている。


『俺はもう二度と、好きなことなんかできないのに』


 あたしはもう一度息を吸い込み、言葉と一緒にそれを吐く。


「ごめんなさい。でもあたしには……それしかできないから」


 あたしはきっとこの人に、一生許してもらえない。

 だけどあたしにできるのは、精一杯生きることだけなのだ。


 服の上から、胸についているガラスのペンダントを握りしめる。


『つぐみの歌は、絶対みんなに聴いて欲しい』


 響が言ってくれた。

 こんなあたしでも歌っていいんだって言ってくれた。

 響はあたしを許してくれた。


 だからあたしは歌う。

 聴いてくれる人なんか、ほとんどいないかもしれないけど。

 それでもあたしの歌が、誰かひとりの心に届いたら。

 そしてその人の心を動かすことができたら。

 あたしはすごく嬉しい。


 そっと目を開くと、もうあの人の姿は見えなかった。

 あたしはまた、乾いた空気の中に声を出す。

 遠い空の上にいるあの人に、この想いが届くようにと願いながら……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。