10-1
約束の土曜日。駅前の広場で絵里ちゃんと待ち合わせをした。
絵里ちゃんは電車に三時間揺られて、あたしの住む街に来てくれた。
「絵里ちゃん!」
あたしが待ち合わせ場所へ行くと、絵里ちゃんはもう到着していた。
「つぐみちゃん!」
絵里ちゃんはあたしに気がつき、笑顔を見せる。
あたしたちはどちらともなく手をとり、握り合った。
「絵里ちゃん、遠かったでしょ? ほんとにありがとう」
「ううん、大丈夫だよ。つぐみちゃんの住んでる街、すっごい都会!」
確かに前に住んでいた町は、山に囲まれた田舎町だったから、そこに比べればここは都会と言えるだろう。
「さっきハンバーガーショップがあって、きゃーって思っちゃった」
絵里ちゃんが興奮したように言う。
絵里ちゃんは学校帰りにハンバーガーを食べながらあたしとおしゃべりしたいと、いつも言っていたから。
「じゃあ、これから行く?」
あたしが言うと「行きたい!」と絵里ちゃんが嬉しそうに笑った。
ハンバーガーとポテトを食べながら、絵里ちゃんはあたしにいろいろ聞いてきた。
「新しい学校はどう?」
「友だちできた?」
「先生は優しい?」
だけどその質問に、あたしは答えられない。
「絵里ちゃん、あたしね。いま学校……行ってないんだ」
絵里ちゃんの顔色がさっと変わる。
もしかして、あたしのお兄ちゃんのことを思い出したかもしれない。
「あ、あのね。ちょっとクラスの子たちと上手くいかなくて……一緒に住んでる叔母さんが、つらかったら行かなくてもいいよって」
「そうなんだ……」
絵里ちゃんはそうつぶやいて、ストローに口をつける。
絵里ちゃんの唇はピンク色でぷるぷるしていて、すごくかわいい。
肌は白いし、髪は生まれつき綺麗な茶色。
「実はわたしもね……」
ストローから口を離した絵里ちゃんがつぶやく。
「あんまり学校行けてなくて……」
「え……」
絵里ちゃんはあたしが転校してくるまでは、ひとりぼっちでいじめられていた。
最初のきっかけは、絵里ちゃんの髪の色だったと言う。
とっても素敵なその髪に嫉妬した誰かが、染めているんじゃないかとからかい出し、それからいじめが始まったらしい。
あたしが同じクラスに来てからは、いつもあたしと一緒にいるようになり、いじめられている様子はなかったけれど。
「でもうちのお母さんは、学校行け行けってうるさくて。いいな、つぐみちゃんちは」
絵里ちゃんがうつむきがちに顔を傾け、小さく微笑む。
「絵里ちゃん……どうして学校行けてないの? なにか嫌なことあった?」
絵里ちゃんがゆっくりと顔を上げ、あたしを見る。
絵里ちゃんの目は、かすかに潤んでいる。
店の中はおしゃべりや笑い声と、ハンバーガーの匂いが充満していた。
窓の外にはたくさんの人が、ぶつかり合うようにして歩いている。
しばらく黙り込んでしまった絵里ちゃんは、やっと少しずつ話し始めた。
「クラスの子が……つぐみちゃんの悪口言うから……そういうの聞きたくないし、そういう子たちとは付き合いたくない」
「絵里ちゃん……」
絵里ちゃんがそんなふうに思ってくれていたなんて……あたしのことを忘れてくれていればいいなんて、思った自分が恥ずかしい。
「絵里ちゃん……ごめんね。あたしのせいで……」
絵里ちゃんは顔を上げあたしを見て、首を横に振る。
「つぐみちゃんは悪くないよ。悪いのは人の悪口ばかり言うあの子たち。でもわたしその子たちを止めることができなくて……ごめんね」
「どうして絵里ちゃんが謝るの? あたしは絵里ちゃんがそう思ってくれているだけで嬉しい」
あたしはテーブルの上で、絵里ちゃんの細い手を握る。
絵里ちゃんはあたしを見て、にっこり微笑む。
「わたし……つぐみちゃんと友だちになれて、本当によかった」
「ほんとに……あたしなんかでいいの?」
あのお兄ちゃんの妹で。
絵里ちゃんはあたしに笑いかけ、静かにうなずく。
「つぐみちゃんは、つぐみちゃんだもの」
あたしの胸の中に、あたたかい風がふわっと吹いた。




