後日談 次の世代へ
サロンで紅茶を飲む私の元へ、ジュリアスが鼻息を荒くして現れました。
「お母様! リリスと、シルフィおば様が来ました」
すかさず、ノーマンは部屋を飛び出しました。そして、彼に連れられて来たリリスと、シルフィが笑顔で私に挨拶しました。
「御機嫌よう、マーガレット様」「マーガレットおば様、御機嫌よう」
「御機嫌よう、お2人とも。さあ、どうぞお座りになって?」
2人は、私の対面に座りました。そこに並ぶ親子の銀髪が美しく日差しを受けて輝いていました。
「お、お母様! 僕もご一緒、したいです!」
「貴方って方は……」
ジュリアスは、2つ幼いリリスに恋をしているようでして……私やゲオルグと違って、積極的に接点を持とうとする性格は、誰譲りなのでしょう?
「構いませんよ、ジュリアス様?」
シルフィの優しい笑顔に、我が息子は私の隣にしゃきっと座りました。
「最近、アレックスはどうしてまして?」
「はい、ザイムハット共和国のジョージ国王と共に、近隣諸国をまとめるために、外遊しています」
「いつも思いますけど、まさか、ジョージと仲良くなるなど、思いもしませんでしたわ」
「ですね」
「ところで、新作は進んでいまして?」
「最近、ダメなんです……筆が乗らなくて……」
シルフィは、とても落ち込んでいる様子を見せました。
「やはり、マーガレット様ほどのモデルは見つかりませんし」
「喜んでいいものなのか、迷いますわね」
「マーガレットおば様! わたくしも、お母様の作品の中で、一番『王女様、恋の空回り』が大好きなのです!」
「あら、リリスはその年でもう小説が読めまして? いくつになりまして?」
「7歳です!」
「あら、私はその頃、小説は読めませんでしたわよ」
「それと――」
シルフィが何かを言いかけると、じっとしていられず、我慢ができなくなったジュリアスが口を開きました。
「リリス! 外で剣の稽古しよう!」
その言葉に、リリスはシルフィの顔色を伺いました。
「お相手して差し上げて」
シルフィがそっと告げる。先程までの淑女な顔から一変して、リリスは鼻息荒く、ジュリアスに告げました。
「ジュリアス、今日もこてんぱんにして上げますの」
子どもたちが遊びに出ていくと、ノーマンはさっと菓子をテーブルに運んでくれました。
「話が途中でしたわね?」
「あ、はい……やはり、ソフィア様の穴が埋まらないんです……」
少しだけ、重たい空気が流れました。
「あの方ほど、太々しい方はなかなかいらっしゃらないですわよね?」
「はい。もう3年も経つというのに……わたくしの中であの方はまだ生きていまして……」
「そうですわね、あれからもう3年が経ったのですわね」
私がジュリアスに振り回されて、へとへとな頃でしたわね。子供のお陰であまり考えずに済んでしまったというのは、皮肉なものですわ。
「……ごめんなさい、マーガレット様。重くなりました」
「いえ、私たちもお互い、病には気を付けないといけないですわね、シルフィ」
「そうですね……」
「そういえば、聞きまして?」
私は、先日告げられた話を思い出しました。
「何ですか?」
「お母様とシレーヌお母様が、2人だけで旅に出た話ですわ」
「聞きました。本物の友情ですよね」
「お陰で、ジュリアスを預ける先が減ってしまって私は困ってますわ」
「ふふ、マーガレット様らしい悩みですね。リリスは専属の教育係が付いてますので、そういう悩みはありません」
ノーマンが紅茶を注ぎました。その姿に、ふと私は聞いてみたくなりました。
「ノーマン?」
「はい、お嬢様?」
「貴方は旅などしてみたいとは、思っていませんのでして?」
「いえ……お気遣いは非常に有り難くいただきますが、あいにく、私の幸せはお嬢様の傍で仕えることでございます」
「律儀な方ですわね」
そう話しながら、シルフィの紅茶も注いでいました。
「ゲオルグ公爵は、お変わりありませんか?」
「ええ、相変わらず警備隊長として、治安の維持に努めていますわ。今日は夜勤明けでそろそろ帰って来る——」
そんな話をしていると、ゲオルグがサロンに現れました。手には小さな箱を持っていました。
「ただいま、マーガレット」
「おかえりなさい、ゲオルグ」
「御機嫌麗しゅうございます、シルフィ王妃」
「ふふ、御機嫌よう、ゲオルグ公爵」
「今日は、王妃と王女が来ると、ジュリアスから言われていたんだ。それで、ケーキを買って来たんだ。生クリームたっぷりのやつだ」
箱が開かれると、白一色でした。まったく、この方は、勘違いにもほどがありますわ。
「ゲオルグ」
「何だ?」
「女性が皆、生クリームが好きなわけではありませんわよ?」
「何? 違うのか。僕はてっきり」
「ごめんなさい、シルフィ。リリスにも謝っておいてもらえまして?」
「いえ、生クリームはわたくしたちも好きですから、食べるのが楽しみです」
ゲオルグに向けて、シルフィは微笑みました。ですけれど、私は知っています。シルフィ親子は大の苺好きなのでしてよ?
そんな話をしている横で、メイドが慌ただしくノーマンに耳打ちをしていました。何事でして?
「ゲオルグ様、お嬢様、シルフィ王妃……アレックス王がお越しです」
「は?」「え?」
ばんと盛大に開かれた扉からは、自信と威厳に満ち溢れた若き王、アレックスが姿を現しました。会うのは、久しぶりですわね。
「何だよ、お前たち。俺だけ除け者か?」
「アレックス、いつ戻られたのですか?」
シルフィの言葉に、アレックスは嬉しそうに笑う。
「ついさっきだよ。しかし、すごい場面だな。ソフィアがいれば、あの騒乱の久しぶりの再現だったな」
軽く放たれましたが、とても重い一言でした。空気が凍り付きました。
「王、無事の帰還、嬉しく思います」
そんな空気を、生真面目一筋でゲオルグが変えました。
「何だよ、ゲオルグ。ここは身内しかいないんだから、昔みたいにしてくれよ」
「はは、そうもいかないさ」
再び扉が勢いよく開きました。そこには、にこにこと笑顔を輝かせるリリスの姿がありました。
「ただいま戻り……え!? お父様!? 何でですの!?」
「おぉ、可愛い我が娘よ」
アレックスは、リリスをぎゅっと抱きしめました。
「お、おかえりなさい、お父様……」
「寂しい思いをさせてすまないな、これからはしばらく一緒にいられるからな」
嬉しそうに頬を赤らめるリリスを見て、アレックスは良い父をしているのだと実感しました。
「そうだ、マーガレット」
アレックスが振り返ると私を見つめました。
「何でして?」
「戦女神オリジンの継承者、リリスにしてくれないか?」
「は? 簡単に言いますけれど、とても過酷でしてよ?」
「ジュリアスはリリスに剣で勝てないんだろ?」
「は?」
我が子を馬鹿にされ、苛立ちました。それに気付いたのか、アレックスは気まずそうに視線を泳がせていました。事実ですけれど。
「それに、戦女神は女用だろ?」
「そうですけれど……リリス本人の意思はどうなのでして?」
私の問いに、リリスは目を輝かせていました。
「マーガレットおば様! わたくしに、戦女神オリジンを継がせてください! あと――」
あと、でして?
「『殿方ですらダメになる寝技』と『極上の寝技』も教えてください!」
私はシルフィを睨みました。貴女の小説のせいでしてよ? 彼女もまた、気まずそうに目をそらしていました。
「仕方ありませんわね」
それでも、お母様の偉業が未来に繋がれるのは悪くありませんもの——




