第11想 幼馴染たちの緊迫
朝食の席で、私は落ち込んでいました。
「マーガレット、昨日の馬車の暴走だが、作為的な証拠があったそうだ」
「……そうなのですね」
「昨夜も話したが、ノーマンは務めを果たしたまでだ。お前が気にすることではない」
「……はい」
「それでな、連中の狙いは、マーガレット……お前そのものかもしれないのだ」
「ちょっと、カイラル?」
お父様の言葉に、お母様は珍しく困惑した様子で割り込みました。
「偶然とは考えにくいだろう? いい機会かもしれない」
「でも、シレーヌには話してあるの?」
「ああ、もう伝えてある」
「そう。なら好きにしたらいいわ」
何の事を、2人は話しているのでして? それに、シレーヌ……どこかで聞いた名前のはずなのに、思い出せません。
カップを口に運びました。しばらく、沈黙が流れました。お父様は私の顔色を伺っているようでした。
「……たぶん、お前が可愛いからだ!」
私は手に持っていたカップを、お父様に投げそうでした。
「はっはっはっ、元気が出たな。さて、私は仕事に行くぞ。護衛を呼ぶから、ノーマンの見舞いにでも行って来い」
ごまかすように早口で告げたお父様は、足早に出て行きました。
部屋に戻った私は、外出用のドレスに着替えました。いつもならここで、「生クリームたっぷりのケーキを用意してございます、お嬢様」と、朝から甘やかしてくれるノーマンがおりません。
寂しい気持ちになっていると、メイドから呼ばれました。護衛の方が着いたようで、外に出てみました――
「……ゲオルグ」
「や、やあ、マーガレット。良い朝だな」
朝日に照らされた緑色の瞳が優しく微笑みました。そして、顔を見ても、前ほどのぎこちなさは感じていませんでした。
「そうですわね」
私も微笑みました。そして、いつぶりかの、2人で並んで歩く時間となりました。
「ノーマン殿の見舞いに行くんだってな?」
「ええ」
「カイラル公爵から直に護衛を頼まれたんだ。命に替えても君を守るよ」
真面目なゲオルグのことですわ。護衛としての誠意だと解釈しました。
「警備隊はかなり忙しくなったのではなくて?」
「そうだな、調べれば調べるほど、きな臭い話が出てきてる始末で、調べ物だけでも人数が足りないほどだ」
「……そんな時に、ごめんなさい」
「ああ、そういう意味ではないんだ。それに僕は……仕事より、君の方が大切で……」
「はい? 最後の方が聞こえませんでした」
彼は頬をぽりぽりと掻き、視線をそらしました。
「な、何でもない。そ、それにしても、ノーマン殿が、一命を取り留めてくれて良かったな」
「ええ、本当に……」
「早く意識が戻るといいな。着いたぞ。僕はここで待っているから、ゆっくりしてくるといい」
病室の前で、ゲオルグは立ち止まりました。私は促され、部屋に入りました。目に入ったその痛々しい姿に、思わず足が止まりました。
全身に包帯が巻かれ、白い寝具の上で、ノーマンは静かに横たわっておりました。閉じたままのその両目に、私は涙が溢れてきました。
近くにあった椅子に腰掛け、彼の手を握りました。
「ノーマン……貴方にはまだ生きてもらわないと、私が困りますわ」
何の反応もありません。当然のことでした。お医者様から意識がないことは聞いていましたから。ですから、余計に悲しくなりました。
「いつもみたいに返事してください!」
私の記憶は、いつだって後ろに、ノーマンがいました。転べば起こしてくれて、泣けばあやしてくれる……お父様やお母様よりも近い方でした。
「……どうか、どうか死なないでください、ノーマン」
握り締めた手が、僅かに動いたように感じました。信じられなくて、答えるように強く握り締めました。
「……お、じょう、さま」
何万回も聞いたその声に、私は息を呑み、顔を上げました。
「ノーマンッ!」
がたんと椅子が大きな音を立てて滑りました。私が思わず立ち上がると、彼の目を開き、私を優しく見つめていました。
「げほ、げほ……お嬢様、無事で何よりでございます」
「私の方こそ、助けていただいて感謝しているのですわ」
信じられませんでした。でも、心から嬉しく思いました。それしか、気持ちがありませんでした。
「あまり喋るのも、体に障りますわ」
「お気遣い、痛み入ります」
「また来ますから、早く元気になってください。お医者様には伝えておきますわ」
私は笑顔でノーマンを見つめると、彼の両目は垂れ下がっていました。
病室を出た私に、待っていたゲオルグが駆け寄りました。
「どうだった?」
「意識が……戻りましたわ。お医者様に伝えに行きますわ」
「そうか! それは良かった!」
病院を出た私は、大きく伸びをしました。ずっと緊張していたので、さすがに疲れてしまいました。
「平民街にでも、寄っていくか? ちょうど飯時だしな」
「いいですわね」
そして、私たちは平民街の市場を目指しました。ソフィアとよく来ているのに、不思議と懐かしい感じでした。
きっと、幼い頃に、アレックスに無理やり連れて来られて、3人で何度か来たことがあるからですわね。
「懐かしいな、君とゆっくり平民街を歩くのは」
「そうですわね。あの時は、幼かったですから分かっていませんでしたが、ずいぶん危険なことをしていましたね」
「はは、そうだな。アレックスや君が護衛も付けずに、こんなところにいたんだからな。大人たちが怒るわけだ」
「あの頃のアレックスは、本当に強引でしたわね。今も強引ですけれど」
「本当にな。色々な場所に連れて行かれたものだ」
そんな昔話に華を咲かせていました。それにしても、ゲオルグとこのように普通に話せるようになったのは、本当に良かった――
ですけれど、周囲の気配が変わりました。いえ、違いますわ。空気が、変わりました。
「おー奇遇だな」
私たちの後ろから声がしました。聞き慣れた、とてもよく通る声に、恐る恐る振り向き、息が止まりました。
「……アレックス」
噂をすれば影といいますが、まさか本当に現れるなんて思ってもいませんでした。
「マーガレットにゲオルグじゃないか。何をしているんだ?」
たくさんの配下を引き連れているので公務の最中ですわね。下手なことをして、何かを吹聴されてはたまったものではありません。
「奇遇ですね、殿下、お務めご苦労さまです。ちょうど殿下の話をしていたところでした」
「懐かしいな。この辺りは昔、3人でこっそり遊びに来たよな」
「ええ、ちょうどその話をしていました」
「そうか……」
アレックスの視線を感じました。ですけれど、見てはいけない気がして、胸がざわついてしまい、俯くしかできませんでした。
目を合わせたら、何かが変わってしまいそうに思えました……
「ところで、2人で何をしている?」
少し尖った彼の声が、ゲオルグに刺さりました。
「執事のノーマン殿が重体で、見舞いにいくための護衛として、派遣されました」
「そうか、ご苦労。必ず無事で家に送り届けよ」
「はっ!」
アレックスが去ると、私の緊張はすっとほぐれました。




