第10想 無人馬車暴走
今日もソフィアと平民街で遊んでおりました。
最近では、声をかけてくださるご婦人や子どもも増えまして、とても楽しい空間になっておりました。
「マーガレットさんもだいぶ下町に慣れましたね~」
ソフィアがプリンを食べながら嬉しそうにしていました。
「そうですわね。社交界はつまりませんもの」
「ですよね~あ、そういえば最悪なんですよ~」
「どうかしまして?」
「あたし、婚約させられちゃうかもしれないんですよ~」
「え……」
私は手に持っていたスプーンを落としました。
「嘘ですわよね?」
「まーまだ先の話ではあるみたいなんですけど」
「お相手は誰でして!?」
アレックス!? ゲオルグ!?
いえ、マクイーズ家では、クライス家としての利点が薄いですわね。そうなるとやっぱりアレックス?
何故か胸が苦しく感じました。アレックスの名前を、ソフィアの口から聞きたくない私がいました。
「……ロデオ王子なんですよ~」
「え……」
「タイミング悪いですよね~派閥争いが始まった時期に、お互い困ってしまいますよ~」
「嫌ですわ」
「はい?」
「ソフィアが誰かのものになるのが嫌ですわ!」
「あはは~分かります、その気持ち。あたしはそれで、殿下のキスを止めましたし」
そんな私たちの前に警備隊が列をなして歩いてきます。先頭は、ゲオルグでした……
「マーガレット、ソフィア嬢、御機嫌よう」
「……ご、御機嫌よう」
「ゲオルグ公爵、御機嫌よう。見回りですか?」
「ええ、お2人は?」
「平民街の散策です」
「少しきな臭いので、お2人も十分注意してください」
顔が見たくてちらりと見ると、ゲオルグと目が合いました。プイと背けました。もう一度見ると――
彼は私と目を合わすことなく、悲しそうに顔を曇らせていました。ゲオルグのあんな顔、初めて見ました。
彼らと別れた後、ソフィアが少しご機嫌斜めになっていました。頬を膨らませていました。
「いい加減にしてくださいね~マーガレットさん」
「な、何でして?」
「さすがにゲオルグ公爵が可哀想ですよ~あの顔見ましたか? 落ち込んじゃってたじゃないですか」
「え、私、何かしまして?」
「避けてるようにしか、見えませんよ~?」
「まさか、そんなつもりはありませんわ」
「はぁ……だから、社交界の女子会に誘っても参加せず、正義をふりかざして寝技をキメてた頃に、あたし言ったんですよ~少しは恋バナもした方がいいって」
「……」
「していれば、事前に色々な事を学べたんです。そうしたら、ここまで拗れなかったんですよ~」
「……」
まさか……私はゲオルグを避けてしまっていまして? それなら、彼はどんな思いでいまして? 考えるだけで、胸が張り裂けそうでした。
「次に会ったら、謝ってくださいね~」
「……分かりましたわ」
「それじゃ、気分転換に市場で何か食べます?」
「そうですわね」
私たちは市場に向けて歩き始めました。
後ろにはノーマンと、クライス家の侍女が続きました。誘拐事件以来、2人きりになることはなくなりました。
市場の手前の交差点に差し掛かりました――
突然、馬の悲鳴が交差点に響き渡りました。振り向くと、無人の馬車が、凄い勢いでこちらに向かって来ていました――
「マーガレットさん!」
すぐ横にはソフィアがいました。彼女は私と違い、体を鍛えていません。馬車に撥ねられれば、ひとたまりもありませんわ――
「ソフィア!」
このままでは2人とも轢かれると思いました。ですから、力の限り全力でソフィアを突き飛ばしました。
突き飛ばされたソフィアは、交差点の外へ出ました。私が衝突を覚悟したその時――
「お嬢様っ!」
強い衝撃と共に背中を突き飛ばされました。私が顔を上げると、すでに馬車は通り過ぎていました。その先には――
「ノーマンッ!」
ノーマンが向こうの壁に体をもたれ、血だらけで倒れていました。慌てて駆け寄って、彼を抱き上げました。
「ノーマンッ! ノーマンッ!」
だらりとした体から、返事はありませんでした。いつでも返事をしてくれるノーマンが、返事をしてくれません——
何度も繰り返し、呼び続けました。そして、体を揺すりました。
「マーガレットさん、少しいいですか」
ソフィアが駆け付け、ノーマンの口元に耳を当てます。
「大丈夫ですよ~まだ生きてます。だけど、あたしが助けを呼びに……あ、でもそれじゃ間に合わなそうですね~どうしましょう」
いつもは何でもスパっと解決してくれるソフィアが珍しく困っていました。
不安でいっぱいになりました。ノーマンが死んでしまいましたら……涙が溢れました。
「何で、何で私を助けましたの……嫌ですわ……ノーマン、目を開けてください……」
地面にどんどん滴る血、悪くなる顔色から、急がなければならないことは分かっていました。
「誰かぁぁぁっ! 助けてくださいっ!」
人通りの少ない路地に、ソフィアの叫びが虚しく響きました。呼吸の弱くなるノーマンを見て、血塗られた彼の手を取り、祈りました。
誰か、誰か助けてください――
「マーガレット!ソフィア嬢!」
その聞き慣れた声に振り返ると、涙でぼやけた視界の先では、ゲオルグが血相を変えて駆け寄って来ていました。
「1班、君たちはこのお方を病院に急いで運んでくれ」
「「「はい!」」」
「あの……どうか、どうかノーマンを助けてください」
私は駆け寄る警備隊の方にすがりました。
「任せてください! 最善を尽くします!」
そう答えた隊員たちに、ノーマンは運ばれて行きました。どうか、生きてください……
「2班、君たちはあそこで倒れた馬と壊れた馬車を調べてくれ」
「「「はい」」」
「他の者は巡回を強化してくれ。怪しい者を見つけたら必ず捕えるんだ」
「「「「「はい」」」」」
その間にも、ゲオルグが隊員たちに指示を飛ばしていました。その姿に、知らずに避けていた自分が恥ずかしくなりました。ですから、俯きました。
ゲオルグ……私は……
「大丈夫か、マーガレット?」
彼はしゃがみ込んで、私の肩を支えました。申し訳ない気持ち、恥ずかしい気持ち、嬉しい気持ち、色んな感情がぐちゃぐちゃでした――ガバッ。
「っ!? マーガ、レット!?」
気付けば、彼を抱き締めていました。埃臭くて汗臭い、心臓の音が聞こえる気がする、そんな不思議な気持ちでした。
「……ゲオルグ、あの、ごめんなさい」
「何がだ?」
「避けていたわけではないのです」
「そんなことか。それより、君が無事で良かった。あとはノーマン殿の無事を祈るばかりだ」
しばらく抱き締めていたでしょう。ゲオルグもそれを許してくれました。お陰で涙もすっかり止まりました。心地良い温もりに――
「……おほん。お2人とも、いつまでそうしてるつもりですか? 公衆の面前ですよ~?」
ハッとして、すぐに離れました。照れて笑うゲオルグがそこにいました。




