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6-3

「いやぁ、つぐみちゃんの叔母さんっていうから、もっとオバサンを想像してたよ。それがこんなに若くて美しい方とはね」


 ライブが終わったあと、糸ちゃんと一緒に誘われたファミリーレストランでレイジはご機嫌だった。


「あのぅ、あなた本当にさっき歌ってたレイジさんですか?」

「そうですよ。これでも一応元プロです。今はただのフリーターですが」


 わははっと笑って、レイジはビールの追加を注文している。


「レイジ飲み過ぎ。もう三杯目だろ?」

「うるせぇ、ヒビキ。子どもは黙ってろ。俺は今夜、チョー気持ちよく歌えてサイコーな気分なんだ。こんなにかわいいつぐみちゃんと、綺麗な叔母さんも来てくれたし。あ、叔母さんのお名前何でしたっけ?」

「糸子です。もう三回教えましたけど?」

「ああ、糸ちゃんね。糸ちゃんももっと飲みなよ。車じゃないんだろ? あ、つぐみちゃんはドリンクバーおかわりしてきな」


 レイジの隣でヒビキがため息をついている。

 レイジは本当に気分がいいみたいで、糸ちゃんのビールを勝手に注文している。

 だけどあんなところで、あんなふうに歌えたら、気持ちいいだろうなぁ……。

 ビールを飲みながら煙草を吸おうとして、ヒビキに止められているレイジを見ながら思う。


『小さい頃、歌上手かったよね? ほら、おばあちゃんちで歌ってたじゃない』


 突然糸ちゃんに言われた言葉を思い出し、首をふるふると横に振る。

 歌えるわけない。

 あたしはヒビキみたいに上手くないし、もちろん元プロのレイジなんかに聴かせられない。


「どうしたの、つぐみちゃん。首ふるふる振って」

「なんでもない」


 あたしの前でレイジが子どもみたいに笑う。

 そんなレイジを見ていたら、どうしても聞いてみたくなった。


「あの……レイジはどうしてバンド辞めちゃったの? こんなに歌が上手いのに」


 レイジが一瞬笑うのをやめて、あたしを見た。

 そしてふっと口元をゆるませ、ビールをひと口飲んでから答える。


「大人の事情ってやつだよ。子どもにはカンケーないの」


 また子ども扱いされた。確かにあたしはまだ中学生で子どもだけど。


「でもあたしレイジのファンだから。五年間ずっとレイジの歌聴いてたし。ファンには辞めた理由くらい話してくれてもいいんじゃないの?」

「つぐみ」


 突然名前を呼ばれた。ヒビキだった。

 ヒビキはレイジの隣で立ち上がって、あたしに言う。


「悪いけど、ちょっと付き合ってくんない?」

「え?」


 ヒビキがあたしの隣に来て、ぐっと腕を引っ張り上げる。


「ライブハウスに忘れ物した。取りに行くの付き合ってよ」

「だったらわたしも……」


 立ち上がろうとした糸ちゃんをヒビキが止めた。


「すぐ戻ってきますから。糸子さんはこの酔っぱらいの相手頼みます」


 ヒビキがあたしの手をつかんで歩き出す。


「……下手な芝居しやがって」


 そんなあたしたちの後ろから、レイジのつぶやく声が聞こえてきた。



 ファミレスを出て駅前の広場についても、ヒビキは手を離してくれなかった。


「ヒビキ……手……」


 あたしが言うと、ヒビキは立ち止まってやっと手を離した。


「ごめん……」


 あたしは首を横に振ってから、ヒビキに聞く。


「ライブハウス……行くんじゃなかったの?」


 ファミレスからさっきのライブハウスに行くなら、ここを通る必要はない。

 ヒビキは小さく息をつくと、疲れたように花壇の淵に座った。


「やっぱり俺が教えてやるよ」

「え?」

「レイジがバンドを辞めた理由」


 ヒビキが顔を上げてあたしを見る。

 あたしは唾を飲みこみ、おそるおそるヒビキの隣に座る。


 街はまだ騒がしかった。

 花壇の反対側から、ギターを鳴らしながら歌っている人の声が聴こえてくる。

 少し音程の外れたその声が、あたしの心をざらりと引っかく。


「五年前、あのバンドが解散したのは、レイジに病気が発覚したからなんだ」

「……病気?」


 想像もしていなかった言葉を聞いて、あたしは戸惑う。


「レイジが……病気だったの?」


 ヒビキがあたしを見て静かにうなずく。


「かなり重い病気で、治療に専念することにレイジは決めた。それで他のメンバーに迷惑をかけないよう、バンドを解散しようと思った。仲間には病気のことを話さないで」

「え、どうして?」

「病気のことを話したら、みんなが待っててくれると思ったから。でも自分のせいで仲間の活動を足止めするのが嫌で、レイジは解散すると言い張った。それで結局喧嘩になって……レイジは仲間から恨まれたまま解散。不器用すぎるだろ? あの人」


 ヒビキはまたため息をつき、続けて言う。


「でもその時はまだ、いつか音楽の世界に戻ってこれると信じてたみたいなんだ。そしたら笑って仲間と仲直りできると思ってた。なのに入院してつらい治療を続けても、病気は一向に良くならなくて……だったらもう治療なんかやめて好きなことをするって、レイジはそう決めたんだ」

「でも……でもレイジは元気じゃない。今日だってあんなに素敵な歌を歌ってたし、お酒だって飲んでるし」

「本当だったらそんなことしてる場合じゃないんだよ。すぐに入院して治療しないと……」


 そこで一旦言葉を切ってから、ヒビキは消えそうな声でつぶやいた。


「昨日、病院で言われたんだって。このまま何もしなかったら……あと三か月生きられるかどうかって……」

「うそ……」


 三か月? 三か月って、すぐじゃない。

 あたしはレイジのことを思い出す。

 初めて会った日、あたしの肩を抱いてくれたぬくもりを思い出す。


「そんなのウソだよ! あんなに元気な人が死ぬわけない。ヒビキからかわれてるんじゃないの? そんなの全部、レイジの作り話なんじゃないの?」


 ヒビキは何も言わなかった。あたしの隣でじっとうつむいている。


「ヒビキ……」


 あたしはヒビキのコートの袖をつかんだ。


「嘘でしょう? 嘘だって言って? レイジは病気なんかじゃないよね? 三か月で死んだりしないよね?」


 ヒビキが頭を抱えて、身体を丸めた。


「どうしよう……レイジが死んだら……俺、またひとりになる……」

「ヒビキ……」


 背中を震わせるヒビキの隣で、あたしはどうしたらいいのかわからなかった。

 寒いはずなのに、額にじんわりと汗が沸き上がってくる。

 心臓がドキドキと音を立てて、呼吸が乱れる。


 どうしよう。どうしたらいいの?

 だけどあたしには何にもできない。

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