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6-4

「あれ? ヒビキじゃね?」


 花壇に座るあたしたちの上から、かすれた声が降ってきた。

 ゆっくりと顔を上げたあたしたちの前に、男がふたり立っている。

 ひとりは金髪で派手な服装、もうひとりはキャップをかぶって上下ジャージ姿だった。


「なに? 女連れ?」

「マジか? ヒビキ、女にも興味あったの? 男だけかと思ってた」


 金髪の男がヒビキの隣に座り、馴れ馴れしく肩を抱いてくる。

 もうひとりの男はあたしの前に立ち、ニヤニヤ笑っている。

 あたしは怖くなって視線を落とした。


「ヒマだったら、またバイト紹介してやるぜ? 金、困ってるんだろ?」


 金髪男の声が聞こえる。ヒビキは何も言おうとしない。


「自分も楽しんで金もらえるなんて、サイコーじゃん。なぁ、ヒビキ?」


 あたしはうつむいたまま、膝の上の両手をぎゅっと握った。

 その手は小刻みに震えている。

 そんなあたしの視界に、黒いブーツをはいた足が止まったのが見えた。


「悪いけどこいつ、いま金に困ってないから」


 その声はレイジだった。顔を上げたあたしの横で、男もレイジを見上げている。


「だからもう、こいつには関わらないでくれないか?」


 近づいてきたレイジが、さりげなく金髪男の手をヒビキの肩から振り払った。


「誰だ? お前」

「俺? 俺はまぁ、ヒビキの保護者みたいなもんかなぁ……」

「はぁ? ヒビキに保護者なんかいねぇよ。こいつの家族、みんな殺されちまったんだろ? 頭おかしいやつに」


 あたしの心臓が、刃物で突き刺されたようにずきんと痛んだ。

 殺された? 家族を? この人は何を言っているのだろう。

 あたしは隣のヒビキを見る。だけどヒビキはうつむいたまま、やっぱり何も言い返さない。


「とにかくもう、こいつのことは忘れてくれよ。おにーさんからのお願いだ」


 レイジが金髪男を立ち上がらせ、ジャージ男と一緒にヒビキから離した。


「わかったな?」


 後ろを向いていたレイジがどんな表情をしたのかわからない。

 だけどふたりは「ちっ」と舌打ちをすると、早足であたしたちの前から去っていった。


「つぐみちゃん!」


 少し離れた場所から見守っていた糸ちゃんが、あたしに駆け寄ってくる。


「大丈夫? ヘンなヤンキーに絡まれたのね? ああ、やっぱりわたしもついていくべきだった」


 糸ちゃんがあたしの身体を抱きしめてくれた。


「おい、ヒビキ」


 そんな糸ちゃんの隣でレイジが言う。


「お前まだ、あんなクソみたいなやつらと付き合ってるのか?」

「付き合ってないよ」


 ヒビキが立ち上がり、ちらりとあたしの顔を見る。

 あたしとヒビキの視線が一瞬ぶつかり、すぐに離れた。


「俺、先に帰る」


 ヒビキがレイジの脇をすり抜け、人ごみの中に消えていく。

 あたしはただ黙って、そんなヒビキの背中を見送る。


「つぐみちゃん、悪かったな」


 レイジがあたしに言った。


「怖い思いさせちゃったよな?」


 あたしはレイジの顔を見たまま首を横に振る。

 だけどあたしの両手はまだ震えていた。

 そしてさっきヒビキに聞いたレイジの話を思い出し、涙が出そうになった。



 レイジにバス停まで送ってもらい、糸ちゃんとバスに乗った。

 糸ちゃんはあたしの手を握ったまま、離してくれない。


 バスに揺られながら、あたしはそっと目を閉じる。

 今日はいろんなことがあり過ぎて、頭の中がパンク寸前だ。

 ライブハウスで聴いたレイジの歌。その歌を聴いて泣いていた糸ちゃん。

 ヒビキから聞いたレイジの病気の話。ヒビキがやっていたというバイト。

 それから――。


『ヒビキに保護者なんかいねぇよ。こいつの家族、みんな殺されちまったんだろ? 頭おかしいやつに』


 その言葉を思い出すだけで、胸がつぶれそうなほど痛くなる。


「ヒビキ……」


 かすかな声でつぶやいて、そっと糸ちゃんの肩に身体を預けた。

 糸ちゃんはそんなあたしの手を、きゅっと強く握ってくれた。


 つらいことや悲しいこと、目を開けたら全部消えてしまえばいいのに。

 みんなの周りからも、あたしの周りからも。

 そんなことを願いながら、あたしは糸ちゃんとバスに揺られていた。

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