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「いやぁ、つぐみちゃんの叔母さんっていうから、もっとオバサンを想像してたよ。それがこんなに若くて美しい方とはね」
ライブが終わったあと、糸ちゃんと一緒に誘われたファミリーレストランでレイジはご機嫌だった。
「あのぅ、あなた本当にさっき歌ってたレイジさんですか?」
「そうですよ。これでも一応元プロです。今はただのフリーターですが」
わははっと笑って、レイジはビールの追加を注文している。
「レイジ飲み過ぎ。もう三杯目だろ?」
「うるせぇ、ヒビキ。子どもは黙ってろ。俺は今夜、チョー気持ちよく歌えてサイコーな気分なんだ。こんなにかわいいつぐみちゃんと、綺麗な叔母さんも来てくれたし。あ、叔母さんのお名前何でしたっけ?」
「糸子です。もう三回教えましたけど?」
「ああ、糸ちゃんね。糸ちゃんももっと飲みなよ。車じゃないんだろ? あ、つぐみちゃんはドリンクバーおかわりしてきな」
レイジの隣でヒビキがため息をついている。
レイジは本当に気分がいいみたいで、糸ちゃんのビールを勝手に注文している。
だけどあんなところで、あんなふうに歌えたら、気持ちいいだろうなぁ……。
ビールを飲みながら煙草を吸おうとして、ヒビキに止められているレイジを見ながら思う。
『小さい頃、歌上手かったよね? ほら、おばあちゃんちで歌ってたじゃない』
突然糸ちゃんに言われた言葉を思い出し、首をふるふると横に振る。
歌えるわけない。
あたしはヒビキみたいに上手くないし、もちろん元プロのレイジなんかに聴かせられない。
「どうしたの、つぐみちゃん。首ふるふる振って」
「なんでもない」
あたしの前でレイジが子どもみたいに笑う。
そんなレイジを見ていたら、どうしても聞いてみたくなった。
「あの……レイジはどうしてバンド辞めちゃったの? こんなに歌が上手いのに」
レイジが一瞬笑うのをやめて、あたしを見た。
そしてふっと口元をゆるませ、ビールをひと口飲んでから答える。
「大人の事情ってやつだよ。子どもにはカンケーないの」
また子ども扱いされた。確かにあたしはまだ中学生で子どもだけど。
「でもあたしレイジのファンだから。五年間ずっとレイジの歌聴いてたし。ファンには辞めた理由くらい話してくれてもいいんじゃないの?」
「つぐみ」
突然名前を呼ばれた。ヒビキだった。
ヒビキはレイジの隣で立ち上がって、あたしに言う。
「悪いけど、ちょっと付き合ってくんない?」
「え?」
ヒビキがあたしの隣に来て、ぐっと腕を引っ張り上げる。
「ライブハウスに忘れ物した。取りに行くの付き合ってよ」
「だったらわたしも……」
立ち上がろうとした糸ちゃんをヒビキが止めた。
「すぐ戻ってきますから。糸子さんはこの酔っぱらいの相手頼みます」
ヒビキがあたしの手をつかんで歩き出す。
「……下手な芝居しやがって」
そんなあたしたちの後ろから、レイジのつぶやく声が聞こえてきた。
ファミレスを出て駅前の広場についても、ヒビキは手を離してくれなかった。
「ヒビキ……手……」
あたしが言うと、ヒビキは立ち止まってやっと手を離した。
「ごめん……」
あたしは首を横に振ってから、ヒビキに聞く。
「ライブハウス……行くんじゃなかったの?」
ファミレスからさっきのライブハウスに行くなら、ここを通る必要はない。
ヒビキは小さく息をつくと、疲れたように花壇の淵に座った。
「やっぱり俺が教えてやるよ」
「え?」
「レイジがバンドを辞めた理由」
ヒビキが顔を上げてあたしを見る。
あたしは唾を飲みこみ、おそるおそるヒビキの隣に座る。
街はまだ騒がしかった。
花壇の反対側から、ギターを鳴らしながら歌っている人の声が聴こえてくる。
少し音程の外れたその声が、あたしの心をざらりと引っかく。
「五年前、あのバンドが解散したのは、レイジに病気が発覚したからなんだ」
「……病気?」
想像もしていなかった言葉を聞いて、あたしは戸惑う。
「レイジが……病気だったの?」
ヒビキがあたしを見て静かにうなずく。
「かなり重い病気で、治療に専念することにレイジは決めた。それで他のメンバーに迷惑をかけないよう、バンドを解散しようと思った。仲間には病気のことを話さないで」
「え、どうして?」
「病気のことを話したら、みんなが待っててくれると思ったから。でも自分のせいで仲間の活動を足止めするのが嫌で、レイジは解散すると言い張った。それで結局喧嘩になって……レイジは仲間から恨まれたまま解散。不器用すぎるだろ? あの人」
ヒビキはまたため息をつき、続けて言う。
「でもその時はまだ、いつか音楽の世界に戻ってこれると信じてたみたいなんだ。そしたら笑って仲間と仲直りできると思ってた。なのに入院してつらい治療を続けても、病気は一向に良くならなくて……だったらもう治療なんかやめて好きなことをするって、レイジはそう決めたんだ」
「でも……でもレイジは元気じゃない。今日だってあんなに素敵な歌を歌ってたし、お酒だって飲んでるし」
「本当だったらそんなことしてる場合じゃないんだよ。すぐに入院して治療しないと……」
そこで一旦言葉を切ってから、ヒビキは消えそうな声でつぶやいた。
「昨日、病院で言われたんだって。このまま何もしなかったら……あと三か月生きられるかどうかって……」
「うそ……」
三か月? 三か月って、すぐじゃない。
あたしはレイジのことを思い出す。
初めて会った日、あたしの肩を抱いてくれたぬくもりを思い出す。
「そんなのウソだよ! あんなに元気な人が死ぬわけない。ヒビキからかわれてるんじゃないの? そんなの全部、レイジの作り話なんじゃないの?」
ヒビキは何も言わなかった。あたしの隣でじっとうつむいている。
「ヒビキ……」
あたしはヒビキのコートの袖をつかんだ。
「嘘でしょう? 嘘だって言って? レイジは病気なんかじゃないよね? 三か月で死んだりしないよね?」
ヒビキが頭を抱えて、身体を丸めた。
「どうしよう……レイジが死んだら……俺、またひとりになる……」
「ヒビキ……」
背中を震わせるヒビキの隣で、あたしはどうしたらいいのかわからなかった。
寒いはずなのに、額にじんわりと汗が沸き上がってくる。
心臓がドキドキと音を立てて、呼吸が乱れる。
どうしよう。どうしたらいいの?
だけどあたしには何にもできない。




