第8想 繋がる点と点
薄気味悪い曇り空でした。
私を乗せた馬車は、フィヨングル家のパーティへ向かっていました。
あの誘拐事件に関与していたという相手ですから、あの時の痛みや恐怖を思い出し、さすがに私も緊張していました。
到着し、屋敷を見上げました。豪華な作りですが、どこか寂しさを覚えました。
中に入ろうとした時、隣の馬車から降りて来たのは、ソフィアでした。
「マーガレットさん、御機嫌よう」
「御機嫌よう、ソフィア」
正直、彼女に会えてホッとしました。当たり前のように並んで歩きました。
「フィヨングル家は初めてですね~」
「あら、私もですわ」
「何か、とっつきにくい印象ですよ~」
「そうなのですか?」
「はい~まあ、私たちよりだいぶ年上の方なので、話が合わないのもあるんでしょうけど」
広間に入ると、私に真っ先に気付いたアレックスがやってきました。
「ソフィア嬢、御機嫌よう」
「殿下、御機嫌よう」
「マーガレット、いつになく今日も美しいな」
「……ありがとうございます」
「天使でも舞い降りたのかと思ったくらいだ」
「……はあ」
このお方は、ソフィアの気持ちを考えていらっしゃらないのかしら?
こんな露骨に違う対応されたら、不快に決まっておりますわ。ごめんなさい、ソフィア――にまり。
私が見つめた先のソフィアは、想像とは全く違う顔をしていました。一言で言えば、とてもいやらしい顔をしていました。
「ソフィア?」
「いや~マーガレットさんの反応ってやっぱり面白いな~と思いまして、はは」
「さすがはソフィア嬢だな、マーガレットをよく分かっている」
「殿下まで……」
はぁ……ため息が出ました。少し落とした視線の先にまだ幼い小さな靴が見えました。
顔を上げると、そこにはまだ幼い子どもが立っていました。
「あら? 貴方様は」
「お久しぶりでございます、マーガレット様」
「おー弟よ、ちゃんとマーガレットに挨拶とは偉いな」
「ロデオ様、お久しぶりでございます。お元気そうでなによりです」
「はい、マーガレット様も相変わらずお美しくて大好きです」
「あら、私もロデオ様のこと、大好きですわ」
「ちょっと待て! マーガレットは俺のものだ! たとえ可愛い弟と言えど渡せん!」
「……いえ、私は殿下のものではありませんが」
こんな調子で賑やかにやっておりましたので、周りから注目の的でした。
にこやかに笑う者も多かったですが、嫉妬の目や蔑みの目、憎しみの目も混じっています。それに緑色の目――
「はっ!」
アレックスを守る警備隊の1人として、ゲオルグも参加していましたわ。目が合いました――
私はプイと避けます。あちらが視線を外した瞬間に盗み見、目が合いそうになるとプイと逸らす――
「何してるんだ?」
アレックスが視界を塞いで立ちはだかりました。あーもう、この方は、邪魔ですわね!
「殿下? 皆様に挨拶して回らなくてよろしいのでして? よろしくありませんわよね?」
「え、ま、まあな?」
「さあ、お仕事なさってくださいまし!」
私は、彼の背中を押しました。
「分かった、分かった」
そう言って、アレックスは次の来客へ挨拶に向かいました。さて、次は――
「ロデオ様も、ご挨拶に回られた方が良いと思いますわよ?」
「う、うん、行ってきます」
ロデオ様は、慌てるアレックスを見て素直に駆けていきました。
「はぁ……」
「大変ですね~愛されるのも」
「軽く言ってくれますけど、相手は王子ですわよ? 幼馴染とはいえ、あまり失礼なこともできませんし……」
「でも、公衆の面前で寝技キメてましたよ~?」
「あ、あれは、その、事故! そう事故ですわ!」
「ところで、聞きました~? 今回、この大規模な警備隊の配置は、殿下の指示らしいですよ~」
「そうなのですか?」
「第2王子派の動きを牽制する狙いみたいですね~」
最後に耳打ちされた一言に、このパーティの政治的な重さが感じられました。それから、私もソフィアと共に挨拶回りをしました。
「おお、マーガレット嬢ではありませんか」
「あら、ハインリヒ侯爵……でしたわね。御機嫌よう」
「相変わらずお美しいですな。それでは、オリジン公爵によろしくお伝えください」
「ありがとうございます、侯爵」
それにしても、警備服のゲオルグ、格好良いですわね。凛々しく目を光らせ、堂々と立ち、服の上からでも分かる筋肉が――
視界の中に違和感が走りました。
聖域教団の礼服に身を包む殿方が、先ほど挨拶したこのパーティの主催者、フィヨングル家当主、オーランド公爵と話し込んでいました。
ふと顔が見えた瞬間、あの日馬車で感じた寒気が蘇りました。貴族街をうろついていた怪しい格好の殿方の顔でした。
殿方は私に気付いたのか、目が合いました。そして、にたぁと張り付くような不気味な笑顔を浮かべました。
恐怖が全身を突き抜けました。体の震えが止まりませんでした。思い出しました。誘拐された時、この殿方があの場に居たことを――
無意識にソフィアの右手を握りました。
「マーガレットさん? 手が震え……」
ふわっと温かくて柔らかい、救われるような温もりに包まれました。
私は安心して、目を閉じました。ほのかに香る香水と、顔に触れるさらさらの髪の感覚が彼女の抱擁を感じさせてくれました。
「……ソフィア」
「大丈夫ですよ~マーガレットさん。あたしはもう、1人にしませんから」
ソフィアの温もりに包まれ、私はとても気持ちが落ち着きました。トントンと優しく背中を叩く小さな手――
「きゃぁぁぁっ!」
その悲鳴に私たちは振り返りました。すると、1人の殿方が倒れています。
まさか、アレックスでして!?
私は慌てて駆け寄りました。アレックスではないと分かって胸を撫で下ろしました。
ですが、倒れていたのは、お父様とも懇意にしていたハインリヒ侯爵でした。口から泡を吹いて、痙攣し、動かなくなっていました。
「マーガレットさん、下がりましょう」
ソフィアの言葉に素直に従いました。ふと、さっきの男を思い出しました。会場中を探しましたが見付かりません。
ハインリヒ侯爵は、数人の警備隊員に運ばれていきました。
重苦しい空気で、会場はダンスどころではなくなっていました。そして、その空気を終わらせたのは、主催者のオーランド公爵でした。
「大変痛ましいことでありますが、ハインリヒ侯爵は亡くなられました。残念です。こんなことが起こっては、皆様もパーティどころではないでしょう。本日は解散とします。御機嫌よう」
大げさに涙を流して見せたオーランド公爵の様子に、会場はさらに混乱に包まれました。
「こんなパーティ聞いたことがない」、「派閥争いがついに始まったか」など、様々な憶測が飛び交っています。
「マーガレットさん」
ソフィアが呼び止めました。
「どうかしまして?」
「1人じゃないですからね! 何でも相談してくださいよ~」
嬉しい言葉をいただきました。私は幸せ者ですわね。
「ありがとうございます。頼りにしておりますわ」




