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「あれ? ヒビキじゃね?」
花壇に座るあたしたちの上から、かすれた声が降ってきた。
ゆっくりと顔を上げたあたしたちの前に、男がふたり立っている。
ひとりは金髪で派手な服装、もうひとりはキャップをかぶって上下ジャージ姿だった。
「なに? 女連れ?」
「マジか? ヒビキ、女にも興味あったの? 男だけかと思ってた」
金髪の男がヒビキの隣に座り、馴れ馴れしく肩を抱いてくる。
もうひとりの男はあたしの前に立ち、ニヤニヤ笑っている。
あたしは怖くなって視線を落とした。
「ヒマだったら、またバイト紹介してやるぜ? 金、困ってるんだろ?」
金髪男の声が聞こえる。ヒビキは何も言おうとしない。
「自分も楽しんで金もらえるなんて、サイコーじゃん。なぁ、ヒビキ?」
あたしはうつむいたまま、膝の上の両手をぎゅっと握った。
その手は小刻みに震えている。
そんなあたしの視界に、黒いブーツをはいた足が止まったのが見えた。
「悪いけどこいつ、いま金に困ってないから」
その声はレイジだった。顔を上げたあたしの横で、男もレイジを見上げている。
「だからもう、こいつには関わらないでくれないか?」
近づいてきたレイジが、さりげなく金髪男の手をヒビキの肩から振り払った。
「誰だ? お前」
「俺? 俺はまぁ、ヒビキの保護者みたいなもんかなぁ……」
「はぁ? ヒビキに保護者なんかいねぇよ。こいつの家族、みんな殺されちまったんだろ? 頭おかしいやつに」
あたしの心臓が、刃物で突き刺されたようにずきんと痛んだ。
殺された? 家族を? この人は何を言っているのだろう。
あたしは隣のヒビキを見る。だけどヒビキはうつむいたまま、やっぱり何も言い返さない。
「とにかくもう、こいつのことは忘れてくれよ。おにーさんからのお願いだ」
レイジが金髪男を立ち上がらせ、ジャージ男と一緒にヒビキから離した。
「わかったな?」
後ろを向いていたレイジがどんな表情をしたのかわからない。
だけどふたりは「ちっ」と舌打ちをすると、早足であたしたちの前から去っていった。
「つぐみちゃん!」
少し離れた場所から見守っていた糸ちゃんが、あたしに駆け寄ってくる。
「大丈夫? ヘンなヤンキーに絡まれたのね? ああ、やっぱりわたしもついていくべきだった」
糸ちゃんがあたしの身体を抱きしめてくれた。
「おい、ヒビキ」
そんな糸ちゃんの隣でレイジが言う。
「お前まだ、あんなクソみたいなやつらと付き合ってるのか?」
「付き合ってないよ」
ヒビキが立ち上がり、ちらりとあたしの顔を見る。
あたしとヒビキの視線が一瞬ぶつかり、すぐに離れた。
「俺、先に帰る」
ヒビキがレイジの脇をすり抜け、人ごみの中に消えていく。
あたしはただ黙って、そんなヒビキの背中を見送る。
「つぐみちゃん、悪かったな」
レイジがあたしに言った。
「怖い思いさせちゃったよな?」
あたしはレイジの顔を見たまま首を横に振る。
だけどあたしの両手はまだ震えていた。
そしてさっきヒビキに聞いたレイジの話を思い出し、涙が出そうになった。
レイジにバス停まで送ってもらい、糸ちゃんとバスに乗った。
糸ちゃんはあたしの手を握ったまま、離してくれない。
バスに揺られながら、あたしはそっと目を閉じる。
今日はいろんなことがあり過ぎて、頭の中がパンク寸前だ。
ライブハウスで聴いたレイジの歌。その歌を聴いて泣いていた糸ちゃん。
ヒビキから聞いたレイジの病気の話。ヒビキがやっていたというバイト。
それから――。
『ヒビキに保護者なんかいねぇよ。こいつの家族、みんな殺されちまったんだろ? 頭おかしいやつに』
その言葉を思い出すだけで、胸がつぶれそうなほど痛くなる。
「ヒビキ……」
かすかな声でつぶやいて、そっと糸ちゃんの肩に身体を預けた。
糸ちゃんはそんなあたしの手を、きゅっと強く握ってくれた。
つらいことや悲しいこと、目を開けたら全部消えてしまえばいいのに。
みんなの周りからも、あたしの周りからも。
そんなことを願いながら、あたしは糸ちゃんとバスに揺られていた。




