最終想 空回りの果てに
ゲオルグが私の上にいました。私の胸は高鳴っていました。ですけれど、よく見れば、額からは多量の血を流していました。
「ゲ、ゲオルグ? 何が起きまして? 大丈夫でして?」
「な……何……心配、いらな、いさ……」
その声の弱々しさに、慌てて周りを確認すると、ゲオルグの後ろに、巨大な石柱の塊が乗っていました。
「ゲオルグッ!」
「……くっ」
私の声に反応できずに、苦痛に顔を歪めていました。
「大丈夫か、ゲオルグッ!?」
駆け付けたアレックスが呼びかけました。
「アレ、ックス……マー、ガレ、ットを……」
「わ、分かった」
私はアレックスによって、ゲオルグの下から運び出されました。次の瞬間、ずどんと音を立てて、塊が地面に落ちました。
「ゲオルグッ!?」
私は動かすことができる目だけで彼を探しました。それに気付いたアレックスが、ゲオルグの前に下ろしてくれました。
血まみれで上半身だけ塊の下から抜け出しているその姿に、私は耐えられませんでした。
このままでは、ゲオルグが死んでしまいますわ。誰か、誰か助けてくださいまし。
「あ、ああ……」
思いとは裏腹に、口から言葉が出ませんでした。嫌ですわ。絶対嫌ですわ。ゲオルグが死ぬなど、許せませんわ。
「ゲ、オルグ……死なないで、くださいまし……死んだら、許しませんから」
「はは……泣か、ないで、くれ……僕は、君の、明る、くて、元気、な笑顔、が、大好き、なんだ……」
笑顔にならない笑顔をゲオルグは必死で作ろうとしていました。声もだんだん弱くなっていました。
「も、もし……」
「な、何でして? 小さくて聞こえませんわ」
「――」
精一杯、彼の言葉を拾うべく、耳を澄ませました。そして、聞こえた言葉を反復しました。
「生き、て、国、に、帰れ、たら?」
「――」
「……結、婚、しよう」
その言葉の最後に、ゲオルグは意識を失いました。
「ゲオルグゥゥゥッ!」
◇◇◇
それから、時が流れました。
「それにしても、殿下もシルフィを選ぶとは、罪深いお方ですね~」
「本当ですわ。散々、私のことを口説いておいて、その親友に鞍替えとはいい根性してますわ」
「それにしても、マーガレットさん。相変わらず美しいですよ~」
鏡を見ながら、メイドたちに整えられている私を見て、ソフィアは感嘆のため息をついていました。
「ありがとうございます。白色のドレスなど、着る機会はありませんから、新鮮ですわね」
「まあ、マーガレットさんは何色でも似合いますけどね~……それにしても」
ソフィアは私のお腹を触りました。
「あ~蹴ったかもしれないですよ~」
「この方、お腹の中で夜中に暴れて、困ってますわ」
「まさか、あっという間に子供までできちゃうなんて、さすがのあたしも想定外でしたよ~」
7カ月になりました。やっとつわりも終わり、少し不便な日常が戻ったところでした。
「でも、マーガレットさんのお子さんですからね~きっととんでもない暴れん坊になりますよ~」
その言葉に、当然のように寝技をキメたいところでしたが、このお腹ではさすがにできませんわね。
「ところで、良いんですか~?」
「何がでして?」
「オリジン、この代で終わっちゃいますよ~?」
「ああ……そのことですわね。お母様がオリジン家を終わらせたいそうでしてよ?」
「勿体ないですね~名家なのに」
そんな雑談をしていると、ノックが聞こえました。返事をすると、シルフィが入って来ました。
「マママ、マーガレット様……美し過ぎます」
「あら、ありがとうございます。アレックスの相手はもうよろしくて?」
「え、は、はい。何だか、ゲオルグ公爵とお2人で、とても盛り上がっていましたので」
「あの2人、立場がなければ、本来は親友ですもの」
「殿下が、マーガレット様の唇を奪ったことがある、と公爵をからかっていましたが……本当ですか?」
「な……何をしてくれてまして、この大事な日に!」
頭に少しだけ来ました。
ですけれど、今回の盛大な式に人員手配まで、女王様の許可の元、実現まで作り込んでくれたのは、他の誰でもなく、アレックスでした。
少しくらいの悪戯は、目を瞑るとしますわ。
「……真実だったんですね」
「あたしも初耳なんですけど~?」
「もちろん、私からではありませんわよ。不意打ちで、しかも強引に奪われただけですもの」
「「あ~」」
妙に納得している2人を見て、すっかりアレックスも馴染んでいるのだと嬉しく思いました。
和んでいると、再びノックがありました。
「あら、マーガレット。よく似合っているわね」
「ありがとうございます、お母様――」
その隣には、まさかの来訪者がいました。
「とても綺麗でしてよ、マーガレット」
「ありがとうございます……シ、シレーヌお母様」
「ふふ、私もこれほど美しい娘を持てて、鼻が高いですわ」
「シレーヌ……メイドがいるのよ?」
「もういいのよ、セイレーン。隠しても結局、巻き込んでしまったのだから」
そして、シレーヌお母様は、私を抱きしめました。
「私にはなかった強さが、マーガレット、貴女にはあります。自信を持って幸せになってくださいまし」
「はい、シレーヌお母様」
「わたくしの成せなかった子作りを、貴女はすでにやってのけたわ。自慢の娘よ。それじゃ、わたくしたちは来客席で見守るわね」
「はい、お母様」
お母様2人が出て行った途端、ソフィアとシルフィだけでなく、メイドたちからも呼吸再開が聞こえました。
「やっぱり、女王様もおば様も迫力が違いますよね~呼吸を忘れましたよ~」
「お2人は本当に仲が良さそうでしたね」
「ええ、聞いた話では――」
シレーヌお母様の今は無き親衛隊隊長が、お母様だったそうで、たくさんの危機からシレーヌお母様を救い、親友となったと聞きました。
その頃のお母様は、あの紅い一式を纏い、無敵だったそうですわ。それが、戦女神オリジンの名付け元になったのだと伝えました。
「あたしたちみたいですね~」
「わたくしも今、それを思っておりました」
「そうですわね。お母様たちのように、これからもずっと仲良く付き合いたいものですわね」
3人で頷きました。
「そろそろ時間じゃないですか~?」
「そうですわね。行きましょう」
私たちは、控室を後にしました。そこで、2人とは分かれて、私はメイドに連れられて、お父様の元に行きました。
「……マーガレットォォォッ!」
会うなり、お父様は泣いて抱きついてきました。
「どうしたのでして、お父様?」
「ついにこの日が来てしまったんだなぁぁぁっ!」
泣いて離れないお父様に、少し呆れていましたが、これからはマクイーズ家の者として生きていくわけですから、お父様は本当に寂しいのかもしれません。
「しっかりしてくださいまし、お父様」
「もうマーガレットが家にいなくなるのだぞ? 寂しいではないかぁぁぁっ!」
「たまには帰りますから。お父様の顔を見に行きますわ」
「約束だからな。孫もちゃんと見せてくれよ」
「ええ、約束ですわ」
気持ちの切り替えの早いお父様は、急に真剣な顔をしました。
「さて……それでは、オリジン家の者として恥じぬよう、見送らねばな」
お父様と腕を組み、手には色とりどりの花でいっぱいのブーケを持ち、会場に出ました。
「マーガレット様ぁぁぁっ!」「野獣姫ぇぇぇっ!」「綺麗ぃぃぃっ!」「きゃぁぁぁっ!」
たくさんの方から声をかけていただきました。ですけれど……どなたでして、野獣姫と呼んだ方は? とても不愉快ですわね、ふふ。
来客の間をゆっくりと歩き、会場の中心にある誓いの場を目指しました。そこにはすでに、黒いスーツに身を包んだゲオルグが待っていました。
「ゲオルグ、マーガレットをよろしく頼むぞ」
「はっ! カイラル公爵のお言葉、謹んでお受けいたします!」
「じゃあな、マーガレット。パパは、来客席から眺めてるからな」
「ええ、ありがとうございました、お父様」
お父様は、名残惜しそうにしながら、立ち去りました。そして、ゲオルグと見つめ合いました。
「マーガレット。今日は特別に綺麗だ」
「あら、ゲオルグも格好良くてよ?」
「僕は君みたいな強くて美しい女性を妻に持てたことを、心から誇りに思うよ」
「私も貴方みたいな生真面目で強く優しい殿方と一緒になれて、夢のようですわ」
私たちは、誓いの鐘に一緒に手を添えました。
がらんがらんがらん――
重厚な鐘の音が鳴り響きました。それから、私たちは、皆様の前で誓いの口づけを交わしました。
もうあの頃の恥ずかしさなど、欠片もありません。
「あの時、死ななくて本当に良かったよ」
「ですわね。まさかジョージ王子が配下を連れて援護に来ていたとは、思いませんでしたわ」
「はは、結局、ジョージ王子を助けた君に救われたようなものだ」
「それを言うなら、私も貴方に救われました」
「はは」「ふふ」
笑い合う私たちに、会場の女性たちから熱い視線が送られていました。
「ゲオルグ、皆様が待っていますわ」
「そうだな。次の幸せ者へ繋いでやろう」
私は一歩、前に出ました。すると、会場中から若い女性が集まって来ました。
「皆様、準備はよろしくて?」
「「「「はい!」」」」
集まった女性たちの目がぎらぎらと燃え盛っていました。その光景に、思わず笑ってしまいましたが、幸せな景色でした。
「投げますわよ?」
私は後ろを向きました。そして――
「行きますわっ!」
力いっぱい、持っていたブーケを後ろの空へと投げました。
「はは、マーガレット、やり過ぎだ」
ゲオルグのその言葉に、私は振り返りました。すると、集まっている女性たちを遥かに超えてしまっていました。
「あら?」
ブーケを手にしたのは――
「シルフィ、でして?」
参加しておらず、アレックスたちの席にいたシルフィの元へブーケは飛んで行っていました。偶然にしては、できすぎですわね。
歓声の中、式は幕を下ろし、立食パーティーが始まりました。
ここからは、普段のパーティーと大差ない内容ですので、割愛させていただきますわ。
◇◇◇
「あら、ジュリアス? どこに行くのでして?」
私は尋ねました。すると、ジュリアスは照れながら答えました。
「お母様には、内緒さ」
「仲間外れでして?」
「そうだよ、僕とお父様だけの秘密だから!」
今日は私の誕生日でしたわね。きっと、ゲオルグとジュリアスで何かお祝いをしてくれるのでしてよ。
「ところで、ジュリアスは何歳になったのでして?」
私の言葉に、ジュリアスは不機嫌そうに不貞腐れました。その顔は、幼い頃のゲオルグにそっくりでした。
「忘れちゃったの、お母様? 9歳だよ」
「もちろん、忘れていませんわよ。ただ、聞いてみたかっただけですもの」
「変なの。それじゃ、僕行くから!」
「行ってらっしゃいまし」
笑顔で我が子を送り出しました。さて、あの子はこれから、どんな恋の空回りをするのでして? 今から楽しみですわね。
~fin




