第9想 アレックスへの迷い
翌朝、私は眠たい目をこすっていました。昨日のハインリヒ侯爵の悲惨な亡くなり方が目に焼き付いてしまって、全く眠ることができませんでした。
「ずいぶん眠そうだな、マーガレット」
朝食のテーブルでお父様が心配そうに見つめていました。
「実は――」
私は、素直に話しました。すると、お父様は眉をひそめました。
「ハインリヒ殿は、実に残念だったな。良い殿方であったのだがな。死因は毒殺だったそうだ。これは何か裏で意図があると踏んだ王家から、我が家にも調査の協力要請が来ている」
「相変わらず、政治は下らない真似をするわね。毒殺なんて味気ないこと」
お母様は、ホットケーキにバターを塗りながら不満を零していました。
「私は……人の死を初めて見ました。それもあのような形で……」
私もどうやら、死が怖いようでした。思い出しても、ガクガク震えました。
「貴女にも、そんな一面があったのね。大丈夫よ、安心なさい。我が家はオリジン一族、敵の好きにはさせません。ねえ、カイラル?」
「ああ、二度とマーガレットを危険な目には遭わせない。パパに任せとけ」
「お母様、お父様……」
「さあ、熱いうちに食べなさい」
「はい」
私は2人の子どもで良かったと、心から思いました。
食事が終わって、気分転換にソフィアの家に遊びに行こうと支度をしていると、ノーマンがやって来ました。
「殿下がお越しです」
「分かりました。サロンへお願いしますわ」
何用でしょうか。昨日の今日で、アレックスが訪れるべき相手は、私ではないと思いますけれど……
「お待たせしました、殿下。御機嫌よう」
「ああ、マーガレット。さあ、座れ」
「はい」
急いでいるのか、少し早口なアレックスがそこにいました。向かいに腰掛けました。
「大丈夫か?」
「何のことでして?」
「とぼけるな。昨日、お前は何を見た? とても怯えた顔だった。ソフィア嬢が抱き締めているのを見たぞ」
見られてしまったみたいですわね。どう誤魔化したらよいものでして? 迷っていると、手をぐいと引っ張られ、無理やり向き合わされました。
そこには、いつもの軽薄な笑顔はどこにもなく、今まで見たことのない真剣な目をしたアレックスがいました。
「誰でも彼でも寝技をキメる野獣姫が、あんな青い顔して動揺してるんだ、心配にもなるだろ!」
……それもそうですね。私は全て彼に話しました。
「聖域教団か……厄介なのが絡んで来たな。お前の誘拐にも連中が絡んでたわけか。共通するものは? 何が狙いだ?」
アレックスが早口にまくし立てていました。こんな知的な光景を目にするとは思っておらず、ついついジーっと見つめてしまいました。
「オリジン家、ハインリヒ家、どちらも俺の支援者。狙いは俺の失脚か? いや、それなら、マーガレット個人を狙う理由にならない……」
紅茶を飲んで見守ります。一緒に居て、彼からこれほど長い時間、声がかからないことがありまして?
それにしても、アレックスの顔はやはり綺麗ですわね。ゲオルグの男らしく無骨な顔はもちろん好きですが、中性的で妖艶ですわね。
「――ふぅ、どちらにしても、協力要請は出さないとならないな」
「終わりましたか?」
「ああ、放っておいて悪かったな。寂しかっただろ?」
「いえ、ご心配なく。紅茶を楽しんでおりました」
私の回答に満足したのか、アレックスは紅茶に口を付けました。
「俺はお前を絶対巻き込まない」
「はい?」
「お前はソフィア嬢と遊んでいろ」
「どういうことでして?」
「聖域教団のことは忘れろ。これは、第1王子であるアレックスからの命令だ」
命令されて忘れられれば世話はありません。ですが、これはアレックスなりの思いやりなのかもしれません。
「俺がお前を守る。安心しろ」
何でしょうか。この自信に満ち溢れた青い目を見ていると、不思議と大丈夫だと思えました。
すると、ずっと燻っていた恐怖心がふっと消えていました。
「……ありがとう、ございます、殿下」
急に照れ臭くなってしまって、俯きます。胸がドキドキと弾んでいるのが分かります。何ですの、この感覚は――
「時間を取らせた。それでは、マーガレット。またな」
そんな私の動揺を知りもしないアレックスは、用が済んだと帰りました。
サロンに残った私は、殿下の飲んだカップを見つめていました。
そして、自分に問いかけていました。今の気持ちは何だったのでしょうか。まさか……いいえ、そんなはずは――
「お嬢様……片付けてもよろしいでしょうか?」
ノーマンの声に、はっと我に返りました。そんな私を見て、ノーマンは優しく微笑みました。
「も、もちろんですわ」
部屋に戻った私は、混乱していました。ゲオルグを想い浮かべようとしたのに、アレックスの澄んだ青い目が浮かんでしまいます。
それが、どうしても自分の中で許せませんでした。
落ち着かなかった私は、ソフィアの家へ向かいました。家にいたソフィアは、快く迎え入れてくれました。
「昨日の侯爵の事件で、巷は大騒ぎだそうですよ~」
「そうなのですね」
「ところで、マーガレットさん。言いたくなければ良いんですが、あの時、何を見たんですか?」
ソフィアが抱き締めてくれたお陰であの場にいられました。隠す必要もありません。
「誘拐された時にその場にいた殿方がいたのです」
「えっ!?」
「その殿方は聖域教団で、オーランド公爵と笑顔で会話していたのです」
「じゅ、重大情報じゃないですか!」
「殿方は私に気付き、見下したように笑いましたわ……」
「あぁぁぁっ! ごめんなさい、嫌なことを思い出させちゃいましたね~」
「良いのですわ、ソフィア。お陰で心の整理ができました」
「それ、警備隊か殿下に話した方が?」
「先ほど、殿下が来られたので話しました」
何故、アレックスがうちに来たのか、どんな話をしたのか、細かくソフィアに伝えます。
「殿下、意外と男前じゃないですか」
「そうですわね」
「昨日の今日で、一番にマーガレットさんのところに行くなんて、想いの深さが違いますね」
「やめてください、そんなのではありません……」
いつもなら、この流れで終わるところですが、今日は違います。
「でも、今日はとても知的で、頼りがいがあると思わされました。ドキドキして顔が見られなくなってしまいました」
「うわぁぁぁっ! まさか殿下もついに」
「ゲ、ゲオルグの上にアレックスの青い目が浮かんでしまって……」
「それって、好きってことじゃないですか!」
「そんなはずは、そんなはずはないのですわ……」
動揺する私に、ソフィアは優しく微笑みました。
「別に2人同時に愛してることなんて、珍しくありませんから大丈夫ですよ」
どう大丈夫なのでしょうか、ソフィア……




